平成10年度、「大阪と科学教育」  

草木染めで植物、科学に親しむ

−小学生にできる,楽しい草木染めをめざして−

東 みよこ・山本 勝博


 1.はじめに
 現代の科学技術の発展は著しいものがあり,高度な技術社会を形成しているが,その原点の多くは自然から学びとったものである.したがって児童が自然に親しみ,多くの観察・実験をとおして,自然を正しく認識することは大変重要なことである.
 自然界にある身近な草花や樹木を使って,布を染色することから,多くのことが学習できる.そこで数多くの染色材料の中から,比較的入手しやすいものを選び,染色を行った.そして染色の評価をするために種々の媒染剤を使用すると共に,無媒染による染色結果と比較した.また,染色布の種類による色相の違い,反射スペクトルの測定,色度図の作成や日光堅牢度を比較検討した.
 これらの結果を踏まえて染色実験を小学校の授業で実践した.染色材料の大部分は採取したものであるが,一部は市販品を用いた.


 2.実験
(1) 染色方法            
表1に示す染色材料を用い,木綿と絹を染色した.
[生葉の場合]
a.生葉30gをビーカーに入れ,水200cm3および水酸化ナトリウム1gを加えて加熱し,1.5時間沸騰させた(約pH11).
b.aの溶液を脱脂綿を使ってロートでろ過し,これに酢酸を加えてpH7の中性溶液にした.   c.bの溶液に木綿や絹の布片1.5gを入れ,1.5時間弱火で加熱した後,室温になるまで放冷した.
d.cの布を硫酸銅(U),硫酸鉄(U),カリミョウバン及び塩化スズ(U)のそれぞれ1%水溶液20cm3に1時間浸して媒染した.
e.染色布を十分に水洗後,日陰で乾燥した.

[市販材料の場合]
a.染色材料10g(コチニールの場合は1g)を500cm3ビーカーに入れて,水200cm3を加えて加熱し,1.5時間沸騰させた.染液の色の薄い場合は,水酸化ナトリウムを1g加えた.b以下は,生葉の場合と同じ.

(2) 染色の評価 
a.反射スペクトルの測定および色度図の作成
 染色した繊維の反射スペクトルは,ダブルビーム分光光度計(島津 UV240)を用いて求めた.
 色度図は,ミノルタ色彩色差計CR300を用いて求めた1).
b.媒染剤の効果
 媒染剤として硫酸銅(Cu2+),カリミョウバン(Al3+),塩化スズ(U)(Sn2+),硫酸鉄(U)(Fe2+)を使用し,他に無媒染も行った.反射スペクトルの測定は,(2)-aの方法で行った1).
c.日光堅牢度の測定
 染色した布を30時間日光に曝し,それぞれ日光堅牢度を調べた.日光堅牢度は,褪色の程度を目測で求め,次の4段階で表1に示した2).
@最不堅牢(Poor),A不堅牢(Moderate)
B堅牢(Good), C最堅牢(Very good)


 3.染色実験の結果と考察
(1) 植物の種類による相違3),4),5)
 身近にある種々の植物を採集して(一部は市販材料),染色実験を行い,表1の様になった.植物は,種子植物の草本類と木本類に分類した.また,それぞれの植物名の後に科名と使用部位を記した.染色結果は,全て絹布に染色したものである.

(2) 繊維の種類による相違
 木綿と絹を同時に染色したが,いずれの植物の葉を用いた場合も絹の方が,濃く鮮やかに染まった.特に,ログウッドは2種類の繊維により大きく色相が異なった(図1-@).

(3) 媒染剤の効果
 全体を通して,媒染剤としてのAl3+,Sn2+の効果は弱く,無媒染に比べわずかに明るい程度であった.Cu2+では多くの場合緑味を帯び,特にイチジクは,緑味が強くなった(図1−Aに示す様にCu2+では,反射スペクトルのピークが低波長側にシフトしている).Fe2+では全体的に茶と黒色が強調され,深みのある色調になった.カリヤス,ゴバイシ,タンガラ,ヤシャ,ザクロ,ミロバラン,スオウの様に,Fe2+で急激に黒味を帯び他の媒染では見られない効果があった.特に,ザクロ(図1−B)の場合,色調が大きく変化した(Fe2+を使用した場合,400〜700nmの全波長領域で反射率が低く,黒色となっている). 動物性のコチニールの場合は,媒染剤の種類ごとに色相が大きく異なった(図1−Cに示す様に,媒染剤の種類ごとに反射スペクトルが大きく変化している).



(4) 日光堅牢度に関する結果
a.媒染剤の違いによる日光堅牢度の相違
 表1に示す様に,30時間日光に曝すことにより,多くのもので色褪せが見られた.特にAl3+とSn2+では日光堅牢度が大変低く,無媒染より色褪せがはげしい.Cu2+,Fe2+では全体的に緑色から褐色系統へ変化した.しかし,Fe2+は日光堅牢度が大変高く,ほとんどの場合色褪せが見られない.多くのものが日光堅牢度4を示し,Fe2+の効果は著しく高いといえる.最も顕著な例が,モモの場合で、媒染剤の種類により日光堅牢度が大きく異なった.染色布の色度図を図2−@に示す.Cu2+を使用した場合,3→3’へ変化し,緑方向の-18から-10への移動であり,色相の変化が大きい.他の媒染剤の場合は,緑方向の0付近でのわずかな移動であり,色相の変化が少ない.


