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国内外の関係団体と連携して、気仙沼と茨木市で活動するユネスコクラブ
〜活動が認められてフランスインドネシアタイに招待された部員も出ています〜

 ユネスコクラブは2011年3月11日の東日本大震災を機に、震災復興支援を中心にして年間活動を定着させてきました。ユネスコクラブは日本国内外の様々な団体と連携して社会貢献の活動を進めるクラブです。皆さんも自分の視野を広げるために、社会貢献活動にチャレンジしてみませんか。




私達の日常活動を紹介します 

9期生引退、記念撮影 20170926、10期生部長にSakihoさん 20170927  

 三年生の部員の皆さん、お疲れ様でした。この日、部員全員で、引退記念の写真を兼ねて卒業アルバムの写真を撮影しました。
 次の日に1.2年生でミーティングをして、新部長にSakihoさん、副部長にTsugumiさん、Mioさんの三人体制で活動していくことを確認しました。また、新入部員が一名、入部することになりました。
 今後も頑張って活動しましょう。

茨木市立葦原小学校で気仙沼ボランティア報告 20170915  

この日、茨木市立葦原小学校5年生の授業で Nanamiさん、Aikaさん、Hikariさん、Megumiさん、Miminiさん、Tsugumiさんの6名が気仙沼ボランティアの報告をしました。
葦原小学校5年生は毎年、福島で被災された方から寄贈された大漁旗を振りながらの、よさこいソーランを披露します。
ソーランの事前学習に、気仙沼ボランティアに参加した高校生の活動を聞きたい、とオファーがあり、2年生6名が小学校に伺って語りました。沢山の質問をいただき、あっという間の1時間でした。

文化祭で気仙沼ボランティア写真展と缶バッチ配布 20170909   

この日、北摂つばさ高校の文化祭にて気仙沼ボランティアの写真展と缶バッチの配布をしました。

ホスト家族の皆さんがお越しになり、写真を楽しんでいただきました。ありがとうございました。

体育祭 クラブ対抗リレーに出場 20170905   

この日、北摂つばさ高校の体育祭のリレーに初めて出場しました。
パフォーマンスのリレーに2年生4名で出場。
本気リレーでは、文科系4クラブの中でトップでした。
写真左は一走のYukineさん、ロールオーバーは二走のYukinoさんからRioさんへのバトンタッチ。
写真右はアンカーのChihiroさんがトップでゴールするところ。ロールオーバーは本気リレーの3年4名とパフォーマンスリレーの2年生4名が喜んでいるところです。

玉島祭りにて、模擬店のサポートとして参加 20170819   

 この日は、14の模擬店が出品する玉島祭り。それぞれの模擬店からお手伝いを依頼されて、9名の生徒が参加しました。それぞれの模擬で大いに喜んでいただきました。お疲れ様でした。

アジアユースサミットに参加、13ヵ国の高校生と交流 20170817-22   

Sakihoさんのプレゼンのスライド 英語版のプロジェクトフォーマット 日本語版のプロジェクトフォーマット
 Sakihoさんはアジアユースサミットに春日丘高校のメンバーとともに北摂つばさ高校からただ一人参加しました。13ヵ国からの高校生と交流するとともに北摂つばさ高校の生徒が続けている復興支援活動についてのプレゼンをしました。

NPOからタイに派遣され高校生交流したHALさん、交流やり遂げ無事帰国。20170728-0806   





 私はこの度、素材探検隊の高校生交流事業で、タイに行くチャンスをいただき、7月28日から8月6日の日程でタイに行ってまいりました。

 タイでは、現地1日目の7月29日は象に乗り、日本から持って行った傘貼りをしたり、民族村に行きました。
 2日目の7月30日はサンデーマーケットやタイの学生とショッピングに行きました。
 3日目の7月31日はレジなの学校に行きました。「お元気ですか」というゲームをしました。
 4日目の8月1日はプレイに行き、ユパラート学校へ行きました。ここでも「お元気ですか」というゲームをしました。
 5日目の8月2日はロングワン学校へ行きました。ここでは「お元気ですか」ゲームと紙芝居をしました。
 6日目の8月3日はピリヤライ学校へ行きました。自己紹介ゲームや「お元気ですが」ゲームをしました。
 7日目の8月4日はナリラットへ行って観光しました。
 最終日の8月5日はピリヤライへ行きました。紙芝居をして、その後、フリータイムでした。学生たちとサッカーをしたり、ギターを弾いたりしてすごしました。 盛りだくさんでした。ピリヤライには3回行きました。

 一番印象に残っているのは、学校に行ってタイの学生たちと交流したことです。タイの学生たちと交流をしていくうちに仲良くなって、私はタイ語が全く分からないのに、必死に日本語と英語で伝えようとしてくれたのが、すごくうれしかったです。コミュニケーションがうまく取れて、すごくいい経験になりました。

 貴重な体験の機会をいただき、ありがとうございました。今年度の後半は、この経験を伝える活動に全力を挙げていきます。

2017白川祭りボランティア 20170805-06   

 2日連続の白川祭りのスタッフを務めました。8月5日は12名が参加しました。この日は15時前後に茨木市付近は大雨が降るという天候でしたが、連絡網を準備していたおかげで、難なく対応できました。

また、8月6日は28名が参加して、前日同様、焼き鳥とヨーヨーの販売スタッフを務めて、地域の皆さんに喜んでいいただきました。

第9回気仙沼現地ボランティア 20170714-18 主催:がんばろう!つばさネットワーク  

第一日 2017年7月14日(金)18:00集合 第二日 2017年7月15日(土)10:30 リアスアーク美術館 聞き取り 見学
聞き取り 記念撮影 この後バス旅14時間! 到着後、リアスアーク美術館で山内宏泰様より聞き取り、この後、見学。
第二日 2017年7月15日(土)12:30 気仙沼市階上地区 聞き取り 見学 植林活動
階上地区の岬の祠の前にある木に8名が掴まり、津波をやり過ごした。海岸沿いに植林して松原の復活を目指す。菅原信治さん。
気仙沼市階上地区の住宅地は津波で平原となり、かさ上げ工事中である。海辺に森を作ろう会に協力して、50名で100本の木を植林している。
       
雑草が伸びて日光を遮ると、苗は光合成できず根をはれず、枯れてしまう。木を育てるために、人海戦術による雑草の除草が大変喜ばれる。
気仙沼ボランティア Matsukura Yoshie

私は高校3年生になって、初めて気仙沼ボランティアに参加しました。大阪へ帰っている今私が思っていることは「どうして今まで参加しなかったんだろう」ということです。それくらい大阪にいては経験することの出来ないようなことを経験させてもらいました。

震災当時私は小学生で、大阪でも結構揺れたなという印象でした。テレビでは連日津波の映像が流れていまりした。それから7年が経ち、正直ほとんど復興していると思っていました。確かに復興しているところも沢山あって普通に生活している部分もあると思いますが、実際に見るとまだかさ上げの途中の部分がたくさんありました。何かあった部分に何もなくなっている、大阪に住んでいる私にとっては身近に感じることが出来ていませんでしたが「ああまだ復興は終わってないんだな」と感じました。

まず1日目にはリアスアーク美術館へ行きました。そこで写真を撮った方の話を聞かせてもらいました。テレビでは津波で流されたもののことを“ガレキ”と言います。だから私もそれを“ガレキ”だと思っていました。けれど話を聞いて被災された方が流されたもののこもを“ガレキ”と呼ばれることが嫌なことを知りました。瓦礫の意味は「役にたたないもの、価値のないもの」という意味だそうです。自分たちの町のもの、そこに確かにあった生活物を“意味のないもの”と言われたらどんなにつらいだろうと思いました。私は2度と“ガレキ”と呼びたくないと思います。

次に海辺の森を作ろうの会で植林活動に参加させてもらいました。当時木に捕まって助かった人が何人もいるということで未来に繋げる木を植える活動だそうです。少し移動して海側に行くと実際に人が助かったケヤキの木を間近で見ました。海が近いのにそこでしっかりと根をはり何人もの人を助けた立派な木でした。気仙沼では約40年に1度津波が来るそうです。私はその頻度にとても驚きました。平均寿命が80を過ぎているとはいえ人生で1度か2度は津波がくる恐れがあるということだからです。木が人を助けれるまでにはたくさんの時間が必要ですが、それをずっとずっと未来に繋げることが出来る活動に参加出来ることが出来てとても良かったです。

2日目は陸前高田へ行きました。震災の被害をそのまま残した道の駅は色々なものが歪んだり中がぐちゃぐちゃになっていて自分がここにいたらどうなっていただろうと怖くなりました。津波の高さは14m〜15mきていてその高さの波が来ていて冷静に判断出来ることが出来るのだろうかと感じました。その後河野さんのガイドで奇跡の一本松などの説明をしていただきました。残っている一本松はレプリカだそうで、1億5000万円かけて作られたそうです。ガイドさんも言ってはったけど、確かにそれが残ることは意味があることなのかもしれないけれどその1億5000万円があればもっと他のことにお金を使えたのではないかな?と私も疑問にも感じました。また、河野さんのお話で印象的だった話があります。それは小学生の子供が津波が迫って逃げている危ないときに後ろからおばあさんが背中を押して助けてその後に流されていってしまったという話です。もし自分がおばあさんだったら自分よりもその小学生を助けれるのか、もし自分がその小学生だったら自分を助けて流されていく人を見てその後どう思うのか。私には想像も出来ないことでした。

次にフェリーで大島に移動して牡蠣の養殖のお手伝いをさせてもらいました。初めて牡蠣を食べさせてもらったり、船に乗りどんな風に養殖しているのかを見せてもらいました。草刈りをしたりシール貼りをしたり、少しでも力になれていたら嬉しいなと思います。

2日間民泊させていただいたお家では、美味しいご飯をたくさんご馳走になりました。出てきた料理には裏の畑で作られた野菜がたくさん使われていてどれも新鮮でとてもおいしかったです。またフラダンスを教えてもらったりしました。フラダンスをしたのは初めてで踊りの内容が手話になっていたのがとても面白いなと感じました。お父さんお母さんはとても優しくて自分の家のように落ち着いたし、帰るときはとても寂しくて、また来れたらいいなと感じれる温かいお家でした。

3日目は気仙沼高校との交流でした。短い間でしたが「夏」をテーマにグループワークをしたり人間知恵の輪をしたりしました。その土地のお祭りの話が出来たり、知恵の輪では凄く苦戦したけど一つの円になることが出来ました!気仙沼高校の人達は凄くしっかりしていてとても良くしてもらいました。気仙沼と大阪はとても離れていてなかなか会えるような距離ではないけどこの交流で出会うことが出来たのはほんとに凄いことだなと思います。

気仙沼ボランティアを通してたくさんのことを経験させてもらいました。現地の方にたくさん元気をもらうばかりで、力になれたりしたことは少ないかもしれないけど今回参加させてもらえてとても良かったと思います。初めて宮城を訪れ、美味しいものをたくさん食べてカモメに直接かっぱえびせんをあげたり楽しいこともたくさん出来ました。
高校生のうちにもう気仙沼ボランティアに参加することは出来ないのがとても残念だけど、また卒業してから個人的に訪れることが出来たらいいなと感じました。まだまだ元通りまでにはなっていないと思うので自分が出来ることをこれからもしたいと思います。気仙沼の方達に感謝でいっぱいのあっという間の現地2泊3日でした。
気仙沼ボランティアに参加して Iwane Nanami

今回私はこの気仙沼ボランティアに初めて参加しました。友達の勧めや先生の勧めで、実際に現地に行ってみると思っていたよりも過酷で辛い話、そして美術館などでみた写真や当時の物をみてとても衝撃をうけました。

1日目では美術館にいき震災に遭われた方にお話を聞くことができました。今まで`死骸や`瓦礫など私たちが使っていた言葉は被災者の方々にとっては気づつく言いまわしになっていた事を知りとても恥ずかしくなりました。展示されている人形やビデオカメラ、その他たくさんの物へ1つ1つ持ち主の方の思いが書かれていて思い入れのある物なのに展示を許してくれたのは美術館に訪れる観光客や私たちのようなボランティアに来た人に当時がどんな風だったのか、今後どうすればいいのか、などを伝えたかったんだと思うと今回参加しなかった人にもボランティアに参加してほしいと思ったし私もがんばろうと思いました。

その後は海辺の森を守ろう会の方々に協力してもらい果物の木を植えました。三年生の中には木の成長が見れてよかったなど言っている人もいました。何回も参加していて凄いと思い私も来年もいけたらいいなと思いました。その後は実際津波の時に11人ほど助けたという奇跡の一本松を見ることができました。

民泊先では優しく陽気なご夫婦で、とても気持ちよく泊まることができました。そのなかでもお母さんが作る唐揚げはとても絶品でみんな夢中になって食べていました。

2日目は朝から船にのり大島に行きました。牡蠣の養殖をしている家族の所にいき草むしりやシール貼りや船に乗らせてもらい、蒸された牡蠣も食べることができ色々な体験ができて楽しかったです。行きも帰りも山を40分くらい歩ききつかったけど帰りは雨が少し降っていたので涼しく歩きやすかったのでがんばれました。その後また船にのり行き道と同様かもめにかっぱえびせんをあげれて楽しかったです。

民泊先では焼肉だったのですか1人1パックお肉がでてきて大阪とはやっぱり違うんだなと感じました。お父さんの作る春雨サラダやシメのやきそばもとても美味しかったです。最終日は気仙沼高校の生徒さんとの交流でしたが私は体調が悪く交流できなかったので残念でした。でもバスのお見送りの時に向こうの生徒さんがとても元気そうな顔を見ることができてよかったです。帰りのバスでは熱がでて椅子を譲ってもらったり薬を買ってきてもらったりと周りの友達に迷惑をかけてしまいとても申し訳ないと思ったし感謝でしかないです。

今回の気仙沼ボランティアに参加して普段では味わえないような事ができいい経験になったので向こうで感じた事などを周りの人に伝えて、より多くの人に知ってほしいとおもったしより多くの人にボランティアに参加してほしいなと思いました。2泊5日間お疲れ様でした。
気仙沼ボランティア Kusano Sakura

第9回気仙沼現地ボランティアに初めて参加してきました。この東北プロジェクトは1年の時から知っていましたが、なかなか勇気が出ず参加することができませんでした。3年生になってやっと行くことが出来て本当に良かったなと、とてもいい経験に関わることが出来たなと思いました。

今回現地に行くまでは今どうなっているか全く分かっていなかったし、被災地の状況は約6,7年前のテレビで見る映像しか正直覚えていませんでした。私は当時小学5年生で歌の練習をしている時に起こった地震の事が今でも頭から離れません。大阪では割とすぐに揺れはおさまりましたが、家に帰って地震のニュースを見て驚きしかなかったのを覚えています。

