校長通信

3月5日(金) 第28回卒業式
大阪府立金剛高等学校
第28回卒業式  式辞

 寒のもどりを繰り返しながら、一雨ごとに近づく春に向かって、木々たちが萌えたとうとする静かな息遣いに包まれた今日、大阪府立金剛高等学校第28回卒業証書授与式を挙行するにあたり、大阪府教育委員会ご代表をはじめ、ご来賓の皆様方、多数のご臨席を賜りましたことに、高いところからではございますが、厚く御礼申し上げます。
 また、保護者の皆様には、お子様のご卒業を心からお慶び申し上げます。心身ともに大きく成長する時期のお子様の健やかな成長を願いつつ、見守り支え続けて来られた保護者の皆様には、感慨もひとしおのことと拝察いたします。同時に、本校の教育方針、教育活動にご理解をいただき、ご支援下さいましたことに心より感謝申し上げます。

 3年生のみなさん、卒業ほんとうにおめでとうございます。
 言うまでもないことですが、今、日本の社会は、長引く不況による雇用の悪化や格差の拡大が進むきびしい状況にあります。同時に、変化が激しく、それに対応するための知識や情報、技術というものが、非常に重視される「知識基盤社会」であると言われています。それは、学校を出て、仕事に就いてからも、常に「学び続ける」ことが必要な社会だということです。
 では、「学び続ける」とはどういうことなのでしょうか?みなさんにお話のできる最後の機会となった今日、ともにそのことの意味を考えてみたいと思います。
 金剛高校の先輩たちの中には、一度社会に出て働きながら、上級学校への進学や資格取得を目指してがんばっている人たちがいます。みなさんも知っているとおり、進学や資格取得のためには、卒業証明書などが必要になるので、学校に提出される申請書から、私はそういう人たちがたくさんいることを知ります。看護や医療の分野が多いのですが、書類の提出先を見ると、世の中には、たくさんの国家資格があること、昇進や昇給、キャリアアップのためにはそれらが不可欠な仕事があることを改めて思い知らされます。
 英語の卒業証明書を発行することもあります。留学先への提出がほとんどですが、すでに海外で仕事をし、その国で何らかの資格を取ろうという人などもいて、そのたくましさに驚かされたりもします。
 みなさんは、高校を卒業して、10年経ったとき、どんな人生を送っているでしょうか?
 変化の激しい不安定、不確実な社会にあっては、希望の仕事、希望の会社に就職した場合も、その後が順風満帆であるとは限りません。たいせつなのは、どんなに失望しても、どんな大きな壁に突き当たっても、それに打ちひしがれることなく、行動を起こすこと、次の一歩を踏み出すことです。卒業証明書を申請する先輩たちの夢や事情はさまざまでしょうが、みな次の一歩を踏み出そうとする人たちです。20代後半から、30代、中には40代の君たちの先輩たちが、仕事で疲れた体を鞭打って勉強する姿を思い浮かべると、尊敬の気持ちでいっぱいになります。
 私たちは、みな生きるために働かなければなりませんし、そのために学ばなければなりません。働くことは、自分以外のすべての他者(ひと)から学ぶことであり、自分を進化させていくことです。そして、その原動力は、人や社会と繋(つな)がろうとする心だと私は思います。
 日曜の朝NHKで放送されている「ルソンの壷」という番組があります。独創的な発想でビジネスチャンスを得て、成功を収めている関西の会社を取り上げて紹介する関西ローカルの番組です。大阪の経済に元気がない中、私はこの番組を見ると、いつも少し明るい気持ちになることができます。
 人件費の安い国に工場を移して、安い製品を大量につくって儲けるという図式が、国内の雇用を悪化させ、人々の購買力を低下させていく、そこでもっと安い製品を作り出すために人件費を抑えるというデフレスパイラルにはまりこんでいるわが国にあって、独自の発想や技術力で勝負していこうという企業家本来の心意気が伝わってくるからです。そこに共通してあるのは、人や社会への関心、人に役立つこと、人を喜ばせる手間や工夫を通して、利益を生み出していくという共存共栄の精神、言い換えれば「共に生きようとする心」に支えられた探究心とでもいうべきものです。
