防災訓練

9月4日の「大阪880万人訓練」に合わせて行う予定だった『防災訓練』を昨日(11/26)実施しました。

地震に対する訓練でしたので、まず身を守る行動の後グラウンドへの避難となります。

生徒の皆さんは、マスク着用で整然と行動できていました。点呼確認後、簡単に講評はさせてもらいましたが、時間の関係で割愛しましたが紹介したい作文がありますのでアップしておきます。

この作文は、第33回の全国人権作文コンテストの入賞作品で、ある女子中学生が被災のボランティア活動に一人で参加した際に感じたことを作文にした一部ですが、当時の様子をリアルに表現しています。

この夏,私は東北に行った。(中略)

鉄骨だけ残った防災センター,奇跡の一本松,そして内陸まで打ち上げられた巨大漁船。すさまじかった津波の破壊力にあ然とした。

たくさんの遺留品は無言のままで私たちに語りかける。明日がくるのがあたり前だったあの日。もう会えない人がいるなんて誰も思っていなかった。朝出かける時に言えなかった「ありがとう」や「ごめんなさい」たくさんの思いが残っているような気がした。

阪神・淡路大震災では,家は建っていた場所で壊れた。でも,津波被害のあった地域では家が建っていた場所には何も残っていない。予想もできない所まで流されてしまったそうだ。だから命は助かった人も思い出の品すら返ってこない場合も多い。娘の幼い頃の写真が一枚もなくなってしまったという、おばあさんの話を私は黙って聞くことしかできなかった。 (つづく)

彼女の文に、9年前の記憶がよみがえります。深い悲しみを持った人が、長い長い歳月の後、穏やかに思い出を浄化することは許されますが、風化させてはいけないのではないでしょうか。

私たちも、2年前、大阪北部地震を経験しましたが、震災に対する意識や関心は、どこかしら薄らいでいるように感じます。

上で紹介した作文の解説に、次のようなインタビュー記事が載っていました。

被災地のボランティアセンターの人へ、「このあと、私達にできるかとは何ですか?」という質問に対して、その方は、「忘れないでほしい。」と答えていました。

もう一度、もしもの時の、自分の行動・家族の行動などを考える必要があるようです。