1日目は、南三陸に行きました。バスに乗りながら外を見ると津波で姿を変えた建物がまだいくつか残っていて、震災遺構として残すと聞きました。そしてあちこちにかさ上げしているのを見ました。私はもっと復興作業は進んでいると思っていたけど、実際はそんなに進んでいるわけではなくて、説明してくれた人によるとまた3年半はかかると聞いて地震の爪痕がこんなにも深いんだなと改めて思いました。

次に、当時のリアルな被災状況が展示されているリアス・アーク美術館に向かいました。最初に展示されている写真を撮った学芸員さんのお話を聞きました。テレビやネットの情報だけではきっと知ることが出来ていなかった事を聞くことができました。1番被害がひどい地域でその場にいた方のお話は凄く胸にささりました。写真の横に書いてあった被災者の方々の資料もひとつひとつ言葉に表せないような気持ちになりました。

この日最後に植林活動をしました。津波が来ている間ケヤキの木に掴まって10人の命が助かった、だからそれから植林活動を続けていると知りました。私も2本友達と一緒に植えさせていただきました。来年は来ることができないけど元気に育ってくれたらいいなと思いました。その後ケヤキの木を見に行きましたが、その道中もまだあまり復興が出来ていませんでした。

2日目はまず陸前高田の旧道の駅に行きました。まずそれぞれで黙祷をしました。壁には震災前と後の写真が比較として貼られていました。私は道の駅を見るのが初めてだったので、衝撃でした。どれだけの高さの津波だったかのボードが貼ってありましたが、14.5mという数字を見て信じられませんでした。あんな高い波がきたら助かる確率はほぼないんじゃないかと思いました。旧道の駅の前の入口の所が全てもぎ取られて、中に大きい流木が流されて引っ掛かっているのも見る事ができました。しばらく見たあとガイドの河野さんが来て色々なお話をしてくれました。津波にのまれた小学校の生徒が後ろからおばあさんに「早く行きなさい」と背中を押されてふと後ろを振り返ったら仰向けになって流されていった姿を見てしまったという話は凄く胸が痛みました。小学生の時にそんな経験をしてしまうなんてどれだけ辛かったんだろうと思いました。そしてバスで奇跡の一本松を遠くから見に行きました。今はもう当時のものは枯れてしまったから1億5千万をかけて幹の外側を残しレプリカを作ったという話を聞きました。思い出すという意味で残すのはいいけどもっと他にも使い道があったのではないかとガイドさんも少し話していました。

そして次にフェリーで大島へ移動しました。大島ではカキの養殖場でお手伝いをさせていただきました。カキの試食や袋へのシール貼り、小船に乗ってカキが吊るされているイカダを見に行ったりしました。あんなに間近で養殖途中のカキを見ることは無かったので楽しかったです。フェリーで帰る時に養殖場の方が見えなくなるまで見送ってくださったのが印象的でした。

この日は民泊最後の日でした。民泊というかたちは初めてだったのでほんの少しの不安がありましたが、とても美味しいご飯を用意してくれて、しっかり休憩をとり、とても楽しい2日間をお家で過ごすことができました。お父さんと急遽2人できゅうりを取ったり、お母さんにはフラダンスを教えていただきました。2人ともとても優しくて暖かく接してくれて本当のおじいちゃんおばあちゃんの家に帰ったような気持ちになりました。お見送りをしてもらった時とても寂しくなりました。

3日目は気仙沼高校の生徒との交流をしました。グループワークではみんなもちろん初めて会うのに優しく接してくれてとても話しやすくとても楽しかったです。フリータイムには人間知恵の輪をしました、本番ですぐ解くことができて凄く楽しむ事ができました。バスで帰るとき何人か走って見送ってくれたのは嬉しかったです。

今回3年生で初めて参加することができて本当に良かったです。凄く充実した3日間を過ごすことができました。1日1日が終わるたびに友達と1年生の時から来たらよかったなあと何回もぼやいていました。被災地の現状を知り、約7年前の事も振り返り、まだまだ復興はしきってないけどこれからも私達の世代が出来ることがあればできる限りしたいです。もう来年このボランティアに参加することはできないけど、現地の人が言ってくれたようにまた来たいなと強く思いました。
第三日 2017年7月16日(日)9:30 岩手県陸前高田市 聞き取り 見学 
陸前高田市観光ボランティアの 河野正義さんからの聞き取り 陸前高田復興まちづくり情報館にて。 
松原7万本のうち残った、奇跡の一本松 旧・道の駅「高田松原」にて かつて岩手県最大の海水浴場だった
気仙沼現地ボランティア Hashiguchi Amane

1日目 車中泊しました。
2日目 一番最初に南三陸町の防災庁舎を見学してまずガイドさんが教えてくださったのが東日本大震災で15.7mもの津波が押し寄せてきて低い土地の村などにすぐ波が来てのみ込まれてしまったので震災後は10m土地を盛り上げて村を作り上げているそうで何度も何度も工事していて毎回南三陸町の道を通るたびに道の路線が変わっているそうです。そしてそのあとリアスアーク美術館へ被災状況の学習をしに見学に行きました。

そこでは震災の状況はニュースとかモノクロの新聞でしか見たことがなかったので実際に被害にあった場所で実際にこの目で写真館をみてとても胸が痛くなることがただただありました。まず、実際に被災された山内さんのお話を聞いてとにかく話を聞いてると自然の涙が出てきて実際に津波が来たのを見たことない私にも怖さや市民の人とも助け合いがあってこその避難など、あとはもし自分の友達が家族が大事な人が亡くなってしまったのを目にしたらあなたはどうしますか?死んだことを信じきれないくて立ちなおれていない中ニュースや新聞などで悲しい、受け入れられないという状況で周りの知らない人に死体があるとか言われてどういう気持ちになりますか?と言われた時とても胸が痛みました。自分がその立場になったら絶対に立ち直ることに時間がかかると思います。ですが山内さんは違いました。立ち直ることよりもほかの人を助けることに専念してとてもすごい人だと思いました。写真館で特に胸が痛くなったものが一つだけあり、その1つは小さな女の子が津波に流されて亡くなって見つかった時しっかり抱いていたクマのぬいぐるみを実際にみてもうそれをみただけで頭の中で状況が想像できるような感じがして涙が止まりませんでした。

このあとバスに乗り、気仙沼市階上地区海辺の森を作ろう会にて植林活動をしました。そこではまず最初にお昼ごはんを近くの地福寺で食べました。食べてからまず、イチジクの木の苗を20数本手作業で手分けしてグループごとにして1人2本植えました。次に草刈りで私は草の近くにいくと目が充血して作業が出来なくなってしまうので今回はやめておきました。植林活動をおえ、八瀬へ出発してこの日は終わりました。

3日目 集合場所の月舘小学校に歩いていきました。そしてバスに乗り陸前高田にいき、高田物産協会のガイドさんに一本松などのお話をお話してもらう予定が藤井先生の手違いで送ったFAXが次の日になってしまっていたので数分遅れてガイドさんが来てお話されました。あまりお話しする時間がなく終わってしまったのでもっとちゃんとお話ききたかったです。そのあとフェリーに乗り、カモメにかっぱえびせんあげて楽しんでいるとあっという間に大島浦ノ浜に到着してそれから荷物を牡蠣の養殖をする場所の人がお迎えに来ていて、そのトラックに荷物を乗せてもらい、私たちは歩いて山を越え降りていきました。すごい坂が多くてキツいなって思うことがただただありましたが、いい運動になりました。そのあと販売する牡蠣の商品の袋にシールを貼る流れ作業をしました。そのあと草刈りをしてたくさん草を刈りました。そのあとは舟に乗って牡蠣を育ててる網を見に行きました。そして新鮮な牡蠣を食べてとてもほっぺが落ちそうでした。そしてまた山を越え降りました。で、フェリーに乗って浦ノ浜に戻りました。バスの中でお弁当をたべました。そのあと八瀬に戻って民泊先に帰りました。

4日目 月舘小学校に集合して気仙沼市内のバスで出発しました。気仙沼高校に着いてからまずくじを引いてABCDEFのグループに分かれて座りました。そして班ごとに夏といえば…というテーマで話し合って仲を深めることが出来ました。生徒副会長の人と仲良くなれてめっちゃ優しくておもしろくて私が入ったDグループはみんな明るいメンバーで楽しかったです!Dグループで撮った写真もめっちゃ謎のポーズ考えてくれて面白かったです。気仙沼高校の方と交流できて本当に良かったです。

また機会があれば是非、参加したいと思います。
気仙沼ボランティア Honda Sakiho

初日はリアスアーク美術館に行き震災が起こった時の写真や展示物などがあり一番に思ったのはテレビでしかみたことなかった光景を実際に震災があった後に撮った写真などがあってテレビ越しでみるよりも感じるものがたくさんありました。流れてきた生活用品や電子レンジなどの展示もあり衝撃を受けることもありました。

その後バスを乗り換え地福寺でお弁当を食べさせてもらいそっから植林活動をしました。いちじくの木をみんなで植えて来年以降まで育つようにとそのような思いで植えました。その後草刈りをする予定でしたが花粉症で酷くてできなかったです。個室の部屋に移って中から草刈りしてるところを見てたら現地の農家の人の5人ぐらいのおじいちゃんおばあちゃんが来て海の特産物や農家のことや震災の事を色々聞かせてもらいました。マンボウは食べると味がなにもしないと聞き驚きました。ホヤは甘い味がすると聞きました。草刈りができなかった分とてもいい話を聞けて良かったです。

その後八瀬の森にいき民泊に移動しました。家とても近くでかさに驚き旅館かと思うぐらいでかい部屋が10部屋ぐらいあり探検しました。とりあえず鞄などキャリー置いてから採れたてほやほやの、もろこしをゆがいてもらい食べました。その後も夜ご飯を食べとりあえずお米がとても美味しかったです。食べてる時とても会話が弾んですごく楽しい1日目でした。

二日前は民泊先から月舘小学校に集合しばすで陸前高田へいき駅で陸前高田物産協会ガイドの人から震災があって一本松の木が残った場所までいきお話を少しききました。市内見学などもしました。その後フェリーに乗りカモメにかっぱえびせんをあげました。カモメの胴体やくちばしが手に当たることがないので結構楽しみながらいくことが出来ました。最初はカモメにえさをあげるのが怖いとか思ってましたが慣れたら楽しめました。

大島浦ノ浜に着きお弁当を食べました。その後店に出すシール貼りをし綺麗に貼れない部分もありました。隣でシール貼りしていた子供が可愛すぎました。それから草刈りをしました。マスクでしたのでまだまっしでした。後に舟で牡蠣の養殖してるところまだ行きました。目の前でみるのが初めてだったのですごいという気持ちがありました。舟の上無視だらけでした。舟を降りてからゆがいた牡蠣をたべさせてもらいました。鍋の牡蠣とは全然違い美味しかったです。また浦ノ浜に戻りフェリーに乗りカモメ見ながら帰りました。バスで月舘小学校まで行き民泊に行きました。おばあちゃんが待ち構えてくれていてめっちゃ嬉しかったです。お風呂を先に入り夜ご飯食べ家庭菜園してる野菜がいっぱいでてきて美味しかったので家庭菜園したいと思いました。2日目は色々な体験ができたと思いました。

3日目は朝起きて朝ごはんもたべて民泊最終日の朝はみんなで写真をとり春日丘生と北つば生で、手紙を書き渡しました。喜んでくれてよかっです。とても優しいおばあちゃんおじいちゃんでした。卒業したら絶対また行きたいです。最後のお別れの時が一番寂しく感じました。その後月舘小学校からバスで気仙沼高校に移動し交流会をしました。どんな交流会か楽しみでした。生徒会の人などばらばらになり楽しみながら1年2年関係なく笑いながら喋ってました。最後人間ちえなわなどし写真も最後みんなで撮れてわいわいしてました。その後は海の市に行きお昼ご飯とお土産を買いました。色々な人と関われた3日目でした。

この3日目気仙沼現地ボランティアに行ってテレビでみて感じることを実際その場にいた人の撮った写真などで感じることの方が大きかったです。気仙沼の若い人からお年寄りまで色々な人にかかわりたくさんのおはなしをきかせてもらえて来て良かったなと思いました。普段できない体験などをさせてもらったら民泊をしたり他の学校の生徒などと仲良くなれてよかったです。
第三日 2017年7月16日(日)11:40フェリーに乗船  気仙沼大島にわたって カキ養殖 被災・復興の聞き取り 見学 支援作業
フェリーの20分間はカモメにえびせんをあげる カキの殻剥き体験のあと、実食!殻付きは初めてという参加者も多く、みんな感激。
気仙沼大島は三陸海岸で最大の島。津波で島の中央部が水没し島が二つになった。アメリカ海兵隊が浜を埋め尽くした漂流物を除去してくれた。
6年間で復元してきたカキ養殖いかだ むき身カキのビニール袋にシール貼り 殻剥き作業の後の味見に感激
養殖いかだまで5往復して全員が見学 カキ小屋周辺の除草作業 小松武さんからの聞き取り
大阪府ユネスコ連絡協議会中馬弘毅会長 中馬弘毅会長を囲んで記念撮影 フェリーで小松さん家族にお別れ
初めての気仙沼ボランティア Kanata Yudai

今回、東日本大震災復興支援活動に参加させていただきました。僕は高校1年生ですが、中学3年生の時から地域への活動やボランティア活動や、そして今回の東日本大震災の復興支援活動に参加したいと思っていました。まだ高校を決めていなくて、どこを選ぶか決めていたときに北摂つばさ高校のパンフレットを見ました。それを見ると、すごく良い学校だなと思ったのですが、とくに1番、すごいと思ったのが地域への活動や、ボランティア活動をたくさん行なっているということです。学校もすごくよくて、かつ、僕のやりたいことがあったのでその高校を選びました。それがきっかけで参加したいと思うようになりました。入学してからは被災地への募金活動にも参加してきました。そして、宮城県へ行くことができました。2泊5日、たくさんの経験、学ぶことができ、濃い5日間になりました。

1日目、出発の夜、バスで15時間かけ、宮城県へ行きました。これは旅行ではない、学ぶために行くんだと思いながらバスへ乗りました。バスで長時間乗るのも、東北へ行くのも初めてでした。なので疲れはありました。

ようやく到着して、2日目。外に出ると、大阪にはない景色が広がっていました。東日本大震災が起きてから6年経ってもまだ完全に復興していない町をみて、どれだけ津波や地震が恐ろしいことなのかと驚きました。地震が起きた当時、どんな状況だったのかと、知るため、リアスアーク美術館に行きました。そこには、写真と文章や被災物があります。それを見る前に被災してすぐ危険な状況で写真を撮った、山内さんのお話を聞きました。被災した当時、どんな状況だったのか、お話しした20分間、すごく心にひびいた20分間でした。携帯で録音しとけばよかったと後悔しているくらいです。本当に大切なお話しが聞けました。そして、写真や文章などを見て、もし自分もこうなっていたら、自分はどうしていたのかとか、想像して見ることができ、本当に心にひびきました。

