学校説明会



ヒガスミ通信

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 このページでは、筆者によるヒガスミの様子や、在校生の励ましのメッセージ「子楽夢(ko-ra-mu)」を掲載しています。


9/10、11日文化祭を開催しました

今年も2日間にわたり(10日は校内発表、11日は一般公開)文化祭を開催しました。特に2日目の一般公開日にはたくさんの方がご来場下さいました。どうもありがとうございました。今年は例年よりも大勢の方がお見えになり、入場者総数は1322人でした。
保護者の方も、のべ896人(448家族)お見えになりました。体育祭に比べると、やや目立たない印象もあった文化祭ですが、今後ますます充実したものにするべく、生徒会は考えを巡らしています。来年もどうぞ楽しみになさってください。各部門の優勝は以下の通りです。

立て看板部門   2−6             
バラエティ部門  2−4(太鼓演奏)       
演劇部門     1−1(学園ものラブストーリー)
模擬店部門    2−8(おだんご屋さん)    
コーラス部門   3−2(曲:YELL)       
学校行事の文化祭のページも更新しました。写真が閲覧できます。


〜WKkun(2人のK君)のKWandai(関西大学)の話〜  十年近く前、2人のK君の担任をしていた頃の話だ。ややこしいのでK1とK2で区別することにして、まずはK1君から。本当に格闘技の「K1」にでも出場しそうな、マッチョな男だったが、ヒガスミでの成績は芳しくなかった。欠点がずらっと並んで、進級も危ぶまれるほどとなり、担任としてはヒヤヒヤものだった。寡黙でおとなしい人柄でもあり、不真面目な部分は見受けられなかったが、なぜか点数につながらなかった。
そんなK1君が希望したのは、「関西大学」。将来は法曹界(法律家の社会)で働きたいという。正直、「ん〜」とうなってしまった。大学進学より、まず進級、卒業の方を優先すべき彼なのだが、ふざけている様子はない。しかしながら、あまりにも実力と希望がかけはなれている。もう少し、合格可能性が望める進路先も考えた方がよいのではと話したが、彼は受け入れなかった。

 もう1人のK2君はK1君とは対照的に、おしゃべりで剽軽(ひょうきん)な男だった。冗談か本気かはわからないが、「将来俺はスターになる。」といつもうそぶいていた。さてこのK2君も、成績は、全体としてはさほど褒められたものでもなかった。おおざっぱに言えば、真ん中よりはやや下といった程度だったろうか。ただし、歴史(日本史だったか世界史だったか、忘れたが)の成績だけは図抜けていた記憶がある。 彼が希望したのも「関西大学」。保護者を交えた三者懇談の時、私は、お母さんを前にしてきっぱりこう言ったことを覚えている。「100%無理だとは言いませんが、今のままでは絶対無理です。生まれ変わった気になって、死ぬ気で勉強すれば、可能性がないとは言いません。」

 かくして、2人はどうなったか。K1君は、やはり現役合格は叶わず、1浪することになった。彼は頑固なまでに関大にこだわった。1年後、彼は再度、関大法学部に挑戦した。学校に送付された成績資料で、法学部合格まであと1点のところまで彼が力を伸ばした事実を知った。関大の中でも法学部は難関であり、彼が妥協して他の学部も受けていれば、合格する得点であった。その後、彼が他の学部に挑戦したか、または、もう一度法学部に挑戦したかどうか、その消息はわからない。正直、私自身は彼の合否結果そのものよりも、彼が信念をもって努力し続け、そこまで学力をつけたことに感動を覚えたのである。

 そしてK2君は、3月入試において、おおかたの予想を覆し、見事に関大現役合格を果たした。彼は真っ先に私に報告に来た。開口一番「絶対無理!と言った先生を見返してやりたかった。どうや合格したで。」と嬉しそうに言った。私も負けずに、「あの時、俺に無理って言われへんかったら、合格できへんかったな。俺のお陰や。」こう言って笑った。彼の武器は先にも触れたが、歴史であった。彼の入試データを見ると、歴史の得点はいずれも9割に届いていた。足を引っ張っていた英語と国語の得点が、回を追う毎に少しずつ上昇し、最後の最後で合格ラインに達したという感じだ。

 信念を持って、本気でやれば、必ず道は開ける。現役生の底力、ヒガスミ生の底力を見せるのはこれからである。