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グリムの世界
香山 瑛子
グリム童話、聖書に次ぐ世界的ベストセラーといわれる童話を知らない人は、おそらくいないだろう。現在でも老若男女問わず愛されているグリム童話。そしてこのグリム童話は多くの謎を秘めているのだ。 私がこのグリム童話を研究しようと思ったキッカケは、ある本との出会いだ。その本は「ぼくらのグリム・ファイル探検」という本だ。私が今一番好きな作家である宗田理さんが書いた本で、「ぼくらの七日間戦争」で始まったぼくらシリーズの最新刊だった。 本の内容は、全国各地で子供が関わる動機不明の凶悪事件が発生し、その原因を大学の言語学者とともに探っていくと、グリム童話+魔女+宗教音楽ら三つの情報によって、狂気が引き起こされる可能性が浮かび上がってくる。言葉によって感染する“情報ウイルス”を解除するために必要な“ワクチン”を求めてドイツ・メルヘン街道へ行き、そこで二百年前にグリム兄弟によって封印された伝説集「グリム・ファイル」の存在をつきとめる。
というストーリーで、この本に出てくる情報ウイルスとは、最近良く耳にする環境ホルモンが、人間の生殖能力に影響を与えたり、脳にも影響を与えるといわれているように、“言葉”も脳に影響を与え、その結果脳が暴走することもあるのではないだろうか、という作者の考えによって作り出された架空のウイルスである。そしてグリム・ファイルとはグリム兄弟が収集した伝説や言い伝えの中の出版されていない話を集めたもので、これも作者が作った架空の本だ。しかし私はこういう本が本当にあるのかもしれないと思った。もしあるのなら読んでみたいとも思った。 そんな時にもう一つのキッカケとなる本と出会った。それが「童話ってホントは残酷」という本だ。グリム童話やイソップ童話、日本昔話などから三十八話が収録されている。この三十八話のほとんどが、誰もが一度は聞いたことのある話だが、今、皆が知っているようなほのぼのとした話ではない。これらの話が作られた時のままの、残酷で同じ話とは思えないほど、違ったストーリーが収録されている。私はここに載っているグリム童話こそがグリム・ファイルじゃないかと思い、夢中で読んだ。そして、もっとグリム童話について知りたくなった。 だから、私は課題研究でこのグリム童話というテーマを選んだ。
課題研究というのだから、研究しなければならない。私は、もともと本を読むことが好きなので、とにかくいろいろな本を読もうと思った。本を読むということは、すごく地味で、本当に研究が進んでいるのかわかりにくい。しかし、本を読むと、自分とは違う多くの意見や考え方を知ることができる。小説だと、一生できないような冒険や、現実には有り得ないことも経験できる。いろいろな世界に触れられる。読んでいると、ドキドキしたりワクワクしたりする。そういう事を体験できるってすごいことだと思う。だからこの本を読むという方法で、謎に満ちた本当グリム童話の世界に、触れてみようと思う。 第一章 グリム童話の誕生 1.童話とは グリム童話は、聖書に次ぐ世界的ベストセラーといわれている。童話といえばグリムというくらい、グリムは童話の代名詞になっているといってもいいだろう。 「あるところに美しいお姫様がいました‥‥‥」 こうして始まる童話は、幼いころに母親や幼稚園の先生が話してくれた記憶とともに懐かしさを感じさせてくれる。 お城では夜ごと華麗な舞踏会が開かれ、邪悪な魔法使いの呪いは王子様とお姫様のキスで解け、意地悪な継母は裁きを受けて罰せられる。 童話の世界は、このように現実的ではない夢の世界として語られ、おとぎ話というと、夢のような話だと誰もが思う。国語辞典で「童話」を調べてみると、「子供のためにつくられた話」と書かれていた。しかし実際には、この夢のようにみえる物語に、ずっと隠されてきた残酷、性愛、狂気、不道徳の世界があるのだ。 