「悩む力」について

<「悩み」と「迷い」>

  自らの高校生活を振り返り、真っ先に思い浮かぶ言葉は「悩み」と「迷い」です。当時、悩み、苦しみ、迷い、もがいていました。見られることを意識し過ぎ不登校になりかけたこと、悲観的な考えに陥り運命をはかなんだこと、逆に自己主張に捉われ周りに迷惑をかけたこともありました。

  「いかに生きるべきか」「社会に正義は具現できるのか」さし迫った理由から、私はこの問いに向き合わざるを得なかったのでした。思い起こせば、多くの人々に関わっていただきました。その人たちとの出会いと関わりが、私に「悩む力」を与えてくれました。

<教育相談の現場から>

 私は昨年まで、大阪府教育センター教育相談室で府内の小・中・高・支援学校の児童生徒、保護者、教職員に対して相談を行っていました。そこには「悩み」や「SOS」が多く寄せられました。教育相談室では、こうした「悩み」や「SOS」に対して「聴く」ことを通じて相談者の内なる力が引き出されるよう援助しています。こうした相談活動や私の経験が、今後の参考になれば幸いです。

<「尊厳」について>

私は学校でいじめられています。周りの生徒から「キモイ」「とろい」「あほや」と言われます。 もう学校には行きたくないです。 もう一度笑って学校に登校したいです。 始業式に学校へ行きました。ですがみんな私を無視します。話しかけてもこたえてくれません。 休み時間とかも1人です。                                                    誰も私の気持ちなんてわかってくれません。

  「笑って学校に登校したい」この自然な願いが、いじめによって残酷にも踏みにじられます。言葉は凶器にもなります。「キモイ」「とろい」「あほや」、人をおとしめる言葉が、心を突き刺し苦しめます。それでもこの生徒は始業式に勇気を振り絞って登校したのです。しかし待ち受けていたのはいっそう「過酷な現実」でした。「無視」は存在の否定です。話しかけても反応されず空気のように対される。本人には「いま、ここに、いる」ことに「意味がない」「価値がない」と絶えず突きつけられていることに等しいのです。人間の「尊厳」はズタズタにされるのです。まず第一に何をおいても、「これはアカン」「こんなことは絶対、許されない」との思いを共有して欲しい。相談者には「話してくれてありがとう」「よくここまで耐えてきたね」と言葉を返し、すぐに対応しました。

  私が金剛高校15期生で人権教育担当になった年、1年生でいじめが起こりました。男子グループが持病のあるおとなしい生徒をからかっていたのでした。担任は被害生徒の「精神的な苦痛」を加害生徒たちに話しました。生徒たちは「いじり」のつもりが「いじめ」になっていたことに気づき、すぐに止めました。ところがどうしても「暴走族に仲間がいる」「ひどい目にあわす」など、脅しを止めない生徒がいました。私はその生徒の出身中学校に行き、その生徒がかつていじめられていたことを知りました。そして被害生徒の家で「中途半端な指導は決してしない」と心を込めて話しました。本人は黙って聞いていましたが、やがてつぶやくように言いました。

「先生、先生は僕の命、保障してくれるのですか」

「僕は、学校だけで生活していません。学校の外で襲われたらどうするんですか」

 「ギョッ」としました。私が忘れられないのは、被害者がここまで精神的に追いつめられる心のありようです。私は被害者の心情を理解している「つもり」でした。しかし彼の言葉はそんな「つもり」を吹き飛ばしました。私の「つもり」と被害者の心の現実の「落差」、この「落差」を忘れることのないよう、常に戒めています。

<「負荷」と「本気」について>

 留年して2回目の1年生をしている。欠点科目が多く留年してしまった。もう一度頑張ろうと思ったが、一学期の期末で英語と数学と世界史のテストで欠点をとった。夏休みの宿題もできていない。中退するしかないのか。

  中退して進路変更か、留年して卒業をめざすのか、相談者はこの岐路で思い悩んだに違いありません。先生や保護者との話し合い、友人の励ましなどの中で「もう一度頑張ろう」と決意したのです。新入生の入学式後、新クラスに入った時の緊張は察するに余りあります。クラスメイトから対等にされても腹立たしく、逆にはれものを触るように敬語を使われてもイヤです。ではどうすれば?本人にも周りにも分かりません。互いの人格を尊重する原則の徹底のもと、手探りで関係を少しずつ作り上げるしかないのです。この相談者は怠けているのではありません、「負荷」の強さに疲れ果ててしまっているのです。よく一学期間、教室で授業を受けました。私はこの相談者に「決してあきらめない」ことと、周りの大人の援助のもと「理にかなった」計画を立て実行するよう助言しました。

  金剛高校に赴任して2年目の初担任の時、私は3人の留年生を出しました。成績提出の前日、翌朝9時にノート提出するよう生徒に電話しました。その生徒は「わかった」「行く」と言っていたのです。当日私は校門で待っていました。ところが来ません。副担の先生は「その生徒の人生が終わったのではない」と慰めてくれました。確かに「終わった」のではありません。しかし心が納得しません。夕方、私は3人に申渡しの連絡をしました。つらい連絡でした。二度とこんなことはしたくないと思いました。連絡の後、こらえきれず「自分が甘かった」「信じていたのに」「悔しい」と不満をもらしました。その時、事務室のベテラン職員の方が次のように言いました。

