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教育実践データベース【1】

教育支援にご活用下さい。

筋ジストロフィー児への教育支援に役立つ情報です。このページでは、卒業生・生徒作品集、本稿教育部の生徒たちが楽しむスポーツゲーム集などを掲載します。


刀根山スポーツ・ゲームルール集

 私たちは週に一回の体育の授業をいつも楽しみにしています。この学校に来るまでは、体育の授 業は見学や休憩の時間でしたが、ここでは車イスでもできるようになりました。車イスで体育がで きるということはとてもうれしいことでした。チームで協力して得点を入れることができた時や、 ねらった所にボールを打つことができた時には気分がすっきりします。 ところが、生徒が減少して今までのやり方ではできないという状況が出てきました。そこで、先 輩たちが築き上げてきたものを、私たちの実態に合わせて改良しました。種目については、自分た ちがより一層車イスでやりやすいように工夫しました。また、ルールも、「おもしろい」「ワクワク する」「熱くなれる」などと夢中になれるものへと変えていきました。 ぜひ、私たちが考えたゲームを一度やってみてください。
2012年2月 本校 中学部・高等部生徒一同

右上のリンクをご利用下さい

在校生卒業生作品集Ⅰ(第一集)

2002年度 筋ジストロフィー教育交流会

詩集『スタート』(1993年発行)より

在校生卒業生作品集
2002年度 第2回筋ジストロフィー教育交流会
詩集『スタート』(1993年発行)より

はじめに

 僕は、今 18才です。
 僕は、今 ある病院に入院しながら養護学校に通っている高校三年生です。
 僕は、筋ジストロフィという病気と向かい合っています。でも大して気にしていないつもりです。他人からみれば「手も足も不自由でつらいだろうなあ」と思うかもしれませんが、当の本人は大してつらくありません。でも時々つらくなる時があります。
 そんな時、こんな僕でも考えこんでしまいます。---自分の存在理由や自分のこれからのこと、自分のやりたいこと、ハズカシながら恋について---すごく考えこんだ時もあります。その時から僕は詩を書くようになりました。そのワケは、僕のできることって何なのか。世の中には僕を含めていろんな病気で苦しんでいる人たちがいるけど、僕たちのことを一体何人の人たちが知っているのか。僕たちの存在を知ってもらうにはどうしたらいいのか。やっぱりコトバにしなくちゃ伝わらない。それなら詩を山ほど書いて本にしよう---と思ったからです。
 単純だなーと思わないで下さい。その時の僕にはそれしかうかばなかったんですから。
 僕の詩はまだまだヘタクソです。表現力も乏しいです。でも心は本気です。だから僕の今のありのまゝの気持ちを読んで下さい。
 僕はこれからも同じ病気で苦しむ友達の気持ちを表現していきたいと思っています。
 僕はこの本をスタートとして更に成長していきたいと思っています。


『あの時』

あの時の僕は病気から にげてた
足が悪いからといっていじめられるたび
家のすみっこで親にかくれてよく泣いてた
でもあの時から僕は人をうたがうようになってた
あの時は親たちすら信じられなかったんだ
一人だったずっと 心の中は淋びしさていっぱいだった
あの時 ぼくの兄が死んだ 僕はただただ泣きわめいた
その時今まで仕事のためだけに生きていたはずの父が言った
「もう それ以上泣くな 男やろ父さんと約束しよ オレも泣かんから これからさきお前はずっとなくな そして強よ生きないかん」
それをいった父は兄を見ながら歯をくいしばってたのを おぼえてる
それから僕は病気に正面からぶつかってくようになったんだ(兄が死んだ時から三日間くらい母は何も食べてなかった やせた母を見てる時泣くのをこらえるのが一番つらかったんだ心から)
……でもたま一に泣いてた……五回ほど


『病気がくれたなにか』

病気よ お前のおかげで
僕は ふつうの体の人には わからないなにかを
手に入れることができたよ
その中にはいらない物だってあるけれど
お前がくれた人をしんじる心だけはこれからも大切にしよう


