【 パーソナルコンピュータを用いた地震波動の数値シミュレーション 】
(大阪府教育センター 岡本義雄)
<数値シミュレーションの特徴>
一般に地震の波の伝播は波動方程式で記述される.2次元で単純な構造の場合には解析的にも解かれる場
合もあるが,現実の複雑な地下構造などを計算に取り込む場合は,計算機を用いて数値計算法で解くしかない.
地震波動には,P波,S波,表面波が存在し,現実にはこれらの波が地下構造で複雑に反射,屈折,干渉し,
地表での揺れは複雑になる.ここでは,単純化した地下構造のもとで,上記波動方程式をPCで数値的に解いた
結果を教材として示す.これらが地震の揺れの性質のすべてを記述しているとは考えられないが,その特徴の
いくつかは抽出されていると考えられる.
<神戸の震災での揺れの特徴>
神戸の震災の特徴はさまざまに議論されているが,すでに概要を記したもの(大阪府教育センター,1997)が
あるので,ここでは地震の揺れということに限定して,次の2点にまとめた.
1)「震災の帯」と呼ばれる揺れの顕著な帯状の地域が既存の断層から南側に離れて生じた.
2)上下動が強かったという証言が多い.
そこで,この2点に注目して単純な仮定のもとで,数値シミュレーションによるモデル計算を行った.
<「震災の帯」の数値シミュレーションモデル計算(入倉,1996を参考にした)>
まず今回の地震で最も顕著な特徴である「震災の帯」の生成については,
1)未知の地下の活断層が動いた
2)地震波動が地下構造に原因して増幅された.
3)建物側に原因があるなど上記1),2)に属さない考えかた.
の3つに分けられる.ここではその当否には言及せず,地震波動の立場から,説明された2)説を裏付ける計算を
仮定:大振幅の波は地下構造による地震波の屈折,干渉等の作用で生じた.
使った式:SH波に関する2次元差分波動方程式(Aki&Richards,1980)
境界条件:神戸市の南北方向地下断面の地震波速度構造(入倉,1996)を模写したもの
初期条件:断層深部で発生したサインカーブ状の地震波動を仮定
結果:震災の帯に相当する短周期で大きな振幅が地表面の狭い範囲に顕著に出現する.速度が遅い堆
積層が凸レンズのような働きをして地震波を地表面に収束させた波(「フォーカシング」と呼
ばれる)と,速度の速い花崗岩の基盤を先に地表面に達した波が,まるでバケツの水を外から
たたくようにして発生させた表面波とが地表面で干渉し急激に大きな波として発達していく様
子がよく解る.
留意点:入倉(1996)は媒質の速度を計算しているが,このモデルでは変位を計算しているので教材
としてわかりやすい.ただ,震災の帯に直角に同じ地下構造を推定した2次元モデルであり,
実際の3次元構造をかなり簡略化している.あるいは,静止した震源を仮定しており,実際の
地震の面的な破壊は再現していない(動力学的モデルと言われる)等の問題点は残っている.
参考:このシミュレーションでは大阪湾のあたりまで大きな振幅の波が目立つが,ポートアイランド
等の井戸での地震観測をみると,この大きな波は埋立地の柔らかい土砂にむしろ吸収され,地
表面に近づくと,振幅が逆に小さくなったことが知られている.従来,埋立地で予想された災
害が軽微だったのは,今回の地震でのもう一つの驚くべき特徴といえる.
<強い上下動の再現モデル計算(武村,1999の考えに基づく)>
もうひとつの揺れの特徴である,上下の揺れが大きかったという体験談を説明する1つの仮説に基づく
仮定:S波が地下の堆積層と基盤の境界面でP波に変換され,この変換P波がS波の到着の前の強い
上下動の原因となった.
使った式:P-SV波に関する2次元差分波動方程式(Viriuex,1986)
境界条件:神戸市の南北方向の地下断面を単純な2層構造(堆積層と基盤)で表す.
初期条件:境界より下で,単純な点震源によりP波とS波を発生させる.
結果:S波が境界でP波に変換した上下動がP波とS波のちょうど間に大振幅で現れる.
留意点:これは上記仮定が強い上下動を説明する1つの必要条件を示しただけであり,これで十分な
条件ではないことに注意.また,震災の帯の計算とは異なり,この計算で表示されているのは
媒質の振動速度である.
<文献>
大阪府教育センター:教育資料「兵庫県南部地震」,pp.48,1997
入倉孝次郎:科学66,86-92,1996
K.Aki & P.G.Richards:Quantitative Seismology,781,1980
J.Viriuex:Geophysics 51,889-901,1986
武村雅之:なゐふる15,6,1999
図1.2次元地下構造(神戸周辺)を仮定したSH波の伝播(変位表示).基盤岩は黒色で,堆積層を色分け
した層で示す.断面は南北断面で左が六甲山,右が大阪湾.1格子が20mにあたり,時間ステップは
1/300秒ごとに波の伝播を計算したもの.堆積層のVsは上から順に0.3,0.5,1.1,2.0,2.85km/s
とし,基盤層(花崗岩)のVs=3.2km/sとしている.また密度も1.6-2.4g/cm3を用いている.
図2.「震災の帯」の数値計算で地表での100mおきの変位を時間順に地震計記録のように並べたもの.
図で左が六甲山側,右が大阪湾側,時間は上から下に流れる(時間の単位は0.1秒).
図の大きな山が「震災の帯」を作った大振幅の揺れを示す.山側の断層の位置(系列8のあたり)
より海側にずれているのがわかる.また,周期も1秒以下の短いゆれであることがわかる.
図3.上下2層構造(境界の深さ1km,上層のVs=0.8km/s,下層のVs=3.2km/s)の境界に地下約4km
の震源からP波,S波が入射したときの波の屈折と反射のようす.(a:500秒,
b:1000秒, c:
1500秒).いずれの場合も境界面で2種類の波が作られるのがわかる.
速度の速いほうがP波,遅い方がS波である.一番下の図でS波が紫色の堆積層に入ったところで
2つの波に分かれているが,速い方が問題のP波に変換された波である.時間表示はいずれも50で
割ると実時間(100,200,300秒後)になる.1格子は20mで計算.
図4.図3の地表面での速度波形(縦軸は震央からの距離,横軸は時間)上図は上下動成分,下図は
水平動成分を表示.水平動成分に大きく記録されているのがS波(SV波).上図でP波の到着と
S波の到着(はっきりしない)の間に存在する大きな波がS波が層の境界でP波に変換された波.
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