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オズの魔法使い
小高 素直子


序章 はじめに

私が『オズの魔法使い』について調べ、論文にまとめたいと思った理由は、高校2年生の時にクラスで演じた、文化祭の劇です。

 私達のクラスは、文化祭の出し物は『オズの魔法使い』に決まったものの、実際『オズの魔法使い』のキャラクターや、物語のあらすじをはっきり知っている人はいませんでした。そのまま何も決まらずに修学旅行が終わり、秋休みになってしまいました。私も、『オズの魔法使い』という物語のことは、本当に題名と、主人公の「ドロシー」という名前くらいしか知りませんでしたが、1度台本を書いてみようと思い、図書館やインターネットで『オズの魔法使い』について調べてみたり、実際物語を読んでいくうちに、どんどん『オズの魔法使い』のおもしろさや、 1人 1人のキャラクターのもつ個性や、特徴ある見た目や性格など、たくさんの魅力に引き付けられていきました。
 カンザスに住んでいるみなし子のドロシーが、竜巻にまき込まれ、たどり着いたオズの国で、脳みそのないかかし、心のないブリキの木こり、怖がりなライオンと一緒に作る物語。エメラルドの国や、黄色いレンガの道、魔女達やオズ大王など、現実ではありえないキャラクター達は、本当に可愛らしく、それぞれの役を演じている私や、役者のみんなも、とても楽しく演じることが出来ました。クラスのみんなも、『オズの魔法使い』をあまり知らない人がほとんどでしたが、みんなとても真剣に背景を作ってくれたり、衣装を考えて作ってくれたり。2年5組が1つになって作り上げた、私達の『オズの魔法使い』には、結果、優秀賞をもらう事ができました。

 私は、優秀賞をとれた事はもちろんすごくうれしかったけど、2年5組で『オズの魔法使い』を作り上げる事が出来たこと、クラスのみんながすごく協力してくれた事が、本当にうれしかったし、最高の思い出になりました。このクラスで良かったと、心から思う事が出来ました。

 私は『オズの魔法使い』を、課題研究を通してもっと色んな方々にとって親しみやすい物語になれば良いなと思うし、私自身もこの物語の魅力をもっと知りたいと思っています。



第1章 児童文学と私たち

第1節 児童文学とは
 まず、この論文の最初に、児童文学とはどのようなものかを示したいと思います。

 児童文学とは、大きく「子どもが読む、子どものために書かれた物語」ということが出来ます。児童文学の在り方については2つあります。

 まず、「子どもの役に立つものであること」という在り方があります。この立場では、児童文学とは子どもの知識を広げるためのもの、子どもを躾るためのものだという事がわかります。これは、後にも述べますが、子どもは何も知らない存在なのだから、大人が教え込まなければならないという、歴史背景によるものです。
 例えば17世紀のピューリタン児童文学、1685年にドイツで印刷され、翌年英訳されたコメニウス(チェコの教育家)の『世界図絵』もこれにあたります。コメニウスの『世界図絵』とは、絵と文章がひとるの画面におさまっている絵本のほうなもので、絵を見ながら単語を覚えられるようになっています。これは19世紀まで人気がありました。これらの本は、子どもが良い子に育つように、よい躾が出来るように、大人の都合でつくられたものと言えます。

 もうひとつが、「子どもが楽しめるものであること」で、全く逆の立場をとっているものです。イギリスの近代文学全体の出発点ともいえる、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』は、キャロル(本名ドジソン)の研究者仲間の娘達にせがまれて語った物語を文章化して、世の中に出てきたものだそうです。懐中時計を持ってチョッキを着たうさぎを追って、アリスが穴の中に入り、ビンの中の液体を飲んで大きくなったり、小さくなったり、三月うさぎや帽子屋など、味の強いキャラクターと出会い、はちゃめちゃな冒険を繰りひろげていく過程は、少女達をとても喜ばせていました。彼らのセリフの面白さは、「ナンセンス小説」と呼ばれる所以でしょう。同様の意味をこめて、ポール・アザールは、「幼い魂の芽を押しつぶしてしまうような、詰め込み主義の本」は望ましくないと述べています。