『生きている』

心臓が 脈打つのを 感じる
生きている
陽の光りにつつまれて
今 僕は 生きている


『僕は……』

今 ここにいる 僕は
だれもが忘れさってしまったとしても
僕のままでいられるだろうか


『うんざりだもの』

僕は人のために生きたい
だってこんな自分にはうんざりだもの
まるで人を苦しめる
ただそれだけのために生まれたような
そんな自分のためには
生きていたくないから


『僕のすべては…』

人を傷つけたくないと
思えば思うほど
僕は自分を失い
悩みの淵に深く、深く沈み込む
そして僕から
こぼれ落ちるコトバ
そのひとつひとつが…
僕のすべてだ


『生きる力』

人間って凄いよね
死んじまったアイツが
今
俺の生きる力になる


『生きたい』

この世から消えてゆく
怖くて 震えが止まらない
弱い奴だと誰かが笑う
そうだ俺は弱い
死ぬのがたまらなく恐い
不安でしょうがない
死が背中を押しやがる
覚悟はしてたさ
けれど
お前を想う夜が
俺をこの世に繋ぎ止める
ずっとそばにいてくれ
一人にしないでくれ
恐いんだよ
暗闇が…


『コトバは詩になる』

僕のコトバは詩になり
時には暗いと言われ
これが詩かと言われ
そんなコトバが怖くて
詩を頭で創る人になり
詩は創るものだと言い
口から溢れる何気ないコトバが
本当の詩なんだということを
いつのまにか忘れてしまっている
そして今日もまた頭で詩を創る
けれどもそれも今日で終わり
もう一度始めからやり直そう
心の中をよぎるコトバ
それが本当の詩なんだ
人が何と言おうと
自分を信じて
本当の詩を描こう
今僕はそんな気分


『永遠』

僕はずっと待っているよ
たった一つこの体を持って
ここで待っている
何度日が沈もうが
かまやしない
雨が記憶を掻き消し
風が欲望を吹き流し
たった一つこの体が
朽ち果ててしまっても
たった一つこの魂を持って


『ありのままで』

もう自ら包み隠すことをやめよう
笑われたってばかにされたって
僕は僕なのだから
生きることが嫌になっても
弱いところ醜いところを認めて
そのままで
いまの僕を見失わずに生きていこう
運命(さだめ)から逃げだすことをやめよう
嫌気がさして心閉ざしても
かえられないものだから
たとえ若くして死したとしても
躰(からだ)の弱さを嘆かず
生命(いのち)朽ち果てるまで生きていようよ
ありのままで
ずっと僕のままで


『今生きること』

ただ進行するばかりの病気
この身体に背負って
今オレは
生きている
オレだけじゃなくみんなが
筋萎縮症と
たたかいつづけている
力いっぱい
精一杯
人生の努力をしながら
自分にできることや
己の生き甲斐を求めている
がんばりすぎず
焦らず
病院での日々を
夢を追いかけ
オレや仲間たちは
今日だけを信じ
笑顔で毎日を生きたいと
願っている


『病室』

とてもせまい生活の輪
朝起きるのも 夜ねむりにつき
夢を見ることも
毎回の食事もすべて
まっかな顔した掛け時計に見られ
テクテクと
日々がすぎてゆく
いつもため息ばかりつき
ほお杖つき
寝床につきふと考える
オレの日々は何なのか今何をすべきか
恋の悩み将来の夢
病気へのおそれ
解決策もなく
朝が訪れ
景色の変わることのない病室に
窓から光が射しはじめる
おなじ朝をくりかえし
毎日毎日が速くめまぐるしくすぎ
定められた生涯の範囲
ねむれぬ夜も
涙が止まらない日にもテクテクとテクテクと赤時計はまわり
容赦なく年月は流れ
もうすぐ僕は
病院で四度目の
「あけましておめでとう」の声を聴く


