ご あ い さ つ

谷口校長

 西浦高校のホームページにようこそアクセスいただきました。

 最近、「西浦は変わって来たね」「いい感じだね」という声を、多く聞きます。うれしい限りです。

本校は昭和53年に開校し、今年32年目を迎えた全日制普通科高校です。これまでに、1万1千有余名の卒業生を輩出し、これらの卒業生は各界で大活躍しております。

 ご存知のとおり、大変残念なことですが、本校は本府の教育改革プログラムに係る再編整備の対象となり、平成23年3月をもって閉校となります。よって今年度は新入生が無く、3年と2年のみの学年設定となりました。在籍数は少なくなりましたが、これからも「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」をモットーに、地域から愛される学校として、勉学にスポーツに励みます。
冒頭に申し上げたとおり、よい方向に芽吹いてきたものを教職員一丸となって大事に育てたいと思います。閉校まであと2年、いい形で終えることができますように校長として全力を傾注いたします。
皆様には今後も引き続き、ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。

 本校と羽曳野高校とが再編統合した新校・「懐風館高等学校」は、今年度がスタートの年となりました。「懐風館」に対しましても、本校同様に温かいご支援を賜りますようお願いいたします。

平成21年4月1日          
大阪府立西浦高等学校
校長 谷 口 利 広

(平成21年4月1日)

平成21年度1学期

平成21年4月1日 新しい年度のスタート
平成21年4月7日 「未知の我を求めて」(宮崎西高等学校・創設の言葉)
平成21年4月8日 1学期始業式 講話
平成21年4月9日 離任式
平成21年4月14日 本日から平常授業
平成21年4月15日 青春とは人生の・・・
平成21年4月20日 ケヤキの新緑
平成21年5月1日 5月の全校集会
平成21年5月11日 今年度の「早朝美化清掃ボランティア活動」がスタート
平成21年5月18日 臨時休校
平成21年5月25日 平常どおりの教育活動が再開
平成21年5月30日 3年保護者対象進路説明会 挨拶
平成21年6月2日 6月の全校集会
平成21年6月11日 筋肉痛は生きている証拠
平成21年6月12日 体育大会を開催
平成21年6月15日 先週末
平成21年6月17日 教育実習終了
平成21年6月18日 通風を良くして
平成21年6月19日 有り難いことだ
平成21年6月22日 奉仕の精神
平成21年6月24日 心の和む時間帯
平成21年6月25日 挨拶ができる
平成21年6月26日 懲戒に係わって
平成21年6月29日 しらとり会総会
平成21年6月30日 秋には朗報を
平成21年7月1日 今日から7月
平成21年7月2日 中学校との連絡協議会
平成21年7月3日 校内研修
平成21年7月4日 研究授業
平成21年7月5日 歓送迎会
平成21年7月6日 美化清掃活動協力生徒を表彰
平成21年7月7日 明日から期末テスト
平成21年7月8日 職員検診
平成21年7月9日 ホームページ
平成21年7月10日 期末テスト3日目
平成21年7月11日 チューリップの植え込み
平成21年7月12日 閉校準備委員会
平成21年7月13日 百日紅
平成21年7月14日 期末テスト終了
平成21年7月15日 部活動の奨励
平成21年7月16日 設定28度
平成21年7月17日 久しぶりの雨
平成21年7月18日 名峰・トムラウシ山
平成21年7月19日 庭石にも命が
平成21年7月20日 上空からの眺望
平成21年7月21日 軟式野球大阪大会
平成21年7月22日 豪雨による土砂災害
平成21年7月23日 不易を次世代に
平成21年7月24日 1学期終業式
平成21年7月25日 またもや集中豪雨による被害
平成21年7月26日 軟式野球部等の活躍
平成21年7月27日 昨日、筆答テスト
平成21年7月28日 さわやかな戦いぶり
平成21年7月29日 全国インターハイ
平成21年7月30日 プラス30歳で
平成21年7月31日 正々堂々とマナーよく
平成21年8月1日 天候不順の影響
平成21年8月2日 悪童が帰省中
平成21年8月3日 フジヤマのトビウオ逝く
平成21年8月6日 一休寺の方丈庭園
平成21年8月8日 「夏の甲子園」開幕
平成21年8月9日 低山での大汗
平成21年8月10日 明日から「第61回高校展」
平成21年8月11日 3年生全員にハガキ
平成21年8月17日 秋の到来を
平成21年8月18日 秋きぬと目には
平成21年8月19日 川沿いの通学路
平成21年8月20日 乗車に係わってのマナー
平成21年8月21日 学校斡旋での就職
平成21年8月23日 尾崎選手、銀メダル
平成21年8月24日 3年生の授業がスタート
平成21年8月25日 「ハガキ、ありがとう」と
平成21年8月26日 一陣の風のように
平成21年8月27日 生徒の喫煙に係わって
平成21年8月28日 新型インフルエンザの流行
平成21年8月31日 会議は短くスリムに