第2節 児童文学の基本要素
 つぎに、児童文学の基本要素を考えてみましょう。児童文学の基本要素は、大きく4つの項目に分けることが出来ます。

(1) ハッピーエンドの物語構成
 悪事・欠乏状態、これらなんらかの不満や不安状態から物語は出発します。悪事とは、自分の存在をおびやかす他者の存在であり、欠乏状態とは、欠乏状態がそのまま主人公に直接的な不満の心を引き起こします。やがて、その解決(解消)と共に物語は終結し、ハッピーエンドを迎えます、つまり、子どもの文学は素朴なまでに、「人生肯定的性質」を本来兼ね備えているのです。この楽天的な世界観こそ、子どもの物語の最も基本的な性質と言うことが出来るでしょう。

(2) 自立する主人公
 物語は、ハッピーエンドに向かうものとなるのですが、そこでは決まって主人公が、ひとり自立して活躍します。主人公は、「自己中心性」を持ち、その心が常に自分を中心に展開するものになっています。これは、子どもの自立願望に求められます。物語の最初にまずひとりで旅立ち、最後には新しい仲間を得たり、新たに人々に受け入れられていきます。

(3) 行きてのち帰る物語構成
 現実から空想、そしてまた現実にかえって来るという物語の構成です。これは別の言葉で、「既知の世界と未知の世界、あるいはファミリアな世界とストレンジな世界との交錯」とも言うことが出来ます。

 「現実→空想→現実」という物語世界の往還は、心の幻想のありようの必然といえます。

 このように多くの物語の子ども達には、移動が伴います。そしてその旅や、冒険のなかで、子ども達を助け、応援する仲間を見つけていきます。その旅や、冒険が終わると、子ども達は、新しい居場所を見つけたり、元の自分を待つ人々の所に帰っていきます。

 さらに、もうひとつ書き加えなければならないことがあります。

(4) 少年の物語と少女の物語
 主人公が少年である場合と、少女である場合では、物語の意味あいが異なってきます。

 少年が主人公である場合、物語の構造がまず出掛ける(旅に出る)先で敵と戦い、それに打ち勝つことによって、新しい仲間、新しい環境を得ていくのです。つまり、(2)で述べた「自立する主人公」とは、少年のことを指します。

 一方、少女が主人公である場合、物語の最初で外に出ていくわけなのですが、すぐに新しい環境に乗り込んでいきます。典型的な例は、『赤毛のアン』の主人公アンであり、期せずしてその逆境を自分の望むように変えていきます。その武器となったのは、彼女の語りつづける物語で、豊かな想像力なのです。つまりは、彼女自身の人間的魅力だったのです。

参考文献
コメニウス『世界図絵』
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
モンゴメリー『赤毛のアン』

 児童文学のことを、ここまで詳しく調べたことが今までになかったので、今回調べたことによって、児童文学には、とても古い歴史があるということ、2つの在り方が存在するということ、その在り方それぞれに意味があり、正反対であること。また、4つの児童文学の基本要素があること、それぞれのシナリオによって主人公の動きや性別が違うこと、今まで知らなかった面白いことがたくさん知れて、良かったです。
 私は、(1)のように、ハッピーエンドで終わるものがとても好きです。私は子どもの頃から、たくさんの絵本や物語などを読んできましたが、そのたくさんの本の中には、主人公が死んでしまう物語や、たくさんの大切なものを失ってしまう物語などもたくさんありました。『フランダースの犬』や、アンデルセン童話の、『マッチ売りの少女』などは、悲しい話の典型的な例だと私は思います。このような物語は、当時の時代背景、作者の思いなど、色々考えさせられるものがあると思いますが、私は『シンデレラ』のように、継母や姉にいじめられるなど、ツライ事や様々な問題を解決して、最後には幸せになれる。という物語の方が、読んでいて楽しく、最後には私も幸せな気持ちになれます。それに、これからツライ事があっても、あきらめずに自分を信じていれば、必ず幸せになれるんだ。という希望や、ゆうきをもらえます。

 私は、勇気をもらえる物語が好きだと文中に書きましたが、勇気をもらえるという点では、(2)の自立する主人公や、(3)の行きてのち帰る物語構成にも、あてはあると思います。『オズの魔法使い』は、この(2)と(3)の2つの要素を持ち合わせている物語だと言えるでしょう。ここからはみなさんに、『オズの魔法使い』の魅力をたくさん知っていってもらいたいと思います。

