1.はじめに
大和川は,その源流を奈良県笠置山地に発し,初瀬川となり小夫・初瀬ダムを経て奈良盆地において佐保川・寺川・飛鳥川・富雄川など大小様々な支川を合わせながら西流している.さらに,地すべり地で有名な「亀の瀬」渓谷を経て大阪平野に入り,石川・東除川・西除川を合わせて西流し,大阪湾に注いでいる.その幹川流路延長約68kmにおよび,総流域面積は約1071km2の一級河川である.また,大和川は,全国の一級河川の中で19年連続汚濁度ワースト2に続き,2年連続ワースト1になり全国的にも汚れた河川のイメージが定着している1),2).大阪を流れる大きな河川の1つである身近な大和川を例に挙げ,なぜ慢性的に汚濁が進んでいるのかを調査のスタートとし,上流域に焦点を絞り環境調査を行った.そして,大和川水系全体の様子,河川の縦断面の作成,化学的手法による水質の分析,源流域の地理的条件の調査等から河川環境を総合科学的に考える教材化を試みた.
2.大和川水系と河川の縦断面図
図1は,大和川水系の全体図を描いたものである.奈良盆地に降った雨を集め,西流し,大和川の奈良側での唯一での出口である「亀の瀬」渓谷を通り,大阪平野で石川などの支流と合流し大阪湾へ流れ込んでいる.図2は,図1の初瀬川流域部分を拡大したもので,調査地点をA1〜A8で示した.
国土地理院2万5000分の1の地形図から河川の縦断面図を作成したのが図3である.河川の傾斜から,平野部,地形の急峻さ,渓谷部,盆地,ダムや湖などが読み取れる.つまり,人間の土地利用の様子などが読み取れる.大和川は,大阪平野・奈良盆地をなだらかに流れ,大阪湾から約50qの大和朝倉付近から傾斜が大きくなり,長谷寺では,かなり急峻な地形「初瀬渓谷」などを流れる.途中の水平面は,初瀬ダムによってせき止められた「まほろば湖」である.さらに上流に向かうと傾斜が少しゆるやかになる所が「小夫村」で,この付近に人家が集中している.縦断面図で傾斜の急峻な所では自然河川が見られ,河川の浄化作用が行われている.最上流付近のほぼ水平な部分が都祁村である.平地であることからこの付近は開発が進み,人家が多く見られる.
3.水質調査3),4)
気温,水温,pH,COD,NO2−,EC(電気伝導度),Mg/Caの測定を行った.測定の方法を以下に記す.
(1) CODとNO2−の測定は,簡便法であるパックテストを用いて現地で行った.
(2) ECとpHの測定は,携帯型のコンパクトメータを用いて現地で行った.
(3) 気温,水温の測定は,デジタル温度計を用いて現地で行った.
(4) Mg/Caの測定は,試水を実験室に持ち帰りEDTA滴定を行い,計算により比を求めた.
[調査地点とその様子]
上流から,A1都祁村,A2笛吹奥宮笛吹橋,A3三川合流地点下手の橋,A4まほろば湖入口,A5初瀬ダム湖水,A6長谷寺連歌橋,A7大和朝倉,A8瑞穂橋付近を調査地点とした.
初瀬川の調査地点付近の写真が図4である.
@は,A2笛吹奥宮笛吹橋そばにある「湧水」である.Aは,A4付近でまほろば湖に流入する初瀬川の様子で自然の状態が残されている.Bは,初瀬ダムであり,この湖が「まほろば湖」と呼ばれている.Cは,A6長谷寺横の連歌橋である.Dは,A7大和朝倉付近の様子である.Eは,A8瑞穂橋付近のゴム井堰で田畑の潅漑用水として使用され,奈良盆地内の大和川では多く見られる.
4.結果および考察
調査日は,以下に示しているが,代表的な値を調査日ごとに(★,●,▲,■,◆)の記号で表し,図5〜8および図10にグラフ化した.
(a)H9.8.13(★),(b)H9.10.26(●),(c)H9.11.10,(d)H10.6.15(▲),(e)H10.7.1,(f)H10.10.12(■),(g)H10.12.23(◆)の計7回の調査を行った.なお,(c)H9.11.10には,初瀬川周辺の村の水利用の聞き取り調査と周辺の天然水の水質調査を行った.また,(e)H10.7.1には,初瀬川に流れ込む支川と周辺の天然水についての水質調査を行った.
以下に,個々の調査項目について簡単な説明と結果の特徴を示す.
(1) COD(化学的酸素要求量)
CODは,水中の有機物をはじめとする還元性物質をKMnO4で酸化し,そのときに消費されたKMnO4の量を酸素量(ppm)に換算して求めたものである.源流付近であるA1から,すでに汚水の流入が認められた(図5−●■).下流に行くに従って値が上昇しており,人為的な影響によるものと考えられる.A2における調査日による大きな違いは,測定時間帯の違いと考えられる(図5−■は昼時の測定).A2からA4の中流域地点では,値の改善がみられた(図5−●▲■).この原因は,河川の浄化作用と山からのにじみ出しの水による二つの効果と考えられる.
