平成10年度、「大阪と科学教育」  

パソコンを用いた自作比色計による環境調査X

− 反射型比色計の開発とそれを用いた粉塵調査の授業実践 −

紺野 昇・芝本和代(茨木市立北陵中学校)


 1.はじめに
 現在,環境問題は身近な問題となっている.これらの問題に対応して,子どもたちの体を守り,健全な精神の育成のために,環境保全の意識の育成をねらいとする環境教育の必要性は,ますます増えている.現行の文部省学習指導要領では,環境教育の重要性を指摘し,すべての教科で環境に関わる内容の充実を目指すことをあげている.また,平成8年の第15回中央教育審議会答申,及び平成9年の教育改革プログラムにおいても,環境教育のよりいっそうの推進が示されている.このように,環境教育は今日的にも将来的にも,重要な教育課題の一つである.
 これまで,平成6年から理科における環境教育として,小・中・高等学校を対象に,自作比色計とコンピュータを用いた大気汚染の調査や水質調査の教材化を試み,多数の実践を行った1)〜3).また,これらの成果は前号等でも報告した4)〜7).
 今回,大気中の目に見える汚染として,粉塵調査の教材開発を行った.従来,環境教育の視点で行う大気の調査では,二酸化窒素や酸性雨が中心で,視覚に捕らえられない汚染の調査であった.粉塵は,ススなどの炭素を主成分とするもので,採取すると黒い汚れとして簡単に見ることができる.そのため,小・中学生の視覚的な大気調査の教材として適当と考えた.
 そこで,簡単に製作できる粉塵採取用の吸引ポンプと,採取した粉塵量を数値化するための反射型比色計を開発した.さらに,開発した教材を用いて中学校の選択理科で実践を行い,教材としての評価と,環境教育への学習の効果について検討したので報告する.



 2.開発した粉塵調査の教材
(1) 粉塵採取用の吸引ポンプ
 大気中の粉塵の内,粒径10μm以下の固形物は,浮遊粒子状物質(SPM) と呼ばれ,大阪府公害監視センター等で常時測定されている.この浮遊粒子状物質の採取には,専用の複合繊維ろ紙が用いられ,0.3μm以上の粉塵を採取できるが,大変高価である.そのため,本教材では,安価な化学分析用の定量ろ紙(ADVANTEC No5C) をフィルターとして利用した.これにより,粒径1μm以上の粉塵が採取できる.
 吸引ポンプには,図1のとおり,熱帯魚などの鑑賞魚用水槽に用いる市販のポンプ(五味商事社,LUNGGX700)を利用したもので,プラスチックケースの中に密閉して,排気型ポンプを吸引用として使用した.今回使用したポンプは,1分間に1800mlの空気を吸引することができるもので,安価で,長時間の吸引使用に耐えられるため,大気調査には都合がよい. 図2は,この吸引ポンプにより当センターの7階で採取した粉塵の写真である.




(大阪府教育センター7階、平成9年9月10日〜12日)

(2) 粉塵量の数値化のための反射型比色計
 比色計は発色物質の吸光度を測定して,その吸光度から対象物質の定量を行うもので,一般的には溶液を調べることが多い.今回の測定対象は,粉塵採取ポンプのフィルターに付着した黒色状のススなどである.そこで,図3のとおり,赤色発光ダイオード(波長660nm)の光を,試料に対して45度の入射角で照射し,その反射光を CdS光センサーで測定した.このときの反射光のデータは,タイマーICからのパルスとして,デジタルデータで測定する.そのため直接マウス端子,またはシリアル端子からコンピュータに入力した.インターフェースは,杉本8)の開発したもので,A/D変換器を使用しないので,製作費は安く,2500円程度である.図4は,反射型比色計を用いたシステムの写真である.





