平成10年度、「大阪と科学教育」  

イオン交換膜を利用した海水の濃縮と淡水化の教材化

利安 義雄・山本 勝博


 1 はじめに
 塩は人間にとって必要不可欠なものであり,それをめぐっての歴史は,様々に興味ある展開をしてきた.現在では大量生産が可能になり,塩を容易に手に入れられるようになってきたが,それゆえに塩に対する関心が薄くなるようであってはならない.実際に塩は食料用だけではなく,工業原料としても重要なものであり,また各種伝統文化や宗教などの中でも意義あるものとして幅広く登場してくる.このような点から考えても総合的学習のテーマとしても興味ある課題である.我々はそのうち製塩法の歴史に絞り,古代の藻塩焼きから土器製塩、揚浜・入浜の塩田法,枝条架流下式,近代的なイオン交換膜法の再現による教材化を目指している.
 すでに古代の土器製塩法1)については教材化を試みており,今回はイオン交換膜法の検討を行った.本来イオン交換膜法は電解ソーダ工業において,陽イオン交換膜(陽イオンのみを通す膜)を利用した食塩水の電解から水酸化ナトリウムや塩素ガスを得る方法として確立されてきた.その応用として,陽イオン交換膜と陰イオン交換膜とを交互に配置した多槽の電解槽で食塩水を電気分解すると,中間槽において電気透析が起こり,交互の槽に原液よりも濃い食塩水と薄い食塩水が得られる(図1).この方式による海水の濃縮は場所も経費も非常に効率良く使えるため,最近では日本での食料用の製塩はほとんどこの方式によっている.また食塩水を薄くできる点から,中近東等では海水から飲料水を得るための淡水化プラントとして活躍している.
 従来イオン交換膜を利用した教材はほとんど無かったが,最近あるメーカーの好意によりイオン交換膜が手に入ったので,教材用イオン交換膜電解槽を試作し,それによって食塩水の電気分解に伴う膜の特性を調べ,食塩水の濃縮と淡水化の再現を試みた.







 2 イオン交換膜電解槽の製作
 イオン交換膜は硬質性のポリスチレン系(k.k.トクヤマ製 NEOSEPTA-CMX,-AMX)で,水に対して膨潤しても硬いままなので,隔膜として取り付ける時,基材に強く挟み付ける方法と,シリコンゴム系接着剤のようなもので伸縮をカバーする方法を併用した.今回試作した電解槽は基材は厚さ 3mmのアクリル板を用い,膜の取り付けは図2のように陽イオン交換膜,陰イオン交換膜2枚づつを交互に取り付け,5槽からなるものを作った.使用した交換膜のサイズは 5×8cmで接着面を除いての実効面は 4×7cmである.陽イオン交換膜,陰イオン交換膜2枚づつ交互に取り付け,5槽からなる電解槽を作った.


 3 実験1 適性電解電流の決定
 電解槽に、ある一定以上の電流(限界電流)が流れると,中間の交換膜での膜透過イオン量に比べ膜面へのイオン拡散が追付かず,膜面濃度が下がって水が分解されはじめ,H + 、OH - が移動する.それを防ぐために,電気透析に際しての限界電流を,次のようにして調べた2).
 すべての槽に3%食塩水を入れ,両端の電極は 3.5×2.3cm2 の大きさの白金電極を用いて電流−電圧曲線を求める.得られた結果は,図 3のようになった.これから,この電解槽で電気透析を行うには,0.7A以下で行えばいいことが分かった.




 4 実験2 食塩水の電気透析の確認実験
 試作したイオン交換膜電解槽で,表1に示したような各種条件で一定時間電気透析を行った.透析後、各槽の溶液のpHおよび塩化物イオン濃度(モール法:クロム酸カリウムを指示薬として硝酸銀溶液で滴定する方法)を調べた.透析条件はいずれも,1800秒、0.5Aで行った(電気分解による変化量は電気量 (電流×時間)によって決まる).電圧は電極,溶液構成などによって若干異なるが,ほぼ10〜14V の間であった。食塩を含む溶液を電気分解する際,+極では塩素ガスが発生するので電極に白金を使用している.ステンレス極を+極にする場合は,その電極槽のみ塩化物イオンを含まない溶液にして,酸素を発生するように工夫した(U),(V).
 この結果から,どの実験でも各槽の塩化物イオンが交互に濃淡を示していることが明らかである.イオン交換膜が選択的に働いている証拠である.アルカリを使用した(U) を除いて,+極側はいずれも酸性を示している.発生する塩素ガスが溶けて,次亜塩素酸水になっているからである.酸性は隣の槽まで影響しているが,これはイオン交換膜を水素イオンも透過しているためである.−極では水素が発生しアルカリ性を示しているが,その影響は隣の槽まで及んでいるのは+極と同様である.おなじ透析条件で電極の極性だけを変えた(T) と(W) の時の濃度を比べると,(T)では2,4 槽が濃くなり,真ん中の 3槽が薄くなるが,(W) では全く逆になっている.
(T)-3槽では,+側の2槽へ塩化物イオンが,−側の4槽へはナトリウムイオンが透析移動するため食塩濃度が薄くなり,逆に(W)-3槽では, 2槽より塩化物イオンが, 4槽よりナトリウムイオンが移動流入し,濃度が濃くなってくると考えられる.


 5 応用発展
 実際の海水を長時間透析することによって,濃度の濃い灌水をつくり,加熱濃縮して固体の食塩を得たり,逆に淡水を作り出すと面白い.隔膜の交換能も考慮してイオン移動の定量的な考察もできる.また気体発生量を測定して,物質量の変化を調べてもよい.さらに2槽ないし3槽にして単一の膜の性質を調べたり,溶液に着色イオンの溶液を使用してイオンの移動に関する教材にも発展するであろう.


 6 おわりに
 この教材を通じて,イオンの電気化学的な挙動についての理解を深めるだけでなく,科学技術と人との関係において,科学の進歩が古典的な製塩法を根本的に変えたり,淡水化などのように幅広く応用されていることを知るきっかけになるであろう.

        参考文献       
1) 馬路英和・利安義雄:大阪と科学教育,5,29(1991)
2) 日本化学会編:新実験化学講座19-高分子ー(丸善、1978)p986.