『終着駅』

最後にたどり着く場所
人はだれしも
知っている
そこが運命の地だということを
わかっているハズ
ただ考えていないのだ
本当の怖さとさみしさを・・・・・・
病院で暮らすようになって
感じてしまう
どこまでも進む病気で
二十代の若さだった兄を亡くし
友と別れ
哀しみの雨にうもれ
感じるどころか
わかりすぎてしまった人生からも運命からも逃げられないことを
知りすぎたのだ
いつか列車は終着する
それが
いつなのか
定かではない
それより
今どう生きるか
病室で
どんな毎日をすごすか
考えていたい
悔いを残すことなく
終点に
たどり着こうと
現在(いま)は
おもうだけ


『それだけでいい』

ただ
それだけ
それだけでいいのだ
病室から
陽の光が見えている
廊下を行き交う仲間の笑顔が目に映る
僕は生きている
この眼球におさまる風景を
詩にたくし伝え
心を刻みこんでゆく
それでいい
いやそれがいい
ただそれだけがいい
生きている
誰かの中に言葉は生物として
動いている
だから後はなにもしなくていい
寝そべっていても呆然としていてもいいのだ
人生をいいかげんにしなければいい
ヒトとして
生き方を踏み外さなければ
そこに
居るだけでいい
ただ
それだけでもいい


『孝治へ』

別れの言葉は嫌いだけど
言わないといけない時が来た
いっしょに卒業できると思ってたけど
孝治は列車を乗り換えて行ってしまった
僕は、もう少し先で乗り換える
終着駅で 孝治が待っている
僕を乗せた列車も やがて終着する
それまでの間 お別れだ
駅で また逢おう
(97年10月20日 告別の日)


『飛べない鳥だとしても』

翼はあるのに翼を動かせない
いつからか僕は飛べなくなった鳥のように
歩くことが出来なくなった
周りの子は空を自由に飛ぶ鳥のように走り回っている
あの時歩けないことに
別にショックで落ち込んだり塞ぎ込むこともないし
逆に前向きに僕の気持ちも進みだした
何事にも気合いを入れ努力して頑張ることが自分のモットー
飛べなくたってさえずり歌を歌える鳥のように
僕にも何か才能が眠っているだろうか
それまでは毎日を頑張ってやっていこうと決意を固めた
やりたいこと見つかって最初はスムーズに出来たのに
必死で頑張ったけど自分の限界に気づき
呆然と立ちすくんだこともあった
それからやりたいことに終止符を打たなければならなくなった
僕は声を忘れた鳥のようだ
少し経ち忘れた声を思い出すように
僕の眠っていた才能が突然開花した
そして詩を書くという翼を僕は持ち
飛べない鳥だとしても心だけでも飛んで行きたい
明日に向かいながら


『炎』

一つの火が小さな火が燃え上がっていく
音を静かにたてながらゆっくり
何かはわからない
でも苦しみの中僕の心で何かが燃え上がる
怒りや復讐じゃない自分と自分の戦い
まだ暗いトンネルの先は見えない
朝が来ても苦しみは続いていた
もうどれくらいこの状態だろう
生きるか死ぬかの瀬戸際にたたされ
一日一日もがくように生きていた
必死で生き抜こうと思ったとき
小さな火が炎へと変わった
希望の炎へと


『タイムリミット』

僕にはあとどれくらい時間があるだろう
手のひらにのるくらいのわずかな時間だろうか
誰もわからない
僕にももちろんわからない
神のみぞ知る僕のタイムリミット
残された時間にどれだけの生きた証を残せるだろう
星のように心の夜空に希望の光を灯しながら
病気に屈していく気持ちを胸に秘めながら
僕の思いや体験をこれからも詩に込めていくだろう
タイムリミットが来るまで


『見えないリングでつながっていた』
(2001年11月発表)