次に気仙沼市階上地区にて植林活動をやりました。菅原さんのお話しを聞きました。津波が来た時、木にしがみついて命が助かったということを言っていました。だからいつ津波がくるかわからないがもっとたくさんの人が、1人でも助かるようにこの活動を始めたと言っていました。そしてたくさんの木を植えました。それで2日目の活動は終了しました。

そして、民泊先へ熊谷つる子さんの家へ行きました。僕は民泊というのは初めてで、すごく心配していたのですが、今思えばなんでこんな心配してたのだろうってくらい、本当に楽しい時間を過ごせました。犬もいたのですがすごく可愛がったです。夜ご飯はBBQでした。まさかBBQと思っていなかったので驚きました。食べ終わってからは、蛍を見に行きました。電灯が1つもない外は星も綺麗で蛍も輝いていました。最高のものを見れました。そして就寝して3日目の朝5時半、外に行くと、大阪にはない最高の自然と景色が見えました。すごく気持ちよかったです。

朝ごはんも美味しくいただいて、2日目の最初は陸前高田旧道の駅へ行きました。旧道の駅は被災したまま残っている建物です。建物を見ると津波がどれくらいの高さで来たのか書いてありました。14.5メートルと書いてあって驚きました。建物の中はボロボロで当時の状況がどれだけすごいことか、感じました。そのあと、協会ガイドで説明を聞きながら奇跡の一本松や被災してそのままの高校を見ました。
次に大島浦ノ浜へ牡蠣の養殖活動をしました。そこでは小松さんのお話や、養殖活動のお手伝いをしました。そして民泊先へ戻り、美味しいお魚料理を食べ3日目が終了しました。そして宮城県最後の日、最後は気仙沼高校へ交流会をしました。最初は緊張して中々話せなかったけど慣れるとものすごく楽しくて、時間が足りないくらい、楽しい時間を過ごせました。そして、お見上げを買い、無事に大阪へと帰りました。2泊5日。最高の思い出、経験、学び、その被災した当時の感触を味わうことができました。活動ではたくさんの方のお話しを聞けることができて、たくさんの体験をさせていただきました。学習では当時の写真や被災物を見てどれだけ津波が恐ろしいものなんだとすごく怖い気持ちでいっぱいになりました。

民泊では本当に楽しい2日目でした。豪華なご飯、そして民泊させていただいた方は優しさに満ち溢れていました。ずっと泊まりたかったです。感謝の気持ちでいっぱいです。東日本大震災が起きて6年が経ちました。6年経った今でもまだ完全に復興していません。今回被災地へ行って地震、津波の恐ろしさや怖さをものすごく実感しました。これから先、いつ地震、津波が起きるかわかりません。いつ来ても大丈夫なように。すぐに逃げれるように。みんな、全員が助かってほしいです。なんなら地震なんて来てほしくないです。今回、東日本大震災復興支援活動に参加し、宮城県の被災地へたずさわることができて、本当に良い思い出を作る、一生忘れられない、心に残るものができました。

また、来年もこの活動はあるといっていたので、ぜひまたみなさんの役に立てたら良いなと思い、また参加したいと思います。
気仙沼ボランティア Ishizaki Yu

私は今回初めての参加でした。ボランティアに参加していい経験が出来たしすごく勉強になりました。
1日はバスに乗ってすごく楽しかったし友達とお菓子を食べながら喋っていました。私はバスの中ですぐ寝れました。サービスエリアに止まった時に起きたら首が痛かったです。サービスエリアでご飯も食べました。サービスエリアで降りてタヌキがおったので一緒に写真を撮りました。

気仙沼に着いて2日はリアスアーク美術館に行って災害の学習をしました。向こうの人に災害の話をしてくれました。すごく心に響きました。展示を見ました。いろいろあってすごく当時の写真とかを見れました。私はテレビとかしか見たことなかったんですけど当時の写真を見て凄く心に響くものがありました。災害の写真もありました。いろいろあったので見て回りました。でも私は津波のことをあまり詳しくなかったのでここで学ぶことが出来ました。

海辺の森を作ろうって所に行きました。菅原さんの話を聞いて木に登って助かった人がおるって言って何人かが助かったって言っていました。だからみんなで木を植え人を助けてらいいなって思います。みんなでいっぱい木を植えました。木が元気に育ててくれたらいいなって思いました。その後は海に行って木が人を助けたって話をしてくれました。津波に襲われている人を見つけて気に登っていた人が助けたって言う話も聞きました。松の木が人を助けたって言ってました。

それが終わったら民泊に行きました。民泊は8人で行きました。民泊はちょっと緊張していたんですけど民泊の人に優しくしていただいて凄く嬉しかったです。気さくに話しかけくださって凄く緊張が和らぎました。民泊は凄く楽しかったしいろいろしてもらって嬉しかったです。

3日は民泊の人に小学校まで送ってもらってバスに乗って陸前高田に行きました。そこでガイドさんに災害の話をしてもらいました。いろいろ災害のことを教えてもらいました。ここまで波が来たとかを教えてもらいました。たてものが崩れているままで置いてあったりとか木がここまで飛んできたって言う話をしました。いろいろ教えて貰って凄く勉強になりました。その話が終わったあとにフェリーに乗りに行きました。フェリーで大島で行きました。フェリーでカモメが飛んでいてカッパえびせんを買ってカモメにあげてもいいよって言っていました。すごくカモメが飛んでいてカッパえびせんをあげるとめっちゃ食べていました。フェリーが動くとカモメも一緒について来ました。めっちゃいっぱいいました。

フェリーを降りて山登りをしました。友達と喋りながら山登りしました。凄くしんどかったけど頑張って登りました。いろいろ喋りながら登ってちょっと迷子になったけど凄く楽しかったです。それから向こうの人の話を聞いてから昼ごはんを食べました。食べてると雨が降ってきてびしょびしょになりました。それから雨の中で草むしりをしたりシールはりをしたり船で貝の養殖を見たいとかをしました。カモメもいました。船で友達と写真を撮ったりしてました。船で話を聞いたりしてました。船から帰ってきて貝を食べました。私はちょっと苦手でした。それが終わったらまた山をくだりました。雨が降っていて友達と喋りながらゆっくり帰ってました。しんどいなって言いながら帰ってました。凄く楽しかったです。

それが終わったらお茶を買いました。それが終わってフェリーを乗って帰りました。フェリーを降りたらバスに乗って小学校に行きました。民泊の人がいました。それから民泊の家に行きました。いろいろみんな喋っていました。ご飯を食べながら喋りながら食べで凄く楽しかっです。みんなで喋りながら楽しく過ごしました。民泊の人に小学校まで送ってもらってもう民泊は最後だったのでお別れの時に民泊の人が涙目でこっちも凄く泣きそうになりました。泣いているこもいました。民泊の人にまた来てねって言われた時に凄くなきそうなりました。また機会があれば行きたいと思いました。お別れの時はほんまに凄く泣きそうになりました。バスに乗って一生懸命バイバイしました。

気仙沼高校生との交流会に行きました。班はくじ引きやって私は友達と離れたんですけど知っている先輩がいたので良かったです。そこでいろいろなゲームをしました。自己紹介をしたりポスターをしたいととかすごく楽しかったです。人間知恵の輪もしました。凄く楽しかったです。気仙沼高校生の人たちと仲良くなれて凄く楽しかったです。楽しすぎて時間が経つは早かったです。まだ一緒にいたかったって思いました。また機会があれば行きたいなって思います。バスに乗って気仙沼高校生の人にバイバイをしました。バスに乗って昼ごはんやお土産も買いました。凄くお土産を買いました。友達と選びました。凄く選んでる時は凄く楽しかったです。それが終わったらバスで帰りました。サービスエリアに着いていろいろ買いました。食べ物も食べました。凄く美味しかったです。

気仙沼ボランティアに行って気仙沼の人たちと関わって凄く暖かい人だと思いました。また機会があれば行きたいしまたいろんな話を聞きたいなって思いました。
気仙沼ボランティアに参加して Tamura Suou

今年で3回目の参加でした。1年生のころは親に「言ってみたら?」と言われて参加しましたが2年生からは自分で親に行きたいと言いました。初めての参加の時に楽しかったのも1つの理由ですがまた来年の気仙沼の状況を知りたいと思ったからです。少しでも復興のお手伝いをして現地の方達のお役に立てたらなと思いました。そして今年も参加しましたが本当にいい経験になったなと思いました。

気仙沼1日目で今年が初めてのリアスアーク美術館に行きましたがすごく衝撃をうけました。山内さんが命懸けで撮った写真がたくさんありましたが1つ1つにその時の状況や山内さんが感じたことが書かれていたので自分もその時どんな状況だったのかと考えるきっかけになりました。特に当時津波に流された家の扉や木材などがそのままの状態で展示として置いてあって被害の大きさがよくわかりました。南海トラフ地震がきたら同じ状況になる可能性があるので他人事ではないしもっといろんな人に知ってもらいたいと思いました。山内さんが言っていましたが津波で流された家や壊れた家を瓦礫とは言わないでほしいと言っていて理由を聞くとすごく納得しました。元は自分たちの住んでいた町であり、家であったと。それは瓦礫ではなく自分たちの住んでいた場所だと言っておりました。

リアスアーク美術館の後は海辺の森を作ろう会で木を植えました。粘土土で成長しないで枯れてしまう木もあるそうで悲しいですが少しでも多く成長してまた以前のように戻ってほしいと思いました。成長した木をまた見にこれたらいいなと思います。去年は行きませんでしたが海の近くまで行き、命を救った木を見に行きました。1年の頃来た時とほとんど変わっていませんでした。なので懐かしいなと思いました。

その夜は佐藤さんのお宅に泊まりました。優しい方達でお話ができてよかったです。体を休めることができたので感謝の気持ちでいっぱいです。

気仙沼2日目は陸前高田に行きました。前に来た時よりもだいぶ盛り土が増えていました。ベルトコンベアも2年前は全然残っていて1年前は少し残っていたのが今年は全てなくなっていました。少しずつ復興してきているのを実感しました。12mほどの高い防潮堤を作ってると聞きビックリしましたが当時きた津波は15mなのでそれでも超えてくると思うとすごく怖いです。奇跡の一本松も毎年見に行ってますが目の前で見てみたいと思いました。

陸前高田の後は毎年お世話になっている大島の牡蠣の養殖場に行きました。行くまでの40分ぐらいの山登りがなかなかきついですが上からの眺めもよくて着いた時に海が目の前に見えるのでテンションが上がります。雨が降っていたので今回は牡蠣の入れる袋のシール貼りをやりましたが少しバイトしている感覚がありました。船に乗って牡蠣を見に行くのは毎年とても楽しいです。自分が住んでいる近くには海がないので余計だと思います。昔抱っこされていた子供がもう歩いていたので大っきくなったなと思いました。

大島に行った後は民泊先に戻りました。ご飯はとても美味しかったです。お米は自家栽培らしいです。2日と短い間でしたがとても楽しくて交流もできていい経験だと思いました。
気仙沼3日目は気仙沼高校との交流会でした。野球部がいなかったのは残念ですが試合に勝ったと聞いたのでとても嬉しいです。

交流会での班では仲の良い友達はいませんでしたがいろいろ話すことができたのでよかったです。方言の違いや手遊びで盛り上がりましたし、人間知恵の輪では手を繋いで喋りながらやらないとできないので交流するのにいいゲームだと思いました。気仙沼高校の方達はとても優しくて笑顔でいい人たちでした。短い時間ではなくもっと交流して仲良くなりたいと思いました。私は3年なので来年はもうないですがまた何かの機会で会いに行きたいと思います。お別れの時は少し悲しかったです。

お昼は海のいちに行き、マグロ丼を食べましたがすごく美味しくて去年も食べればよかったと思いました。

気仙沼ボランティアに毎年参加して本当によかったと思っています。もう被災してから6年経っていますがまだ復興があまりできてないところもあれば1年間の間でかなり変わっている場所もありました。去年は盛り土しているところで今年はもう盛り土が終わり新しいお店や道路ができているところがありました。そういうことは自分の目でみないとわからないことですし直接現地の方達とコミュニケーションをとることとテレビでみたりすることとは全然違います。なので3回とも参加したのはとてもいい経験ができたと思いますしまだ行ったことのない人たちや1回参加した人たちには是非続けて参加してほしいなと思いました。行きたいと思ってる人はとりあえず1回参加してみてほしいです。
気仙沼ボランティア Motoki Aika
今回このボランティアに行くのは2回目やけど今回もいっぱい学んだことがたくさんありました。

まず1日目に震災のミュージアムに行って震災の写真や震災の体験談の話をしてくださって聞いてるだけでもとても悲しくなったし津波の恐ろしさを改めて実感しました。私たちはニュースだけでしか震災の被害を見たことがなかったけど、直接その場に行き話を聞くことでニュースとはまったく違う情報が聞けてよかったなと思いました。その体験談の話をしてくれた方は家に帰ろうとしたら家どころか町がなくなっていたと言っていました。話を聞くだけで悲しいです。

その後に木を植えに行きました。震災の時に木に捕まって助かった人が何人かいたということで、もしまた津波が来たときに木で助かるように「海辺に森を作ろうの会」というプロジェクトに参加しました。一生懸命植えました。そしてその後に海辺まで行って津波のときの話を聞きました。

それが全部終わってから民泊先の方々の家に行きました。民泊先の方々は温かくお出迎えしてくれてとても嬉しかったです。はるおさんとこうこさんはとても面白くてこの民泊先でよかったなと思いました。その日の夜ご飯はからあげと酢豚でした!すごく美味しかったです!!

2日目は朝から陸前高田市に行き、「奇跡の一本松」のところや道の駅、ガソリンスタンドに行きました。15mもの津波がそこにはきていたという印があって2回目やけど衝撃すぎて言葉が出ませんでした。

その後フェリーに乗りました。フェリーではみんなでカモメにかっぱえびせんをあげて楽しかったです。降りてから50分の山登りをして牡蠣の養殖の場所まで行きました。ついてから牡蠣を出荷する袋のシール貼り、草刈り、船に乗って養殖場まで行く、牡蠣試食をしました。大変やったけど牡蠣がめっちゃ美味しかったです!!
そしてまた民泊先の家に行きました。その日の夜ごはんは焼肉でした!めっちゃ嬉しかったです!

