第3章 器具の取扱いと基礎実験事例

       3.蒸留



 蒸留は、二つ以上の物質が混合しているとき、それらを分離して精製する手段の一つである。

 小・中学校では状態変化の一つとして学習する。この単元で、実験がうまくいかないものと

してよく挙げられるのが以下の二つである。

A.水の沸点が 100℃にならないこと。

B.水とエタノールの混合物の蒸留で、アルコールが留出しているときに示すはずの温度一定

値が、グラフ上に現れないこと。

 以下では、この二つの実験が納得いく結果となるためのポイントを示す。

実験1 水をほぼ100℃で沸騰させる。

(1) 図12のような装置を組み立てる。

   

(2) 容器に水を入れ、それに数個の沸騰石を入れる。

(3) アルコール温度計を覆うようにガラス管をつけて加熱し、沸点を測定する。

《解説》

(1) 温度計の目盛りは、測定しようとする環境下に温度計を置いて付けられている。小・中学

 校で使われている1℃目盛りの温度計( 100℃用)は、それを0℃と100℃の2点で標準温度計

 の目盛りに合わせ、他は等間隔に目盛りが付けられたものである。

(2) ところが、教科書に載っている沸点を測定する実験では、温度計の100℃の目盛りは室温に

 さらされている。つまり、その分だけ温度計は体積膨張をしていない。そのため、ほとんど

 の生徒実験が 100℃に届かず、97〜98℃を示す結果となる。

(3) 人によっては、このことを押さえずに、ガスバーナーを強くすればよい結果が得られると

 思っている。沸点は、原理的にはガスバーナーの炎の強さに依存してはならない。火力を強

 めることによって沸点が改善されたのは、その熱によって温度計の環境が改善されたからで

 ある。

 しかし、この方法だと実験をするたびにガスバーナーの炎の強さが変わり、その都度水の沸

 点が変わることになる。

(4) 別法としては、図のようなガラス管を付ける代わりに、少し深めの容器(例えば300cm3丸

 底フラスコ)を使って 200℃目盛りの温度計を使う方法がある。もう少し手軽な方法として

 は、少し深めの透明な空きびんのようなものをかぶせてもよい。

(5) 要は、沸騰蒸気を温度計の 100゜の目盛りに触れさせることである。

(6) 温度計の正しい使い方としては、水銀温度計も同じである。

 水銀温度計の場合は、教科書に書かれているような使い方をしても水の沸点はほぼ100℃を

 示す。ただ、水銀温度計の難点は、一本当りの単価がアルコール温度計より高いことと、子

 供が温度計を破損したとき、水銀の回収が少々厄介であること、である。

(7) ところが、以上のような測り方をしても温度計が正しい沸点を示さないことがある。

 小・中・高等学校で日常的に生徒実験用に使っている1℃目盛りの温度計は、アルコール温

 度計・水銀温度計ともに、検定較差が±1℃であり、使用較差の方は±2℃である。つまり、

 工場出荷段階(購入直後)に要求される精度は±1℃で、使用しているうちに生じてもよい

 誤差は±2℃である。

 当教育センターで調査したときには、水銀温度計では±1℃を越えるものはほとんどなく、

 アルコール温度計では±1.5℃を越えるものはほとんどなかった。

 詳述は避けるが、気圧の影響や水道水を使うことによる沸点への影響は合わせてもせいぜい

 ±0.5℃ぐらいである。

実験2 水とエタノールの混合溶液の蒸留

(1) 図13のような装置を組み立て、赤ワインを蒸留する。その際、カラムの長さは液面から20cm

以上にする。
 
       
 
     

(2) ガスバーナーの火力を徐々に上げていき、蒸留の速さが4秒に1滴ぐらいになるように火

 力を調節する。

《解説》
(1) 水とアルコールの混合物を蒸留した際、以下のことがよく問題にされるすなわち、留出量

 と留出液の温度をグラフ化したとき、アルコールが留出したと思われる領域が明瞭にグラフ

 に現れない。つまり、アルコールの沸点を示すような一定値が、グラフに現れない。


 以下では、どのようにすれば期待するようなフラットな部分が実験曲線に現れるかを記述す

 る。

(2) 蒸留によって物質を分離し得るには、混合溶液の組成と、沸騰によって生じた混合気体の

 組成とが、異なっていなければならない。水とアルコールを含む溶液を蒸留すると、水とア

 ルコールは図14の破線で示す道を辿って気化−液化−気化−液化−…を繰り返し、徐々に沸

 点の低いアルコールの組成比が大きくなり、ついには低い沸点であるアルコールが先に留出

 するに至る。

(3) ところが、教科書に掲載されている蒸留の装置では、混合溶液の液面と蒸留カラムから冷

 却器への入口までとの高さ(S cmとする)が十分でなくこの気化−液化の繰り返しが十分で

 はない。換言すれば、初めから水とアルコールの混合物が留出してしまうのである。図13に

 示したようにS≧20 cmにすれば一応目的は達せられる。

(4) 参考のために、当教育センターの研修において研修生が得たデータを図15に示しておく。

  

  図を見ると、上述の蒸留の速さでは、11cmぐらいでは教科書と同じような結果になるが、

 20cmぐらいからは期待のグラフを示すことが分かる。ただ、蒸留の速さを十分遅くすれば、

 10cmぐらいのカラムでも期待の曲線にはなることを付記しておく。

(5) 蛇足かも知れないが、1気圧(0.1MPa)下で蒸留すると、水とアルコールはアルコール

 の濃度が96質量パーセントのところで沸点曲線と凝縮曲線が交わってしまう(図16)。つま

 り、蒸留という操作では、水とアルコールは本当は完全には分離できない。しかし、それ

 がアルコールが留出する領域で温度が一定にならない原因とはならない。