高槻支援学校 ミニ情報
高槻支援学校は昭和41年に設立され、2005年に40周年を迎えました。建物などは何度かの改修を経ていますが、校内には設立当時の面影がいくつか残っています。今回はそのうちの2つを紹介しましょう。
         

●校内にあるマンホールのいくつかに「府立第二養護」の文字が書いてあります。
 ちなみに「第一養護」にあたるのは府立堺支援学校で肢体不自由児対象の特別支援学校として府立では最初の学校です。

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●正門の近くにある校舎の入口にかけてある「大阪府立高槻養護学校」と書かれた“木製”の看板です。さりげなく掲げているので、なかなか気づきません。
 設立当時はこの左にある入口が学校の玄関にあたり、右側の部屋が事務室として機能していたとのことです。
 
●高槻支援学校のある「高槻市富田町とんだちょう」界隈は豊富な水に恵まれ、その地名の通り、多くの田んぼがあったそうです。そこでは良質の酒米が取れ、水と相まって、お酒造り盛んでした。15世紀後半には「奈良屋」という酒屋があったという記録もあり、古くから銘醸地として知られています。
 校外散策で学校周辺を歩くと、ほんの数分で、昔ながらの酒造りの雰囲気を味わえるような街並みに到着します。幅の狭い・曲がりくねった道は、どこか昔へ戻ったような気分になります。
 この写真は、現在も残る酒蔵の1つの看板です。おちょこをイメージして作られたものですが、これを見た生徒が「ラーメン」と勘違いしました。おおきな「おちょこ」がラーメンの鉢に見えたのでしょうね。子どもの純粋さを感じる一コマでした。