3日目は民泊先の方々とお別れでした。はるおさんがお別れの時に泣いていてこっちまで泣いてしまいました。お別れするのがすごく辛かったです。めっちゃいい思い出になりました。お別れしてから気仙沼高校に行って気仙沼高校の生徒の方々とゲームをしたり話をして交流をしました。仲良くなって写真を撮ったり連絡先交換したりして楽しかったです。

その後にお昼ご飯やお土産を買いに行きました。海鮮丼が美味しかったです!!この4日間で色々な人と交流でき、震災のことも学べて行って良かったなとすごく思いました!また来年も行きたいです!
第四日 2017年7月17日(月)8:45 月舘小学校 八瀬森の学校のホスト家族とお別れ


八瀬 森の学校のホスト家族の皆さん 
心温まるおもてなしありがとうございました。
第四日 2017年7月17日(月)9:30 気仙沼高校 高校生交流
気仙沼高校生徒会からの挨拶の後、ワークショップの説明 80名の生徒が交流を楽しみにしていた。
気仙沼高校、春日丘高校、松原高校、北摂つばさ高校の4校によるワークショップ、和気あいあい。 大岡団長から義援金12万円を手交
第五日 2017年7月18日(火)4:30 北摂つばさ高校 まとめ、解散
 第9回気仙沼現地ボランティアを終えて   2017年7月18日

 今回は、自分自身の参加が叶わず失礼しました。
 大岡成樹団長、無事の帰阪、誠にありがとうございました。
 今年は日本のユネスコ活動70周年ということで仙台での記念の全国大会のあと、大阪府ユネスコ連絡協議会から中馬弘毅会長ご夫妻、坂口一美副会長、が気仙沼に駆けつけ激励いただきました。ありがとうございました。
 今年もバス1台50名で気仙沼現地ボランティアを開催することができましのも、春日丘高校、松原高校、北摂つばさ高校をはじめユネスコ協会ESDパスポート実践校の先生方が教育活動としての現地ボランティアを位置付けて取り組んでいただいているおかげです。
 その意味でユネスコ協会の営みに感謝いたします。誠にありがとうございます。
 気仙沼、陸前高田の様子もすこしずつ変わってきていることと思いますが、復興というにはまだまだである旨の報告を受けています。双方向の交流によって復興がさらに進むように、また両方の地域で高校生の心に親切や優しさの灯をともし続けられるように、この取り組みを続けたいと思います。今後とも、皆様のご理解とご協力をお願いいたします。        代表 松野 雅一
帰阪後、各校授業なので、万一に備えて4:00に到着、まとめのあと、振り返りのパソコン入力。完了した人から解散となりました。
みなさん、本当にお疲れ様でした。
気仙沼ボランティアを通して Wada Tsugumi
 今回の気仙沼ボランティアでは1年間でどれぐらい復興ができているのかが分かりました。私は作年の気仙沼ボランティアにも参加させていただきました、そのときはなかった建物やたくさんの盛土がありました。震災が起こった年から6年ほどがたった今は元通りというわけではないですが、少しずつ復興しているのが見て分かりました。

まず、初日の15日に南三陸町に防災庁舎行きました。たくさんの被害にあった場所で、建物はほとんどありませんでした。高いところから見廻す南三陸町はたくさんの盛土ができていました。まだ、家などはなかったですが復興に向けて進んでいることが分かりました。次は南三陸町から気仙沼市に行きました。

気仙沼市ではリアス・アーク美術館を訪ねました。リアス・アーク美術館も被害を受けていましたが今は東日本大震災の記録を写真や被災物を展示していたり、リアス地域の歴史についての展示もしています。リアス・アーク美術館に展示されているものは自衛隊が動く前の写真や客観的ではなく主観的な解説が写真や被災物にされていて、人事ではないし、もし自分がそうなったらどうして、どう思うのだろうかなどを考えることができました。私は被災してなくなった家の煉瓦などを「ガレキ」と呼ばないで「被災物」と言うようにしているという話の理由にとても共感しました。他人から見た家の欠片はガレキでも自分からすれば大切な思い出がたくさん詰まったものだからガレキなんかじゃない、その言葉がとても深く心にささりました。

そして、初日最後は海辺の森を作ろうの会の皆さんと植林活動をしました。今回の植林活動で植えたのはイチヂクやブルーベリーです。この植えた木が大きくなって誰かの命をまた救うことができたらいいなと思いながら植えました。植林活動の後は実際にその木に掴まって助かった人がいたという木を見に行きました。その後は八瀬の森にて民泊先に行きました。

2日目16日はまず最初に陸前高田に行きました。陸前高田市も被害がとても大きくたくさんの方が亡くなりました。私たちは陸前高田旧道の駅に行きました。そこには道の駅の中に津波の勢いになぎ倒された松の木が1本入り込んでいました。普通ならありえない光景でした。それだけ津波の勢いが凄かったということを物語ってします。そしてその後は語り部さんの話を聴きながらバスで一本松を見に行きました。一本松はたくさんあった松の木の中から残った最後の松の木でした。ですが、どうしても木がだめになってしまったので今は葉っぱなど人工的につけているそうです。私も一本松はずっと残していってほしいと思います。陸前高田には津波の勢いを今見て分かるほどの損傷がある建物が残されています。けど、それはあの日のことを忘れないために必要だと思いました。

その次はフェリーにて大島の牡蠣の養殖所に行きました。今回はフェリーを使いましたが地域の方とフェリーの待ち時間の間話をしていたら、橋ができたからフェリーはなくなると聞いたので少し寂しいと思いました。フェリーでは大島へ行く他の方とも色々な話を聞くことができました。

牡蠣の養殖所までは歩いて山登りで行きました。着いてからは4班に別れて4つの作業をしました。まずは生食牡蠣用の牡蠣を入れる袋にシールを貼る作業でした。この作業は人手が足りないと時間が凄くかかると思いました。次に草刈りをしました。草刈りをした場所は斜面が少し急でちょっと危ないなと思いました。その次は船に乗って牡蠣がどのように養殖されて、どのように育っているのかを見に行きました。ひとつのロープにたくさんの牡蠣が着いていて、ワカメもたくさん着いていましたがワカメは自然と落ちるそうです。あと牡蠣は最初は雌雄があるらしいですが、途中から中性になると聞いて驚きました。次は船から降りて牡蠣の養殖所の方が作って下さった蒸しガキを食べさしてもらいました。その場で出来立ての蒸しガキを食べるのは家で食べるよりも美味しく感じました帰りも同じ道の山登りをしてフェリーで帰りました。作年はほとんどが草刈りだったので新しいことができてよかったですし、もっと何かしたいと思いました。

最終日の17日は気仙沼高校の方との交流会です。大阪と気仙沼では話していてもあまり変わらないですが、ゲームなどをすると言い方が違ったりして勉強になりましたし、面白かったです。班で行った交流では夏休みについてでした。私が1番驚いたのは学校帰りに海によると答えていたので、大阪ではまず無いなと思いました。あとは、アイスやお祭りなど私たちと変わりませんでした。今回の交流では知らなかったことを知ることができましたし、もっともっと力になってあげられたらいいなと思いました。

今回の気仙沼ボランティアで私は出来ることを探すではなく、私たちがやるべきことをするを心に思って参加しました。私は来年も参加しようと思っているのでもっと宮城の方力になれるよう頑張っていきたいと思います。
これまでの気仙沼ボランティアを通じて Etsu Yukino

一番最初に思ったのは前よりかなり風景が変わったなと思いました。2年生の時は1年前と変わってないと書きましたが、今回はかなり変わってました。特に今まで無かったスーパーやコンビニは勿論、土だけの所が嵩上げされて建物が建っていたりしていました。砂利道がちゃんと道路になっていたり、細かいところまで変わっていました。今回で復興した、という実感は見受けられました。

1日目はリアスアースで当時の気仙沼の写真などを見せて頂きました。1つ1つの写真に撮った人の解説、心情が書いてました。とても心にくるものがありました。今まで瓦礫と言っていたものを何故被災物というのか、それは1つ1つに愛着があり、本当に大切なものだったということです。普段使っているため、考えを改め直す機会にもなりました。もっと早くに訪れたかったです。

続きで、植林のお手伝いをさせていただき、1年、2年の時に植えた木を見ることができました。そして今回はご好意で梅の木も植えさせていただきました。3年はこの梅の花が咲くのを見ることができませんが、2年生に託しました。もっと木が沢山生えたら、もし津波が来てもこの私達が植えた木で助かる人が1人でも多くいれば、植えた甲斐があると思います。いや、その前に嵩上げなど行っていますので、津波は来ないでほしいです。津波対策のためにではなく、自然が多い街としていてほしいです。

2日目は奇跡の一本松の所に行き、講演会を聞きました。今年からまた松の木を植えて、震災前の姿に戻そうという話を聞き、それは一年前よりも前進していると思いました。木の成長とともに、人々も成長していく姿が見受けられました。50年後になるみたいなので生きてるうちに見たいです。綺麗な砂浜と海、ボランティア行ったときとは違うな、震災前の姿だなとこの目で見たいです。そして、いつもお世話になってる大島の牡蠣の養殖に行きました。娘さんが大きく育った姿を見てほっこりました。いつもよくして頂き、最後まで手を振ってお見送りをして下さりました。もう中々会えないので、せめて牡蠣の購入をしたいと思います。それが私ができるものと思いました。

3日目の朝、2日間お世話になったホストファミリーの吉田さんとお別れしました。3年になったため、もう気仙沼に行くこと、皆さんとなかなか会えないと考えたら心寂しかったです。しかし私達が行かなくてもいい時が来たら、それは復興したといっていいと思います。気仙沼高校さんとも交流をさせて頂き、明るい生徒さんが多く、大切なひと時となりました。お土産の笹かまを買う時、気仙沼高校の男の子が、友達が笹かまを作ってると聞き、そこで作られてる笹かまを買いました。それが少しでもものになればと思います。

今回で気仙沼ボランティアは私は終わりですが、気仙沼以外にも北九州のボランティアに行きたいと思います。その思いは何故出てきたのかといいますと、3年間ずっとユネスコ部として、1人の人間として役に立ちたいと思ったからです。これからボランティアは何処でやればいいのか分かりませんでしたが、箕面のユネスコ協会があると聞いて興味を持ちました。私がこれまで培った経験を生かし、更に役に立てればと思いました。

こうやってボランティアをするにあたり、人の温かみを知るのは大変素晴らしい機会となりました。もしどこかで誰が募金活動やボランティア活動を行っている際は、気持ち程度になるかもしれないですが、協力させて頂こうと思うようになりました。大学生になったら海外に留学に行きたいのですが、もし可能であれば海外でもボランティア活動をを行い、それを日本で伝え、日本でも日本で必要としているボランティアがあればそこに行きたいです。

それと、今回のボランティアに関係ないかと思いますが私が嬉しかったことがあります。それは後輩と沢山話せたことです。ボランティアを通じてこんなにも仲良くなれたのは大変喜ばしいことでした。そして後輩に来年も行くのか聞くと、行きますという声が多かったことです。3年間ずっと行ってきて、今回受験があるからやめておこうと思いました。しかし、民泊で寝る前にやったりして時間はあったので、3年間貫き通すというのが私の中ではとても大切なものになりました。今2年連続で行っている後輩には是非とも3年間行ってほしいですし、2年からの参加でも3年生になっても行ってほしいです。そして先頭を切って皆を引っ張っていってほしいです。
気仙沼ボランティア Dote Mimini

今回、私は2回目の参加だったけど、去年とは違うことを感じました。民宿先が違うってゆうのはもちろんあったけど、それ以外にもバスから見える風景とかがすごく変化しているなって思いました。去年は盛土してなかった所が、盛土されていたり、防潮堤が出来ていて海が見えなくなっていたりその他にもたくさんの場所が変わっていました。防潮堤で海が見えなくなっていたのはすこし残念でした。でも、また津波が来たらって考えたらやっぱり必要なのかなとも思いました。

去年は行かなかったリアス・アーク美術館に行った時に主観的な意見が載っていてその文章を読みながら確かにこんなことになったらそう思うなっていうものが多くありました。もし、震災が来て家が流されて家族がいなくなって…って考えたらすごく悲しいしもう立ち直れないなって思いました。なのでそんなすごい被害にあっているのに立ち直っているのがすごいなって思いました。でも、その展示の中で「内面と外面は違う」って書いてある文章があってそこに、「ボランティアに行った人達が被災地の人たちに元気をもらったと言っていました。」って書いてる文章があってその下に「でも、それは外面で、内面は違うこともある。」って書いてあって、やっぱりそうだろうなって思った。家族とか家がなくなったのにいくらボランティアで来てくれた人達だといってもにこにこした笑顔を振りまけるわけがないと思いました。自分やったら笑うことも出来なくなるだろうなって思いました。

「海辺の森を作ろう会」の植林活動では、去年とは違うところに木を植えて、去年の木が成長している姿を見ることができてよかったです。今年植えた木も来年行った時にどれだけ成長してるか楽しみです。民宿先では、家も広くてとても楽しく過ごさせてもらいました。美恵子さんと、お父さんとの交流もいっぱい出来て楽しかったです。みんなでトランプしたりとか色々学校の話とかして本当におばあちゃん家に来てるみたいで楽しかったです。ブルーベリーを収穫させてもらって、それを食べさせてもらって美味しいのとか酸っぱいのとかいろんな品種のものがあって美味しかったです。カモシカの話とかニホンジカの話とかもしてもらって色々知れました。ご飯もとても美味しかったです。また来てねって言ってくれて本当にまた行こうと思いました。本当に色々優しくしていただいて楽しく過ごせました。ありがとうございました。

3日目は陸前高田でガイドさんの話を聞き、奇跡の一本松を見たあとフェリーに乗って大島に行きました。大島の橋が完成したら、フェリーが無くなるから乗れるのはこれが最後になるのかな?って思いながらフェリーに乗りました。カモメにカッパえびせんをあげたら手を噛まれたりとかしたけど可愛かったし楽しかったです。牡蠣の養殖場は、雨が降っていたので去年しなかったシール貼りの仕事があって楽しかったです。でも、あの作業をずっとしてたら疲れるし飽きるだろうなって思いました。去年たべれなかった牡蠣が食べれて美味しかったです。牡蠣のイカダが竹のものよりプラスティックのものの方が7か、8倍の値段だって聞いた時は高!って思いました。その他にも牡蠣の事を知れてへぇーって思うことがありました。

