平成9年度、「大阪と科学教育」  

パソコンを用いた自作比色計による環境調査

紺野 昇


 1.はじめに
 現行の学習指導要領は,環境教育の重要性を指摘し,理科をはじめとする各教科において環境に関わる内容の充実と,体験的な活動や問題解決的な学習を重視している.また,理科の教育目標には,観察・実験を行って自然についての理解を深め,探究的な能力の育成と科学的な考え方の養成を挙げており,この目標で培われる資質が環境教育に大きく貢献できると期待されている.
 現在の小・中学校の理科における環境教育の実践例1)を見ると,水生昆虫の観察など自然観察による環境教育,水のにおい・濁りやパックテストなどの簡単な方法による環境調査,資源のリサイクルの体験学習などが主なものである.従来から,学習活動の中で汚染物質の濃度を定量的に分析することは困難であると考えられ,人間活動と汚染物質の発生という関係を科学的に調べるような学習はあまり行われなかった.子供たち自身によって簡単に汚染物質の分析ができるシステムがあると,環境調査の経験を通して,自分たちの学校や家庭など日常生活での,人間活動と環境の関わりについて学ぶことができる.
 そこで,ほとんどの学校に導入されているパソコンと,自作の比色計を利用して子供たちにできる操作の簡単な環境調査法を検討した.
 今回の研究目的は,次のとおりである.
@大気汚染の原因の一つである二酸化窒素や,水質汚染の物質であるリン酸イオン・亜硝酸イオンなどの濃度を簡単に求める教具システムを開発する。
 その方法として,パソコンと安価(二千円程度)な自作の比色計を用いる.
A比色計を制御し,測定したデータの整理を行うパソコンソフトを開発する.比色計で測定したデータを対象物質の濃度に変換するソフトと,データを子供たちが処理し,理解の手だてとしてグラフ化するソフトを開発する.
 社会の情報化に対応する教育が求められており,環境教育での主体的な情報活用能力の育成を図る.
B本システムを有効に活用する具体的な学習指導計画を検討し,その実践結果を検討する.
 


2.計測システムの製作と測定結果
(1) 比色計の製作
 今までに報告されたパソコンを利用した比色計の例2)は,A/D変換器(費用:2万〜10万円)を使うために装置が複雑で,価格的にも学校での導入は困難である.そこで,A/D変換器を使わないマウスインターフェース3)を使用する簡単な構造の比色計(写真1)を自作した.比色計の材料には,写真のフィルムケースやポリ製の試薬瓶を使うなどできるだけ費用の軽減をはかり,装置全体の製作費用は二千円以内であった.

 

a. 比色計本体の製作方法
材料:写真のフィルムケース4個,500p3のポリ試薬瓶1個,発光ダイオード赤(LT-9507D 7.5φ)、緑(GL5G8 5φ)各1個,光センサー(CdSセル 浜松ホトニクスP368 8mm)1個,単一電池2個
@500p3のかっ色ポリ製試薬瓶の底を切り取り,下の方に図2のようなフィルムケースが通る大きさの孔を2つ開ける.ふたには,試験管(径18mm)が通る孔を開ける.



ACdSセル,発光ダイオードをそれぞれのフィルムケースの底の中央に接着剤で固定する.発光ダイオードの種類は,測定物質により赤色(リン酸イオン分析用)と緑色(二酸化窒素および亜硝酸イオン分析用)を使い分ける.
 試験管受け用のフィルムケースは底を切り取り,側面に試験管がちょうど入る大きさの孔を開ける.
Bフィルムケースのふたは,2つを背中合わせに接着し,その中央に径13mm程度の孔を通す.このジョイントを2組作成する.
C図3のようにポリ製試薬瓶の孔に,発光ダイオードとCdSセルのフィルムケースを差し込み,その間にAの試験管受け用フイルムケースをはさみ,Bの2組のジョイントで接続する.



b. マウスインターフェースの製作方法
材料:IC(タイマーIC555)1個,電解コンデンサー(25V,22μF)1個,抵抗(22Ω程度)1個,プリント基板,9ピンマウスコネクター,プラスチックケース
@回路図(図4)にしたがって,プリント基板に ICとコンデンサー,抵抗を接続し配線する.



Aインターフェースを小型のプラスチックケースに入れ,比色計本体とマウスコネクターを接続する.

(2) ソフトウェアの製作
 本システムのソフトは,計測部分とデータ処理部分とからなり,子供たちが簡単に操作できるように操作性を重点に開発した.開発言語は,MS・DOS版N-88BASIC言語である.
a. 計測ソフトの機能
@使用前に標準溶液を用いて検量線を作成し登録する.測定する際には,水を使って検量線を補正する.
A取り込んだデータから,登録している検量線により濃度に変換し表示する.
 二酸化窒素の場合,大気中の二酸化窒素の濃度を換算する係数4)を用いて,濃度を計算する.
B測定場所のコード番号別にデータを保存する.
b.データ処理ソフトの機能
@データをグラフに表示する.表示データは,測定した場所や測定した日時で自由に選択できる.
A保存データの削除・変更などの処理を行う.

