平成29年度2学期始業式を迎えるにあたり一言挨拶を述べます。
まずは、本日大きな事故もなく、皆さんが元気に日焼けした顔で再びこの場に戻ってくれたことを喜びたいと思います。命どぅ宝(命こそ宝)という言葉が沖縄にありますが、一人ひとりが健康でいることに感謝し、一日一日大事に生きてください。
さて、去る7月20日、私は、藤井聡太棋士や野球のイチロー選手、また大学時代の私自身の英語学習法について触れ、何事も継続こそが大事であり、何かを習得し、力を伸ばすための唯一の方法であることを示しました。そして、みなさんもこの夏季休暇の間、何か一つのことに継続して取り組んでみませんかとお話ししました。今日は、私がこの夏にしたこと感じたことをお伝えします。
私がこの夏に継続しておこなったことは、映画鑑賞です。人生半ばを過ぎ、さまざまな労苦を経た今、これまで観たことのない映画や、繰り返し観てきた映画を鑑賞してみれば、何か新たな発見があるのではないかと思ったからです。今日はその中から一つの作品についてお話します。
作品名は「たそがれ清兵衛」、原作は藤沢周平さんで、映画の主役は真田弘之さんと宮沢りえさんです。舞台は、幕末の海坂藩(東北地方の小さな藩)で、主人公の井口清兵衛は、その藩の貧しい平侍です。彼は、剣の達人でもあったのですが、結核になった妻を貧しさゆえに十分な治療もしてやることができずに若くして亡くしてから、武術の鍛錬もやめ、老いた母親の世話と残された幼い二人の娘の成長を見守りながらひっそり暮らしていました。毎日お城に上がっては事務仕事にいそしみ、たそがれ時になると付き合いも一切せず一目散に帰宅し、日のあるうちは畑を耕し、暗くなってからは竹細工の虫かごを作る内職仕事に精をだすという生活をしていました。つけられたあだ名は「たそがれ清兵衛」。そのような彼はある日突然お城に呼び出され、派閥争いに負けたある武士を主君の命により明日のたそがれ時までに殺すよう命じられました。何の恨みもない立派な人を討たなければならない。断れば自分が切腹しなければならない。武士の理不尽さと貧しい下級武士の切なさを描いた名作です。大好きな作品であり、これまでに少なくとも10回は観てきましたが、今回私の心に残った場面は、これまであまり印象に残らなかったシーンでした。それは、内職仕事で竹の虫かごを作る清兵衛の横で、お寺の師匠から学問を習い始めたばかりの長女が、「論語」を何度も何度も音読するシーンでした。
その場面で、「お寺のお師匠さんがこれからは、おなごも学問せねばなんねぇっておっしゃるだが、なあおっどう、針仕事習って上手になれば着物や浴衣が縫えるようになるだろ?でも学問したらいったい何の役に立つのだろう?」娘は、唐突に清兵衛に質問するのです。いったい清兵衛はなんと答えるだろう?私は息をのみ、彼のせりふを待ちました。少し考えてから清兵衛は次のように答えました。
「確かに、学問は針仕事のように何かが目に見えてできるようになるということはないが、自分の頭でものを考えることができるようになる。そうすれば、この先世の中がどう変わっても、考える力を持っていさえすれば、なんとか生きていける。これは男もおなごも同じだ。」と答えました。幕末の空気が日本中に広がり始め、この先国はどうなっていくのだろう?そのような時代でもあり、清兵衛はこれからの時代に長く生きていくであろう娘に対し、学問することの意味と、女性にも等しく学問が必要であることを簡潔に説明しました。納得したのであろう娘は、また論語の音読を再開するというシーンでした。
私も、これまで勉強する意味を次のように話してきました。「勉強することによって、自分の頭で考え、判断し、生きていくための力がつく。だから勉強しなければならないのだ」と。藤沢周平さんの考えは私と同じだと、私はこの時感じました。
もう一つこの映画で紹介しておきたいことがあります。この作品のテーマ曲は、井上陽水さんの「決められたリズム」という曲で、彼の作品の中で、私が最も好きな曲です。学生時代、毎朝同じ時間に起こされ、決められた服を着さされ、決められた道で学校に通う日々。ふざけ合い、叱られ、立たされ、笑われ、一人取り残された日。許され、ほめられ、愛され、選ばれ、白いラブレターを渡された日。そして、紙を配られ、試され、ピアノに合わせて歌わされた日々。そのような、誰もが経験してきた学生時代を切ないメロディーで描くこの曲が映画のエンディングで流れます。幕末の武士も、現代の学生も同じようなもの。決められたことに従い、生きていくしかないという現実と、本当にそれで良いのか?良かったのか?という問いかけがこの曲には込められています。ルールを守らなくても良いと言っているのではありません。何事も、受け身であってはならない。自らの意志で能動的に生きるべきではないのか?と歌っているのです。「決められたリズム」ではなく、「自分で決めたリズム」で生きなくてはならないと言っているのではないでしょうか?
みなさんも、今一度、自分の毎日は本当にこれで良いのか?勉強に自ら取り組めているのか?という問いかけをし、それぞれの目標に向かって継続的な努力を続ける今年度後半になることを期待し、本日の式辞とします。
平成29年8月28日
大阪府立懐風館高等学校長 羽田 真