校訓とその解説  旧制今宮中学校校歌
大阪府立今宮高等学校校歌 
2016.1.22

作詞  藤 貫   

作曲  瀧 熊吉 

音声
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  A無伴奏(松川教諭歌唱)

  B体育館での校歌 2016.1.22
    (練習風景)
 
歌詞

新しき 浪速の光
そびえたつ 白亜に映えて
青春の 生命の火群(ほむら)
あかあかとここに ここにかぎろう
意気と熱 讃えよともに
若き学園(まなびや) 我等 今宮高等学校

輝ける 自治の精神
むつまじき 集いにあふれ
友情の 花咲く世界
いきいきといま いま蘇る
血潮わき 築けよともに
自由の学園 我等 今宮高等学校

弛みなき 勉強(まなび)の心
ゆたかなる 個性を伸ばし
教養に 親しむ姿
ふかぶかとゆかしく ゆかしくにおう
競い起ち 磨けよともに
理知の学園 我等 今宮高等学校

目覚めゆく 日本のあした
真実(まこと)なる 天地はひらけ
栄光の 平和と文化
ほのぼのとゆくてを ゆくてをてらす
希望燃え 究めよともに
理想の学園 我等 今宮高等学校
 校歌解説
新制高校の発足にともなって高等学校校歌が制定されることになり、昭和23〔1948〕年夏、一般募集されました。
20代の若き国語科教諭、斉藤貫先生も応募され、審議の結果、先生の歌詞が採用となりました。
曲は音楽科教諭瀧熊吉先生がつけられ、翌昭和24〔1949〕年より歌われました。

 歌詞を見ていきますと、一番の「新しき浪速の光」や四番の「目覚めゆく日本のあした」の部分に若い斉藤先生のこれからの社会を作っていく若者への期待を読み取ることができます。
「ともに」には男女が一緒になってという意味が込められていて、一番から四番まで当して使われています。
「ほむら」は「火群」という漢字をあてています。通常は「炎」や「焔」という漢字があてられるのですが、「火群」という漢字からは、「一人一人のあつい情熱」や「一人一人が集まってひとつのものを創りあげている様子」が感じられます。「かぎろう」は万葉集にも見られるほのおが燃える様子を表す鮮烈なことばです。

 歌詞を一番から四番まで通して読んだとき、その内容は現在の私達が持っている課題と重なっていることがわかります。
特に「青春の命の火群」〔一番〕「輝ける自治の精神」〔二番〕「豊かなる個性を伸ばし」〔三番〕「栄光の平和と文化」〔四番〕の部分は、現在の総合学科の理念と通じるものがあります。

それは決して偶然ではありません。
戦後すぐ、今宮高校を足場に新しい社会を作る若者の指導にあたられた斉藤先生がその理想を込められた校歌は、総合知によって二十一世紀の社会を
作る人を育てる本校総合学科の理念の基礎ともなっています。


校訓とその解説

誠実剛毅
 明治39年、旧制今宮中学校開設の当初、瀬川初代校長は校訓として「誠実」「剛毅」の二綱領を定め、「誠実とは自ら欺かざることにして、所謂内に省みて疚しからずとはこのことなり。その内外、表裏、明暗によりて行いを二つにし、軽浮、傲慢徒に外貌を修飾し、虚栄是れ事とするが如きは、この精神に悖るものなり。剛毅とは為すべきことは必ず為し、為さざるべきことは決して為さずとの確固不抜の意気にして、惰心を制し、私欲を抑へ、艱苦に耐ふるにあらずんば能はず、その一定の見識なく付和雷同、もって得たりとするものの如きは、この主意に背くものなり」と解説し指導の中心とされ、今日に至った。

和親協同
 昭和22年11月3日、新憲法公布にともなう学制改革により、翌年4月1日、大阪府立今宮高等学校が発足、ここに校長他職員生徒一同は、十分協議して、新しい本校の教育方針を定め、「職員、生徒、保護者、先輩一体となって親しみ和み力を協せ、真に青春の渇きを癒し、力を伸ばし、生命の糧を豊かに与え得る理想の殿堂として、希望と憧憬に充たされ、明日の登校をお互いに喜び待つ我等の学園を共に雄々しく築こうではないか」とうたい、「和親協同」が我が校訓として新たに加えられ今日に至った。


旧制今宮中学校校歌
      長谷川 鐐 作詞
      両角 龍吉 作曲   音声はこちらをクリック

峨々(がが)たり金剛 大義の標識(しるし)
仰ぎて養ふ 生々溌剌
馨れよ我が校 今宮中学
我等は進まむ 共に健く
誠実剛毅を心深く

燦たり錦城 偉人の記念と
望みて修むる 生々溌剌
轟け我が校 今宮中学
我等は進まむ 共に健く
誠実剛毅を 心深く

鬱たり大仙 至聖の仁徳
懐ひて(つつ)しむ 生々溌剌
輝け我が校 今宮中学
我等は進まむ 共に健く
誠実剛毅を 心深く

粛たり校風 緑の此の庭
慕ひて培ふ 生々溌剌
(こぞ)れよ我が校 今宮中学
我等は進まむ 共に健く
誠実剛毅を 心深く