1.はじめに
本稿は,試薬含有ゲルの調製に適する水溶性高分子の選択とその教材化に関する報告である.液状あるいは粉末状の試薬には,使用時に漏れ,飛散する等の問題がある.また,廃液回収や再利用に多くの時間と労力を要する悩みもある.そこでゲル化反応を利用して試薬を塊状化する手法1)を用いて,これらの問題の解決を試みた.ゲル用水溶性高分子として,アルギン酸ナトリウム,ポリアクリル酸ナトリウム,カルボキシメチルセルロースナトリウム(以下,それぞれAG,PA,CMCと略記する),寒天,ゼラチンを検討した.AG,PA,CMCは側鎖にカルボキシル基を持ち,その水溶液は多価金属イオンによってゲル化する.寒天やゼラチンの水溶液は加熱・冷却操作を加えてゲル化できる2,3).
教材化の対象として,前述の問題を持つダニエル電池の電解液,酸・アルカリ指示薬,過酸化水素の分解反応の触媒である二酸化マンガンを選んだ.
2.実験方法
(1)ゲル用水溶性高分子の選択
実験操作に適するゲル用水溶性高分子を選ぶために,次の実験を行った.AG(重量平均分子量4)約2万),PA(同約500万),CMC(同約1万)は,各々の3%水溶液1gに1moldm-3塩化カルシウム水溶液を3分間作用させた.寒天とゼラチンは1moldm-3硫酸銅(U)水溶液を溶媒として各3%水溶液を調製し,ゲル化操作を加えた.これら一連の実験操作で生じたゲル化物について,硬さや形状保持性を比較,検討した.
(2)「ダニエル電池」への利用
ダニエル電池の電解液中には,銅(U)イオンあるいは亜鉛(U)イオンが存在し,AGなどをゲル化する.銅板と亜鉛板(2.5×10cm)に3%AG水溶液を付着させ,対応する電解液(濃度1moldm-3)に3分間浸けてゲル化させた.次に両電極板上に形成されたゲル化物を接触させ,起電力を電圧計(内部抵抗10.5MΩ)で測るとともに,電子オルゴール等の作動を確かめた(図1).
図1ダニエル電池への利用
(3)酸・アルカリ指示薬への利用
酸・アルカリ指示薬を3%AG水溶液に添加し,飽和塩化カルシウム水溶液でゲル化させた.指示薬として,フェノールフタレイン,ブロモチモールブルー,リトマス各溶液を用いた.得られたゲル化物を0.1moldm-3塩酸あるいは水酸化ナトリウム水溶液に浸け,呈色状態を調べた.
(4)過酸化水素の分解反応の触媒としての二酸化マンガンへの利用
粉末状二酸化マンガン5gと粉末AG5gを少量の水と混ぜ粘土状にし,直径約5mmの粒状物にし,飽和塩化カルシウム水溶液中で5分間ゲル化した.この10gを2.5%過酸化水素水20mlに添加した(比較粉末状二酸化マンガン1.5g添加の場合.).
3.結果および考察
(1)ゲル用水溶性高分子の選択
本実験条件下,AGは強靱で形状保持性のあるゲル化物を生じた.PAからは軟らかく形状の定まらないゲル化物を得た.CMCはゲル化物を生じなかった.寒天とゼラチンは塩析し,ゲル化物を得られなかった(次頁,表1).AG,PA,CMCとカルシウムイオン等の多価金属イオンからのゲル化物の性質の違いは,ポリマー主鎖の構造や金属イオンとの親和性の違いに起因している3,5).本実験結果から,ゲル用水溶性高分子としてAGを選択した.実験(2)以降では,AGゲル化物の化学実験教材への利用について検討した.
表1ゲル用水溶性高分子の選択
(○:ゲル化する,×:ゲル化しない)
(2)ダニエル電池への利用
本方法で作ったダニエル電池は1.07Vの起電力を示した.電子オルゴール,ソーラーモーターを勢いよく5分間以上作動させ,麦球を弱く点灯した.本電池はゲル化物中に電解液を納めているため,隔膜のない簡単な構造となり,数個を容易に直列につなぐことができた.既知5)のように,電池から取り出せる電流は電極面積,電極間距離,電解質濃度等により変化する.より大きな電流を必要とする器具ではこれらの条件に配慮しなければならない.なお,本電池12個を作るのに要した電解液量は約50mlであり,従来法に比べて電解液使用量を大巾に減らすことができ,実験薬品の少量化に寄与した.
(3)酸・アルカリ指示薬への利用
本方法では,指示薬を含む半透明で粒状のゲル化物を試料水溶液に浸し,ゲル化物全体が呈色する様子を観察する.水溶液を取り代えて,酸性・中性・アルカリ性での指示薬の異なる色調を1個のゲル化物中で観察できる.このような,今までの指示薬にはない興味深い呈色挙動は,児童生徒の実験への関心を引き出す教材となる得る.なお,本ゲル化物を長時間浸けておいた場合,指示薬が徐々に水溶液中に移行し,液全体が着色する.浸漬時間には注意を要する.この点が本方法の今後の課題である.
(4)過酸化水素の分解反応の触媒としての二酸化マンガンへの利用7)
粉末状二酸化マンガンに比べて,本方法のAGで固めた二酸化マンガン(以下,ゲル化二酸化マンガンと呼ぶ)は,反応終了後の回収・再利用が容易であった.回収・再利用操作の比較として用いた粒状二酸化マンガン(片山化学工業,粒状二酸化マンガン)が1回の使用で細かく崩れ溶液中に分散したのに対して,ゲル状二酸化マンガンは使用2回目でも形状を保ち,容易に回収・再使用できた.ただ,3,4回と再使用を繰り返すとゲル化物表面から崩壊が起こった.この場合でも,ろ過による回収は容易であった.
一方,ゲル化二酸化マンガンの触媒作用は粉末状二酸化マンガンに比べてかなり低いことが分かった(図2).これは過酸化水素の二酸化マンガンへの移動が,ゲル化物中の3次元網目構造によって妨害され,また二酸化マンガン微粒子上の触媒活性点がAGに覆われ減少したためであろうと推測した.ゲル化二酸化マンガンは,過酸化水素水へ浸漬や溶液からの引き上げ操作が容易であり,穏やかな触媒作用と相まって,酸素発生の中断,続行などの調節を簡単に行うことができた.
図2ゲル化二酸化マンガンの触媒作用
4.まとめ
水溶性高分子のゲル化反応を利用して,液状や粉末状の試薬を塊状化する場合,AGが適していた.試薬を溶かしたAG水溶液をゲル化させる手法をダニエル電池の電解液,酸・アルカリ指示薬,過酸化水素の分解反応の触媒としての二酸化マンガンに適用し,その有用性を検討した.本手法は実験操作性の改善,実験への興味の喚起,実験試薬の少量化に寄与することが期待される.
参考文献
1)伏見隆夫:高吸水性ポリマー開発・応用アイデア集,工業調査会(1993)
2)高分子学会編:高分子材料便覧,コロナ社(1973)
3)神原周編:高分子実験学,第8巻天然高分子,共立出版(1984)
4)片山化学工業データ
5)小林良生:蛋白質核酸酵素,31,58(1986)
6)例えば,岸田功・赤石定治:昭和63年度全国理科教育大会研究発表資料集(第10巻)p.226〜229
7)中山義憲・草竹秀典:平成7年度小・中「理科」長期研修(前期)課題研究発表集録