校章 ~「校章創作の憶い出」

記章 校章

伊丹伊三郎

 当然の事とはいえ、戦災後数年の事とて校内周辺共荒廃の一言に尽きる情景であった。
 従いまして構想に際しましては何よりも「泉」の文字に惹かれ、これを中核として始める事にしました。
 次いで左右には発展を象徴する光線、しかも喜びの性質を内蔵する7ツの数を左右に配列しました。 そして両側及び下部を均衡した前進の形態にまとめ挙げる事が出来ました。 その後、野球部が活躍して甲子園に出場すると新聞の依頼で、校旗のデザインを殆んど徹夜作業で提出したと記憶しています。

昭和56年発行「いずみ14号」より

校旗 ~校旗は昭和28年に制定されました

泉陽高校校旗

 昭和28年近畿大会で優勝を果たした野球部は、翌年(昭和29年)、春・夏甲子園連続出場を成し遂げました。 下の写真は、昭和29年春の選抜高校野球大会の入場式の様子。前年作られた校旗を手にしての行進です。

甲子園出場(昭和29年)