1.はじめに
環境教育の大切さが叫ばれ、その体験的実践例として、河川の生物学的・化学的調査がよく行われている。そこでは、河川の汚染状況や環境破壊についての理解を深めさせてきた。しかし、環境教育の重要な柱のひとつである自然の素晴らしさを学ぶ自然観察学習も、もっと強調されていいであろう。川の水の中だげに注目するのではなく、川の流れている周辺の環境にも目を向けたい。
筆者は、大阪南部を流れる石川(大和川水系の一支流)に注目し、その自然豊かな山間部の上流から都市部に変わる下流域に至る間の川に溶存している物質の変化を数年にわたって調査してきた。その結果、その変化が上流から下流にかけての河川と流域に住む人間とのかかわりに、流域人口や新興住宅地域、旧村落地域による違い等が大いに関係があることを示してきた1)。その際、いつも天候および水温、気温も同時に測定してきた。今回はこれらの温度の変化が、上流から下流にかけての川の周辺環境の変化とどの様に関連づけられるか考察し、川の水だけを見るのではなく、川を総合的に理解することにつながる教材化への可能性を探ってみた。
2.具体的調査事例
(1) 流域の概要
今回調査した石川は最上流を和泉山脈の南葛城山と岩湧山に囲まれた山域に発し、下流域の河内長野・富田林市を経て大和川に合流する。ST
1の千石谷(出合)は、山間部の水量豊富な清流の流れる場所で、ST 2のダム湖(清水)は十数年前に塞止めて作られた滝畑ダムという多目的ダムである。水は計画的に放流され、ダム下約
200m のところで小さな渓流ST 4の横谷川と合流する。さらに深い渓谷を約 3km下り、山腹の少し開けた日野地区(ST
6 美濃出橋)に出る。さらに約 2kmの渓谷部分(ST 7 汐滝橋付近)を流れ、河内長野の市街地の端(ST
8 町井橋)に入る。市街地を約 4km流れ、河内長野の中心部で天見川と合流(ST
9〜ST 11)し、富田林方面にゆっくりと流れていく(ST 12 高橋(滝谷不動))。
(2) 調査方法
調査は下流の ST 12から上流に向って行った。温度測定は棒状温度計でもよいが、実際には応答の早いデジタル温度計を使用した。測定に要した時間は約
160分で、時間帯は毎回異なりほぼAM 11:00〜PM 4:00の間で行った。測定時間に幅があるので、気温は、日較差・天候の変化や川沿いでの川面に沿った風があるか否か、山間部での樹林帯の中か否か等で大きく変動する。したがって、あまり細かい議論はできない。水温に関しては、日較差は少なく隣接する測定点の時間差も約20分程度であるので、近接するものについては、違いを論ぜられる。合流点では
5分以内にそれぞれの地点の測定を行っている。
(3) 調査結果
多くの調査結果(26例)の内、どの例にもよく現れる変化を含んでいる測定例を図2に示した。川の水温は上流から下流にかけて、単調に上昇すると思いがちであるが、その川の周辺の環境や天候によって変動することもある。水温の変化の中に、上流での川の環境状態の履歴が隠されているといえる。

(4) 考察
a.ダム湖の影響
山の谷間は一日の日射量も少なく、四季を通じて開けた場所より気温、水温が低くなる傾向にある。千石谷(ST
1) 、少し下流の横谷川(ST 4)にその傾向が見られる。塞止めたダム湖(ST 2)に入ると表面水温は上昇している。谷間より一日の日射量が多いからであろう。真冬になると日射量も少ないため、ダム湖での温度上昇分もそれ程顕著ではない。
b.市街地に入ってからの温度変化
春、夏、冬の市街地に入ってからの温度上昇がみられる(ST 7〜9)。これは市街地に入ってから川がゆっくりと蛇行して流れる間に行われる、大気との熱交換によるものであろう。
c.水温の異なる川の合流
この調査流域では大きな合流点が2か所ある。ダム下の石川(ST 3)に横谷川(ST
4)が合流する地点では、いつでもST 3の方が水温が高い。両川の温度差が大きい場合、合流してからの水温を測れば、両川の流量比を推定することができる。一方の川の流量がわかれば、他方の流量の絶対量もわかる。実際に直接川に入り、特定地点での正確な川幅および平均水深をスケールで、流速を浮きで測った。具体例として1991.3.17
の調査では、気温8.8 C,合流前の石川 8.5 C,横谷川 7.3 C,合流後 8.0 Cで、流量は石川
0.24m3 /s,横谷川 0.30m3 /s,合流後 0.50m3 /s であった。近似的に加成性が成立しているといえる。もう一か所の石川(ST
9)と天見川(ST 10)の合流点も同様に取り扱える。
d.天候による違い
春、夏における晴れた日の上流から下流にかけての水温の変動は大きい。一方曇った日および冬の場合、場所による気温の変動も少なく水温の変動も少ない。日射量の多少によるのであろう。
3.教材化への試み
温度という簡単に測定できる物理量からも、自然環境の変化についてのメッセージが読み取れる。
環境教育の授業展開を教室で行う場合は、事前に指導者が川の測定場所付近の写真やビデオ、周辺の地図などを用意して、子ども達にその川の流域の様子を掴みやすくしておくと効果的であろう。
子ども達に提示するときは、特徴的な測定地点を数か所選び、短時間に測定するようにしたい。
異なる温度の川の合流点では、水温から流量を推定する以外に、合流直後の左・右岸での温度の違いから、両川がすぐには完全には混ざり合わないことが分かる。両岸間の温度分布を測って、何m下流にいけば完全に混ざり合うか調べるのもおもしろい。湧水がある場合は、その水温が四季を通じて余り変化しないことを確認するとよい。この流域でも、岩間より塩分と二酸化炭素を多く含む湧き水が浸みだす場所を、汐滝橋と
ST 11と ST 12の間の汐の宮付近で見いだした。地名も、この塩泉と関係があり、周辺の地形とも関連して調べるとおもしろい。
決まった場所における時間的に連続した調査や、流水と同じ場所の帯水した水の比較などもよい。
これからの川の環境調査では、従来の生化学的調査に加え、是非温度の測定も行い、川をより多角的にとらえることを心がけると同時に、継続的・広域的調査により、時間的にも空間的にも広げた観察から見えてくるものも大切にしたいものである。

参 考 文 献
1) 利安義雄:平成7年度全国理科教育センター研 究発表会研究集録、化学部会(1995)