参考文献
ウィーダ『フランダースの犬』
アンデルセン『マッチ売りの少女』
グリム『シンデレラ』
L.F.バウム『オズの魔法使い』



第2章 オズの魔法使い

第1節 オズの魔法使いという存在
 『オズの魔法使い』は1900年に書かれたものなので、発表されて既に 100年以上の年月が経過していますその間、似たようなファンタジーはそれこそ山のように書かれてきたでしょうし、読まれて来たはずです。それなのに、それら多くの作品は忘れられ、歴史に埋もれ、消えていってしまいました。それら数多くの作品たちとの違いは一体何なのでしょうか。注目したいのは、『オズの魔法使い』は、オズの国を舞台にしたシリーズの第一作目で、日本出版社共通で「世界の名作」としてリリースされているのは、この「オズ」シリーズでは、第一作目の『オズの魔法使い』だけだということです私も詳しく調べるまでは、『オズの魔法使い』がシリーズ物になっているという事を知りませんでした。

 ではなぜ、他の「オズ」シリーズは名作と呼ばれることがなかったのでしょうか。

 理由を探ってみようと思い、最寄の図書館で出版されているオズシリーズに、一通り目を通してみました。訳者の後書きなどから当時の状況をみてみると、作者であるバウムが、「こうあるべきだ。」として書いた作品は最初の一作であって、あとの続編は、「子ども達が喜んでくれるなら」として書いたファンサービスであったというのが、どうやら現実なのだというように思われました。それでは作品にその違いは出ているのでしょうか。 私の考えでは、答えはイエスです。

第2節 物語のあらすじ
 そもそも、最初の『オズの魔法使い』とは結局何の物語なのでしょう。もう 100年以上も前の物語なので言ってしまいますが、要するに「ドロシーはヘンリーおじさんとエマおばさんが本当に大好きなのです。」という物語なのだと私は思いました。言ってしまえば、オズの国が舞台ではなくてもこの物語は成立してしまうのです。各出版社の訳者の後書きなどでは、全然この点を指摘してくれていないのですが、物語の構成上、そうとしか考えられないのです。

 少し設定とあらすじを追ってみましょう。

ドロシーの両親は既に他界している。
ドロシーが住んでいるカンザスは、からからに乾いた灰色の世界。
ドロシーの友達は、子犬のトトだけ。それでもドロシーは楽しそうに生活している。現在ドロシーを育てているヘンリーおじさんとエマおばさんは疲れていて滅多に笑わない。なぜドロシーが楽しそうにしているのか不思議に思っている。
カンザスの農場経営は苦しく、時として竜巻が襲う。
竜巻がドロシーの農場を襲い、家ごとドロシーは吹き飛ばされ、オズの国にやってくる。
その後色々あって、ドロシーはかかし、木こり、ライオンの3人を連れて、オズの国を冒険し、カンザスに帰る為にオズの魔法使いの言う通り、悪い魔女を倒す。
さて、悪い魔女を倒した。皆は「ここで一緒に暮らそうよ」と言ってくれる。
けれどドロシーは願う。「それでも私はカンザスに帰りたい」と。
そうしてドロシーは、銀の靴の踵を鳴らして、カンザスに帰っていく。

 ここで何か変だと思いませんか。カンザスには一体何があるのでしょう。既に両親はいません。物理的なおうち=「家」はドロシーと一緒にオズの国に落ちてきて、カンザスには現在、家の地下に掘った穴ぐらの竜巻避難壕があるだけです。オズの国には新しくできた友達も沢山いるが、カンザスには友達はいない。(唯一の友達だった子犬のトトは、ドロシーと一緒にオズの国にいます。)ここにいれば、美味しいごちそうも食べられる。エメラルドやその他の宝石がたくさん。素敵なドレスで王女様待遇。ふわふわのベッド、豪華な屋敷、何でもかんでも思いのままのはずなのです。そう、あるものを除いて。それは……。

第3節 エマおばさんとヘンリーおじさん
 ここで注目して欲しいのは、エマ「おばさん」にヘンリー「おじさん」という点です。カンザスにいるのは、つまり両親ですらないのです。親のもとに帰りたいと思うのは小さな子どもとして当然のことでしょう。しかしバウムはドロシーの「気持ち」を抽出する為に、あえて両親ではなく、おじさんとおばさんを配置したのではないでしょうか。しかもおじさんとおばさんはいつも疲れていて滅多に笑わない。別にちやほやしてくれる訳でもないのです。さらに生活は苦しく、竜巻も襲ってきます。大地は渇き、世界は灰色なのです。友達もトトの他にいません。とにかく、カンザスには本当に何もないのです。