「先生、そんなに悔しがるんやったら、なんで朝早くもう一度確認の電話せえへんかったんや」

 「ガツーン」と来ました。その人の言葉は私には次のように聞こえたのです。「生徒を信じる、信じないの問題ではない」「要は本気だったかだ」厳しい一言でした。以後私は徹底したリアリストになりました。「負荷」を見極めることに加え、「本気」を問う言葉は今でも胸に刻み込まれています。

<生活環境について>

 夫の会社がうまく行かず、下に小6の妹がいる。4人家族であるが、経済的に大変困っている。大学受験先への受験料払込を巡って、私は子どもに預金通帳も見せ、家の苦しい状態を話し、アルバイトするとか、夜間大学を考えるとか、受験を1年延ばすとかいったことを言った。子どもは納得できず、ご飯をひっくり返し、暴れて物を投げ、ガラスを割り「何でこんな家に生んだんや!」と叫んだ。もういやになった。どうすればよいのか?

 保護者は子どもには経済的なことを心配させず、進路実現して欲しい、と願っています。しかし経済的困窮に親として「情けない」「申し訳ない」思いを押し隠しながら、進路変更を提案したのです。しかし子どもは納得しません。「何でこんな家に生んだや!」これは親として、最もつらい言葉です。この保護者は心が折れそうになり、助けを求めています。

 では、この子どもが「悪い」のでしょうか。親の思いや状況も理解せず、ただ自分のことばかり考えわめきちらす、浅はかな子どもなのでしょうか。私はそうは思いません。子どもは、社会的自己確立に向け、選別などにさらされる不安定な時期に、自らの「意欲」「能力」「適性」以外のことで進路選択の幅が「狭められる」現実が許せなかったのです。

  この相談の場合、保護者の「困り感」を受け止め、子ども理解と入学準備資金や奨学金制度など、具体的な手立てを紹介しました。

 私は地域で保護司を務めています。担当した少年は当時中学2年生でした。その少年の父母は少年が2歳の時、踏切事故でなくなり、彼は母方の祖母に引き取られ、祖母と叔母、甥と一緒に市営住宅に住んでいました。祖母も叔母も無職です。祖母は疲れ果て、叔母はうつ病でひきこもり状態です。その少年はボンド吸引で警察に補導されました。理由を聞かれ、その少年は次のように答えます。

「おもしろくない。何もかも忘れたかった。」

  少年は自らの生活環境が許せなかったのです。彼はその後も非行に走り、少年院に送られます。非行や犯罪は決して許されてはなりません。しかし「何もかも忘れたい」と思わせる生活環境に、彼の責任はあるのでしょうか。また彼のような生活環境でも、個人の意志と努力で乗り越えろと言えるのでしょうか。誰しも「生まれ」を選択することはできません。問題を心の問題や個人の問題に矮小化してはなりません。これは社会の問題です。彼は助けを求めていいのです。そして社会はその求めに応える責務があるのです。

<「学び」について>

高校一年古典の授業『平家物語』「知盛の最期」

[見るべきほどのことは見つ]

先生「知盛は何を見たのだ?」

 「平家の滅亡です。」

先生「違う!!」

  「平家一門のはじまりからおわりに現れた、人間を超えた世界の底知れなさを見届けたのだ!!」

 「!!??・・」

  この時の「先生」の「迫力」と私が受けた「衝撃」は今なお忘れられません。「世界の底知れなさ」の意味内容については、当時の私にはよく分かりませんでした。ただ私の理解を超えた「奥深い」何かがあることが伝わってきました。

 不登校寸前にまで追い詰められ、無力感に苦しめられていた私を前向きな「悩み」と「迷い」に導いてくれたのは、「先生」との出会いです。私が、自ら縛り生きづらくさせているものの正体を見極め、「本気」になって現実に向き合い、「変貌」「変革」の可能性を信じて来られたのも、「先生」をはじめとする多くの方々の導きがあり、「学び」があったからです。 

 「知は力」です。「学び」は「驚き」や「発見」とともに自らを新しい地平に導き、現実を切り拓く力を与えてくれます。「学び」が「生きる力」をもたらすことを再度確認したい。

<おわりに>

  私は今なお「悩み」の渦中にあります。「経験」の中で「迷い」は「覚悟」に変わりました。しかし、「世界」は「底知れ」ません。人間の「必然性」や「予定調和」の願いと営為を超え「どんなことでも起こり得」ます。そんな中で「希望」を見出せず、「不安」や「孤独」にさいなまれる「苛酷な現実」に直面するかもしれません。そんな時は思い出して下さい、「SOS」は出していいのだということを。そして信じて欲しい、「意味」や「価値」を超え、あなたを大切に思う存在がいるということを。 

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