(3) 計測システムの操作手順
@パソコンを起動させ,発光ダイオードに約3Vの電圧をかける.電源には、乾電池2個使用する方法と,パソコンの電源を利用する方法の二通りを試作した。安定な電圧を得るには,アルカリ乾電池2個用いた方がよい.長時間の測定には,パソコンの電源を利用する方が適する.
A測定前に水の入った試験管を比色計にセットし,検量線の自動補正を行う.
 試料を入れるセルは試験管をそのまま利用するが,事前に水で測定し,光の透過量が一定な試験管を選定すると測定の精度が上がる.
B試料の試験管を入れ,メニュウ1の測定を実行する.二酸化窒素の場合は,換算係数により大気中の二酸化窒素の濃度も表示する.
C測定したデータを保存する場合,測定場所のコード番号を入力すると,測定日時とともに記録する。
Dシステムのメニュウで,「データの整理」を選ぶと,記録しているデータの測定日時・測定コード・濃度の一覧を画面に表示する.この中からグラフ化するデータを選定すると,折れ線グラフに表示する.

(4) 測定方法
a. 大気中の二酸化窒素の測定
 二酸化窒素の測定にはザルツマン法5)を用いる.二酸化窒素の採取器は,写真のフィルムケースを用いて作成する.幅2cmのクロマトグラフィ用のろ紙を9cm程度切り,フィルムケースの内面にセロテープで固定する.これに飽和炭酸カリウム溶液を5滴しみこませ,測定場所にこの採取器を下向きに1日固定する4).大気中の二酸化窒素は,次式のとおり亜硝酸塩及び硝酸塩として取り込まれる.
 2NO2 + K2CO3 → KNO2 + KNO3 + CO2
 採取後,ザルツマン試薬15p3を加え,赤紫色に発色させる.15分間放置後に試験管へ移し,比色計で測定する.
b.河川中の亜硝酸イオンの測定
 採取した水をろ過し10p3取る.ザルツマン試薬を10p3加え発色させた後,同様に比色計で測定する.
c.河川中のリン酸イオンの測定
 リン酸イオンはモリブデンブルー法6)によって測定する.まず,ろ過した試料水を10p3取り,モリブデン酸アンモニウム混液を9.5p3と,塩化第一スズを0.5p3加え,15分間放置し青色に発色させる.
 その後,比色計で測定する.

(5) 本比色計を使った測定の結果
 大和川の奈良県の上流から大阪湾の下流に至る6カ所で水を採取し(平成6年9月23日),亜硝酸イオンとリン酸イオンについて本比色計と分光光度計(島津 UV240)を用いて水質検査を実施した.リン酸イオンは,すべての測定場所で測定できる程の濃度は検出されなかったが,亜硝酸イオンの濃度が表1のとおりであった.この結果から,本比色計の性能と分光光度計とを比較したところ,本システムは,汚染物質の測定に十分使用できることがわかった.




 3.本システムを用いた環境教育
 本システムによる学習目標は,子供たち自身が科学的手段により汚染物質を調査することで,自分たちの回りの環境について理解するとともに,人間活動と環境との関わりを学ぶことである.
 具体的な指導計画は次のとおりである.

(1) 本システムを用いた学習指導計画
a. 大気汚染の調査
 酸性雨の原因の一つで有害な二酸化窒素は,交通量の多い道路に近いほど濃度が大きいと考えられる.車の排気ガスが二酸化窒素の発生原因の一つであることを理解するために,次のような指導内容をあげる.
@車の通行量の多い道路沿いから,学校の構内及び教室まで,一定間隔で採取器を設置する.大気中の二酸化窒素の濃度と道路との位置関係を調べ,車の影響を考察させる.
A採取器を子供の自宅に設置し,校区全体の広い範囲で汚染状況の調査を行う.この結果,工場のボイラーなど車以外の発生源があるかどうかを調査する.他に,家の外と内での濃度の違いを気づかせる.
Bクラブ活動などにより,長期観測を続ける.汚染状況の季節による変化や,気候による影響などが考察ができる.
b. 水質汚染の調査
 家庭排水などで出されるアンモニアは河川を流れる過程で酸化され,亜硝酸イオンから硝酸イオンへ変化する.この亜硝酸イオンは,ザルツマン試薬によって簡単に検出でき,河川における窒素汚染の目安の一つになる.最近は,無リン洗剤の普及によりリン酸イオン濃度は減少しているが,アンモニアを含む下水が排出されている河川では,亜硝酸イオン濃度は高い.
 このような測定から,水資源の大切さと下水処理の必要性を認識させるため,次の計画が挙げられる.
@学校付近の身近な河川水を採取し,亜硝酸イオンとリン酸イオンの分析を行い,水質を調査する.
Aクラブ活動などにより,長期にわたる水質調査を続ける.汚染状況の変化などが観察できる.