2.グリム童話の謎 誰もが子供のころから馴染んできた「グリム童話」のほとんどは、グリム童話のオリジナルとは別のものだ。つまりオリジナルにかなり手が加えられているのだ。また、その「オリジナル」もひとつではない。グリム童話といっても、1812年の初版から1857年の第七版まで版を重ねるごとに、話の数はどんどん増えていき、個々の話にはかなり手が加えられている。さらに、初版と、その元になった草稿を比べてみると、これもまたかなり違っている。 このように、さまざまなグリム童話があるために、それにまつわる謎も多いのだ。そしてその謎には、何度も改訂を繰り返した著者・グリム兄弟の影も見え隠れしている。では、彼らの生きた時代とはどのようなものだったのであろうか。 3.中世のドイツ(グリム兄弟が生きた時代)
グリム兄弟が生きていた時代、ドイツは小国家化が併立した連合体だった。東フランク(ドイツ)では、10世紀はじめにカロリング王朝が絶えて、諸侯の選挙によって王が選ばれていた。当時、ザクソン家のオットー1世はローマ帝国の復興のため活躍し、ローマ教皇から神聖ローマ帝国皇帝の位を授けられる。 こうして一大帝国が誕生したが、歴代皇帝はイタリアに勢力を張ろうとしてドイツ本土をおろそかにしたため、国内の不統一をまねいた。このためドイツ本土は大小諸侯の連合体と化し、1618年には30年戦争が起きた。1648年に戦争は終結したが、神聖ローマ帝国は分裂、戦乱によってドイツは打撃を受け、社会経済的に立ち遅れた。 300以上の小さな国家が群立した状態は、グリム兄弟の時代までつづいた。強国・プロイセンが誕生した後も内戦は絶えなかった。1789年のフランス革命は、独裁者・ナポレオンを生んだ。グリム兄弟が20歳の1806年にはイエーナの決戦でプロイセン軍がナポレオン軍に敗れてドイツの諸侯国は、ナポレオンの傘下に組み入れられ、ドイツ全土が占領される屈辱的な事態となった。グリム兄弟が生活していたへッセン国の首都・カッセルも、フランス軍に占領され、フランス語が公用語になるなど、厳しい状況だった。 4.グリム兄弟が童話を出版した理由 ドイツが敗戦のどん底にあるときから、復興をめざす18世紀後半から19世紀前半にかけて、ドイツ文化の絶頂期だった。文学ではゲーテ、シラー、哲学ではカント、フィヒテ、音楽ではモーツァルト、ベートーベン、ハイドンといった後世に影響を与えた巨匠が輩出した。 ドイツの知識人の多くは、この復興期を迎えるまで「ドイツの文化は他の西欧諸国に比べて大幅に遅れている」という劣等感を抱いていた。敗戦はこれに拍車をかけた。心ある愛国者たちは「群小国家に分裂しているから、こんなみじめな状況に追い込まれるのだ」と奮起した。 19世紀に入るとドイツ全土を征服したナポレオンへの抵抗の意味もふくめて民話や民謡など民族意識を強める本が急増していった。グリム兄弟も「昔話のなかにあるドイツ民族の心の息吹を広めることによって、ナポレオン戦争によってフランスの植民地的状況に追い込まれて、士気を喪失しているドイツの人々に、民族としての誇りを取り戻させたい」ということで童話集を出版しようと決めた。また、当時のグリム兄弟は収入が一定せず、手にする給料も非常に少なく、生活は食事を切り詰めるなど困難をきわめた状態だった。そこで、当時ブームになりつつあった童話集の出版で、まとまった印税を稼ごうと考えたのだった。 5.グリム童話の人気の理由 グリム兄弟の童話に先立つ各種の民話集や童話集は、大衆の知的水準を高めたが、もっぱら啓蒙的で面白味にかける欠陥があった。また、当時の民話収集家の多くは民話を単なる素材とみなし、そのうえ勝手な空想をめぐらしたので、元の話とはかけ離れた、まったくの創作となっていた。 これに対してグリム兄弟の作品が、発売当初から高い評価を受けたのは、童話をできるだけ純粋な形でとらえた点だ。初版や二版の発行に際して、グリム兄弟は伝承民話を正確に写したことを強調すると同時に、表現方法も語り口調の短いセンテンスをつなげたものにした。 グリム以前の童話が、創作とストーリーの大幅な改作に終始して、結末をいたずらに教訓的なものに求めたのに対して、グリムの作品は読者のハートに素直に伝わるものだった。この結果、グリム以外の作品は早々に読者に飽きられてしまったのに対して、グリム童話は読者に定着していった。 第二章 著者、グリム兄弟 1.グリム兄弟の強い兄弟愛
