平成8年度、「大阪と科学教育」  

パソコンを用いた自作比色計による環境調査U
− 酸性雨およびCODの測定 −

紺野 昇



 1.はじめに
 理科における環境教育は,観察・実験を行い,自然についての理解を深め,探究的な能力の育成と科学的な見方や考え方の養成という理科教育の目標を基盤として行われる必要がある.環境調査は理科における一つの学習活動であるが,一般に小・中学校の授業の中で汚染物質の濃度を定量的に分析することは困難であると考えられており,定量的に環境を調べるような学習活動はあまり行われなかった1).
 そこで,子どもたちが汚染物質の濃度を簡単に測定するために,自作の比色計とコンピュータを用いた環境調査の教材システムを開発した.この比色計(写真1)は,500p3ポリ製試薬瓶とフィルムケースを本体として,発光ダイオードと光センサーで製作したものである.本誌第9号(1995年度)で,本教具の測定方法と,大気中のNOx 及び水質中の亜硝酸イオン・リン酸イオンを測定対象とした実践例を報告した2).現在までに多数の先生方がこの比色計を製作され,小・中学校を中心に授業で利用されている.その中で,本システムを用いて環境に関わる他の汚染物質の測定もできないかという要請があった.
 そこで,この比色計とコンピュータを用いて,酸性雨等のpH測定及び水質の有機汚濁度の目安となるCODの測定を行うシステムを開発した.



 写真1 本計測システム

 車の排気ガスや,工場の排煙によるNOx・SOxの発生が増えた結果,大気汚染の問題が起こり,酸性雨(pH5.6 以下の雨)の原因になっている.
 河川水の汚染の7割は,し尿などの生活排水が原因と言われ,中でも有機汚濁の割合を示すCOD(化学的酸素要求量)やBOD(生物的酸素要求量)は,汚染度の目安としてよく取り上げられる.
 身近に起こっているこれらの環境汚染の測定は,本比色法によって簡単に行えるので,環境調査の教材として十分利用できる.
 なお,酸性雨の測定実験について,小学校において授業実践したので併せて報告する.

 2.酸性雨のpH測定
(1) 測定のねらい
 一般に雨水の酸性度を測定するには,pHメーターを用いる場合が多いが,pHメーターは高価であり,実験を行う班の数を揃えるには経済的な負担も大きい.既に設置されているコンピュータを利用すると,本比色計により定量的な測定が可能である.
そこで,比色測定に利用できる酸・塩基指示薬(以降,指示薬と表示する)を検討した結果,いくつかの指示薬によりpHの定量的測定が可能になった.


 図1 BCPの各pH溶液の吸光曲線

 本法では,指示薬による色の変化が顕著であり,
コンピュータを用いて精度よく測定できるなど,子どもたちの興味・関心を高める効果も期待できる.
(2) 測定原理
 比色法によるpH測定は,一定量の試料水に指示薬を加え発色させ,その色の吸光度を比色計で測定する.特定の指示薬は,一定波長の吸光度とpHとの間に相関関係があり,吸光度からコンピュータの解析処理によってpHが換算できる.
 指示薬のBCP(ブロムクレゾールパープル)について各pHにおける吸光曲線を調べた結果,図1のとおり緑色発光ダイオードの波長(550nm)で,この光の吸光度とpHには一定の範囲内で相関が認められ,吸光度からpH値の算出が可能であった.
 その他,550nmの波長の光によってpHと相関のある吸光を行う指示薬を調べた結果が表1のとおりである.これらの指示薬を用いると,3〜9の範囲でpHが精度よく測定できることが分かった.

  表1 比色法で用いる指示薬と測定範囲
   

   
図2 本比色法とpH計によるpH測定の比較

 図2は,本比色法でpHを測定するために用いるBCPの検量線である.縦軸が比色計で測定したコンピュータの吸光度に関連するカウントデータで、横軸がpHである.この結果,本比色法によるpH測定は十分使用できることが分かった.
 なお,使用する指示薬の量は、試料水10cm3に対して、0.1%の指示薬を0.2cm3加えた.