 私は、ウェルドニッヒ・ホフマン氏病という病気です。生まれてから一度も歩いたことがなく、今では食事も一人では食べられません。
 そんな私も、小学校の時は車椅子に乗って地域の普通校に通っていました。その頃はまだ、自分で出来ることもたくさんあり、友達に手伝ってもらいながらも毎日を楽しく過ごしていました。今思えば、その小学校生活で集団生活というのを教えられた気がします。40人近くのクラスで、何かをするときは話し合いをし、みんなで協力をする、当たり前のことのようにも思えますが、大勢でいたからこそ学べたことだと思います。
 小学校5年生の頃から少しずつ体重が減り始め、6年生には体重を増やすためにと、国立療養所刀根山病院へ入院することになりました。そして、それと同時に隣接している大阪府立刀根山養護学校へ通うことになったのです。前の学校とのギャップがあまりにも激しく、私はすごく戸惑い、早く元の学校に帰りたいと思いました。そう思った一番の理由は、先生との一対一の授業でした。その頃、小学生は私だけだったので、ほとんどが私と先生の一対一の授業。慣れない先生との二人きりの授業は本当に嫌でした。
 そして、やっと学校にも病棟にも少し慣れてきた頃、夜間に呼吸器をつけないといけないということになりました。体重が減っていた原因も呼吸がちゃんとできていないからだったのです。しばらくは退院できないと知り、それからは学校にも病棟にも早く慣れようとしました。最初は嫌だなと思っていた学校でしたが、今までにしたことのないような事をさせてもらったり、優しい先輩に話しかけられたりして、少しずつ楽しく過ごせるようになりました。刀根山養護学校での最初の一年では、これまでの環境とは全く違う世界があるということを教えられたような気がします。
 中学部に入ると、学部でいろいろな活動をしたり、他の学年の人と一緒に授業をしたりすることができて嬉しかったです。そんな中学生活の中で、私にとってとてもとても大切なことに出逢うことができました。それは、詩を書く・歌を創るということです。ちょうど中学部1年の時の担任の先生が国語と音楽の担当で、よく短歌や俳句のようなものを作らせてくれました。そのおかげで、自分の気持ちを表現することの楽しさを知ったのです。そしてその頃に、先輩たちが書いた詩を読み、私は「私もこんなふうに自分の気持ちを詩に書いてみたい」と思いました。それから私は自分の気持ちを少しずつ詩に書いていくようになったのです。歌の方はというと、きっかけはあまり詳しくはおぼえていませんが、たぶん「歌を作ってみようか」というふうな感じで音楽の先生と一緒に作り始めたのだと思います。はじめて出来上がりを聴いた時は、自分の歌がこんなにも素敵になるなんてと感動したのをおぼえています。
 私にとって、詩を書くことと歌を創ることは自分の気持ちを表現する大切な方法です。きっとそれはこれからも変わらないと思います。中学部でそういう自分の気持ちを表現する方法を見つけることができて、今本当に良かったと思っています。
 高等部に入り、私のクラスにも一人の男の子、A君が入ってきました。A君とは中学3年の時に短期間だけ一緒に勉強をしたことがあります。そして、高等部から正式に刀根山養護学校へ通うようになったのです。私は少し戸惑いました。なぜなら、約4年間ほとんど一人で勉強などをしてきた私は、同級生と一緒に何かをしたり話し合ったりする事を忘れていたからです。それに、そのA君は前の学校で色々あったらしく、病棟の人や学校の先生にもほとんどしゃべらない人でした。中3の時も何ヶ月か一緒に勉強をしましたが、しゃべった記憶はほとんどありません。そういうことも重なって、私は不安でした。これから3年間、仲良くやっていけるだろうかと…。
 そんな気持ちで始まった高等部1年生で、私はよくパソコンを使うようになりました。自分で書くのがしんどくなってきていたので、パソコンは私にとってとても便利な道具でした。今も詩を書いたりするときには絶対に必要で、私にとってのなくてはならない物になっています。
 そうこうしている間に、高等部1年はあっという間に過ぎ、2年生になっていました。2年生の担任の先生は今までにはない少し変わった先生でした。何が変わっているかというと、何に対してもいつも真剣で、その割に結構おっちょこちょいで、感動するとすぐ泣く、そんな先生でした。そしてA君とは、1年間一緒に過ごしてきたのにもかかわらず、相変わらずしゃべることが出来ないままでした。A君はしゃべってくれないだけでなく、ときどき授業に出なかったりもしたのです。私は、そんなA君の行動を理解することが出来ずに1年以上一緒に過ごしていました。私はある日思いました。あと2年間で、A君としゃべれるようになりたいと。それから私は意識してA君にしゃべりかけたり、フロッピーに自分の気持ちを書いて渡したりしました。でも、そう簡単にA君はしゃべったりしてくれなかったのです。