グリム童話の著者は、ヤーコブとヴィルへルムである。2人が弟や妹に示した愛情は並みの兄弟を上回るものがあった。そして弟や妹も2人に強い信頼を寄せて頼りにしていた。 こうした実生活の影響が童話に現れたのが、兄弟を主人公にした作品群である。「兄と妹」「ふたりの兄弟」「十二人の兄弟」「三人の兄弟」「腕利き四人兄弟」「青ひげ」などの作品がその代表である。 兄弟愛が色濃く作品に投影された裏には、実生活の厳しい状況が隠されていた。兄弟の父、フィリップ・ヴィルヘルム・グリムは1796年に45歳の若さで病死。このときヤーコブが11歳、ヴィルへルムが10歳、カール9歳、フェルディナント8歳、ルートヴィヒ6歳、シャルロッテ3歳だった。さらに父の死の12年後母・ドロテーアを失う。若くして両親を失った兄弟は、お互いに助け合って生きていくより道はなかった。ふたりにとって、特に終身独身で通したヤーコブには、弟や妹たちは自分の子供のような存在だったに違いない。では、兄弟の愛と絆が色濃い作品を紹介しよう。 2.兄と妹
継母から虐待されていたふたりの兄弟が、家を出て森をさまよっていた。兄は喉が渇いたので、妹を連れて泉探しに出かける。ところが、泉の水を飲んだ兄は、のろ鹿になってしまう。実は継母は魔女で、ふたりのあとをこっそりつけて、泉に魔法をかけていたのだ。妹は泣いて悲しんだが、やがて、のろ鹿の世話をしながら、森で仲良く平和に暮らしはじめる。 長い年月が経って、あるとき森を通りかかった王様が、妹があまりに美しいので、のろ鹿とともに城に連れて帰る。やがて妹はお妃となって子供を生み、のろ鹿も交えて幸せな新婚生活をおくる。 そのことを聞いた魔女が自分の醜い娘をひきつれて、妃を騙し殺してしまうのだが、死んでも我が子と鹿の世話をしにやってくる妃のけなげさが魔法に打ち勝ち妃は生き返り、兄はもとの姿に戻るのだった。 グリム兄弟は、一度崩壊してしまった家族が、互いの愛情によって再構築されるという話が好きだったようだ。兄弟はそういう話を好んで集め、収録し、自分達の望むように書き加えていった。それを表わしているのが、「兄と妹」「十二人の兄弟」「七羽のカラス」といった作品。彼らは、父と母を亡くし、兄弟妹六人肩を寄せ合って生きてきた自分達の姿を投影していたのかもしれないし、家族とはかくあるべき、というメッセージを伝えようとしていたのかもしれない。 3.極端な思想 グリム童話のなかには「いばらのなかのユダヤ人」という作品がある。作品名からわかるようにユダヤ人に対する人種差別がそのまま描かれている。 非常に差別的で、ゲルマン民族の排外主義がそのまま出ているように感じるが、ある研究家は「グリム童話集が成立した時代、宗教的、政治的意味での“反ユダヤ主義”はまだなく、ただ現実生活におけるドイツ人の“ユダヤ人嫌い”をそのまま反映したにすぎない」と述べている。深刻な人種差別というよりも、ドイツ人が普段感じている日常的な感情だったようだ。 しかし「この“ユダヤ人嫌い”が、その後の政治的目的に援用され、ナチズムの反ユダヤ主義に結晶していくこととなる」とも述べている。 また、グリム童話には、十八、十九世紀にはびこっていた、幼児虐待の実態が反映されているといわれる。子供たちが親も含めて大人達から冷酷な仕打ちを受けるという話は、「白雪姫」「ヘンゼルとグレーテル」「灰かぶり(シンデレラ)」など、知られた話以外にもかなり存在する。