(3) 検量線データファイルの作成方法
 本比色計の使用には,使用するコンピュータの処理能力を登録した検量線のデータファイルを,指示薬別に作成する必要がある.
@まず検量線を作成する指示薬について,変色範囲の上限と下限のpH値のリン酸標準液を準備する.
 BCPでは5.2と6.8,MRでは4.4と6.2,MOでは3.1と4.4である.
A各標準液10p3を試験管にとり,指示薬を0.2p3加える.
Bコンピュータを起動し,ディスクを立ちあげる.
 指示薬の選択画面で,検量線を作成する指示薬を選び,処理画面で検量線作成を選択する.
 最初に,強酸側溶液の試験管を比色計にセットし,画面の指示に従ってそのpH値をキー入力する.次に,弱酸側の試験管を比色計にセットし,そのpH値をキー入力する.各指示薬について同様に行う.
(4) 測定方法
@試料水を10p3試験管にとり,BCP指示薬を0.2p3を加える.
Aコンピュータを起動し,ディスクを立ち上げる.
 指示薬の選択画面で1番のBCPを選択する.比色計に試料水の試験管を入れ,画面の指示に従って測定の1番を押す.測定したpH値が画面に表示され,STOPキーを押すと測定を終了する.
BBCP指示薬では,pHが5.2以上の強酸性の場合(溶液は黄色)には測定値は頭打ちとなって,それ以上の強酸性(小さい値)を示さない.
 そこで,BCP指示薬を加えて液が黄色になり,pHが5.2 に近い場合は,より強酸の可能性があるため,MR(メチルレッド)指示薬を用いて再度測定する必要がある.MR指示薬を用いて同様に測定し,BCP指示薬より小さい値の場合は,その値が試料水のpHである.
Cまた,MR指示薬を用いてpHが4.4に近い場合(溶液は赤色)は,同様に測定値が頭打ちとなっていることが考えられる.その場合は,MO(メチルオレンジ)指示薬に変えて実験を行う.大阪府内では,年間を通じて4.4 以下になることはあまりないので,BCPとMRだけで十分に測定できる.
(5) 測定結果
 平成7年度5月より11月までに降った5回の雨水を,当センター屋上で採取し本システムで測定した結果,平均値は5.16,最低値が3月20日の4.41,最高値が5月24日の5.92であった.
 大阪府環境白書の平成5年度平均値の4.92に比べて,最近の測定値は少し高くなる傾向がある.

 3.水質中のCOD測定
(1) 測定のねらい
 市販のパックテストによるCODの測定は,半定量的な測定で,測定誤差が大きい.また,多数の測定を行うには経済的負担が増える.
 そこで,本比色計により河川水等に含まれる有機物を簡易法で測定する.
(2) 測定原理
 今回のCODの簡易測定は,有機物を酸化分解するときに必要な過マンガン酸カリウム(KMnO4)の量で求めた.本法は,一定量のKMnO4 を試料水に加え,酸化分解前後のKMnO4を比色法によって定量し,その減量に0.253の変換係数をかけて,COD値を求める方法である3).
 図3は,各濃度のKMnO4標準溶液の吸光曲線である.


図3 各KMnO4標準溶液の吸光曲線

 図4は本システムでKMnO4の濃度測定のために使用する検量線である.縦軸が比色計で測定した吸光度のデータで,横軸が溶液濃度である.図から,本システムで用いる550nmの発光ダイオードの吸光度とKMnO4溶液濃度との間には,Bouguer-Beerの法則4)が成立し,ほぼ正確にKMnO4が定量できる.
(3) 検量線データファイルの作成方法
 本比色計でCODの測定を行う前に,次の手順により,検量線データファイルを登録する必要がある.
@KMnO4の0.079g(0.0005mol)を,水1000cm3に溶かし標準液とする.
Aコンピュータを起動し,ディスクを立ちあげる. メニュー画面でCODの測定を選び,処理画面で3番の検量線作成を選択する.
B最初に水の入った試験管を比色計にセットし,画面の指示に従って 0.0001 の数値をキー入力する.
 次に10cm3程度の標準液の試験管を比色計にセットし,79(0.0005moldm-3=79ppm)をキー入力する.
 以上で,検量線データファイルが作成される.