 それでも。
 少女は2人の元に帰りたいと願うのです。涙を流して。帰りたいと強く願うのです。

 それは何故でしょうか。「それくらいドロシーは2人が大好きなのだ。」という事にほかならないからではないのでしょうか。他の要素となりそうなものはカンザスから徹底的に排除し、対するオズの国に、美しいもの、楽しいものを豊富に描く事によって、逆に「ドロシーにとっての」それらの空虚さ、描かれなかったものの大切さが、浮き上がってくるという道理なのでしょう。2人が「どうしてあの子はあんなに楽しそうなんだろう。」と冒頭で不思議そうに思っているシーンがあるのですが、これなどは、ドロシーが2人と暮らせているから幸せなのだ。ということを示す、とても良いシーンだと私は思いました。

 また、劇中で、ドロシーは惑わない。彼女の意思はほぼ終始一貫して、「何としてもカンザスに帰ること」に集約されていて、一本筋が通っている。これでドロシーが「こっちの生活も楽しそうだし、どうしようかな…。」などと考えていたら、この作品は台なしになっていたでしょうと私は思います。少なくとも、100年の歳月を越えて現代まで残ることはなかったのではないでしょうか。

 また、称賛するべき所は、物語のラスト、文章が恐ろしくあっさりと、ストン、と終わっている点です。お涙頂戴にしようと思えば出来るのに。けれどそれ故に、「帰ってこれて良かったね。」という、読了後には何ともいえない、暖かさだけが残るのです。(子ども向けの物語だから、細かい描写を避けたのかもしれないですが…。)

 結果、この物語は出版されるとすぐに、読者に熱烈に支持されて、その後バウムは読者から矢のような催促を受けて、続編を書くことになるのですが、恐らく、バウムの中でドロシーの物語はもう完結していたのでしょう。続編ではドロシーではない、ロットやベッツィという別の少女の物語を描く……のですが、世の常として、最初の主人公を愛してやまない読者は、それを許しませんでした。

 続編ものが失敗しやすいのは恐らく、「もうその主人公に関して、語るべきものは語ってしまった」為にテーマが作りにくくなるからではないでしょうか。別の主役を持ってきても、読者は前作の主人公を追い求めてしまいます。私は、読者は「最初の主人公の物語が好きだから」続編を求めているのだと思いました。ここにジレンマが発生するのです。実際、ドロシーが2回目に出てきた際、今度は「ヘンリーおじさんにとっても、ドロシーが大切な存在」だというテーマが掲げられましたが、1作目ほどの太い柱になりえずに、以降は楽しさ主導の物語になっていきます。正直、ドロシーが出てくる必要がない物語も、読んでいて結構ありました。しかし、バウムは、どうやら半ば諦め顔で「子ども達が喜ぶなら」と愛情を持って続編を書き上げていった気配があります。

 その結果がどうかはわかりませんが、やはり暖かく面白くはあるのだけれど、作品内部から感じられる輝きが失われて、表層の楽しさに終始しているのは、確かだと思います。『オズの魔法使い』シリーズの中の、いくつかを読んでみましたが、やはり他の読者達が言うように、2作目からは、前作よりも、作者バウムの伝えたい事が私達に、伝わりにくくなっているな。と感じました。



第3章 キャラクター紹介

第1節 主人公と主な仲間達
 遅くなりましたが、ここでドロシーと仲間達の紹介をしたいと思います。やはり、『オズの魔法使い』夏を語るにあたって知っておかなければならない人物は、この子たちです。

ドロシーゲイル
 カンザスの大草原に、農夫のヘンリーおじさんと、そのおかみさんのエマおばさんと3人で暮らしていた。竜巻にのって、オズの国へ行ったり、地割れに飲み込まれてオズの国へたどり着いたりするなど、 3回オズの国へ行った後、永住する事になった。

トト
 ドロシーの飼っている小さな黒い犬。はじめは、長い、すべすべした毛並みだったが、あとのほうでは、もじゃもじゃの毛並みになっている。口数は少ない。

カカシ
 頭はわらをつめた小さな麻袋で、そこへ目鼻と口を描いて顔にしてある。この頭の上に、どこかの万チキンがかぶっていた、古びた青いとんがり帽子をかぶり、その下の体は、着古して色あせた青い上下の服ひとそろいにわらをつめたもの、足には青い折り返しのついた古いブーツをはいている。
 なぜ命を持つようになったのかは分かっていない。脳ミソをもらった後も、もらう前も、旅の一行の頭脳担当。