 刀根山養護学校には毎年、文化祭というものがあります。展示発表と舞台発表があって、舞台発表の最後には全校生徒の劇の発表があります。A君は中3の時と高1の時に劇に出ましたが、セリフを言うことが出来ませんでした。でも高2になり、今年はセリフを言いたいと思っているということを先生に言っていたそうです。それを聞いた私は台本を作るときにA君の得意なギターを弾く役をつくりました。それもその役は主役に近く、とてもセリフの多い役でした。そして色々とあり、A君はその役をすることを引き受けたのです。その後、台本も完成し、全員で読み合わせをすることになったのですが、A君はしばらくの間読むことが出来ませんでした。でも何日かして、とても小さな声でしたがA君はセリフを読むことが出来、私は「このまま上手く本番の日までいくかな」と思っていました。でも舞台に上がり、マイクを使うと声を出すことが出来なかったのです。A君が一生懸命に声を出そうとしているのが分かりました。でも、だんだん本番の日は近づいてきます。私はとても不安でした。あんなにセリフの多い重要な役を任せたのは自分のようなもの、本当にこれで良かったんだろうかと。でもたった一人A君を心から信じている人がいました。それは私たちの担任の先生でした。本番間近の日に私はその先生に「もし本番で言えなかったらどうするの?」と聞きました。すると先生は「それは考えていない。私は信じているから」と言ったのです。私はそれを聞いた瞬間、信じるということはそういうことなんだと思いました。そして、それまで不安だらけだった私の気持ちがなんとなく、大丈夫なんじゃないか、信じてみようという気持ちに変わったのです。そして本番、A君は無事スラスラとセリフを言えたのです。私は本当にビックリしました。そしてA君にあの大切な役を任せて良かったと思ったのです。
 高校生最後の年。担任の先生もかわることもなく2年生の続きという感じで始まりました。私とA君はあることがきっかけで少し仲良くなりました。それはある日のある授業の終わったあとのため息でした。たまたまA君と私の苦手な授業が一緒で、その授業が終わり先生が教室を出ていった後に二人同時に「ハー」とため息をついたのです。その「ハー」というため息で私たちは笑い合いました。それからもその授業が終わる度にA君と私はため息をつき、笑い合うようになったのです。A君と私は文化祭実行委員という係で放課後によく病棟で会うようになりました。そのおかげで、二人だけでいる時間も自然に増え、お互いの好きな歌なども知るようなりました。その時、会話という会話はしませんでしたが、私の言ったことに笑ってくれたり、うなずいてくれたりして、楽しく過ごすことが出来たのです。そして夏休み、宿題などを一緒にしていた時に、なんとA君がしゃべってくれたのです。一文字一文字とぎれとぎれだったけど、笑顔でしゃべってくれたのです。私はあの時、本当に嬉しかったです。やっと本当の友達のようになれたという気持ちになりました。それから2学期になり、A君と私はほとんど普通に会話をすることができました。そして、文化祭のテーマソングも二人で話し合いながら作ったのです。この年、A君は文化祭の実行委員長をしました。文化祭の実行委員長は文化祭の全舞台発表が終わった後に舞台で挨拶のようなことをしゃべらなくてはなりません。それをA君は自分からすると言ったのです。私はそれを聞いたとき、「今のA君なら大丈夫だろう」と思いました。そしてA君は文化祭当日、見事にみんなの前で堂々と挨拶をしたのです。1年、2年前には考えもしなかったことをA君は普通にやって見せたのです。私は思いました。「人はこんなにも変わることができるんだ」と。
 それからは、ひたすら卒業に向けての準備をしました。A君と一緒に卒業式で言う答辞を考え、その中でうたう歌を創り、卒業記念品を作ったのです。歌はA君の得意なギターに合わせてうたうことになったので、ギターを弾きながら創りました。創るのはとても大変だったけど、しゃべったり笑ったりしながらだったので、楽しくできました。そして卒業式も無事、予定通りに終えることができたのです。
 今思えば、「あの時は、大変だったなー」という感じですが、その時はもう毎日必死でした。でもそういうことがあったおかげで、私は自分以外の人を理解し・信じるということの大切さを知ることができたのです。
 卒業後の一年間、私は大阪文学学校の通信教育を受けていました。数カ月おきに詩を提出して、先生から批評をもらっていたのです。自分の書いた詩について色々と言ってもらうことができ、とても勉強になりました。今は詩を書いたり、病棟の委員をしたりして毎日を過ごしています。
  これまで私が学んだたくさんのことは、たくさんの人たちに出逢えたおかげです。たくさんの人たちに感謝の気持ちを忘れることなく、これからも私は私の道を歩んでいきたいと思います。
 最後に、私が卒業記念に作った詩を皆さんに聴いていただき、終わりたいと思います。


