平成9年度、「大阪と科学教育」  

食塩結晶の析出における鉛イオンの効果とその利用

利安 義雄・ 山本 勝博



1.はじめに
化学の学習において,児童生徒達を驚嘆させる現象として,色の変化や爆発反応と並んで,結晶の析出および成長があげられるであろう.そこで,多くの子供・生徒達が比較的簡単にきれいな結晶が得やすいカリミョウバンから始めて,種々の物質の結晶作りに挑戦する.そのうち,身近な物質である食塩についても,透明で大きな結晶を作りたくなる.

 しかし,食塩は次のようないくつかの性質を持っているため,水溶液から大きくてきれいな結晶を作ることが難しい.第一は,食塩の温度変化による溶解度の変化が小さいため,冷却法によって短時間に大きな結晶を得ることが難しい.第二は,本来水溶液からの結晶の析出は飽和溶液よりもわずかに過飽和になった状態で始まるが,その過飽和領域が食塩水では狭くて不安定なため,ちょっとした振動や衝撃および不純物の混入により,種結晶への成長だけでなく周辺にも微結晶が析出しやすくなる.さらに食塩は結晶水を持たない結晶構造であるため,あまり結晶化速度が速すぎると,水溶液を結晶内に取り込んで,白濁しやすくなる.

 これらの問題点を解消するために,結晶の形態および透明度に影響を与える微量の異種イオンを溶液中に共存させる方法が知られている1),2).例えば,Mn2+,Pb2+,Cd2+,Hg2+等があると,透明な結晶になりやすく,Ca2+,Mg2+等では不透明になりやすい.前者については媒晶作用として知られ,特殊塩の製造等にも利用されている.従来の研究でも,媒晶効果についてどの程度の濃度の媒晶イオンが存在すると効果的であるか調べられてきた.

図1.各種形状食塩



 我々もすでに,食塩水に微量の鉛イオンが存在すると,準安定な過飽和領域の拡大および臨界成長速度(それ以上の晶出速度だと結晶が不透明{骸晶}に成長する)の限界の拡大により,透明な食塩結晶が得られやすくなることを報告した3).今回はさらに発展させて,結晶化した食塩にどの程度鉛イオンが取り込まれるのかを調べた.また,実際に食塩の結晶を析出させた場合の種々の形態について調べ,その最適条件から大きな食塩を得る方法および,結晶のへき開の性質や大きな透明食塩を利用した光学材料やアボガドロ数の測定材料の可能性も検討した.



2.析出した食塩中に含まれる鉛の量
鉛イオンの微量分析は,一般に比色法が用いられ,複雑な前処理と吸光光度計のような機器が必要になる.ここでは,精度は少し落ちるがどこの学校でも簡単に行える二種の滴定法によって調べた.

[測定原理]

 一つは鉛イオンとクロム酸イオンが反応してできるクロム酸鉛が難溶性であることを利用したものである.クロム酸鉛の溶解度積は
Ksp=[Pb2+][CrO42-]= 2.5×10-8[moldm-3]2と非常に小さく,微量の鉛イオンを含む溶液に,一定希釈したK2CrO4溶液を滴下して沈殿が生じた所を終点とした.
他方は鉛イオンがEDTA(エチレンジアミン四酢酸)と安定な黄色錯体を形成する.鉛イオンを含む溶液

@トレミー(表面)  A正方形(底面) B骸晶(不透明)   C正六面体(透明)  D樹枝状晶

に金属指示薬のキシレノールオレンジ(XO)を加え,EDTA溶液を使って滴定する.試料とした食塩は,溶液中の鉛イオンの濃度をいろいろ変えて得られたものを利用した.

実験1 クロム酸鉛の溶解度積による鉛の定量

鉛イオンを含む溶液から析出した食塩 1.00g をはかりとり,10.0p3の水に溶解する.これを50p3三角フラスコに入れ,ビュレットから3.0×10-4mol・dm-3 K2CrO4溶液を滴下し,沈殿が生じたところを終点とし,鉛の量を計算する.

実験2 EDTAによる鉛の定量

実験1と同じように食塩1.00gを水10p3に溶かす.この溶液をpH=4でキシレノ−ルオレンジ(XO)を加え,1.0×10-2mol・dm-3のEDTA溶液で滴定する.溶液が橙色から黄色に変わったところを終点とし,鉛の量を計算する.

結果と考察

飽和食塩水中の鉛イオンの濃度が対mol比で,10-4以上であると,析出する食塩の結晶を透明にする効果があった.ただし,10-4前後であると結晶平面が凹凸のある結晶になりやすい.10-3程度になると,表面の荒れ方も少なく透明度もよい.10-5前後になると小結晶が析出しやすく,透明度も悪くなる.