図1 媒染剤の種類による反射スペクトルの変化



b.繊維の種類による日光堅牢度の相違
 多くの場合,木綿に比べ絹の方が日光堅牢度がはるかに高い.一例として,クチナシの無媒染の場合の色度図を示す.図2−Aに示す様に絹の場合は,
1→1’の変化が少なく,あまり褪色しない.木綿の場合は,2→2’への変化が大きく,褪色が目立つ.


 4.実践(草,花,木,実で布を染めよう)
 染色実験の結果より,小学校の実践では安全で,かつ効果的な硫酸鉄(U)を媒染剤として使用した.
また,染色材料は,児童が選び集めたものであるが,特に色鮮やかなクチナシと媒染効果の高いザクロを使用した.
本稿の染色実験を平成9年11月下旬と12月中旬の二度に分けて,小学校4年生(1学級33名)を対象に家庭科室にて行った.染色布は1人当たりハンカチ大(33cm×33cm)木綿の布1枚ずつとした.
(1) 染色方法
a.ステンレスボールに水4dm3,染色材料150gと水酸化ナトリウム10g(@クチナシ,Cヒノキの場合は添加しない)を加えて加熱し,1時間沸騰させた(約pH11).
b.aの溶液をガーゼをひいたザルでこし,これに酢酸を加えてpH7の中性溶液にした.
c.bの溶液に布を入れ,1時間弱火で加熱後,室温になるまで放冷した.
d.1%の硫酸鉄(U)の水溶液に1時間浸して媒染した(@クチナシは無媒染)
e.染色布を十分に水洗いした後,日陰で乾燥した.染色結果を以下の@〜Hに示す.
@クチナシの実      −黄色
Aセイタカアワダチソウの花−薄緑
Bヨモギの葉       −薄緑
Cヒノキの樹皮      −薄茶
Dザクロの果皮      −濃茶〜黒
Eスギの実        −灰〜黒
Fカキの果        −灰
Gラッカセイの殻     −灰〜茶
Hワカメ         −薄緑

(2) 児童の活動の様子
 児童は,染色に興味を持ち意欲的に活動した.時間的に長くかかるが,鉄媒染の色調変化の効果を体験させるために,敢えて後媒染の方法を行った.鉄媒染を行ったときの色の急激な変化には,大変驚いた様子であった.また,色素を引き出す水酸化ナトリウムの働きや,酢酸で中和したときの,臭いの変化に興味を示した.そして11月の最初の染色実験では@〜Dを行ったが,もう一度染色をしたいという希望が強く,12月中旬二度目の染色を行った.前回の経験を生かして,以前にも増して積極的かつ主体的に活動できた.二度目の染色で使用した材料は,E〜Hのものである.赤いカキの果皮から灰色に布が染まったのは全く予想外だったようで,大変驚いていた.またワカメに関しては染まらないと予想していた児童が多く,結果として淡緑色に染まり,大
いに喜んでいた.


 5.まとめ
 表1に示した様な種々の染色材料を用いて,染色実験を行った結果,身近にある多くの植物が使用できることが分かった.また,鉄媒染の堅牢度が高く安全面でも優れており,学校で実施する場合の媒染剤として使用しやすい.そして染色を実施する場合,多くの染色材料・媒染剤・繊維の種類の中から,目的に合ったものを選び,それぞれに適した染色方法を行う必要がある.その場合,十分に安全に留意して実験を行う.
 小学校では,体育や算数などどの教科にもいえることだが,理科に対しても苦手意識を持った児童がいる.その多くは理科を身近に感じることができなく,覚え込むものと思い込んでいる.その様な児童にとって「草木染」は,学年を問わずに科学を身近に感じることのできる教材の一つであると,今回の実践を通じて確信することができた.また日常ともすれば受け身になりがちな授業の中で,理科の得意な児童も,苦手な児童もそれぞれに自由な発想をもって,生き生きと活動する姿は目を見張るものがあった.「草木染」を数多く児童が体験するためには,より安全で簡単にできる教材や方法を開発する必要がある.染色材料は,身近な生活の中に数多く隠れているのではないだろうか.まだまだ開拓する余地があり,児童と共に探してみるのも楽しいことである.

引用・参考文献
1)山本勝博:化学と教育,44,188(1996)
2)山本勝博:大阪と科学教育,10,33(1996)
3)山崎和樹:草木染 四季を染める,山と渓谷社   (1997)
4)加藤国男:草木の染色工房,グラフ社(1997)
5)川崎吉光:草木染めを楽しむ,山と渓谷社    (1996)
6)牧野富太郎:原色牧野植物大図鑑,北隆館  (1982)
7)牧野富太郎:原色牧野植物大図鑑続編,北隆   館(1983)
8)木村陽一:図説草木辞苑,相房社(1988)
9)山崎青樹:草木染染料植物図鑑,美術出版社 (1994)