会議は短くスリムに

昨日、葛城山に登った。秋の風情を平地以上に感じるとはいえ、登りでは大量の汗をかいた。夏休み最後の日曜日、幼児や小学生連れの方も少なくなかった。繁華街に子ども連れ出すのではなく、親子で自然に親しむという姿に好感をもったが、登りにロープウェイを使う親子連れが多いのが気になった。
ご存知のとおり、御所側ロープウェイ駅横の登山口から頂上までは危険な箇所も無く、3〜4歳の子ども連れでも2時間もあれば登れる。元気のよいお子さんなら90分でも可能であろう。頂上付近で弁当を食べても、眺望を楽しむにしても、ロープウェイで上がったときと、汗をかいて登り切ったときとでは、弁当のおいしさや達成感に大きな差が生じることに疑いはない。
それぞれのご家庭の事情もおありだろうが、自らの怠惰を子どもに押し付けてはいないだろうか。子どもたちの体力づくりや耐忍性(我慢する力) 養成のせっかくの機会を、放棄しているように見えて仕方がない。上りはゆっくりでもよい、歩いて登って欲しい。そして、下りはロープウェイを利用して、子どもたちに楽しさや快適さを味わわせてやればと思う。

明日は始業式を行う。両学年とも授業がすでに始まっているので、今さら始業式をやらなくてもと思われる方もいるだろうが、教育活動を展開にするにあたり、やはり折り目、切り目は必要であるとの観点から実施する。

今日は午後から運営委員会、職員会議を開いた。職場の※イントラネット化等が進む中、職員会議無用論もあるが、共通理解のもと学校運営をするためには、全部をなくしてしまうわけにはいかない。しかし、会議は必要最小限であるべきだし、当然スリム化が求められる。私がこれまで経験してきた学校の中には、職員会議が17時30分を超えることがしばしばというところもあったが、本校ではそういったことはまず無い。17時前に終了することがほとんどである。他校でも同様のように聞く。

職員会議をよりスリム化するためには、運営委員会がきちんとその機能を果たさなければならない。案件について、運営委員を通じて各分掌であらかじめ十分に説明がなされているならば(周知されているならば)、職員会議での審議はより短い時間で済む。また議事をスムーズに進行させるためには、議長の進行要領の巧拙が大きく左右することは言うまでもない。


※イントラネット
イントラネット(Intranet)とは、社内等、限定された範囲でのコンピュータネットワークを構築する時に、インターネットの標準的な技術を利用することで低コスト化などを高めようとする取り組み。また、そのようにして構築されたネットワークを指す。

(平成21年8月31日)

 

新型インフルエンザの流行

昨日から2年生の授業も始まった。2学年揃いさらに賑わいが増した。当然だが、主役の生徒諸君がいない学校は蝉の抜け殻のようなもの、やっと本来の形を成したと言えよう。なお、2学期の始業式は9月1日に行う。

インフルエンザの感染者が全国で11万人を超えたと思われる、或いは新型インフルエンザによる5人目の死者が出たなどのニュースを聞く。府下の高校でも学級休業をしているところがある。本校でも新型インフルエンザの感染者や感染の疑いのある生徒が散見される。生徒・職員には手洗いやうがいの励行を呼びかけているが、今後、ますます広がる恐れがあり、学級休業等の処置をとらざるを得なくなる可能性もある。そのような事態に及ばないことを願っている。
3年生は就職試験が間近に迫っており(9/16〜)、影響の及ぶことが特に心配である。また、死者が出ているとおり、持病でふだんから不調の人が感染すると重篤な状況に陥ることも懸念される。お互いに健康管理に留意したいものである。

(平成21年8月28日)

 

生徒の喫煙に係わって

喫煙に関する問題、とりわけ青少年の喫煙については由々しき問題で、我が国のみならず世界的な課題である。本校でも、喫緊の重点課題として改善に努めている。 昨年、学校協議会でもテーマに取り上げ、委員の方々から提言を仰いだ。その中で、特に禁煙教育の強化・充実を図ることが強く求められた。本校のこれまでの取り組みを総括する中で反省すべき点も少なくなく、特に禁煙教育については不十分であったと思われる。 提言に基づき、早速に昨年後半、学年ごとに「タバコの害」についての講話を聞かせたり、今年度は禁煙教育を推進するに当たっての留意点などについて、職員に対して専門家をお招きして講義していただくなどの取り組みを進めている。 生徒会保健部と生活指導部が禁煙教育・禁煙指導の核になるわけだが、これまで以上に連携を深め対応している。そのような中、特に際立つのは養護教諭と養護助教諭による創意工夫した掲示物である。廊下や掲示板等に生徒が興味をしめすようなインパクトのある内容を、あちらこちらに掲示している。また、従来から保健室だよりなどでの啓発に力を入れていたが、それらの取り組みもさらに強化している。 こういった地道な取り組みの積み重ねが、喫煙率の低下につながると信じる。。

