2022年共通テスト「国語」(古文と漢文)

1/15に実施された、2022年、大学入試センター共通テスト
「国語」の第3問古文と第4問漢文の本文を、現代語訳してみました。

明日、国語科職員室前のホワイトボードに掲示致しますが、取り急ぎ。
済んだこととはいえ、確認したい人はどうぞ。

2022年 共通テスト「国語」

第3問 古文 本文の〈現代語訳〉

【文章Ⅰ】 増鏡
 後深草院もご自分のお部屋に戻って、お休みになっていらっしゃるけれど、お眠りになることができない。先ほどの斎宮のお姿が気にかかるように思われなさるが、とてもどうしようもない。 「わざわざ(求愛を)申し上げるようなことも、人聞きがよくないだろう。どうしたものだろう」と思い乱れていらっしゃる。ご兄妹とはいえ、長い年月別の場所で成長しなさっているので、よそよそしい感じになりなさっているために、遠慮するお気持ちも薄くなったのだろうか、やはりひたすらに気持ちがすっきりしないまま終わってしまうようなのは、満足がいかず残念なことだとお思いになる。常軌を逸したお心であるよ。
 何某の大納言の娘(二条)という、後深草院がおそば近くでお使いになる人で、例の斎宮にも然るべき縁があって、親しく行き来し慣れ申し上げている人をお呼び寄せになって、
 「なれなれしい関係になろうとまでは考えていない。ただ少し気安く話せるぐらいで、私の思う気持ちを少しだけでも申し上げようと思うのだ。こうした好機もとても難しいだろう」
と切実に誠実ぶっておっしゃるので、どのように騙したのだろうか、夢とも現実ともなく近づき申し上げなさったので、(斎宮は)とてもつらいとお思いになるけれど、弱々しく消え惑うようなことはしなさらない。

【文章Ⅱ】 とはずがたり
 斎宮は二十歳を過ぎていらっしゃる。しっかり成熟しているご様子は、伊勢の神様も名残惜しく慕いなさったのももっともで、花と言うなら、桜にたとえても、傍目にはどうだろうか、いや、どうにも違いはないと、桜に霞がかかるように、お顔を袖で隠した絶え間もどうしよう(なんとかして斎宮のお顔を見たいものだと)きっと(誰もが)思うに違いないご様子であるから、まして女性に対してどこまでも真っすぐな後深草院のお気持ちとしては、早くもどのような恋煩いの種であろうかと、他人(=後深草院二条)としても、心苦しく思われたことでした(注・本来「おぼえさせ給ひし」は尊敬語。ここは自分自身に対して用いていて原則外)。
 (後深草院と斎宮は)語らいなさって、神路の山のお話(伊勢神宮に奉仕していた頃の思い出話)などを、途切れ途切れに申し上げなさって、
 「今夜はすっかり更けてしまいました。ゆっくりと、明日は嵐山の落葉した木々の梢などを御覧になって、お帰りください」
などと(後深草院は)申し上げなさって、ご自分のお部屋へお入りになって、早々と(私に)、
 「どうすればいいだろう。どうすればいいだろう」
とおっしゃる。(私の)思った通りだわと、おかしく思って見ていると、
 「幼いときから私のそばに仕えてきたしるしに、この恋心を(斎宮に)お伝えして叶えてくれたのなら、(お前が私に)誠実に愛情を持っていると思おう」
などと仰せごとがあって、そのまま(私が後深草院の)使者として(斎宮のもとに)参上する。ただありふれた感じに、「お目にかかれて、うれしく存じます。(伊勢からお戻りになる際の)旅寝は寒々としい感じではありませんでしたか」などと言って、密かに後深草院の手紙がある。氷襲の薄様だっただろうか、
 「知られじな=ご存じないでしょうね。たった今見たあなたの面影が、そのまま私の心にかかっていましょうとは」
 夜が更けたので、(斎宮の)御前にいる女房らも皆、物に寄りかかって横になっている。斎宮ご本人も小さな几帳を引き寄せて、お休みになっていらっしゃるのだった。(私が斎宮の)近くに参上して、事の次第を申し上げると(注・「奏す」は本来、帝に対して用いる語なので、斎宮に対して用いているのは原則外)、斎宮はお顔を赤らめて、ほとんど何もおっしゃらない。(後深草院からの)手紙も見るということもないままに、置いておしまいになった。
 「(後深草院に)何とお返事を申し上げましょうか」
と(私が)申し上げると、
 「思いも寄らないお言葉には、お返事を何と申し上げたらいいか、言えることもなくて」
とだけで、また寝ておしまいになるのも不満なので、(後深草院のところに)帰参して、この旨を申し上げる。
 「とにかく、寝ていらっしゃるところに私を連れていけ、案内しろ」
と責めてきなさるのも面倒でしたが、お供に参るのはたやすいことで、案内をして(斎宮のところに)参上する。甘のお服などは仰々しいので、ただ大口袴だけで、こっそりとお忍びでお入りになる。
 まず(私が)先に参上して、障子をそっと開けたところ、(斎宮様は)先ほどの姿のままでお休みになられている。御前に仕える女房も寝入ってしまったのだろうか、音を立てる人もなく、(後深草院が)お体を縮めて小さくなって這ってお入りになった後、室内ではどのようなことがあったのだったろうか。


第4問 漢文 本文の〈現代語訳〉

【序文】

 私は元々董思翁が自らの手で詩を書いた扇を所蔵していたのだが、そこに「名園」「蝶夢」の句がある。一八一一年の秋、変わった蝶々が庭園の中にやって来た。有識者が知っていて太常仙蝶だといい、呼ぶと扇にとまった。それから再びまた同じ蝶を瓜爾佳氏の庭園で見たのだった。客の中にこの蝶を呼んで箱の中に入れ、捧げ持って私の庭園に帰そうとした者がいて、庭園にやって来てその箱を開いてみると、箱の中は空っぽだった。一八一二年の春、蝶々はまた再び私の庭園の台の上に現れた。絵描きがそれを祝って言った、「もし私に近づいてくれたなら、必ずおまえを絵に描いてやろう」 と。蝶は彼の袖にとまって、しばらくの間、審らかに詳しく観察し、その形や色を把握した頃合いに、ゆったりと羽を開き、風を叩いて飛び去った。庭園には元々名前がなかった。ここに至って始めて、思翁の詩と蝶の意を以て、庭園に名前を付けた。その年の秋も半ばを過ぎた頃、私は使者としての勤めをたまわって都を出て、この庭園もまた他人のものとなった。花木の香りを振り返り思い出すと、それはまさに夢のようである。

【詩】七言律詩

(首聯)春、都の花見には小さな庭園も多く     何度か花を見、何度か歌を詠んだ
(頷聯)花は私のために開きそこに私を留め ←対句→ 人は春と共に去り 春をどうすればよいのか
(頸聯)思翁の夢はうまく詩を扇に書き遺し ←対句→ 仙蝶の絵が描かれ、絹の袖を美しく染める
(尾聯)また別の日、誰かの家でまた竹を植え  輿に坐したままの子猷が通り過ぎるのを引き留める  

※押韻 →「多」(タ)、「✕」=歌(カ)、「何」(カ)、「羅」(ラ)、「過」(カ)
   ①「座」の常音は(ザ)で、韻を踏んでいるが、この詩は絶句ではない。
   ⑤「香」の常音は(コウ、キョウ)で韻を踏まない。