ブリキの木こり
 元は不通の人間だったが、悪い魔女に呪いをかけられて、自分の斧で体のあちこちを切り落とし、そのたびに切り落としたところをブリキに変えていった。そして最後には全身ブリキになってしまった。さびると動けなくなる。後にウィンキーの皇帝になり、全身にニッケルメッキをした。マンチキンの娘と結婚の約束をしていたが、全身ブリキになり、心臓(ハート)を失った事で、人を愛する事が出来なくなってしまった。

ライオン
 とっても臆病なライオン。おっかない事があると心臓がドキドキする(本人談)。後に、「けものの王」となる。

 どうでしょうか。この5人が、『オズの魔法使い』の中心となって活躍する人物です。人物紹介の文を見てもわかるように、個人個人にかなりの特徴があり、とても個性豊かなキャラクターだと思いませんか。このキャラクター達1人1人が、自分には足りない物があり、それを手に入れたいと願っています。そして物語の最後には、それぞれのキャラクター達の気持ちに変化が表れていくのです。

第2節 『オズの魔法使い』に登場するキャラクター
 次に、作者バウムが最も愛していて、読者からもたくさんの支持を受けているオズシリーズの第1作目『オズの魔法使い』に登場する、主役ではないのですが、とても良い味を出しているキャラクターたちの紹介をします。

北の魔女
 よい魔女。北の魔女にキスしてもらった人は、誰からもひどい目にあわされない。

よい魔女グリンダ
 南の魔女。ドロシーがカンザスに帰るための、大きなキーポイントになる。

東の魔女
 登場した時には死んでいるかわいそうな魔女。但し悪い魔女。

西の魔女
 オズの国を治める、「悪い魔女」。かかし、ブリキの木こりをやっつけ、ドロシー、おくびょうライオンをつかまえた。結局ドロシーに倒される。

オズの魔法使い
 エメラルドの都を支配する、偉大な魔法使い。オハマに生まれ、本名は……オスカー・ゾロアフター、ファドリグ、アイザック・ノーマン・ヘンクル・エマニュエル・アンブロイズ・ディグス。その頭文字からOZと名乗った。それ以外の頭文字を並べると、PINHEAD(マヌケの意味になる)になるから、はじめの2つのみを使った。1度、外の世界へ帰るが、後にオズの国へ戻り永住する。その時、グリンダ(南の良い魔女)から魔法を教わり本物の魔法使いになる。

カリダ
 体は熊みたいで、頭はトラみたいなけもの。

のねずみの女王
 やまねこに襲われそうな所を、ブリキの木こりに助けられる。その後ドロシー達の助けをする野ねずみ全部の女王様。

トンカチ頭
 首が伸び縮みして頭突きをする。グリンダの城へ行く途中に出会う。意地悪。

南の森の化け物
 大きなクモのような生き物。体はゾウほどの大きさで木の幹のように長い8本の足がある。体一面に真っ黒な毛が生え、大きな口に鋭い歯を持つ。

 さて、たくさんのキャラクターが、1冊の本の中に出てきます。ここで、私がちゅうもくしてほしいのは、本の題名にもなっている、オズの魔法使いと4人の魔女達です。エメラルドの都を支配しているオズ大王ですが、実際の姿を見た者は、誰1人存在していませんでした。ドロシー達が初めてオズ大王に会った時も、大きな機械で、自分を強く、大きく見せていましたが、本当は小さなおじさんで、しかも、全く魔法が使えない普通の人間だったのです。それなのにとてもいばっている様子は、なんだか可笑しくて、かわいらしいですよね。本名が、こんなに長いというのも、調べてみて初めてわかりました。

 次に、東西南北の4人の魔女達ですが、この4人の中でも、魔力の強い者や弱い者が存在します。まず、1番魔力の弱い北の魔女は、ドロシー達をエメラルドの町へ導いてくれる良い魔女で、マンチキン達と一緒に暮らしている、最もみぢかな魔女です。
 次に、東の悪い魔女ですが、登場するときにはすてに家の下敷きになっているので、実際の所、本当に北の魔女より強いのかは分かりませんが、マンチキン達をいじめていたらしく、一緒に暮らしている北の魔女が何も出来なかったのだから、やはり、魔力は北の魔女より強かったのではないでしょうか。
 西の魔女は魔力が強く、しかも悪い魔女で、ドロシーを殺そうとします。しかし、水をかけると溶けてしまうのが弱点です。手下のはねざると使って、木こりやかかし達をやっつけてしまいます。