4日目は気仙沼高校に交流をしに行きました。去年はなんかよくわからなくてどうしたらいいのか分からずみ、え?ってなりながら終わってしまってあんまりいい思い出じゃなかったけど今年はアイスブレイクの時からいろんな人としゃべれて楽しかったです。夏といえばって言うテーマでみんなで意見を出し合うやつはよく考えたら夏って言われて思いつくものってそんなにないかもって思いました。でも、みんな違う意見があって思った以上に夏についてのものがあってびっくりしました。方弁とかでこれわかりますか?とか言って遊んでる時にいっせーのーで!ってやるゲームの話が出て向こうではチュンチュンって言うって聞いてびっくりした。それで、9人でやってみたら思った以上に合わなくてなかなか終わらなかった。でも、合わないことが逆に面白くて楽しかった。今年は気仙沼高校との交流がいい思い出になってよかったなって思いました。

最後に、今回の気仙沼現地ボランティアで思ったことは6年ぐらい経って景色も風景も変わってただ、開拓してる街にしか見えないような感じだけど、行方不明の人もいるし家が流されてまだ自分の家に住んでない人もいる事がとても悲しいことだなって思いました。いくら復興してるって言ってもやっぱりまだまだ復興してないのかなって思いました。むこうの人が笑顔で話しかけてくれたり、震災のこととか教えてくれたりするけどその中にはまだ、傷が癒えていない人がいるんだなって思いました。これからも自分がなんの役に立つか分からないけど少しでも何かの役に立てたらいいなと思って色々なことに取り組んでいこうと思います。

2017体育祭、文化祭での企画決定。新メンバーも参加。 20170630   

 今年の体育祭、文化祭の出し物を決めるためにミーティングをしました。今年の文化祭の企画は、アジアユースフォーラムに参加するSakihoさん、Amaneさんの企画を反映してどうするかを話し合いました。

 体育祭は、レース部門とはフォーマンス部門の両方に参加することとなりました。レースは3年生のChihiroさん、Yukinoさん、Yukineさん、Rioさんの4名です。パフォーマンスはMiminiさん、Tsugumiさん、Yuranaさん、Mioさんの4名です。それぞれの部門において1年生はリザーブメンバーということになります。

 文化祭は東日本大震災のパネル展示、募金、缶バッチ配布、この他、助成金が得られれば、被災地の特産品(密封されたもの)を販売して、売り上げをすべて寄付金としてアジアの国に送ろうということになりました。

 新メンバーのAiriさんの紹介もあり、また体育祭へのエントリーは初めてのことでもあり、今後に期待できるミーティングとなりました。

アジアユースフォーラムに1年生のSakihoさん、Amaneさんがエントリー 20170817-22   

 ESDパスポートの実施校において、アジア協会アジア友の会が主催するAsia Youth Forumへの参加が呼びかけられています。これについて校内で呼びかけたところ、ユネスコクラブのSakihoさんとAmaneさんがエントリーしてくれました。先日5月29日には春日丘高校にて、打ち合わせをしました。

 7月11日にはアジア協会アジア友の会に行って、打ち合わせをします。

安威川・茨木川の合流地点でアユ遡上についての観察ボランティアU。 20170611   

 茨木自立支援センターと連携して、自然観察のボランティアに参加しました。内容は、安威川と茨木川との合流地点で、アユが遡上しているかどうかを確認するというボランティアでした。

 参加は3年Ryoさん、Sayakaさん、Yukineさん、2年Yuranaさん、Mioさん、Yuさんの9名でした。

 Sayakaさん曰く「アユはいたんですけど、全然取れなくて、苦戦しました。結局取れなかったのが残念です。カニとかエビとかそれぞれ捕まえてて、楽しめました」とのこと。

葦原小学校ドッチボール大会で全7チームの監督務める 20170609   

  葦原小学校の関連三団体が主催する小学校低学年のドッチボール大会の監督を依頼され、7チームの監督を務めて半日を過ごしました。低学年の子どもに囲まれて楽しい1日でした。

 参加は3年Aiさん、Sayakaさん、Miyabiさん、Nanahoさん、2年Tsugumi,さん、Miminiさん、Yuranaさん、Mioさん、Yuさんの9名でした。低学年の子どもがおんぶをねだってきて、楽しかったけど大変だったとのこと。

 閉会式では2年連続参加のAiさんが高校生からの代表挨拶。終了後、PTAの皆さんから昼食のカレーライスをいただき、ほっこりする1日でした。

安威川・茨木川の合流地点でアユ遡上についての観察ボランティア。 20170528   

 茨木自立支援センターと連携して、自然観察のボランティアに参加しました。内容は、安威川と茨木川との合流地点で、アユが遡上しているかどうかを確認するというボランティアでした。

 この日は5名のユネスコ部員が参加しました。

 残念ながら、アユの遡上は確認できませんでしたが、小学生と一緒に楽しい1日になりました。


3月の気仙沼・登米高校招待に向けて阪急茨木市駅前で募金活動 20170525.26   

 がんばろう!つばさネットワーク主催の募金活動に参加しました。7月の気仙沼現地ボランティア参加メンバー、国際エリア2.3年生と共に3月の気仙沼・登米高校野球部の招待に向けて募金活動を展開しました。

 20170525は参加生徒46名、20170526は参加生徒40名、集まった支援金は全額、年度末の招待試合のバス代に充てられます。高校生の親切行動を支援し募金を入れてく下さった皆様、ありがとうございました。

 写真は全て20170525および26 阪急茨木市駅前 がんばろう!つばさネットワーク

荒木千尋さん 全校ユネスコ研修集会にて英語でインドネシア報告 20170430   

 第7回目ESD国際交流プログラムに全国のユネスコスクールから101名の応募があり、本校から応募した荒木千尋さんの作文が見事選出され、3月24-30日の日程でインドネシアに派遣されました。

 「有色人種による世界初の国際会議」と言われたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)が1955年に開かれたバンドンでは、英語で東日本大震災の復興支援活動を報告しました。その短縮バージョンを発表してもらいました。
 
 そして、インドネシアでの体験をまとめたプレゼンテーションをしてもらいました。

 今年、気仙沼に参加する3年生の草野さくらさんによる気仙沼ボランティアの呼びかけの後、荒木さんが自分の言葉で気仙沼ボランティアを再度呼びかけました。

20170430  ユネスコ全校研修の最後に、気仙沼ボランティアの参加を呼びかける荒木千尋さん

気仙沼高校・登米高校の受け入れで活躍 20170325-27  野球部 主催:がんばろう!つばさネットワーク

2017年3月25日 歓迎会 登米高校vs茨木高校 気仙沼高校vs春日丘高校 の親善試合 茨木市福岡洋一市長の挨拶と始球式 ダンス部応援演技
2017年3月26日 ホスト家族宅へのお迎え 気仙沼高校vs北摂つばさ高校  登米高校vs北摂つばさ高校  
2017年3月27日 ホスト家族宅へのお迎え 金光大阪へ移動する気仙沼高校・登米高校の見送り
気仙沼・登米高校を受け入れて 3年 Funo(感想)
私は、ホームステイ先が去年とは違いました。森田さんのお家では、送り迎えをしたときに毎回、人数分のお菓子をくれましたた。すごく優しいお父さんでした。
森田さんは二日目の野球の試合を観に来てくれました。一日目は歓迎会をしました。私は気仙沼に行ったので顔を見たことがある人がたくさんいました。
歓迎会のダンス部の発表では、全国レベルのダンスを気仙沼や登米高校のみなさんに見てもらえることできてすごく嬉しかったです。ダンス部の発表は本当にかっこよくて、いいスタートをきれたと思いました。
そのあとに市長さんの始球式を見ました。

二日目はホームステイ先にお迎えに行きました。そこで、私が気仙沼に行ったときに一緒にグループワークをした人がいました。あまり話せなかったけれど、写真を撮ったりできました。その日は夕方の送迎もあったので、一日中野球の試合を観ていました。つばさ対気仙沼の試合とつばさ対登米高校の試合はどの試合も迫力があってみんなかっこよかったです。

つばさ対登米高校の試合はいい試合をしていました。難しいルールだけど、野球を観るのはすごく面白いので好きです。
そのあとは雨が降ってきたので食堂でみんなが集まって話をしていました。
部員同士が仲良く話をしていてすごくいいなと思いました。帰りは雨が降っていたけど、濡れながら自転車の後ろに野球部のカバンを乗せて歩いて帰りました。
だんだん仲良くなってきて嬉しかったです。3日目は朝、送迎に行ったら、すぐにバスに乗ってお別れでした。3日間すごく短くて、楽しい時間を過ごせました。帰るときにマネージャーさんからミサンガを頂きました。去年ももらったので嬉しかったです。
お別れは本当に寂しかったけど、夏の気仙沼ボランティアに行くので、またその時に会って仲良くなれたらいいなと思いました。

気仙沼・登米高校を受け入れて 3年Karin
2017年3月25日は開会式をみてダンス部のパフォーマンスを見ました。迫力があってすごかったです。そのあとは、市長の始球式をみてそのあとにみんなで写真を撮りました。ユネスコが作ってた綿菓子の味見をしていました。おいしかったです。それで夕方になるとマネージャーの女の子をホストファミリーの家までおくりました。2017年3月26日は、朝からホストファミリーの所に行って送り迎えをしました。

(トータルに感じたこと)1年生のときはまだ何をしたらいいのか何もわからなかったので先輩たちについていくことばかりだったけど、今年は自分たちが中心になってちゃんとしないとなと思いました。私は開会式のときのダンス部のパフォーマンスをみてかっこいいなとおもっていました。迫力がすごくて鳥肌が立ちました。みんなの表情とか一生けん命だったのですごいなと思っていました。市長の始球式はあんまりちゃんとみれなかったけど、市長がずっと練習していてみんなでうまいなーってはなしたりしていました。去年に比べていろんなことをしたりできるようになっていったのでよかったなとおもいましたし、たのしくできました。ユネスコ部がわたがしをつっくていてみんなでそのわたがしを味見したりしていました。そのとき小さい子たちが行列を作って並んでいておいしそうにたべていたのでよかったなってはなしていたりしていました。送迎にいったりしたとき向こうの学校の人と少しでもはなせてよかったなと思いました。そうげいは、去年に比べてすごく近場だったので、いきやすかったし向こうの人とみんなで写真も撮れたのでいいおもいでになりました。二年生はこれが最後の送迎だったので去年よりも楽しんでできたし、今までにない良い経験になったと思うのでよかったです!

気仙沼・登米高校を受け入れて 3年Ayane
2017年3月25日開会式でダンス部としてダンス披露&市長の始球式参加&試合終了後、前川さんの家に登米高校と気仙沼高校の野球部員をおくりに行く
2017年3月26日試合終了後、前川さんの家に登米高校と気仙沼高校の野球部員をおくりに行く。

私は、昨年度も二年生の国際エリアとして、気仙沼高校さんと登米高校さんをホストファミリー宅に送迎をさしていただきました。今年は昨年とは違い開会式ではオープニングを代表してダンス部が歓迎演技をさしていただきました。運動場で踊るのは初めてで、踊り慣れない環境での演技で戸惑うこともありましたが、無事演技を終えることができました。茨木市の市長さんや地域の方々、たくさんの高校の野球部の方たちの前での演技後のあいさつはとても緊張して頭が真っ白になりましたが、あんなに多くの方の前であいさつをすることはなかなかないのでとてもいい経験になりました。そして、夕方には試合を終えた気仙沼・登米高校の野球部員さんを前川さんと平尾さんの家に送りに行きました。昨年も前川さんと平尾さんの家に気仙沼・登米高校の野球部員さんを送りに行かせていただいたので、道に迷うことなく野球部員さんを送ることができてよかったです。

二日目の夕方は前川さんの家に気仙沼・登米高校の野球部員を送らせてもらいました。あまり話す時間はなかったですが、方言が関西弁とは違ってとても優しい方言だなと思いました。そして、私の家では3年前と2年前に二度ホストファミリー受け入れをしました。その時は気仙沼高校の野球部のマネージャーさんが来られました。わたしが中学校の時にその経験をし、その時に私は北摂つばさ高校に入学して気仙沼のボランティアに参加したいなと思いました。そして二年前の高校一年生の時に気仙沼ボランティアに参加しました。気仙沼高校の野球部員の方たちとの交流会の時にすごくおもてなしをしてくださり、グループワークなどをしてとても楽しかったのを覚えています。少しでも二年前の恩返しができたらなという思いで今回の気仙沼・登米高校さんの交流に参加しました。今回の交流で高校生としてこのような経験をするのは最後ですが、この経験を忘れずこれからもボランティアを続けていきたいと思います。

気仙沼・登米高校を受け入れて 3年Miharu
2017年3月25日朝、国際エリアのみんなで集合して点呼をとり開会式に参加しその後ダンス部の演技を見ました。すごくかっこよくて感動しました。気仙沼・登米・つばさ高校・小学校の野球部のみんなと写真を撮りました。
その後は、みんなで綿菓子を食べたりお話しをしたり茨木の市長さんの始球式を見たりとよい午前になりました。午後は、気仙沼高校の人達をホストファミリーのお家に案内しました。気仙沼で会って以来約1年ぶりで去年も案内した人たちだったのですごく会った時は嬉しかったです。
2017年3月26日は、午前は男子と後輩に任して私達は午後の案内をしました。2日目だったのでお話をしたりしながら家に送りとげました。雨がふっていて疲れていたと思うのに笑顔で接してくれてさすがだなと思いました。
2017年3月27日最後だったので朝から行きました。気仙沼の人たちと写真を撮ったりお話をしたりお菓子をくれたりとすごく幸せな時間となりました。もう会う機会がなくなると思ったら寂しかったし悲しかったけれどまた会える日を楽しみに日々暮らしていきたいと思いました。
大阪で出会ってまた気仙沼で再会してまたまた大阪で会って・・・。東北の方々と会う機会なんてめったになかったので良い経験にもなったし自分の人生の中の良い思い出になりました。また大阪に遊びに来て^^
(感想)気仙沼・登米高校と交流できて楽しかった。そのおかげで気仙沼にも行くことができたし何もなかった高校生活だったのに良い貴重な体験ができ良い思い出になりました!

気仙沼・登米高校受け入れの振り返り 2年Amane
3/25の自分の役割とやった活動。まず、気仙沼登米歓迎会でとても重要な役割となる司会を本田さんと共に務めさせていただき、藤井先生に原稿を作ってもらい、私たち二人で出来る限り全力でやらせていただいてちゃんとハキハキと大きな声で話すことが出来てよかったです。
歓迎セレモニーが終わってからは会場模擬店スタッフをしました。
模擬店スタッフでは、気仙沼、登米高、春日丘、茨木の野球部監督や選手のホストファミリーの方々にコーヒーをお入れしたりしました。コーヒーを作るのは初めてでしたが前の日に練習していたので苦すぎず丁度いいコーヒーを差し出すことが出来ました。
ホストファミリーの方にも美味しいと言ってもらえて嬉しかったです!
他には綿菓子を作ってスポーツ少年団の子たちにもちゃんと作ってあげて美味しそうに食べていたのを見てなんだか嬉しくなりました?