(2) 授業実践の結果
a. 中学校における実践
 理科で行う環境教育は,第1分野の「科学技術の進歩と人間生活」で扱える他に,多様な学習展開が行える「選択理科」の課題研究として扱いやすい.
 本比色計を用いた中学校での環境教育は,3年の「選択理科」の授業で実践した.実践校は,富田林市立A中学校である.
 学習は,大気の汚染と車の排気ガスとの関係をテーマとして実施した.前日に学校の駐車場,道路横のグランド,校舎(1階と3階)に採取容器を設置し,各班(3〜4人)毎に2個ずつの試料を分析した.分析した結果は,容器設置場所を記した校舎付近地図に記入させた.その後,汚染状況から,二酸化窒素の発生原因とその対策について考えさせた.
 授業後に,アンケート調査を実施した結果(表2),パソコンを使った環境調査に75%の子供が面白いと回答した.また,パソコンを活用した環境調査は,子供たちの興味や関心を高め,学習意欲を高める効果があった.授業の前後における子供たちの環境への意識を調査したところ,授業前に環境への関心や意識をもつかという質問に対して,最も多い回答は「少し持っている」の40%であった.授業後,空気や水の汚れに関心が高まったかという調査に対して,「高まった」が75%で,「少し高まった」を合わせると100%になった.



 また,子供たちは自分たちの回りにある空気の汚れについて,単に汚れているだけではなく,具体的な数値として汚れの程度を理解できた.
b. 小学校における実践
 小学校理科での環境教育は,6年生の理科の単元「生物とその環境」の中で扱うことができる.実践校は,大阪狭山市立B小学校である.
 実践は,「ヒトと動物の呼吸」の学習の後,7時間の環境学習の第3限目に行った.大気汚染の測定を,学校横の国道310号線沿いから校舎内に至る7カ所の調査の他に,子供たちが自宅にそれぞれ採取器を持ち帰り,自宅付近の調査も実施した.これらの調査では,採取器の作成,設置から本システムを用いた分析まで,すべての手順を子供たち自身が行った.
 学校付近の調査では,国道沿いが校舎より3倍近い二酸化窒素の濃度が観測され(表3),子供達は車の排気ガスとの関係が容易に理解できた.また,自宅付近の調査結果は,校区地図の中に書き込み,濃度の大きさをシールの大きさで表し,汚染の状況がわかりやすいようにした.
 授業後に感想を書かせた結果,子供たちの8割が自分たちのまわりの空気が汚れていることに気づいたこと,6割が車の排気ガスが大気を汚していることに気づいたなどをあげた.子供たちにできる大気汚染の防止として,木々の緑を大切にすると,空気を浄化するのではないかということをまとめに加えた.


 *1 濃度はppmである。
 *2 No1からNo6の順に国道から離れる位置である。

 今回の学習では,自分たちのまわりの空気が,ヒトの活動と密接に関わり,ヒトの活動が周囲の環境に影響を与えていることを,自分たちの生活レベルで身近な問題として意識することができた.


 4.おわりに
 小・中学校では,試薬の取り扱いが簡単なザルツマン法とモリブデンブルー法で汚染物質の調査を行ったが,高等学校の課題研究や探究活動では,操作手順の複雑なインドフェノール法によるアンモニウムイオンや,陰イオン界面活性剤など広範囲な分析も可能である.
 授業実践の結果,本システムを用いた科学的な環境調査の実施で,人間活動と環境の関わりを認識するという指導目標を達成できた.本システムを通じて,科学的な環境調査により自分たちの回りの環境と環境保全への意識を高めることができると考える.
 最後に,本研究の実践にあたり協力頂いた富田林市立藤陽中学校の鳥海重治教諭,大阪狭山市立第七小学校の大塚淳子教諭に深く感謝する次第です.

引用文献
1 ) 山極隆:中学校理科で進める環境教育,明治図書  (1992),p18〜154
2 ) 清水一幸・天良和男:化学と教育,39,566(1991)
3 ) 杉本良一:化学と教育,41,558(1993)     
4 ) 赤羽根充男:大阪府高等学校理化教育研究会紀  要,28,79(1991)
5 ) 化学実験テキスト研究会編:環境化学,産業図書  (1993),p28〜29
6 ) 工業用水試験方法 JIS K0102,(1974),p86