『見えないリング』

小さなトゲがささって
くるしんだりもしたかな
やさしい声がきこえて
ほほえんだりもしたかな
いつも誰かと
見えないリングで
つながっていたから
きっと こうして
今 ここで生きているんだよね
今日も
明日も
そして…いつも
見えないリングで
僕らはつながっている


『ボクが見てたもの』

今までずっと 前だけ向いてひたすら歩いていた
寄り道はしないほうがいい そう思って
だけど少しだけ足もとを見てみると
ひたむきに咲いている花や
さみしさを隠している虫がいた
きっと 寄り道がボクのこころに
小さな優しさをくれたんだね
あせって歩いちゃいけないよ
大切なものを見失う
遠回りして疲れた時
キミだげが感じられる
愛に出逢える
今までずっと 当たり前だと思って気付かないまま
まっすぐ前しか見ていなかったから
でもこの森に当たり前なんてなかった
大声で叫んでいる小鳥や
せいいっぱい生きている草たちがいた
ずっと この世界でボクが見てたものは
ほんのひとかけらだったんだね
あせって歩いちゃいけないよ
大切なものを見失う
遠回りして疲れた時
キミだけが感じられる
愛に出逢える
愛に出逢える


『叫び』

心の中で もやもやしてる
私の叫び でておいで
本当の想いなら
隠さなくていいんだよ
言葉にしてもいいんだよ
恥ずかしくなんてないんだよ
心の中の叫びはね
人としての命の叫びだから


『不思議~はな~』
イライラして
ささいなことにこだわって
自分勝手にツンツンしてる
そんな日が一週間つづいている
テレビの笑い声も笑い顔も
わたしには届かない
こころの中のサボテンが
チクチク ツンツンしている
それじゃいけないって分かってるのに
そんなわたしの中のサボテン
なんと 花が咲いた!!
イライラ チクチク ツンツンに
ほのかに幸せを感じる
花が咲いた
不思議だった……
貴方に会うだけで
花が咲くなんて
 

『卒業の言葉』
(2002年3月)