3/26の役割と活動。この日はまず朝に二件のホストファミリーの方の家に選手達をお迎えに行きました!朝からとてもテンション高くて登米高の同い年の人たちと少し話せました(笑)試合を見ながらも選手の皆さんに声援を送れたかな???と思いました!この日も会場スタッフをしました!
先日と同じように綿菓子、コーヒーを差し入れしたり、選手の皆さんにも気軽にどうぞと言いに行くとありがとう〜!、ありがとうございます!、昨日司会やってた方ですよね?上手かったです!と声かけしていただきとても嬉しく思いました!

3/27の役割と活動。この日はお迎えに行かずにJR茨木市駅に気仙沼登米高校との親善野球試合の看板?を外しに行きました。
その後、本田さんと最後まで気仙沼高校の皆さん、登米高校の皆さんをお見送りをしようと思い、金光大阪である試合を観に行くことにしました。
そこでみた試合で一番に感じたことはやはり金光大阪の野球部は本当に強いな〜と思いました。
登米高と対戦した試合でも圧倒的に点を取ってたし、気仙沼高と対戦した試合でもかなりの得点を取っていて見てられないくらい負けていたのですが彼らは最後まで諦めずにバッターボックスに立ち、ボールに集中して毎回1人はヒット打つのですがなかなかあとが続かなくてやっている本人が一番悔しいだろうけど、観ている私までなんだか悔しい気持ちになりました。
なので、また来年北つばに来た時は是非、また強くなって帰ってきてほしいと思いました。

振り返って感じたこと。初めてこの気仙沼登米高歓迎会に参加させていただいて、どの場面に関してもとても良い体験をさせていただきました。
一つは人生で初めて司会をしてしかも歓迎会セレモニーの司会進行だなんて、こんな私が出来るなんて思ってもみませんでした。
ですが、実際にやってみると思ってたよりもずっと緊張感もなく、どことなく楽しくてワクワクしました!(笑)
この交流会が終わって気仙沼登米高の選手たちが宮城県に戻る直前に何人かの選手とLINEで繋がってとても仲良くなれて今でも会話が続いているので今度気仙沼に行くのが楽しみでなりません!
登米高の人たちにも気仙沼高校に来てほしいです??登米高の人たちともっとちゃんと話してみたいな〜と思いました

気仙沼・登米高校の方と交流して 2年Mai
@気仙沼・登米高校歓迎会 A気仙沼・登米高校送りスタッフ B気仙沼・登米高校迎えスタッフ
私は最初、気仙沼・登米高校の方々と交流をすると聞いた時なにをするのか分からないしとても不安でした。でも少しわくわくした気持ちもありました。25日の当日になると、気仙沼・登米高校の方々だけではなく少年野球の子供達や大阪の他の高校の野球部の方々もいらっしゃっりたくさんの人がいてびっくりしました。ユネスコ部の方々がわたがしを作ったりもしていてとても賑やかな雰囲気でした。茨木の市長の方もいらっしゃり、すごい取り組みを北摂つばさはしているんだなと思いました。ダンス部のダンスもとてもレベルが高くてもっと雰囲気が盛り上がったと思いました。みていてかっこよかったです。宣誓をしていらっしゃる姿がみなさんとても堂々としていてすごいと思いました。市長さんの始球式もとても盛り上がっていました。最初に送り届ける時にどんな方が来るんだろうと少し不安でした。でも実際はとても気さくな方で楽しかったです。最後の日は少し名残惜しかったけど、みんなで集合写真も撮れたし本当に良い交流ができたと思いました。本当にこの取り組みは素晴らしいし、国際エリアに入って参加できてよかったなと思いました。これからもずっと、気仙沼・登米高校と北摂つばさの交流が続いていけば良いなと思いました。来年も楽しみです。

気仙沼・登米高校の方と交流して 2年Akiho
@3/25 気仙沼登米歓迎会、気仙沼登米送りスタッフ B3/27 気仙沼登米迎えスタッフ
私は去年、第7回の東日本大震災の復興現地ボランティアに参加していて、その時に会った気仙沼高校の野球部の人が大阪に来てくれて、また会えたことが一番嬉しかったです!25日はダンス部として歓迎会に出れてすごく楽しかったし、野球部さんの前で踊れて良かったです。その後のホームステイ先まで送る人たちの中に気仙沼高校で会った野球部の人がいてびっくりしました。その人は気仙沼高校の人で、気仙沼で去年あった時と身長は伸びてたけど顔は全然変わってなくて、すぐわかったし嬉しかったです。もう2人登米高校の人もホームステイ先まで送りました。登米高校の人は初めて会ったのに凄くノリがよくてずっと話しかけてくれてすごく嬉しかったし話してて楽しかったです!大阪弁や〜すごい〜とかゆうててほんまに面白かったし、登米高校の人たちも凄くなまってて、全然聞き慣れなくて違和感がすごくありました。でも最後らへんはもうそのなまってるのも慣れてきて、自分もなまって友達に喋っちゃってたりしました。ホームステイ先の人は挨拶にいった時から凄くいい人達でそこにホームステイするの楽しいだろうなぁいいなぁと思ってました。27日は迎えスタッフをしました。その日は朝早くから集まって迎えに行きました。めっちゃ眠かったけど、迎えにいったとき野球部さんがめっちゃ元気におはようございます!って言ってくれてすごく元気でたし目も覚めました。そしてその日は最終日でホームステイ先の人と気仙沼・登米高校の人たちがお別れをする挨拶をしてて、やっぱり3日間一緒に住んでた人達とのお別れはちょっと悲しかったりするんかなぁと思ってました。そして自分たちにも礼儀正しく挨拶してくれて可愛い手作りミサンガと手紙を貰いました。2日間のちょっとの時間しか会ってないし喋れてないのに、ああもう今年は会えないんだなぁって思って少し悲しかったです。その後学校での、バスで送る時も全然知らん気仙沼・登米高校の野球部さん達も元気よく最後まで手振ってくれてめっちゃ嬉しかったです。気仙沼高校と登米高校の野球部の人たちは面白くて元気ある人ばっかりだなぁと思いました。
交流であった人達はみんな凄くいい人たちだらけで、礼儀もめっちゃ正しくて、自分たちももっとしっかり挨拶したり礼儀正しくしなあかんなぁと思いました。
普通は出来ない人たちとの貴重な交流ができてすごく良かったし、いい経験になったなぁと思います。気仙沼高校の野球部さんも登米高校の野球部さんも手紙に、甲子園に絶対に行くので応援してくださいと書いてあって本当に凄いなぁと尊敬したし、本当に甲子園に行って欲しいし応援しよう!とおもいました。そして自分も負けずにダンス部としてもっと頑張らないとなと思いました。

今回の交流会に参加できて凄く楽しかったし、今年の現地ボランティアは行けないけど今年も行きたかったなぁともおもいました。でも、また来年この交流会があるなら一年経ってから会えるのが楽しみです!そして、次はもっと積極的にいろんな人と喋って、仲良くなりたいなと思うし、少ししか手伝えてなかったので来年はもっと手伝えたらいいなと思います。

東日本大震災のことは、正直いま忘れてきていると思います。でも私は去年現地ボランティアで行って、そこで見て聞いてきたことをすごく覚えていて忘れれません。そこで何があったのかを知っている自分がいるから、今回のこの交流で会った野球部さんにはすごく感動しました。野球部さんがそのときどこにいてどうしてたのかは分からないけど、もしかしたら大切な人がなくなったり、自分もその時危なかった人もいたかもしれないのに、大阪にちゃんときて野球部としていることが本当にすごいことなんだなと思いました。だからこの交流会のおかげで、もっと皆んなが震災のことを調べたり知ってくれたらいいなと思いました。今年の修学旅行では震災学習として宮城にいくのでもっと自分も被災地でなにがあったのか学べたらいいなと思っています。

気仙沼高校・登米高校の受け入れに向けて120名で参加者集会開催 20170321 

 東日本大震災が発生して6年が経過しました。

 その間、ユネスコクラブでは、2011年8月に気仙沼高校の生徒会メンバー、2012年8月の気仙沼高校、志津川高校の生徒会、気仙沼高校のダンス部のメンバーの招待を経て、2014年3月、2015年3月に気仙沼高校野球部を、2016年3月には気仙沼高校、登米高校の野球部を招待して、被災地との交流を深めてきました。
 
 この度、6回目となる大阪招待を前に、参加者集会を開催しました。

 松浦英二校長が参加者全員に檄を飛ばしました。

 野球部、ダンス部、国際エリア1.2年、ユネスコクラブの代表から、それぞれの気持ちを述べて、やり遂げようという、みんなの気持ちを可視化して確認することができたと思います。



20170323 真砂玉島台自治会会館への布団の搬入をサポートする

20170323 送迎で活用する自転車の整備。鍵を付け替えに行きました。

ESD国際交流プログラムで全国12名に選出され、2年生 荒木千尋さん、3月にインドネシアへ

 第7回目ESD国際交流プログラムに全国のユネスコスクールから101名の応募があり、本校から応募した荒木千尋さんの作文が見事選出され、3月にインドネシアに派遣される、という20170131付の通知が届きました。このプログラムは公益社団法人日本ユネスコ協会連盟が主催し、第4回の同プログラムでは本校生徒がパリのユネスコ本部に派遣されています。
 昨年はパリのテロ事件で中止となり、今年、行き先をインドネシアに変更して募集されました。インドネシアでは1955年に「有色人種による初めての世界会議」と言われたアジア・アフリカ会議が開かれたバンドンを中心に訪問し研修する予定です。

 ユネスコクラブで活動している荒木千尋さんは、提出した作文で茨木市人権作文社会人の部で入選し、2016年12月20日に表彰されていました。今回はその作文を手直しして応募し、全国から101名が応募する中、見事、全国12名のうちの1人に選出されました。前回のパリ報告と同様、帰国後、いろいろな機会で報告してくれることと思います。

20170201 選考結果を聞いて
アジア・アフリカ会議(バンドン会議)
についてはこちら 
世界史の窓 Wikipedia

One World Festival for Youth で3本の報告 

 20161223 終業式を前日に終えた、本校からは、ユネスコクラブ、ユネスコ協会ESDパスポートボランティア認定証受賞者など、25名のメンバーが3つの企画に参加し、3本のレポートを発表しました。

 10:40から行われた「ユネスコ協会ESDパスポート体験発表会」は、大阪府下から、清明丘小学校、鶴見橋中学校、今宮高校、追手門中高校、春日丘高校、コリア国際学園中高部、泉北高校、帝塚山学院泉ヶ丘高校、羽衣学園高校、北摂つばさ高校、松原高校から高校生82名、社会人35名の117名が参加して、各校代表によるスライド発表、グループ討論の後、ボランティア認定証受賞式が行われました。
 本校からは25名が参加、石橋幸音さん、西岡涼さんが1週間かけて作ったスライドで発表するとともに、9名がボランティア認定証を受賞しました。受賞者は3年成富安祐子さん、葉山真凡さん、吉田怜矢さん、2年福山里桜さん、石橋幸音さん、西岡涼さん、森本七帆さん、荒木千尋さん、後藤彩音さん、友成知里さんです。

 13:30から行われた「韓中日ユネスコ国際ユースフォーラム報告、小さな外交官プロジェクト報告」は、高校生27名、社会人24名の51名の参加で実施され、佐野高校、春日丘高校、北摂つばさ高校の3名が発表しました。本校からは3年の藤原千尋さんが7月の城南訪問について、報告してくれました。
 東アジア3か国の若い世代の連携が平和に向けての大きな力になりうる、ということを確認する機会になりました。各主催団体である、日本ユネスコ協会連盟の長倉義信様、元コリア国際学園のオム・チャンジュン様からコメントをいただき、非常に大きな学びの機会になりました。 

 15:00から行われた「気仙沼現地ボランティア報告会」は、高校生27名、社会人24名の51名の参加で実施され、現地に行った7校のうち、北摂つばさ高校2年の荒木千尋さん、福山里桜さんが全体活動の流れを、柴島高校、住吉高校、春日丘高校、帝塚山泉ヶ丘高校、松原高校からは気仙沼に行って感じたこと考えたこと、を、それぞれ参加者の言葉で6校の生徒が話してくれました。

 現地ボランティアに参加し高校生をサポートし続けている大阪市立大学大学院の修了生阪野修様ご夫妻からのコメントをいただくとともに、司会は、現地ボランティアに4回参加した北摂つばさ高校の西田怜央さんが務めるなど、活動の広がりを確認する機会にもなりました。最後は本校の松浦英二校長から「震災復興の駅前ボランティアを続けている高校生を見ていると嬉しくて自分たちも救われる気がする。皆さんは茨木市民の誇りです。」という趣旨の、市民からの激励の手紙が紹介され、迷っている人はどんどん参加してほしい、と激励をいただきました。

鳥取県立倉吉農業高校に義援金を届ける 


 20161209の3日間、募金した春日丘高校、北摂つばさ高校の2校を代表して義援金を届ける

 この日は2学期の期末試験の最終日。2校を代表して2年生の悦さんが日本ユネスコ協会連盟理事の坂口一美さんとともに倉吉農業高校を訪問し、11月に茨木市駅前で募った募金をお届けしました。

 倉吉農業高校の周辺にはブルーシートで屋根を覆った家が多数、見られ、震災の被害をうかがわせる光景が広がっていました。校長先生から学校の説明を受けるとともに、3日間で集まった義援金90,433円を生徒代表にお渡ししました。

 倉吉農業高校からは、お米甲子園で全国優勝した倉吉農高のお米が記念品として贈られました。 

 大役を果たした悦さんは「こんな機会をあたえていただき、とてもいい体験ができました」と話してくれています。お疲れさまでした。

写真下は学校周辺のブルーシートに覆われた家並み、ロールオーバー写真は倉吉農高のお米。

鳥取地震の救援募金 


 20161109.15.17の3日間 春日丘高校、北摂つばさ高校の2校で鳥取地震の義援金募金

 この日は阪急茨木市駅前で、がんばろう!つばさネットワークの主催の鳥取地震の義援金募金を実施しました。国際エリアのメンバー、ユネスココーディネータの募集によるメンバーなどが参加しました。

 9日は48名が参加し45分で30,096円の義援金が集まりました。15日は39名が参加し29,683円、17日は47名が参加し30、654円の募金が集まりました。合計90,433円の募金は全額義援金としてユネスコ協会を通じて鳥取の被災地にお送りします。春日丘高校からの生徒を引率してこられた先生からは「北摂つばさ高校の皆さんの活動で茨木市が明るくなる。ありがとう。」と激励の言葉をいただきました。参加してくれた生徒の皆さん、ありがとうございました。

