オールスター戦に参加して
 
成19年度のオールスターの主審として割り当てをいただいたのは6月の中旬であった。日本サッカー協会から送られてくるメールにて、主審の欄に自分の名前があることがはじめ信じられなかった。何度も見直すが、確かに名前が…。しかし喜びももつかの間、8月4日までの本番までに自分には3つのJ1の試合があり、また7月22日実施されるフィットネステストに合格しなければこの割り当ても消えてしまう。割り当てへの喜びよりも無事にその日が迎えられるかといった不安の方が大きかったように思う。(実際に副審の1人はフィットネステストがクリアーできず1週間前に急遽他の審判員に変更となった。)しかし、担当した試合は問題なく終了し、フィットネステストも無事合格。後は当日に向けてコンディション調整に専念できた。
 8月4日(土)午後2時、晴れやかな気持ちで今回の会場である静岡エコパスタジアムに入った。普段のJリーグと違いテレビクルーやマスコミ関係、競技役員の数の多さに圧倒される。
 さて、今回選出された4名の審判団のうち副審の一人は、母校日体大の一つ上の先輩であり30年来の付き合いがある。大学時代に一番影響を受けた方でもあり、その先輩とこのような舞台で一緒にレフリーができることはとても光栄であり日本サッカー協会に感謝したい。
15時過ぎ、茶色のスーツに身を包み、関係者入り口のまぶしい光をバックに一つのシルエットがこちらに近づいてくる。カズこと三浦知良選手が一番にスタジアム入りしてきた。周りに軽く会釈をしながら廊下を進んでくる。審判控え室前にいた私に気づいたのかこちらに歩み寄り、両手をさしのべながら握手を交わし「宜しくお願いします」と丁寧に挨拶をし、静かにロッカールームに消えていった。ピッチ上ではあまり見ることのできない謙虚な三浦選手の一面を見たような気がした。しかし一瞬にして周りの雰囲気を変えてしまうこの独特のオーラはどこから醸し出されるのだろうか…
 15時30分グラウンド・インスぺクション(点検)に向かう。そこでもまた驚き!前任校大冠時代に担任をした女子生徒とピッチ上で数年ぶりに再会する。わずか1分ほどの立ち話であったがテレビ局の仕事をしているということであった。
 15時50分マッチコーディネーションミーティングに参加。ALL-EAST関塚監督(川崎フロンターレ)、高木コーチ(横浜FC)ALL-WESTは長谷川監督(清水エスパルス)、西野コーチ(ガンバ大阪)らスタッフと本日の試合進行、セレモニーの確認など10分間ほど打ち合わせを行う。
年に一度の祭典とはいえ、両チーム監督からは勝負へのこだわりを感じた。
 16時15分スタジアムのピッチ内にて4人のレフリーと共にアップに向かう。普段は室内練習場ですることがほとんどだが、今日は私たちにとっても晴れやかな舞台である。またこの試合には大阪から両親を招待していたため、せめてもの親孝行と思い3万観衆の見つめるピッチ内でウォーミングアップを行った。バックスタンドに来ているはずの坂元先生も捜すがさすがに見つけられなかった。
 16時50分ロッカーアウト。正面入り口下の通路にて両チームイレブンが揃う。通常の試合前の選手達は相当に気合いが入り、皆険しい表情なっているが今日の試合に限ってはどの選手の表情も穏やかに感じた。中澤・小野・ゴン・阿部・藤田・藤本・川口・遠藤・カズ…全ての出場選手と握手を交わし、試合前のセレモニーに向かう。
 私は試合前のあの独特の緊張感がたまらなく好きだ。「両チーム選手の入場です・本日の試合は主審奥谷氏…」という場内アナウンスと共に大声援に包まれながらスタジアムに吸い込まれていく。最もレフリーに対して声援を送る観客などいないことはわかっているが、選手の先頭でスタジアムに入っていく時、あたかも自分への声援と受け止めアドレナリンが溢れ出す。ましてや今日はオールスター戦。一体どんな出迎えをしてくれるのか期待に胸を膨らませながら出番を待った。しかし、いつもと違い選手達はアナウンスで紹介を受けた後、一人ひとり両手を高々と振って飛び出していった。いつも先頭で入場する私たちレフリーチームは一番最後の入場となり、やや拍子抜けであった。
 17時03分、いよいよキックオフという直前にゴン選手を見ると左手薬指に指輪が光っている。ベテランの中山選手ですら緊張しているのだろうか… 「ゴンさん、指輪だめですよ」と注意するとダッシュでピッチの外にはずしにいった。
気温27.1度、湿度87%という非常に蒸し暑い中で試合が開始された。年に1度のお祭りでもあり、しかもファン投票によって選ばれた選手達は、サッカーを心から楽しんでいるという雰囲気が私にも十分伝わってきた。さて私はというと緊張しているのかいないのかよく分からない。気負わず自然体で臨むように自分に言い聞かせながら90分がスタートした。
 
~中略~
結果についてはヴィッセル神戸の大久保選手の決勝ゴールにより、3対2でALL―WESTが見事な逆転劇で幕を下ろした。
さて私は今回このオールスター戦を別の観点でひとり楽しんでいた。それは今から20年ほど前に審判を本格的に始めた頃、審判員として、いくつかの目標を当時の日記に書き印した。その一つがこのオールスター戦への出場である。今までなかなか選出されず、私のこれまでのキャリアを考えるともう無理かとあきらめかけていただけに今回の選出は相当に嬉しかった。
ちなみに他の目標はJ-リーグの主審・国際レフリー・2002年ワールドカップレフリー・天皇杯決勝審判・年間最優秀主審など、クリアーされないまま、月日が流れてしまったものも多いが、今回は先にも述べたように一つの達成感を感じている。審判の世界は今では日本国内に一級から四級まで20万人を超える有資格者審判員がおり、一級審判員はそのうち120人。年に一回のオールスター戦に出場できるのは毎年たったの4人。確率的に言えば一級レフリーだけでも30年かかることになる。それに選んでもらったのだから幸運という意外にない。
こんな素晴らしい場を与えて頂いたのは、毎回の審判活動を快く向かわせてくれる3名の顧問の先生方、私の留守中も駆けつけて部員の面倒を見て頂いている森田・岡本・徳永コーチ。そしてなにより部員の皆さんのお陰であり心から感謝している。
審判の定年は50歳。あとしばらく皆さんに支えて頂き笛を吹かせてもらうことにする。
 
プロの一流選手であろうともサッカーの原点は仲間と楽しみながらボールを蹴ること。そんな当たり前のことを気づかせてくれたオールスター戦であった。
 
 平成19年8月28日
槻の木高校サッカー部
顧問 奥谷 彰男