図4 KMnO4濃度測定のための検量線

(4) 測定方法
@試料水10cm3を試験管にとる.6moldm-3の硫酸1cm3と0.005moldm-3のKMnO4溶液を1cm3加える.
Aコンピュータを起動し,ディスクを立ちあげる.
 処理メニュウ1番の反応前の測定を選択し,測定する試料の番号を入力する.この番号は,他の試料と区別するための整理番号である.これで,反応前のKMnO4 の濃度がディスクに記録される.
Bビーカーに湯を沸かし,この中に試料の入った試験管を30分入れ,加熱して有機物を酸化分解させる.
C次に,メスシリンダーに試料液を移し,蒸発分の水を補充し反応前の12cm3 にする.液が濁っている場合は,必要に応じてろ過する.
D再度コンピュータを起動し,比色計に試料液の試験管をセットする.処理メニュウ2番の反応後の測定を選択し,測定前に登録した試料番号を入力すると測定を始め,ppm単位のCODの値を表示する.

 表2 本システムを用いたCOD測定の例


(5) 測定結果
 実際の河川水(平成7年9月12日に採取),及び身のまわりの有機物質を希釈して,本システムと市販のパックテストによりCODを測定した(表2).
 パックテストには,測定のばらつきが見られた.

 4.本システムを用いた酸性雨の測定の授業実践
 平成7年10月から11月にかけて,大阪狭山市立N小学校において,環境教育の一環として酸性雨を測定する授業を実践した.
(1) 指導目標
 研究授業は,アサガオの花びらについた斑点を導入として,小学校5年の単元天気の変化における雲と雨についての発展授業として行った.
 指導目標は,次のとおりである.
@私たちのまわりに降る雨に,酸性雨が検出されることを,実際の測定を通して確かめる.
A車の排気ガスや工場の排煙による大気汚染の結果,酸性雨の現象が起こっていることを理解する.
(2) 指導計画
@導入部:アサガオの花びらについた斑点の原因を考えた後,雨を調べてみることにする.雨の日に子どもたちの自宅で雨をフィルムケースに集める.
 また,事前に酸性度の目安となるpHについての学習を行う.
A展開部:子どもたちが持ち寄った雨水を,本システムによって子どもたち自身がpHの測定を行う.
B結論部:測定した結果を集約し,自分たちのまわりに酸性雨が降ったかどうかを考えさせる.また,酸性度の分布を調べ,その原因を考察する.
(3) 測定結果
 平成7年10月24日の測定では,表3のとおり5.12〜5.39までの酸性雨を観測した.測定データは,国道沿いとそうでない所に分類して集計した.

 表3 N小学校で測定した酸性雨のpH結果


 これらから,国道310号線に近い方がpHが小さくなり,より酸性になる傾向が見られた.
(4) 酸性雨に対する授業後の理解
 授業の前後に酸性雨の原因についてのアンケート調査を行ない,授業後にどのような理解の変化があるかを調べた.酸性雨の原因と思うかの質問に対して,3つの解答例を示し,それぞれに原因と思うかどうかをはいといいえで答える方法で実施した.解答の重複を認めており,表4がその結果である.

表4酸性雨の原因に関する質問へのはいの回答率


 このように,ゴミの多さや自然の減少が原因と回答した割合は大きく減少し,車の排気ガスなどが原因という回答が100%に達した.この結果,授業後に正しく原因を理解した子どもの割合は増加した.

 5.おわりに
 環境教育の視点で行う環境調査は,科学的かつ定量的な扱いによって,自分たちのまわりの環境について総合的に判断がなされ,環境への意識を高めることができると考える.従来,教育活動で行う科学的な環境調査は,パックテストを中心とした半定量的なものが中心であったが,コンピュータの解析処理を用いて行う比色分析法は測定精度が高く,操作方法もそれほど難しくはない.また,現在までに大気中のNOX,水質中のNO3-・PO43-・COD,雨水のpHの測定が可能となったが,今後は大気中のSOX ,光化学スモッグの原因となるオキシダントや,食品添加剤として用いられるSO32- の測定方法を開発する予定である.本教材システムがいっそう利用されることを期待している.
 なお,使用している比色計の制御プログラムは,著作権は放棄していないが,大阪府内の学校に限定して無償配布している.最後に,本研究の実践にあたり,協力して頂いた大阪狭山市立第七小学校の大塚淳子教諭に感謝する次第です.

引用文献
1)総合教育技術増刊:環境教育ガイド'95〜'96,
 小学館(1995),P4
2)紺野昇:大阪と科学教育,9,23(1995)
3)小島貞男:フィールドワークシリーズ上水・井戸水の分析,講談社(1974),p111
4)柳沢文正:光電比色計の実際,共立出版(1963),p4