 そして、この国で1番魔力の強いのが、南の良い魔女、グリンダです。この魔女にだけ、名前が付いているという点からも、南の魔女は物語の中で重要な人物という事がわかります。オズの大王に魔法を教えたり、ドロシーがカンザスに帰る方法を知っていたりと、この国を1番知りつくしている存在のように思います。東と西の魔女がいなくなった後、東と西も、北と南の魔女が分担して治めているのでしょうか。それも、私には気になる問題の1つです。

第3節 魔法のアイテムと名所案内
まだまだ不思議の多いオズの国、ここではそんなオズの国に伝わる魔法のアイテムと、オズの国の名所案内をしたいと思います。

アイテム

 主なアイテムは2つです。

銀の靴
 かかとを3回打ちあわせて、行きたい場所を言えば世界中どんな所へでも一瞬にして移動できます。東の魔女が持っていて、ドロシーも、この銀の靴のおかげで、カンザスに帰ることが出来ました。

金のふちなし帽
 この帽子をかぶって魔法の呪文を唱えると、つばさのあるサル(はねざる)を呼び出せます。但し、3回だけしか呼び出せません。西の魔女が持っていましたが、西の魔女に水をかけると、はねざる達も一緒に消えてしまいます。

名所案内

マンチキンの国
 この国では、青が好まれていて、服や家の色は全部青である。

死の花畑
 香りのとても強い花で、その香りを吸い込んだ人は眠ってしまう。そして、眠った人は香りの届かないところへ行かないと、眠り続けてしまう。

エメラルドの都
 町中の壁や道路にエメラルドがはめ込まれている。町に入る時は緑のレンズのめがねをかけなくてはならない。遠くから見ると、緑色に輝いている。

ウィンキーの国
 この国では、黄色が好まれている。

カドリングの国
 この国では赤が好まれる。まだ未開の地が多く存在している。

セトモノの国
 何から何まで(住人までもが)セトモノで出来ている。そのため、とても壊れやすい。

 このようにたくさんの町の名前が出てくるが、ウィンキーやカドリングの国などは物語にもあまり出てこないため、なぞが多いままです。

参考文献
L.F.バウム『オズの魔法使い』



第4章 オズシリーズの作品達

第1節 オズの虹の国
 この物語は、バウムの書いた『オズシリーズ』の中で、唯一ドロシーの出てこないお話です。しかし、シリーズ重要人物のオズマ姫が出てきたり、私のお気に入りのキャラクター、『かぼちゃ頭のジャック』が出てきます。
 あらすじは、オズ大王のいなくなったオズの国を治めるかかしにピンチが押し寄せます。エメラルドの都にある宝石を自分達のものにしようと美少女達が攻めてきます。果たして、かかし、ブリキの木こりそしてチップ、かぼちゃ頭のジャック達は勝てるのでしょか。そして、オズの本当の王様とは一体誰なのかがわかる物語です。

 主な登場人物は、掟を破って魔法を使ってしまった魔女のモンビと、一緒に暮らしているか柄で華奢な少年のチップ、チップの作ったかぼちゃの人形で、命の粉で命を与えられた、かぼちゃ頭のジャック(自分が腐りはしないかと恐れている)、オズ大王から王位を奪われたパストリア王の娘で、オズ大王に隠されてしまっていたオズマ姫、そして前作にも登場するかかしとブリキの木こりです。

参考文献
L.F.バウム『オズの虹の国』


第2節 オズのつぎはぎ娘
 この巻からバウムは、自らを"オズのロイヤル・ヒルトリアン(王室年代記編者)"と名乗っていきます。

 魔法の水を浴びて石になってしまったナンキーおじさんを助けるために旅に出た『不運なオジョ』彼は、おじさんの魔法を解くのに必要な、5つの材料を探してオズを冒険します。お供につぎはぎ娘、ピンクのガラスの猫、それにドロシー、かかしも加わってオジョを助けます。

 この作品では再びドロシーやトト、それに引き続きかかし、ブリキの木こり、かぼちゃ頭のジャック、オズマ姫、オズ大王などが活躍します。オジョというのはマンチキンの国の山奥に住んでいる少年で、ナンキーおじさんはオジョと一緒に住んでいる、通称、無口な男です。つぎはぎ娘はパッチワークキルトで出来た人形に命を与えたよく歌う人形、ピンクのガラスの猫は、ピンクの脳とぶりーの心臓(ハート)を自慢している、いのちの粉で命を与えられた猫のことです。