つばさフェスティバル 


 20160910 つばさフェスティバルで気仙沼ボランティアの展示と缶バッチ配付

 この日は北摂つばさ高校の文化祭でがんばろう!つばさネットワークの協力による、気仙沼ボランティアの展示と缶バッチ配付を行いました。写真は真砂玉島台の自治会長の洗さんファミリーと事前のミーティングの様子です。ご来場いただきました皆様、ありがとうございました。

玉島地区夏祭り 


 20160820 玉島地区の夏祭りでポップコーンの模擬店で大活躍

 この日はユネスコクラブのメンバー5人で参加しました。ポップコーンの販売直後はぼちぼちの売上でしたが、夕方の6時をまわるとお客さんの列が途切れず、大盛況でした。売上は全額、玉島地区の子ども会活動などに活用されます。

白川地区夏祭り 


 20160806.07 白川地区の夏祭りで焼き鳥、ヨーヨー、かき氷の模擬店で大活躍

 この日は白川地区の夏祭りに福祉エリア・国際エリアのメンバーとユネスコクラブのメンバーで連日20名以上で参加しました。焼き鳥は販売開始から、ボランティア終了時刻を越えても長蛇の列が続き、その間、焼き続けていました。ヨーヨー、かき氷も長蛇の列で汗だくになりながらも、楽しいひとときでした。

日中韓ユネスコ高校生国際フォーラム  韓国城南スタディツアー  

 20160723-28 ユネスコ韓日中国際ユースフォーラム
 20160726-30 城南(Seongnam)スタディツアー

 ユネスコ協会ESDパスポートの実施校に2016年の夏に韓国での交流に二つのチャンスがまわってきました。一つは日本ユネスコ協会連盟が主催するソウルでのユネスコ韓日中国際ユースフォーラム、もう一つは韓国京機道城南(Seongnam)市青少年財団盆唐板橋青少年修練館が主催する板橋(Pangyo)でのスタディツアーでした。

 北摂つばさ高校ユネスコクラブのChihiroさんが城南スタディツアーに参加しました。参加生徒はコリア国際学園高、北摂つばさ高、春日丘高、帝塚山泉ヶ丘高、佐野高、羽衣高からの女子10名でした。

 26日はホスト家族となる高校生徒とのアイスブレイクで打ち解けました。
 27日はグループごとにソウル市内の視察でした。韓国製の美容用品を買いたいと思っていた人が多く、ショッピングで有名な明洞に行ってショッピングするグループが多かった様です。大人は鐘路洞、パゴダ公園、昌徳宮、青瓦台(大統領府)、さらに明洞大聖堂、韓国ユネスコ本部にまわりユネスコ韓中日ユースフォーラムに参加している松原高、春日丘高、帝塚山泉ヶ丘高、コリア国際高のメンバーを激励しました。夜は南山タワーに集合し、夜景を楽しんだ後、タワーからソウル、板橋へと路線バスを乗り継いで、ホスト家族宅に戻りました。

 28日は全体での歴史ツアーでした。この日はソウル大学大学院生等で作るHologramという歴史研究グループが指導者となって歴史学習をしました。Hologramは韓国、日本、ベトナムの教科書、博物館を研究して、各国が歴史の一面のみを強調してないか、という観点から実証研究をしています。

 ナヌムの家という元従軍慰安婦の方々が暮らしている施設に行き歴史資料館の見学と元従軍慰安婦の方々からのお話を伺いました。当事者の高齢化により直接話を聞く機会は困難になると思われるので、貴重な機会となりました。

 続いて、ソウル市内の戦争博物館に行きました。ここはかつての韓国陸軍本部、米韓統合本部、在韓米軍本部などがあったそうです。在韓米軍本部を除いて移転するとともに、戦争博物館に改修したそうです。ここでは文禄・慶長の役、朝鮮戦争、ベトナム戦争の資料を見学しました。Hologramの方から博物館の展示を見ながら、自国のベトナム戦争での加害性や慰安婦について展示していない、と説明をしていただきました。日本、韓国、ベトナムがそれぞれ自国の加害性と被害性をともに展示し直視することで相互和解の関係ができるのではないか、との説明に、非常に考えさせられる研修となりました。

 この後、建て替え工事中の日本大使館の前にある従軍慰安婦少女像の見学に行きました。テレビでは時々見る像ですが、実際の像を前に、参加者はいろいろ思いを巡らせたことと思います。
 
 29日は全体での城南ツアーでした。集合のあと、近くの店舗に場所を変えて韓国料理体験をしました。トッポッキを作ってみんなで食べました。

 路線バスを使って、この地域で発掘された遺跡を展示していました。青銅器、土器などもありました。午後からはWEBZENという企業を見学しました。城南市はソウルに収まりきれなかった人口を吸収すると共に、アメリカ・サンノゼのような世界的なIT企業の集積地を目指している板橋テクノバレーの中心都市でもあります。ゲームソフトの制作オフィスをまわりました。見学記念にスマホの充電器をいただきました。 

 この日は最終日でもあり、バーベキューを楽しむとともに、ゲストである日本からの高校生とホストである韓国の生徒の全員が修練館に宿泊して最後の交流を楽しみました。

 30日、修練館、金浦空港で名残を惜しみつつ関西空港へ。なかなかできないツアーでした。
関係者の皆様、ありがとうございました。











 参加者のREVIEW(振り返り) Chihiro さん 

今回私が<welcome to ソンナム>に参加したきっかけは、本当は違う子が行く予定だったのに行けなくなってしまい、先生から声がかかり、参加させていただきました。韓国での活動はすべて楽しくソウルツアーでは、ミュージアムへ行ったり明洞でのショッピングなど写真もいっぱい撮って、パートナーとの仲がとても深まりました。

歴史ツアーでは、ホログラムの方たちにいろいろな場所の案内をしてもらい、今までまったく知らなかった日本と韓国の関係や、韓国の歴史を教えていただきました。ナヌムの家では、実際にハルモニのお話を聞かせてもらいましたが、まだ日本に対しての怒りで私たちが行ったら嫌じゃないかとても不安でした。ですが、お話の中で「日本に住んでいるみんなが悪いわけじゃない」と言っていて少しほっとしました。当時は15歳、現在は90歳そんなにも年月が経っているのに今でも日韓関係が良くないのがとても不思議です。韓国人は日本語を勉強したりするし、日本人の友達は韓国語を喋れて、旅行に何回も行く子もいます。私の学校には韓国の授業もあり、すぐ行ける場所で私たちは韓国に嫌なイメージはないのに、政府同士まだ問題が続いているのがとても気になりました。歴史ツアーはとても考えるいい経験でした。

そして私は、参加するにあたって2つのことを知り考えたいと決めていました。

1つ目は、ホームステイをして韓国の日常生活や食生活を知りたいと思っていました。実際にホームステイをして、ホームステイをしてみないとわからないことがたくさんありました。家族みんなで夜食を食べたり、お風呂の入るタイミングや湯船にはつからないなどご飯の食べ方も全然違いとても驚く事がたくさんありました。私のホームステイ先は、とても優しい人たちで韓国のお菓子をたくさん食べさせてくれたりお土産もたくさん頂きました。そして、今まで自分の国の生活しか知らなかったけど他国の日常文化を知り、自分の世界は狭いと感じました。

2つ目は、私は高校3年生で受験生です。みんなも受験生なのになんで参加してるのかなと思ったかもしれないけど、進路に迷っていて何か参考になればと思い参加することを決めました。1年生のときに国際交流としてユネスコスクール世界大会のスタッフとして、フィリピンの人たちと交流する機会があり、他国の人と関わることにとても興味を持ちました。そして今回の韓国の人たちと交流して、留学したいという夢ができ進路も決めることができました。

しかし、1つ後悔があります。それは韓国語をまったく喋れずに行ったことです。私のパートナーはとても日本語が上手で周りの日本人の友達にも通訳してもらい会話に困らなかったけど、私が韓国語を喋れたらもっと楽しくお喋りできたのかな、、と思いました。せっかく行ったのに、日本語ばかり使ってしまい帰ってきてからはとても後悔しました。でも、これからもっと勉強しようと思えたし、語学にも興味がもてました。

今回の経験を生かして今後、夢である留学をしていろいろなことを学び経験をして自分の世界を広げたいです。そして、いろいろな視点から観れる人間になりたいと強く思いました。今回の参加はとても私にとって意味のあるものになりました。

パートナー韓国の友達日本の友達先生やホログラムの方たち皆さんに感謝です。高校生の間に貴重な体験ができました。ありがとうございました。

第7回・第8回 東日本大震災復興支援 現地ボランティア  


 20160715-19 第7回気仙沼ボランティア 北摂つばさ高校、春日丘高校、松原高校
                               他2校、計5校の高校生42名
 20160720-24 第8回気仙沼ボランティア 北摂つばさ高校、帝塚山泉ヶ丘高校、コリア国際学園
                               住吉高校、柴島高校、計5校の高校生69名

 今年の気仙沼現地ボランティアは希望者が北摂つばさ高校だけで80名を超えましたので、2回に分けて、合計バス3台で実施しました。

 基本的な日程は初日の20:00に北摂つばさ高校を出発し、第二日の朝からフェリーで大島に渡ってカキ養殖の復興を支援します。第三日は陸前高田の視察、聞き取りと海岸沿いの植林作業を行いました。第四日は気仙沼高校との交流となり、買い物をしたあと、バスで出発、第五日に大阪に戻ります。

 ユネスコクラブのメンバーはリピーターが多く、3年連続3回目の参加者も珍しくありません。他校の生徒もほとんどはユネスコスクールの学校の方達です。

 12月23日にはワンワールドフェスティバル(会場:大阪国際交流センター)で発表する予定です。


右上: 気仙沼港と浦の濱
右中: 大島カキ養殖場
右下: 気仙沼高校交流
左左: 陸前高田と海の市
左: 階上地区での植林

参加者のREVIEW(振り返り) 2年生 AMIさん (初参加)

 7月20日の20時に北摂つばさ高校を出発しました。初めは、バスの中で楽しくみんなといろんな話をして盛り上がってほんまに楽しかったです。最初のサービスエリアでラーメンを食べてお腹いっぱいになって眠たくなったので寝ようとしたけどなかなか寝る体勢が決まらず全然寝れませんでした。2回目のサービスエリアでトイレ休憩してから出発して、ちょっといってから寝れる体勢が見つかりそっから爆睡でした。バスの中が1番きつい、しんどいと聞いてて自分も10時間以上のバスでの移動は初めてやったからちゃんと寝れるか不安でしかなかったけど余裕で爆睡できたので良かったです

 21日になり、最後のサービスエリアを予定時間より早めに乗り場に出発しましたが、着いた頃にはちょうど船が出発する時間で間に合いませんでした。1時間後の船に乗り大島まで行きました。海の上では、ウミネコにかっぱえびせんをあげて盛り上がってました。はじめ、手であげるのが怖かったけど、みんなやってるのを見て手であげて、こんど慣れてきたので口にくわえてかっぱえびせんをあげました。むっちゃ楽しかったです。

 大島に着いてみんなで山登りをしました。3年生の先輩と喋りながら登りました。途中で走ったりしてとても楽しかったです。山登りを終えた後、お弁当を食べてからボランティア活動をしました。宮城県にきて最初のボランティアは草刈りでした。山での草刈りはほんとに大変で、虫がたくさん出てきてびっくりしました。ほぼミミズばっかりでてきました。
 
 牡蠣の養殖も見せてもらいました。どうやって牡蠣の養殖をしてるのかとか、どうできているのかとかのお話を聞きました。人生初の生きてるウニを自分で割って食べました。とても大好きなウニを自分で割って食べれることができてとても嬉しかったです。

 時間が来たので山道を歩いて戻りました。帰りも先輩と楽しく喋りながら帰りました。帰りの船も鳥にかっぱえびせんをあげました。行きの時足りなかったので、もらったやつと自分で買ったやつの2袋あげました。帰りの方が盛り上がってました。

 そのあと、1号車はホテル2号車は民泊先に行きました。私は1号車なのでホテルまで歩いて行きました。天皇が泊まったことあるホテルに泊まれて嬉しかったです。部屋は和室でとても心地よかったです。ご飯は、とても美味しかったです。お造りが食べれて良かったです。22時までみんなでUNOで遊んでました。おもしろすぎてずっと笑っててむっちゃ楽しかったです。夜は、山登りで疲れていたのですぐ寝ちゃいました。

 22日、朝ごはんが6時45分でとめも早かったので5時半に起きました。朝ごはんはバイキングで好きなものを選んで食べました。

 8時半にバスに乗り陸前高田に行きました。着いてすぐ亡くなった人に手を合わせました。目の前に津波で破壊された道の駅があり、それを見たとき津波の恐ろしさを感じました。ガイドさんに当時の事などいろんな話を聞きました。被災直後ほんとに大変だったんだなって改めて思いました。

 そのあと移動して木を植えました。来年までにどれくらい成長してるのかとても楽しみです。そして、またまた草刈りをしました。山よりは虫が少なかったので良かったです。

 作業が終わったので2号車がホテル、1号車が民泊先に移動しました。民泊先のお家がとても大きくてびっくりしました。お父さんもお母さんも、とても優しい方でいろんななお話をしました。お家で飼ってる猫ちゃんを触らしてもらいました。とても可愛かったです。ご飯はとても豪華でとても美味しかったです。お米は家で作ってるお米やからいっぱい食べていいよって言われたのでいっぱい食べました。3人お風呂から出てUNOで遊んでました。あとからお父さんも入って4人で遊びました。最後のゲームで初心者のお父さんが1番にあがったのでびっくりしました。そのあと、布団に潜りちょっと喋ってから寝ました。
 
 23日、朝ごはんがとても豪華で食べれるか心配なぐらいの量だったけど完食できました。朝は時間が過ぎるのがとめも早くゆっくりお話する暇もなく家を出る時間になりました。玄関で写真を撮りました。ほんとに優しくしてもらい、美味しいご飯をいっぱい食べさせてくれたお父さん、お母さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

 この日は気仙沼高校との交流でとても楽しみでした。着いて部屋に入ると野球部の人達やいろんな人が出迎えてくれました。交流では、総理大臣になったら何をしたいかを班で話し合いました。みんな真面目に考えていて楽しかったです。短時間でいろんな人と仲良くなれて良かったです。帰り際に写真を撮ってもらいました。
 
 交流を終えて、海の市に行きお昼ご飯を食べました。私はマグロ丼を食べました。びっくりするくらい美味しかったです。食べ終わったあとは、お土産を買いました。たくさんの食べ物やキーホルダーとかが売ってありました。14時に海の市を出発しました。バスの中はみんなすぐ寝てました。行きと同じ10時間以上バスの中で過ごしました。行きよりは疲れていたのもありすぐ寝ることができました。

 この復興支援のボランティアに参加して、最初はただボランティアをするだけだと思っていたけどそうではなく、被災された方の話を直接聞くことができたり、壊れた建物の跡や放置されたままの建物やいろんなものを見ることができたし、貴重な体験をたくさんさせてもらいました。ほんとに気仙沼ボランティアに参加して良かったととても思い、去年も参加してたら良かった、と後悔しました。来年も絶対気仙沼ボランティアに参加しようと思います!