(2) NO2−(亜硝酸イオン)
NO2−は,タンパク質等窒素含有物質が酸化された物質で,CODの値が大きい所ほどNO2−の値は大きくなるという相関がある.特徴的な例を(図6−▲■◆)にあげる.CODの変化と同じく,源流付近であるA1の値が大きいことや,下流に行くに従って値が上昇しているのは,共に人為的な影響によるものと考えられる.
(3) EC(電気伝導度)
ECの値は,水中に溶けている無機イオンの総量を表す指標である.無機イオン量が多い水は電気をよく通すので,淡水の場合,汚れた水といえる.図7で示すようにA1および,下流域A6からA8地点で上昇しているのも人為的影響によるものと考えられる.
(4) pH
pH値は,地質・土壌中のCO2の溶解・植物の光合成作用やバクテリアによる生物分解・人為的影響など様々な要因が関係する.図8で示されるように,下流へ行くにつれ上昇しているのは,人為的または地質の影響が考えられる.
(5) 気温,水温
河川水は,いずれの時期でも上流から下流に行くにつれ,水温の上昇が認めらる.図9で示すように,いずれの測定日でもA5地点では,気温との差が少なかった.ダム湖水であるので川の流速が低下し,太陽放射による熱を吸収する時間が長いためと考えられる.
(6) Mg/Ca
雨水が地下水または河川水となって,土壌中を流れる場合種々のイオンを溶かす.また,河川水の陽イオン濃度は一般的に,Ca2+>
Na+ >Mg2+の順になる(海水は Na+>Mg2+>Ca2+ の順).そこで,Mg/Caの比を測定することにより,河川周辺の地質が推定できる.Ca2+やMg2+は,主として岩石土壌に由来する.日本の河川における平均値0.58より全体的に低い結果であったが,図10で示すように上流域は地質的に花崗岩のまさ土であるのでほぼ予測された結果であった(石灰岩質であれば,値はより小さくなる).
(7) 湧水
図11で示すように,A2笛吹奥宮笛吹橋付近にある「湧水」の水温と気温,笛吹橋からの初瀬川の水温を測定し比較した.冬場は気温との差が少なく,夏場は気温との差が大きくなる.「湧水」は,「夏は冷たく感じ,冬は暖かく感じる.」といわれるのは,このためである.また,河川水の水温に比べ,湧水の水温は年間通して安定していることがわかった.湧水の水温を山からのにじみ出し水の水温とすると,夏場は河川水の方が気温により温められるので湧水より高くなるが,冬場は逆に気温により冷やされるので河川水の方が低くなる.
5.まとめ
今回は,初瀬川(大和川源流域)の水質を中心とした種々の環境調査を行い,次のようなことが確認できた.
現地で初瀬川を調査することにより,大阪市内を流れる大和川の様子とは異なった河川の姿をみることができた.「それは,奈良盆地を流れる大和川では多くのゴム井ぜきがあり,人々が直接河川水をかんがい用に利用している.途中にダム湖があり桜井市の飲料水源の一部になっていたり,源流域では開発が進み,道路が整備され多くの人家があることなどである.」これらは,現地を観察することによって,はじめて気づくことであり,フィールドワークの重要さが認識できる.
さらに,水質調査を継続的に行うことにより,上流で汚濁物質の流入がある場合でも,途中でCOD値等が回復している事実から,河川の浄化作用や山からのにじみ出し水による希釈効果が考えられ,河川や山林による自然の働きのすばらしさが実感できる.
学校で水質調査を行う場合には,パックテストや携帯型のコンパクトメータなど簡便な器具や簡単な分析方法が必要になる.今回の調査で,たとえ温度計1本からでも様々なことが読み取れ,小
・中学校の環境教育の実践に十分活用できることが分かった.
このように,ある狭い地域の環境調査(例えば,大阪市内を流れる大和川の水質調査など)だけではみえないことも,大和川全体の水質調査を行うことにより,広い観点を育てる環境教育の実践が可能である.
以上のことを総合的に判断し,様々な側面から,河川環境を考えることにより,人為的な自然への影響や,河川や山林の持つ本来の自然浄化の働きを考えることができる.さらに,教材化に当たり,化学的な分析手段を中心とした総合科学的な手法による河川調査から探究できる可能性の大きさも確かめることができた.
学校における環境教育の実践で,このような調査を行うことにより,予想しない結果が得られたときの生徒の驚きを知ることができ,身近な環境問題を見直すきっかけとなった.その詳細は,別の学会5),6)で報告しているので,それを参考にしてもらいたい.
参考文献
1)奈良県生活環境部環境保全課 土木部河川課・下水道課:大和川SOS−清流復活に向けて−(1997).
2)山本勝博:初瀬川(大和川の源流)の水質調査および周辺の環境調査,大阪府高等学校理化教育研究会
理化紀要35号,p22-25.
3)半谷高久:水質調査法,丸善(1971).
4)大阪府教育センター:だれにでもできる水質調査ガイドブックー小・中・高等学校指導資料(1997).
5)井上晴貴・山本勝博:初瀬川(大和川の源流を求めて)の水質調査3,日本環境教育学会
関西支部 第7回研究発表大会資料集(1998).
6)大阪市立矢田南中学校科学部:大和川の水質調査,日本化学会近畿支部 第15回高等学校・中学校化学研究発表会資料集p4-5(1998).