参考文献
L.F.バウム『オズのつぎはぎ娘』


第3節 オズのチクタク
この巻では、アメリカに住んでいて、船に乗っている時に船から落ちてしまい、オズの国の近くに漂着した女の子のベッツィ・ボビンと、ロバのハンク、そしてドロシーが、髪はもじゃもじゃ、服はぼろぼろの風変わりな優しい男、モジャボロの弟を助けるために、地底世界の支配者、ノーム王の支配する地下王国へ旅立ちます。虹の娘で空に住む妖精のポリクロームや、若い竜(といっても3056歳)も登場し、冒険の舞台は地球の裏側にまで広がっていきます。

この3つの作品以外にも、オズシリーズは10冊以上出版されています。私も全て読んでみたかったのですが、図書館に置いていなかったり、時間の問題などで、私が特に読んでみたいと思った3冊を読んで、まとめてみました。機会があれば、全巻読んでみたいと思っています。

参考文献
L.F.バウム『オズのチクタク』



終章 おわりに

 『オズの魔法使い』を調べていく間に、私はどんどん『オズシリーズ』の魅力にはまっていきました。今まで知らなかった作品も、とても楽しく読むことが出来て、次々に登場するキャラクターの個性いっぱいの外見や性格の面白さ、可愛らしさをだんだんと知っていく事も出来ました。そして、作者のバウムは本当に、子どものためにこのオズシリーズを書き、子どもの喜ぶ顔を見れるからこんな長年に渡って続けることが出来たんだろうな。と感じました。

 かかしやブリキの木こり、ライオン達は、それぞれ脳みそ、こころ、そして勇気を探して旅に出ます。けれど実際それらは、自分が無いと思っているだけで、本当は誰もが持っているものなのです。誰にだって考える力、優しさや思いやり、そして勇気を自分の中に持っているのです。彼らはその使い方を忘れてしまっていただけ、そしてその使い方を、ドロシーと旅に出ている間に思い出していったのです。私達だってそうなのです。1人1人がみんな良い所を持っていて、誰もが輝く所を持っています。その輝きをお互いに認め合うことが出来れば、きっとみんな、ステキな友達になれる。とても大切な事を、私は『オズの魔法使い』を通して学ぶ事が出来ました。自分が上手くいかなくてイライラしたり、友達のせいにして怒ったりすることは、誰にだってあります。けれどそんな時にこそ、ドロシー達みたいに、相手を思いやる気持ち、誰かのために動くことを忘れないでほしいです。学校や、社会に出てからもずっと、私達は助け合って生きていかなければなりません。そのためには、まず1番に相手を思いやる気持ち、大切に思う気持ちをみなさんも、決して忘れないで下さい。もし、忘れてしまいそうになったら、『オズの魔法使い』を読んでみて下さい。そうすれば、きっとみなさんにも大切な何かが見えてくるはずです。

 私は、2年の文化祭に『オズの魔法使い』を演じる事が出来て本当に良かったと思っています。そして高校生活残りの半年を、優しさと思いやりを忘れずに、最高の高校生活にしていきたいです。

 ありがとうございました。


付表:参考文献等一覧
・鳥越信『絵本の歴史を作った20人』創元社
・森恵子『きもちで選ぶえほん100冊』学研
・谷本誠剛『児童文学とは何か:物語の成立と展開』中教出版
・コメニウス『世界図絵』平凡社
・ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』小学館
・モンゴメリ『赤毛のアン』新潮文庫
・L.F.バウム(ボーム)『オズの魔法使い』早川書房
・ウィーダ『フランダースの犬』新潮社
・アンデルセン『マッチ売りの少女』岩波書店
・グリム『シンデレラ』ほるぷ出版
・L.F.バウム(ボーム)『オズの虹の国』早川書房
・L.F.バウム(ボーム)『オズのつぎはぎ娘』早川書房
・L.F.バウム(ボーム)『オズのチクタク』早川書房

付表:参考URL(敬称略)
・荒岡悦子・井桁,井桁研究室,http://www.kt.rim.or.jp/~igeta/index.shtml
・BAT,井桁研究室,http://www.oct.zaq.ne.jp/afbyn208/oz.html

付表:協力者
・林氏(松原恵我図書館)