ただし、@〜Gは飽和食塩水中に以下の濃度の溶液を使用した.  対mol比(Pb/Na)
@ 酢酸鉛 1.0×10-3moldm-3 2.2×10-4
A 酢酸鉛 3.0×10-3moldm-3 6.6×10-4
B 酢酸鉛 6.0×10-3moldm-3 1.3×10-3
C 酢酸鉛 1.0×10-2moldm-3 2.2×10-3
D 酢酸鉛 3.0×10-2moldm-3 6.7×10-3
E 鉛板  12.0gを使用
F 鉛ガラス 5.65g(網目の開き1.0〜2.0mm)を使用
G 鉛なし

 Pb/Na mol比10-3〜10-4程度で析出した食塩1.00g中に含まれる鉛イオンを滴定で調べた結果は,クロム酸カリウム滴定法では表1のようになった.

 EDTA滴定の結果は表2に示すが,極く微量の鉛であるので,バラツキがあるが全体としては実験1と同じ結果になった.この結果をみると,各種濃度の鉛イオンや鉛板,鉛ガラスのいずれの場合もほぼ一定の鉛が含有されていることがわかった.析出した食塩 1.00g 中に約1mg の鉛が含まれている.そして,Pb/Naのmol比をみると,約2〜3×10-4程度となっており,Na粒子4〜5×103個に対してPb粒子が1個の割合となっている.



3.析出する食塩結晶の種々の形態
通常飽和食塩水より結晶化させるとき,液中で成長させると正六面体になり,溶液の表面上で成長すると,中空の四角錐状のトレミーになる.結晶化速度が速すぎると正六面体も骸晶状になる.また,容器底面で成長すると平板正方形になる.結晶化速度も,ある臨界成長速度以上になると,不透明になる(ほとんどの場合溶液を取り込むか格子欠陥ができる).特に,結晶化の初期段階では,単位時間当たりの析出量は一定でも,点のような種結晶からの一軸方向の成長速度は,相当大きくなるので,ほとんどの場合中心付近は不透明になる.

図2.食塩結晶の種々の形態


 Pb2+のような媒晶作用をもつイオンが混入してくると,臨界成長速度の限界値も大きくなり,透明な結晶が析出しやすくなる(モル比1:10000位から効果がでてくる).鉛イオンの存在下で,食塩を大きく成長させると,六面体の面以外に,正八面体の面{(1,1,1)面}が現れてくる.これは鉛イオンが濃いほど,また,成長速度が遅い程効果が大きい.

 [針状結晶]
種結晶を得ようとして,大きな容器で多くの食塩の結晶を析出させるとき,ときどき針状結晶が観察される.一般に,Ca2+やMg2+の濃厚溶液が共存していたり,多孔質容器(素焼き・コロジオン膜等)から析出するときに出やすいといわれるが,確実に再現するところまで至っていない.

 [樹枝状結晶]
樹枝状結晶といえば,自然界をよく見渡すと多数存在している.例えば,雪の結晶であるとか,岩石中の鉱物の結晶などがある.化学領域の実験では,金属イオンのイオン化傾向の違いを知る,イオン交換反応による金属樹の析出などがある.結晶の研究というと,きれいな単結晶を調べるのが常法であるが,最近複雑さの中にある規則性を読み取ろうとするカオスやフラクタルの科学が自然を理解する一手段として注目されている.
 食塩の樹枝状結晶は,以下のようにしてできる.飽和に近い食塩水に,ヘキサシアノ鉄(U)酸カリウム0.2%前後の溶液をガラス板上に滴下し,風乾すると食塩の樹枝状結晶が析出する.

図3.食塩の樹枝状結晶の作り方


 ただの飽和食塩水だけでも急速に乾燥すると樹枝状らしきものができるが,はっきり樹枝状には見えない.滴下した領域が半分以上乾燥しはじめる頃から急に領域の外側に向かって樹枝状結晶が成長する.この結晶はミクロレベルでの小さな結晶が互いに強くつながらずに,綿のように柔らかさも持った微結晶の集まりになっている.



4.透明で大きな食塩の結晶の作り方とその教材化

[蒸発法による透明食塩の作り方]
飽和食塩水1dm3に鉛イオン10-3mol(酢酸鉛換算にして0.38g)を溶かした溶液または飽和食塩水に鉛板を浸した溶液から自然蒸発法によって,透明で大きな食塩の結晶が得られる.容器は底が平らで,弁当箱のようなバット状のものが一度にたくさんの結晶が得られて便利である.ただし,上面がオープンのままであると,蒸発速度が速すぎるので,上面の8割位は何か遮蔽物で覆って,蒸発を押さえるとよい.1〜2週間して,一辺が5〜6mmの平板な正方形の結晶が数多く得られるので,よい形のものだけ取り出す.次に,容器に飽和溶液の上澄み液だけを入れ,取り出した結晶を少し水洗してから,横向きに背が高くなるように容器の底に並べる.容器の上を8割ほど覆い放置する.結晶間に微結晶が出れば,大きな結晶だけ取り出し,飽和溶液の上澄み液だけの状態にして,再び結晶を並べ直す.約3〜8ヵ月で,一辺が15〜22mm程度の大きさの立方晶が得られた4).