 行ったことない人は是非行った方がいいと思います!大阪では体験できないことやいろんなことを知ることができ自分のためにもこの経験は役立つと思います。ほんとに楽しかったし、ボランティアで人の役に立つことができて良かったです。

気仙沼ボランティアの説明会 と 阪急茨木市駅前募金


 20160708 気仙沼現地ボランティアの説明会 雨の中での阪急茨木市駅前募金

 1学期の期末試験が終わったこの日、2交代制で80人を超える気仙沼ボランティアの参加者集会が行われました。ユネスコクラブのメンバーが参加し、詳細な計画を確認しました。

 また、この日の17時からは小雨のなか、春日丘高校、コリア国際高校の気仙沼ボランティアの参加者による阪急茨木市駅前募金を行いました。茨木市民の皆様のご協力によって3月の気仙沼、登米、両校の招待が成り立っていることに感謝しつつ、支援金を募らせていただきました。

茨木市選挙管理委員会の協力を得て模擬投票所を設営


 20160617 全校生徒の模擬投票にむけて10名で投票所を設営

 北摂つばさ高校で6月20日から取り組まれる参議院議院選挙の模擬投票にむけて、ユネスコクラブと現代社会を勉強している1年生、あわせて10名で模擬投票所を設営しました。
 投票所の資材は茨木市選挙管理委員会の協力により、お借りしています。場所は1階の記念室を改造して設営します。1時間もかからないうちに、立派な投票所が完成しました。
 この日は、読売新聞の取材もあり、インタビューに答えていた3年松浪愛樹さん、成富安佑子さん、1年森優楽菜さん、山下美緒さんをはじめ、パワープレイを発揮してくれた岡本睦月さん、門川心さん、鈴木遥子さん、藤吉舞さん、松村新一さん、森川楓菜さん、お疲れ様でした。

葦原小学校PTA主催の小学生ドッチボールでお姉さん役としてサポート


 20160611 9名が各班の監督として参加

 茨木市立葦原小学校にて同校PTA主催のドッチボール大会でお姉さん役としてサポートをしました。きょうだいのいない小学生もいるので、ひっついて離れてくれない小学生もいて、なかなか大変でした。
 終わった後は、PTAの皆さんがカレーを用意していただいており、充実の1日でした。
 3年生の 赤見茉里耶さん、麻生侑希さん、秋田早紀さん、永田亜美さん、元木梨華さん、2年生の冬頭愛さん、森本七帆さん、谷彩葉さん、清家碧美さん、お疲れ様でした。

立命館×茨木市防災フェスタ わた菓子の無料配付と熊本震災募金


 20160515 8名で子どもに綿菓子を振る舞う

 茨木市市民活動センター(奈良平典子センター長)の要請をうけて、防災フェスタへの全校生徒に募ったところ、3年成富安佑子さん、2年宮里楓乃さん、谷彩葉さん、森本七帆さん、冬頭愛さん、田村朱芳さん、1年森優楽菜さん、山下美緒さん8名が参加して、子ども達に無料で綿菓子を振る舞いました。同時に熊本募金を実施したところ、25,125円は熊本県西原村で避難所の炊き出しを担っておられる、たんぽぽハウスに送る予定です。

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阪急茨木市駅前で熊本震災救援募金


 熊本地震の支援募金に春日丘高校と連携して取り組む 20160425.26ユネスココーディネータ

4月14.16日に震度7を超える揺れが発生し、大きな被害がでている熊本地震の被災状況が、マスコミを通じて流れるようになると、生徒から「何かしたい」という声が上がりました。奇しくも4月14日の全校集会で5年前の気仙沼の震災ボランティアの映像を視聴したこともあったのか、生徒の士気も高く、4/25.26の2日間で59人が募金に取り組みました。大きな声での呼び掛けが続き、多くの市民の皆さんの協力を得ることができました。4/26には春日丘高校からも10名が合流、募金は2日間で304,063円になりました。4/27.28は残念ながら雨で募金を中止しましたが、実施していれば追手門学院高校生徒会が合流する予定になっていました。茨木市内のユネスコスクール3校の取り組みとなる予定でしたので、次の機会にコラボレーションが実現することと思います。

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震災ボランティアについての生徒出前授業


 11月以降、4つの小学校で現地ボランティアについて生徒がプレゼンをします。
 今年に入って、震災ボランティアについて生徒がプレゼンしていただきたいという外部からの依頼が増えています。
 2015年2月26日の毎日小学生新聞に震災ボランティアについてのつばさ生のプレゼンについて記事が掲載され、小学校の関係者が読まれたことも影響しているようです。
 充実したプレゼンになるように、今後の生徒の奮闘に期待します。

 20150606 阪大サイエンスFES プレゼン (7)梅垣由梨亜、(8)山本拓哉、黒田竜之介、川城和大 (9)悦雪乃、福山茄乃、江戸啓一郎
 20150625 市岡高等学校 総合の時間 (7)梅垣由梨亜、(8)山本拓哉、黒田竜之介、川城和大
 以上、実施分。以下、今後の計画。
 20151106 箕面市立中小学校 総合の時間 (8)山本拓哉、葉山真凡
 20151112 茨木市立葦原小学校 総合の時間 (9)福山里桜、友成知里、後藤彩音、(8)山本拓哉
 20160122 箕面市立とどろみの森学園小学校 総合の時間 (8)元木梨華、黒田竜之介
 20160126 玉島小学校 総合の時間 3クラス 国際エリア2年24人

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地域の夏祭りで つばさ生が活躍

 
葦原祭り 白川祭り 玉島祭り 7/31〜8/22までの5日間で計84名が参加
保育・福祉エリア 国際エリア ダンス部 ユネスコクラブ ユネスコスクールコーディネータ
2つのエリア、2つのクラブ、ユネスコスクールコーディネータの募集により、多数の生徒が近隣の夏祭りのスタッフとして参加してくれました。
葦原祭りでは舞台のスタッフ、白川祭りでは模擬店のスタッフ、玉島祭りではダンスの披露、ブースでの募金、と様々な役割を担ってくれました。
それぞれの地域の夏祭り実行委員会、連合自治会などの代表からたくさんの感謝の言葉をいただきました。


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JR茨木駅に北摂つばさ高校の横断幕を設置


ユネスコスクールコーディネータ
3月の気仙沼高校、登米高校の大阪招待にむけて、8月6日にJR茨木駅の駅長さんのご厚意とがんばろう!
つばさネットワークの提供により、北摂つばさ高校の横断幕を設置させていただきました。設営作業はユネスコクラブの協力により30分で完了。
駅長さんからドリンクの差し入れをいただきました。感謝。
(備考 金光大阪高グランド改修のため、20160327実施場所の北摂つばさ高校への変更が8/31までに確定しています。近日、横断幕を差し替える予定です。)




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市岡高校で出前授業をしました。

市岡高校2年生に震災出前授業、2.3年生4名がプレゼン
20150625 ユネスコスクールコーディネータ

市岡高校が2学期に実施される東北修学旅行の事前学習として、本校生徒4名(3年梅垣由梨亜さん、2年山本拓哉さん、黒田竜之介さん、川城和大さん)
が総合学習で35分のプレゼンを行い、川城さんが生徒に分け入って10分間の質疑応答をコーディネートしました。届いた320人の感想の一部を紹介します。
 「同じ府立高校の生徒でもやってることが違いすぎるな、と思いました。震災から4年もたってだんだんと私も忘れかけたりしてたけど、まだまだ復興には時間がかかるんだなと改めて実感できました。
私も、もしそういう機会があったら参加してみたいなと思いました。(Yさん。女子)」「私はボランティア活動に興味がありました。
でも、一人じゃできないと思っていて、今日の話を聞いて学校でそんなことを企画してくれるなんて良いなと思いました。簡単なことじゃないのは分かっているけど、市岡高校でもしてくれたら良いな、と思いました。(Bさん。女子)」
「自分もボランティアが大切であることは分かっていたけど、実際に映像や話を聞いて思っていたよりもずっと現実的で鳥肌が立ちました。ありがとうございました。(Kさん。女子)」
今後も、依頼があれば積極的に出かけて行きたいと思います。




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阪急茨木市駅前募金 20150527.28および20150708.09



2016年3月の気仙沼高校、登米高校の招待に向けて駅前募金を実施しました。5/27は83名、5/28は137名7/8は105名、7/9は94名が通行される市民の皆さんに協力を求めました。
阪急茨木市駅前で募金活動を行いました。最初に熱中症対策のための水、さらに説明をきいてチラシをもらいました。
僕はチラシ配りは二回めで緊張はしなかったのですが、全然人が来なくてチラシが減りませんでした。
音楽聴いている人や自転車を乗っている人には受け取ってもらえませんでしたが、ご老人の人などにうけとってもらいました。楽しかったです。
途中からチラシじゃなく募金箱を持っていました。お金を入れてもらえるとチラシよりも嬉しかったです。(3年 松本拓真さん)




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気仙沼現地ボランティア 本校59名を含む82名の高校生が参加  20150717〜21


 7月17日の20時に土砂降りの大阪から気仙沼に向かってバス2台で出発しました。7月18日朝、フェリーで大島に移動、45分の山越えでカキの養殖場に移動。
そこで養殖小屋のための材木運搬をしました。その後、カキのイカダを見せてもらうクルーズをさせてもらうなど色々な体験をさせていただきました。
 7月19日は木に登って津波のとき助かった人がいた、木が人を守ってくれた、ということから、階上地区で「海辺に森を作る」活動に取り組みました。
4階まで水没し、船が4階に突き刺さったという気仙沼向洋高校の校舎の残骸の見える、市街地のあった平原で植林をしました。
その後、岩井崎というかつての景勝地で木に掴まって8人が助かったという現場を確認しに行きました。
 7月20日は陸前高田の被災地視察、気仙沼高校との交流をしました。
二泊の宿泊は二班に分かれて、民泊と早稲谷鹿踊伝承館という公民館での避難所体験をしました。
参加者は北摂つばさ、春日丘、コリア国際、松原、帝塚山学院泉ヶ丘、住吉、および鶴見橋中学の7つのユネスコスクールの生徒です。
 感想の一部です。
「気仙沼に行って思った事は、現地に行かないとわからないものがあるという事です。実際僕も小学生のころ東北の津波をテレビで見ていて、大阪に来なくてよかったと思っていました。
気仙沼に来てすごく残酷だなと思いました。僕は、気仙沼に来てよかったです。すごくいい勉強になりました。もっともっと被災地のために協力できるようにがんばります。来年も気仙沼に行ってボランティアに行きたいです。」 (2年長友 瀬正さん)




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高校生世界フォーラム


 2011年の震災復興支援活動が認められて、2012年7月に北摂つばさ高校はパリのユネスコ本部からユネスコスクールに認定されたのを契機に、ユネスコクラブの活動の幅も大きく広がりました。
 大阪府下19校のユネスコスクールとともに取り組んでいる高校生世界フォーラムは、毎月1回、大阪府立大学に集まって、世界の高校生とともに地球全体の持続可能な発展にむけて何ができるか討議するための準備を行っています。世界大会は2014年11月5-7日に岡山で開催されます。
 また、大阪府下8校のユネスコスクールとともに進めているESDパスポートの交流会にも参加しています。
 これらの成果は、いくつもの成果を生んでいます。2014年3月にはユネスコクラブの活動が認められて、パリのユネスコ本部に招待された部員もいます。2013年にはアメリカの国際ゾンタ協会から若い女性のための社会貢献奨励金1,000ドルを受賞した部員もいます。(彼女は受賞した1,000ドルをその後、全額を気仙沼ボランティア活動に寄付しました。)











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気仙沼ボランティア


 2011年5月と12月、2012年5月、2013年7月と過去4回、気仙沼に現地ボランティアに参加しています。
 2014年は7月21-25日の日程で気仙沼ボランティアに参加します。現地では2011年は公園にたまったヘドロ除去に取り組み、2012月以降は、おもにカキの養殖イカダを復興させるためのアンカー(おもり)作りやカキの殻むきの作業場の移設作業に取り組んできました。また、2011年夏、2012年夏、2014年春に気仙沼の高校生を大阪に招待し、交流をしています。
 2015年の春には硬式野球部を大阪に招待し、茨木市内で茨木高校、春日丘高校、金光大阪高校と交流試合をすることになっていますので、国際エリアや硬式野球部のメンバー、更にはホスト家族と連携して、受け入れを担うことになっています。








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活動報告



20130727.28 茨木フェスティバルの茨木ローズライオンズクラブの模擬店をお手伝いしました。国際エリア2.3年、時事問題3年E・F群のメンバーが協力し2日で67名が参加。


20130817.18 アジア・ユース・フォーラム準備会議(大阪府立大学)に2年渡邉歩、水津沙紀、岡村捺那、丸山滉司、岡本一志の5名が参加しました。大阪岡山の生徒300名近くが参加。


20130824 オープンスクールで気仙沼ボランティアのことをアピール(2年渡邊歩)しました。

20130914 文化祭で気仙沼ボランティアの写真展を開催しました。国際エリア2.3年、時事問題3年E・F群のメンバー合計71名で分担・協力し企画を成功させました。

20130919 4期生・田中莉奈さんがZonta Club(本部シカゴ)主催のYWPAを受賞   気仙沼ボランティアで活躍した田中莉奈さん(4期生)は、高校3年生の時にノミネートされた「若い女性のための社会活動賞」(Young Women in Public Affairs Award 略称YWPA)を受賞しました。この日、田中さんは山ア校長とともにリーガロイヤルホテルで開催された大阪TZonta Clubの定例会に出席し授賞式への出席が要請されました。11月岡山で開催されるZonta全国大会で正式に表彰状が授与される予定です。  国際ゾンタとは、1919年にアメリカ合衆国ニューヨーク州バッファロー市で創設された、女性の事業経営者や専門職の人々による団体です。奉仕と支持・支援を通して女性の地位向上のために協力し合い、友好・団結により世界平和を推進することを目的として、国連とタイアップして様々な活動を展開しています。全世界では1,200のクラブがあり、約32,000人(日本では約1,000人)が加入しています。「ゾンタ」とは、アメリカインディアン・スー族の言葉で「正直」「信頼」という意味です。

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