 ぼくが初めてこの学校に来たのは、二年半前の冬でした。この学校に来る前までは、家から二十分ぐらいの距離にあるA高校という公立学校に通っていました。でも、僕が通っていた高校はあまり好きにはなれませんでした。なぜなら自分ができることがないし、友達関係もいまいちで、毎日勉強だけの日々が続いてしまったからです。そう思っていた矢先、ひとつの出来事がありました。刀根山病院で、「酸素の値を、一度調べるから入院した方がいいだろう。」と、医者に言われ短期の入院をしました。入院している間、あまりすることがなかったこともあって、病院の隣にある刀根山養護学校を見学してみようと思いました。このことがある前から、「高2になったら、この学校に行こうかな。」と、前々から思ってはいました。この学校の最初のイメージは、暗い人達がひっそりと勉強している集団というものでした。でもそのイメージはくつがえされました。ぼくは初めは緊張していたものの、日にちが経つにつれ、みんなとしゃべれるようになりました。先生も生徒たちも愉快な人たちが多く、気を遣わずにしゃべることができました、僕が一つびっくりしたことがありました。何か行事があるたびに、生徒が考え、生徒たちだけで決めるということに驚きました。ぼくは「この学校なら自分のしたいことができるなあ。」と思いました。同級生に、B君とC君という人がいました。B君は、ひょうきんで、変なことでこだわる人です。C君は、けっこう世話好きで優しいけどちょっと怒りっぽい人です。その中に結構口うるさいぼくが入ったので、とても大変なクラスになってしまいました。一人ひとりが主張が強く、何か決めることがあってもまとまらないということがしょっちゅうでした。結構先生を困らしていたかもしれません。でも、今となっては、いい思い出になっています。この学校は、ぼくにとって、一番合っていると思っています。だから、「A高校にせっかく行けているのに、この学校に来るのはもったいない。」という人達が多い中、僕は、「この学校は、僕の理想の学校だ。」と思っていたので、なんと言われようが、僕の意志は固まっていました。だから、短期入院が終わって、次の年の春、この学校に転校することを決めました。それから、今日までいろんな事がありました。スポ交や社会見学、体育祭や文化祭、それに修学旅行。よくけんかをする病棟の同室の友達も居ました。その人は、同じ時に転入したものの、事情があって、転校していきました。1度だけ、1ヶ月ほど、口をきかなくなるほど喧嘩をしたことがありました。でも、ある日、僕は、それではいけないということに気づき、自分の誕生日の日にもかかわらず、その人と決着をつけることにしました。今思えぱ、「仲直りしておいてよかった。」と思っています。ほかにも、児童生徒会の会長にもなったりしました。初めは、どうしゃべっていいのかわからず、モゴモゴしていました。会長を続けていくたびに、コツをつかみ、学校をもっとよい学校にするよう目指す事が出来ました。
 これまで、いろんな事がありましたが、一番心に残ることは、僕たちのことを思ってくれる先生や、お父さんお母さん、それに、お世話になったたくさんの出会った人たちです。この人達のおかげで、今の僕があるんだなあ。」と思っています。僕は感謝しています。みなさん、ありがとうございました。僕は、めでたく卒業します。



『春の風』

ふと目が覚めた 春の風とともに
今まで 思っていなかったコトが
まるで 大波のように
いつも考えてしまう あの娘のことを
でも あの娘の前では素直になれない
嫌われたくないはずなのに
心の中はため息ばかり
考えすぎて 夜も眠れない
「あの娘は、何考えてるんだろう」
この想いは 春の風とともに


『自分に足りないもの』 

素直って何だろう
ありのままを正直に話すこと
素直って何だろう
ありがとう ごめんなさい と言うこと
素直に言って いい時もあれば 悪い時もある
人を傷つける時もあれば
人を立ち直らせる時もある
素直に言うことは 簡単なものではない
素直になれば すぐ終わることなのに
人の心は わからないものである
素直って何だろう