 [結晶の性質(へき開)等]

 図4のように,得られた大きな食塩の結晶の面に平行にナイフの刃をあてがい,上から金槌のようなもので,軽く叩いてみる.わずかな力で食塩の結晶が図5のように割れる.割れた面はへき開面として知られており,すべすべしている.この面の重なる方向にイオン粒子の引っ張り合う力が弱くなっている.身近な結晶では,氷砂糖でも行うことができる.へき開を利用して得られた結晶を種結晶に利用してもよい.

図4.食塩結晶のへき開面でのカット



 [食塩結晶中の水分]

へき開で,薄くスライスした結晶を,目の細かいサンドぺ−パ−で磨き,最後にフェルト布上で丁寧に磨くと,透明な食塩の板ガラスが得られる.食塩は赤外線のある波長範囲では吸収がなく,赤外線用光学材料としてよく利用されてきた(セル,プリズム等).今回得られた食塩の板ガラスを赤外分光光度計で調べると,わずかに水の吸収がある(図6に赤外分光スペクトルを示す).溶液から結晶化中に取り込んだものと考えられるが,痕跡程度である.対照側と試料側に同じ食塩の板ガラスをセッティングすると,100%のベ−スラインの安定性が保たれているので,この食塩板ガラスを使って,赤外分光光度計の試料セルに利用できる.
図6.食塩結晶の赤外分光スペクトル


 [食塩結晶より密度・アボガドロ数(N)の測定]

(1)密度(D)を求める
 4の方法で製造した食塩をよく磨いて,立方体の形を整える.縦,横,高さの各辺の長さをノギスで左,右,中央と三回測定し,その平均値を求める.これらの平均値の積より食塩の体積(V)を求める.
次に,食塩の質量(M)を測定し,密度(D)=質量(M)/体積(V)より計算する.
例.質量(M)=26.284g(26.284/58.44=0.4498  mol)
  体積(V)=2.357×2.258×2.200=12.241cm3
密度(D)=M/V=26.284/12.241=2.147g  ・cm-3(文献値 密度=2.17g・cm-3)

(2)アボガドロ数(N)を求める
 図7のように,一辺aの食塩型結晶の単位格子中には,Na+が1/4×12+1=4個,Cl-が1/8×8+1/2×6=4個の粒子が含まれており,合計8個の粒子が存在する.さらに食塩は図7に示したように,Na+とCl-の一辺との単純立方格子型であり,この中にはNa+が1/2個 ,Cl-が1/2個合計1個の粒子が存在する.
 次に,NaClの格子定数a=5.6406×10-8cmより,一辺 の単純立方格子型の体積すなわち一粒子当たりの体積(V0)を求める.
 単純立方格子型の一辺の長さは, =a/2=5.641×10-8/2=2.820×10-8cmとなる.従って,一粒子当たりの体積(V0)=(2.820×10-8)3=2.243×
10-23cm3となる.
 (1)の食塩結晶の実測体積(V)を一粒子当たりの体積(V0)で除する.
V/V0=12.241/2.243×10-23=5.465×1023個−@(これは食塩結晶中の格子数を示しており,また,
Na+とCl-の合計の粒子数である).
そして,NaClの1mol中には,
2×アボガドロ数(N)個−A
の粒子が含まれるので,0.4498mol中には,
0.4498×2×N個の粒子数になる.@およびAより5.465×1023=0.4498×2×N,従ってアボガドロ数(N)=6.075×1023となる.

図7.食塩の単位格子




5.おわりに
大きくて透明な食塩の結晶作りへの挑戦として,従来よりpHやPb2+,Mn2+の媒晶効果が知られていた.ここでは,Pb2+について一番適正な化学的条件を探るとともに,できあがった結晶についてもさらに発展した素材としての活用を考えた.このように,一つの教材を発展的に展開することは,自然科学全般に対する興味・関心をさらに喚起するのではないだろうか.

参考文献
1) 日本海水学会編:海塩の化学(日本海水学会, 1976)p.186.
2) 結晶工学ハンドブック編集委員会編:結晶工学ハ  ンドブック(共立出版,1971)p.879.
3) 馬路英和・利安義雄:大阪と科学教育,3 (1989)  p.1〜6.
4) 大阪府科学教育センタ−編:理科実験ガイドブッ  ク (1993) p.42.