能楽鑑賞:1年生対象。大槻能楽堂に出向いて鑑賞。国語の授業の一環として実施し、
        教材と関連の深いものを主に演目に選んで、狂言と共に鑑賞する。

平成29年 1月19日(木) 71期1年 能楽狂言鑑賞会
【生徒の感想】
・狂言を鑑賞して、昔の言葉を使っていても状況や物語が分かりやすく、驚きました。次の能も台詞を聞いて理解することは難しかったですが、作品を楽しむことができました。どちらも台詞以外での表現がとても印象的でした。姿勢が固定されていて、静止するところでは全く動いていない、二人同時の動作は距離を保ったままというきっちりとした動きに惹き付けられました。体験で基本姿勢の難しさを知ることができたので、改めてその技術の力を実感しました。静止するところでは息を止めて緊張感も伝えているというお話を後で伺って、自分が能を鑑賞した時に感じたものの一つがはっきりと分かって深く納得したのと同時に、伝えるための工夫を学ぶことができてとても嬉しかったです。お面や道具を使った表現も、一つのものから展開される様々な表現で、見ていてとても面白かったです。今回の鑑賞で、日本の古典芸能の繊細さや丁寧さに触れることができたと思います。

・めったに入ることのできない楽屋や舞台にあがらせてもらえてとても嬉しかった。元・剣道部なのですり足を簡単にできるだろうと思っていたが、体勢がとても辛く、普段力を入れないような所の筋肉を使ったので難しくしんどかった。面をつけて歩いた後に、能を見たので、より演じている人のすごさがわかった。また、楽屋で演者さんとお話していた時、鬼(女)役の人が白いタイツをはいていたのを見た。これは、衣装から足が見えても、女性らしくみえるようにするためだろうか。また、面に描いてある髪の位置と、演者さんの髪の位置が一致していて、面がついている違和感がなかった。細かな所まで考えられていて、とてもかっこいいと思った。女の鬼の面は、うつむくと悲しい表情に見え、前を向くと怒っているように見えた。私は、女は(山伏たちを)殺そうとはしていなかったと解釈した。

・とてもかっこ良かったです。
 まず狂言「盆山」では、言葉もわかりやすく、話のテンポも良くて、すぐに入り込んで楽しむことができました。説明でもおっしゃっていたように、とても親しみやすい身近な感じのする人物像や、喜怒哀楽の表現、独り言や様々な擬音語などが、狂言の現実味を引き立てているように感じられました。
 能「安達原」では、始まった瞬間からの緊張感に引きつけられ、舞台に全てが揃って第一発目の笛の音、あの空気を切り裂くような鋭い音で、一気に、能の世界に包まれたようでした。囃方の細かい動きや、地謡が歌い出す前に扇を立てる動作、役者が僅かに体の角度を変えるところなど、全てが意味のこもった型なのだと思うと、何から何まで興味深く、必死で見入ってしまいました。狂言とは対照的に、言葉も難しく、話の進み方もとてもゆっくりとしていますが、だからこそ、こうした一つ一つの動きや音にこめられた何かが、観客を引きつけるのだと思いました。非日常な世界の中に、驚くほど人間的な感情が表されていて、自然と感情移入をして見ていることに気が付きました。
 能の解説でおっしゃっていた、「(舞台の前にある松が)私には見えています」という言葉が、とても印象に残りました。能楽師の方たちにとって、能や狂言の舞台は本当に神聖なもので、現代の役者の方たちが、昔の人々が考えたのと同じように、ずっと変わらずにその神聖さを守り続けている。今でも、能には人を惹きつけてやまない力があるのだと思いました。

1月12日(木)の事前学習
大槻能楽堂にて 代表者が体験