 ほとんど知られていませんが、すぐれた電気技術で、病院や介護施設での転倒事故防止のための離床センサーを開発し、シェアの50%を占める会社、長引く出版不況にあえぐ他の書店を尻目に、唯一大幅に売り上げを伸ばし続けるジュンク堂の工夫、もっと身近なところでは、かつてつまようじの一大生産地であった河内長野市で、今もようじの生産を続け、表面にフッ素を塗ったこだわりの商品など、盛んな開発魂で、次々と新商品を作り出し、売り上げを伸ばしている会社。くじけるどころか、状況を楽しみチャンスに変える力に、胸のすく思いがします。
 中でも、強くひきつけられたのは、「東大阪宇宙開発共同組合」の挑戦です。知っている人も多いと思いますが、昨年の1月、東大阪の町工場の技術の高さを示して、長引く不況を克服しようと人工衛星「まいど一号」を打ち上げました。その後、東大阪は、世界同時不況の大きなうねりの中に飲み込まれ、再び苦境に立たされていますが、それでも、このプロジェクトで得た粘りと高度な技術力を武器にがんばり続けているのです。
 日本を代表する航空会社が経営破綻し、早々と公的資金が投入される傍らで、不況を吹き飛ばそうと自分たちの技術で「人工衛星」まで開発して奮闘する町工場のおっちゃんたち。その誇りと心意気は、まばゆいばかりです。「苦しいときほど、夢を持たなアカン!」「夢を打ち上げるんやない、夢で打ち上げるンや!」そんなおっちゃんたちのことばを、そのままみんなに送りたいと思います。
 江戸時代、大阪の商人たちは、独自の学びのシステムを持っていました。10歳を過ぎた頃から、住み込みの丁稚奉公に入り、掃除や雑用で一日働いた後、少年たちは眠い目をこすりながら、読み書きそろばんを学びました。九九のみならず、八算という割り算の習得法は、金銀銅貨の両替をしなければならない当時、かけ算にもまして欠かせないものでした。
 「塵劫記」という高度な算術書を使って、自分の店の商品にあてはめた応用問題をつくって解きあったというような話もあります。先生役をつとめ、問題を出すのは、もっともよくできる少年です。そういう共同の学習システムの中で、いつか商いに携われる日を夢見て、学び会ったのです。また、そういうふうにして育った同じ業種の若手の手代(今の会社組織でいうなら主任や係長級の人たち)たちが、プロジェクトを立ち上げて、独自の流通システムを作り出したというような話もあります。そんな学びが商都大阪の繁栄を支えてきました。
 先人たちは、生きるために学び、共に繁栄するために英知を結集しあいました。今も、生きるために学び、共に苦境を乗り越えるために持てる技術を結集しあう人たちがいます。私には、毎日おそくまで、自習室で勉強していたみなさんの姿が、それに連なるものとして映ります。
 なぜなら、みなさんは、勉強と共に、「人とつながる力」「共に生きる力」をこの三年間で培ってきたからです。部活動を続けてきた人は、チームのために自分の力を出し切った喜びが、地域の施設や保育園でのボランティア活動をした人たちは自分が必要とされ、相手と心が通じ合った時の温もりが、体育祭や文化祭では、いろんな人たちと協力し合ってひとつのものを創り上げたあの感動が、目には見えない貴重なエネルギーとして一人ひとりの中に蓄えられています。
 どうか、自信を持って、生きるために学び、学ぶことでつながり、「共に生きる」ための英知を寄せ合いながら、地域や社会の中で、金剛高校の卒業生として、誇り高く生きていってください。
 最後に、本日卒業証書を授与した276名の未来が、幸せなものとなることを心より願って、式辞といたします。


平成22年3月5日    
金剛高等学校校長    前 比呂子

↑ このページの最初へジャンプ ↑