昔、わがままな子供がいて、母親のいうことをまったく聞かないので、神様はこの子を病気にして、死なせてしまう。子供の遺体は墓に入れられ、土がかけられるのだが、そのとき突然、土のなかから死んだはずの子供の腕が突き出てきた。 人々は、その腕を力ずくで押しこめて土をまたかぶせたが、子供の腕は何度も土を突き起こし伸びてくる。それで、子供の母親が墓へ行き、鞭で子供の腕をぴしゃりと叩くと、腕はひっこみ、子供は土の下で安らかな眠りにつく。 この話から見えてくるのは、幼児への体罰が日常的に行われていたことである。また、この話は第七版まで残っているあたり、親のいうことを聞かない子には死を、というグリムの厳しい教育観の表われともいえるだろう。 第3章 アンケートの結果 今回、この論文のために3年生を対象にアンケートを実施した結果、以下のようになった。
1の質問では、アンケートに答えてくれた209人中166人がグリム童話を聞いたことがあるということがわかる。しかし逆に、名前は知っててもよく知らない人が多いこともわかる。 2の質問の答えは予想通りの答えが多かった。そんな中で、「ラプンツェル」「青ひげ」「千匹皮」を知っている人がいるのには驚いた。間違った答えで多かったのが、3の質問にもある「アリとキリギリス」だが、これはイソップ童話である。また、3の質問の答えでFの不思議の国のアリスが一番多かったが、当然答えはBのシンデレラである。 4の答えを見て、たとえグリムを知っていても、どの話が誰の作品なのかはあまり知られていないとわかった。調べている私自身もよく分かっていないのだから当然だと言えるだろう。では、何故わかりにくいのだろうか? 第4章 類似した話 童話といえば、ペロー、アンデルセン、イソップ、グリムなどが有名だが、それぞれ以たような話が数多くある。さらに、今よく知られている童話や昔話のほとんどが、グリム童話のようにもともとは恐い話だったのだ。例えばこんな話がある。 ねずの木の話 小さな少年が実父と継母、それから継母の実の娘である妹と暮らしている。継母はこの少年が憎くて仕方がない。ある日、りんごの木箱に頭をつっこんでいる息子の上から木箱をばたんと閉めると、息子の小さな頭が胴から離れてごろりと落ちる。慌てた母親は人のせいにしてしまおうと、離れた胴と首を白い布で巻いてつなげ、テーブルに座らせる。そんなこととはつゆ知らぬ妹は、話しかけても答えない兄に怒って、頭をひとつ殴る。すると兄の頭がごろりと落ちる。妹は自分が兄を殺したと思って泣く。母親は娘を慰めるふりをしながら、安堵の息をもらし、息子の肉でシチューを作る。 帰宅した父親は、息子の姿が見えないのを不審に思いながらも、「親戚の家にしばらく遊びに行った」という妻の言葉にだまされ、シチューのうまさに舌鼓をうつ。胸を痛めた妹は、兄の骨を拾い集め、庭のねずの木の下にうめる。 やがて、兄は美しい鳥に生まれ変わり、きれいな声で鳴いて、金の鎖と赤い靴と重い石うすとを手に入れる。そして家に戻ると、鳥の姿の美しい声で、まず父親を誘い出し、金の鎖を、次に妹には赤い靴を落としてやる。しかし、最後に出てきた継母の上には、石うすを落とし、つぶしてしまう。すると、その瞬間、鳥であった兄の姿は、元の人間の姿にパっと戻る。 そうとは知らずに、身内の肉を食べてしまう・・・・・。これは日本にも似た設定の昔話があるが知っているだろうか。有名な「かちかち山」である。タヌキに騙されたおじいさんが、おばあさんの肉でつくった婆汁を食べてしまうのだ。 ドイツと日本、遠く離れているのに似た話があるのはなぜだろう。まだ童話や昔話には謎が多く残されている。だからこそ、多くの人を魅了するのかもしれない。 参考文献
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