(3) 開発した制御ソフト
 開発した反射型比色計を制御するソフトウェアは,MS・DOS版N88-日本語BASIC(86) で制作した.制作にあたっては,小学校高学年の児童も使用できるように,操作が簡単で,測定結果を分かりやすく表示できる仕様にした.
 今のところ,NEC社のPC-98系のコンピュータで動作するが,DOS/V 機対応のソフトウェアも開発中である.本ソフトウェアの主な機能を,次に示す.
@標準サンプルによって,反射率及び吸光率(吸光率の定義は(4)で示す.)を算出するための検量線を作成し,登録する.
A比色計で測定したデータから,登録した検量線により,試料の反射率及び吸光率を算出し,表示する. 図5は,比色計による測定画面の写真である.



(4) 粉塵測定の方法と自作反射型比色計の精度
 公定法による粉塵は,ローボリウム・エアサンプラー(LV)等によって吸引した1m3 の大気中に含まれる浮遊粒子状物質の重量で測定される.しかし,この方法で測定される値はμg単位と小さく,学校での測定は困難である.そこで,本法では,2.5m3 の大気(1分間に1800ml吸引するポンプを24時間吸引した量)に含まれる粒径1μm 以上の浮遊粒子状物質の量を,反射率及び吸光率で測定し、相対的に比較できるようにした.汚れの大きいフィルターは黒くなり,試料に当てた光の吸光量は大きくなるので,比色計で測定する反射率は小さくなる.ここで,吸光率を次のように定義すると,フィルターに付着したススを中心とする粉塵の相対量が,吸光率で表示できる.

  吸光率=100−反射率

 この方法により,粉塵の量を数値化し,測定場所ごとの粉塵量の相対的な比較が可能になった.
 自作の反射型比色計で測定するには,あらかじめ反射率の基準となるサンプルの登録が必要である.この検量線の登録には,無定形炭素の付着していないろ紙の反射率を100%,分光光度計で60%の反射率を示す無定型炭素の付着したろ紙の反射率を0%として基準設定した.これは,分光光度計で60%以下の反射率のサンプルでは,反射光が大変小さく,自作比色計では測定不能で,反射率が0%と頭打ちの状態になるからである.
 本比色計と分光光度計(島津UV-240)を用いて,いくつかのサンプルの反射率を測定した結果が,図6である.分光光度計で反射率60%以上の部分で,本比色計と直線関係になることが分かった.



(5) 粉塵測定のねらい
 中学生を対象とした大気汚染の調査では,見えない空気の汚れについて生徒に考えさせるには難しい面があった.しかし,フィルターで収集した大気中の粉塵は黒色の粉末状で,汚れとして目でとらえられることができるので,汚れを視覚的に理解できる.
 また,粉塵は気道から肺の奥に進入して,呼吸器系に害を与えるほか,発ガンやアレルギーの原因9)になるともいわれており,身体に直接影響するという点で,考えさせられる大気汚染の教材になる.
 今回測定するススを中心とする粉塵は,主にディーゼル車等の排気ガスで排出され10),交通量の多い道路沿いの汚染は大きい.したがって,どこの場所が,どの位汚れているかを測定すると,その発生場所や原因についての考察が可能で,環境保全への意識の向上が期待できる.

(6) 粉塵測定の教材化
 本システムにより大気汚染の調査を行う場合,次の教材化が可能である.第一は測定場所の比較をねらいとする測定である.例えば,教室と校外の比較,交通量の多い道路と少ない道路の比較,1階と高層階の比較である.第二は天気や季節による違いを調べる測定である.
 次にその測定結果を示す.

a.場所の違いを調べる測定結果
 学校周辺の様々な場所で測定を行い,身近な場所の粉塵量を調べた結果が表1である.道路付近の粉塵が多く,主な汚染源が車の排気ガスである10)ということが学習できる.
 また,反射型比色計で測定した値とあわせて,採取したススの粒径の比較もできる.1階で採取した粉塵の粒は比較的大きく,7階では小さな粒が付着するのが肉眼でも容易に観察できた.



b.天気や季節による違いを調べる測定結果
 大阪府教育センターの7階の窓の外で,測定を行った結果が表2である.雨により大気中の粉塵が流され、減少したことが推察できる.また,冬の晴天で粉塵量が多く,天気による違いのほか,年間を通した測定から季節による違い等も分かる.