『幸せとは』

今の日本は幸せだ
幸せすぎて 幸せだと思わなくなっている
何かもの足りないような気になっている
幸せなのに 幸せを探そうとしている
自分を自ら不幸にしている
だから いろんな事件が起こってしまう
自分だけ幸せになればいいんだと
自己中心的な心をもってしまう
最近の若者を見てるとわかる
だらしのない格好をしている人が多い
自分を傷つけている人も多い
これもすべて 若者が悪いわけじゃない
注意できない 大人も多い
自分には関係ないと思っている
だから 若者は図に乗ってくる
最近の大人たちも悪い
若者の見本となるべき大人たちが
非常識なことをしている
だから 若者も非常識なことをしてしまう
今の日本は 戦争や生存競争などの
争いはほとんど無い
でも そのかわりに命の大切さが
分からなくなっている
だから ちょっとしたことで
命を落としていってしまう
苦労することが 耐えられなく
なっているからだろう
でも どんなに苦労していても
幸せと思っている人はいる
もしかしたら ちょっとは苦労も
必要なことかもしれない
そうすると 人が生きていく上で
大切なことが分かってくるはず
それが 本当の幸せなのかもしれない


『自由な時間』

晴れた空 草むらに寝そべって
雲ひとつない 大きな大きな空見あげて
何も考えないで 過ごしてみたい
少しでもいいから 自由な時間をください
雨の日でも 畳に寝そべって
大きな天井に あの日のことを思い描いて
楽しかったこと おもしろかったこと
心の底には つらいこと 哀しいこと
沈め込んで 思い返すことがないように
心温まるような音楽を聴きながら
自分のやりたいことが出来る
自由な時間をください


『人間(ひと)なんだ』


なんでもかんでも
適当に片付けてしまう
自分の事だけやって
他の人の事は気にしない
いいかげんな人間(ひと)
自分も結構 いいかげんな奴かもしれない
どんな事でも
あいまいな答えばっかりで
人の思ってる事なんか
少しも考えようとしない
無関心な人間(ひと)
自分も結構 無関心な奴かも知れない
どんなに人より勝っていても
どんなに人より劣っていても
みんな同じ事考えてるのかも知れない
今まで歩んできた道のりの事
これから行き着く至福の時を
みんな考えてるのかも知れない
どんなに迷惑かけてる人間(ひと)も
どんなに人から好かれる人も人間(ひと)
みんな同じ事考えてるのかも知れない
どんなにいいかげんな人間(ひと)で
どんなに無関心な人間(ひと)でも
みんな僕と同じ人間(ひと)なんだ


『未来への道』                                              

僕は何のためにここまで
歩いて来たんだろう
暗くて先の見えない闇の中で
一歩一歩確かに歩いて来た
見えないはずなのに
確かに道を歩いている
どうしようもなくどうやって
歩いて来たんだろう
君が僕の手を取ってくれるから
迷う事なく歩いて来れたのかな
見えないはずはない
かすかに道が見えてきた
形ある物を手にするすべを
君とは別々に探していたんだ
どんなに迷っても
苦しくても
怖くても
淋しくても
君が僕の手を取ってくれるから
どんな事があっても大丈夫さ…
見えるよはっきりと
はっきりと道が見えている
形ある未来への道が……


『未熟者』

わからへん
何をどう書けばいいかわからへん
ぼくは詩なんて書いたことが
ない…
生まれて16年
詩を書いたことがない…
でも やっぱ詩を書くって
いいもんだなあ…

アーカイブス

スポーツ・ゲーム集

 生徒たちが楽しむスポーツ・ゲームの紹介です。
PDF形式のファイルです。
ルール集を開く
生徒たちが制作したルール集です。ぜひ、ご活用下さい。

生徒・卒業生の作品

親の願い

 このページに掲載した作品集です。プレーンテキスト形式でダウンロードが出来ます。 下の作品名を右クリックし、「対象をファイルに保存」を選択して下さい。縦書き表記が可能なテキストヴュワーを使うと読みやすくなります。

・・卒業生・生徒作品集1
・・卒業生・生徒作品集2
・・親の願い

作品集リンク

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在校生・卒業生作品第一集
在校生・卒業生作品第二集
親の願い

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