
![]()
ガンジーと非暴力
北川 隼
|
「はじめに」 ガンジーを知ったのは、2年生の『エスニック講座』という選択授業のときでした。それ以前からガンジーという名前ぐらいは知っていましたが、具体的な非暴力運動については、ほとんど知りませんでした。そして、授業で「塩の行進」などの代表的な運動を知った時、自分には到底出来ないな、という気がして、ガンジーが遠くに感じられました。でもそれと同時に、一人の人物が、何億人もの人々を動かす力になったという事実や、その結果、インドという国が独立した、などという事実には驚き、感心しました。 第1章 ガンジーの生涯 今回課題研究では、ガンジーを中心に「非暴力の精神などを主に調べたいと思っていますが、最初にガンジーの生涯について紹介します。ガンジーは「あなたのメッセージは何ですか」という問いに対して「私の生涯そのものです」と答えました。このことからも分かるように、ガンジーノ生涯をまず知る事が、ガンジーやまた非暴力の精神を知る第一歩になると思います。 <第1節>生まれ〜ロンドンへ ガンジーの祖父ウッタムチャンド・ガンジーはポルバンダル国(インド西部カチアワル地方)の首相でした。その息子カラムチャンド・ガンジーもまた首相で、彼がガンジーの父です。ガンジー(モハンダス・カラムチャンド・ガンジー)は、1869年10月2日生まれました。1882年、13歳でカストゥルバと結婚しました。1888年には、弁護士を目指してロンドンに渡り、インナー・テンプル法学院に入りました。 <第2節>アフリカ・インドでのサッティヤーグラハ闘争 1891年に弁護士の資格を得て、インドに帰国したガンジーは、1893年にはアフリカのナタルに向かいました。ここで人種差別を受けたガンジーは、ナタル政府のインド人に対する選挙制限に反対運動を起こしました。1906年にはトランスヴァール自治政府のアジア人登録法に反対し、サッティヤーグラハ闘争を開始しました。サッティヤーグラハとはガンジー自ら名づけたこの闘争の原理を指します。真実「サッティヤ」は愛を包含し、堅持「アグラハ」は力を生みます。つまり、「サッティヤーグラハ」には真実と愛、あるいは非暴力から生まれる力という意味が込められているのです。 <第3節>ガンジーと機械文明
<第4節>晩年のガンジー 帰国後、ガンジーは不服従運動を開始しました。逮捕された後、1932年ガンジーは、不可触民をほかのインド人から分離して選挙を行う制度の制定に反対して、獄中で7日間の断食をしま 第2章 ガンジーの信条 次に、ガンジーの信条つまり、ガンジーが強く信じたものについて紹介したいと思います。 <第1節>真理 ガンジーの信条としてまず、一つ目に挙げられるものが、「真理」です。ガンジーは真理をこのように捉えました。 <第2節>アヒンサー=愛 次にガンジーが挙げたのは「アヒンサー」です。真理の道が、まっすぐでありながらも狭く険しいように、アヒンサーの道もまた同じです。この道を進むためには、 <第3節>無所有すなわち清貧 ガンジーは、信条の一つである「無所有」は不盗と同類で、たとえ、もとは盗んだものでなくとも、必要でないものを所有しているなら、それは盗品とみなされなければならない、と考えました。しかし富者は、要りもしない余計な物をふんだんに貯え、結局はこれをなおざりにし浪費します。一方、幾百万という人が食べるものもなく餓死してゆきます。もし各自が必要なものだけを所有するなら、一人として困窮する人はなく、みんなが満足に暮らしてゆけるでしょう。だから富者は、率先して無所有を励行しなければならず、自分の所有財産をほどほどに制限するだけでも飢えたものが容易に養われ、富者ともども満足することを覚えるだろう、とガンジーは信じました。 <第4節>不可触民制度の撤廃 不可触民制度撤廃という信条はこの当時、奇異にも思われていましたが、第1章のガンジーの生涯にも書いたように、 <第5節>寛容すなわち宗教の平等 ガンジーは、「寛容」という語には、他人の信仰が自分のものより劣っているといわれのない思い上がりが含まれている一方、「アヒンサー」は他人の宗教心に対して自分 おわりに 今回、課題研究で、何冊かの本を通してガンジーについて知る事が出来ました。その中でガンジーや非暴力について感じたことがいくつかあります。ガンジーの偉大さというのもその一つです。その偉大さというのは、ただ単に非暴力運動によって得たものではなく、ガンジーの精神のひとつひとつにあらわれていました。アヒンサーにより世界の人々を友と思い、その限界は果てしないものであること、宗教についてもすべての宗教に尊敬の念を持ち続けたこと、決して上からものを見るのではなく貧しい者との交流のなかから問題を見抜き、人々に呼びかけたこと、それらの一つ一つ、すべてがマハトマ――偉大なる魂でありました。 参考文献
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||