 3.粉塵調査の授業実践
(1) 実践校の状況
 茨木市立北陵中学校では,平成8年から3年選択理科の「環境調査コース」で,年間を通じて校区の大気調査や,付近を流れる安威川の水質調査を行っている.北陵中学校の校区には,多くの自然が残っているが,通称「トラック街道」と呼ばれる交通量の多い道路(府道茨木亀岡線)が通っており,大気汚染が心配されている.
 この授業の中で,開発した教材による粉塵測定の授業を,平成9年10月8日に行った.

(2) 授業の概要と測定結果
 選択理科の履修者は10名程度で,様々な調査活動を行うには,適当な人数であった.まず,生徒の話し合いによって,2台の採取ポンプを設置する場所を決め,授業の前日に粉塵の採取を開始した.24時間の吸引後,コンピュータを操作して,比色計による粉塵量の分析を生徒が行った.表3が測定結果である.



 この結果,比較対照とした大阪市内の測定と比べて,予想以上に粉塵が多いことが分かった.これらの測定結果は,『環境ニュース』としてまとめ,全クラスに掲示した.

(3) 生徒の感想と測定後の意識
 測定後,生徒が書いた感想文を次にあげる。
「空気がきれいと思ってた山手台でも,車が多いので,意外と粉塵が多かった.」
「やっぱり,下の階の方が粉塵が多かった.ディーゼル車の出すカーボンが原因だと分かった.」
「北陵中の理科室はきれいで,玄関もけっこうきれいなので安心した.けど,ダンプ道に近いので,これからもっと汚れる心配がある.」
「粉塵が大量に増えたら,ぜんそくの患者が増えそうに感じた.」
「こんなものが大気中を回っているとは知らなかった.よく考えれば,うちの家もディーゼル車だ.どうやったら減るか,考える必要があると思う.」
 アンケートによって大気汚染についての関心の度合いを調べた.調査人数は8名である.大気汚染について関心が「高まった」という回答が6名で,「少し高まった」が2名であった.
 今回の授業は,少人数での調査活動であり,生徒は主体的にそれぞれの分担を積極的に果たすことができた.感想やアンケートから,環境に関する生徒の意識の向上も図れた.


 4.おわりに
 今回,反射型比色計を用いた粉塵調査では,生徒自身によって簡単に粉塵量の吸光率を測定することができた.さらに,粉塵量についての測定場所ごとの比較を行い,環境について考察することも可能であった.以上のことから,開発した反射型比色計とコンピュータによる環境調査の教材は,環境教育の教材として妥当なものであったと思われる.
 理科における環境教育として,生徒自身による環境調査は,有効な手法の一つである.本研究では,コンピュータ計測による環境調査を行い,汚染度を定量化,数値化することをねらいとした.これにより,どの程度の汚染か判断できるので,環境問題についての総合的判断や考察が期待できる.今後も,様々な環境調査について,コンピュータ計測による教材化を図るつもりである.
 最後に,粉塵採取ポンプの製作にあたり,助言を頂いた理科第一室の伊丹芳徳指導主事に感謝する.
 なお,本研究は平成9年度文部省科学研究費補助金基盤研究(C)課題番号08680220を受けている.

引用文献
1)紺野昇・大塚淳子・杉本良一:日本理科教育学会研 究紀要,36,11(1995)
2)紺野昇・山本伊津子:日本科学教育学会 年会論文 集20,261(1996)
3)紺野昇:日本科学教育学会 年会論文集21,409(1997)
4)紺野昇:大阪と科学教育,9,23(1995)
5)紺野昇:大阪と科学教育,10,27(1996)
6)紺野昇・杉本良一:大阪と科学教育,11,7(1997)
7)紺野昇:大阪と科学教育,11,9(1997)
8)杉本良一:日本化学会 化学と教育,41,558(1993)9)北野大:地球環境にやさしくなれる本 PHP研究者(1994)p45
10)日本化学会編 金岡千嘉男:大気の化学 学会出版センター(1990)p191