(平成21年8月27日)

 

一陣の風のように

一段と朝晩涼しくなってきた。私の住む奈良・三郷町の今日の最低気温は18.4度、ちなみに本校の在る羽曳野市は22度であった。明日からは少し気温が上がるような予想だが、これから日中残暑が厳しかったり、夜中や朝方、強く秋気を感じたりしながら徐々に秋らしさが深まっていくことだろう。

朝、始業前、ボランティアの生徒三人と正門付近で清掃をしていた折り、後ろから「おはようございます」と明るく元気のよい挨拶をしてもらった。「おはよう」と負けずに元気よく返しながら振り向くと、女生徒が自転車でスーッと通り過ぎて行った。挨拶のできる生徒が増えてきたとはいえ、大きな声できちんとできる生徒は、残念ながらまだまだそんなに多くはない。そのような中、この生徒の挨拶は抜きんでていた。もちろん、服装も模範的であった。
一陣の風のように通り過ぎ去ったので、顔をはっきり確認することができなかったことを悔いる。

  この生徒は、本校のめざす学校像である「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」を、まさに具現化してくれている。このような生徒の在籍する西浦に勤務できることを誇りに思う。

(平成21年8月26日)

 

「ハガキ、ありがとう」と

お盆前に、3年生の生徒諸君全員に私からハガキを送った。内容については、本欄(8/11)で披露したとおりである。もっといろいろと書きたかったが、あまり文章の量が多いと読む気がしないのではとハガキにし、極力文章の量を少なくした。最初作ったものからすると、10分の1になってしまった。それだけ削りに削ったのだ。
きちんと読んでくれたかなと思っていたが、昨日今日、何人もの生徒から「ハガキ、ありがとう」の声を直接聞いた。その中の一人は、服装などでよく注意をする生徒だった。こみあげるものがあった。教師冥利に尽きるというものだ。
加えて、午前中、ある保護者からお電話をいただいた。「ありがとうございました。本人も校長先生からハガキを貰い感激しています。卒業まで6ヵ月余りとなりましたが、最後までよろしくお願いします。校長先生、持ち前の元気で引き続きがんばってください」と。

  無骨で寡黙、素直で無くかつ気難しい男。昔から「理解するのに時間がかかる」と言われ続けているが、生徒を思う気持ちは誰にも負けないという自負がある。退職まで1年7ヵ月となったが、今後もけっしてぶれることなく愚直に信念を貫き通すつもりだ。

(平成21年8月25日)

 

3年生の授業がスタート

今日から3年生の授業が始まり、校内に活気や賑わいが戻った。2年生も含め休業中、現在のところ大きな事故や事件などの報告は受けていない。9月1日には、全員の元気な姿を目にできると思う。
生徒有志による早朝の美化清掃ボランティア活動も、本日から再スタートした。今日は、3年生のみ総勢8名で実施した。2学期は、少しでも賛同の輪を広げたいものだ。

(平成21年8月24日)

 

尾崎選手、銀メダル

日本時間の今夜ベルリンで行われた世界陸上の女子マラソンで、尾崎好美選手が銀メダルを獲得した。同じく7位に加納選手、14位に藤永選手が、今年の日本選手権1万mの覇者・赤羽選手も不調に堪え完走を果たした。
団体の部でも、中国に次いで銀メダルを勝ち取った。
尾崎選手は終盤、中国の選手と壮絶なデッドヒートを繰り広げ、惜しくも優勝を逃したものの見事銀メダルに輝いた。みなさんの中にも夕食時、手に汗しながら応援された方も多かったのではないだろうか。
今回の世界陸上、日本選手のメダルはなく惨敗ムード濃厚だったが、前回大阪大会の土佐選手と同様、またも、女子マラソンが日本の窮地を救った。日本4選手の健闘を称えたい。

  前日行われた男子マラソンでは、佐藤敦之選手が6位入賞を果たした。5位までを独占したケニア・エチオピアなどのアフリカ勢やヨーロッパなどの強豪ひしめく中での6位、これもあっぱれな成績と言ってよいだろう。
佐藤選手は福島・会津高校の卒業で、早稲田在学当時は、箱根駅伝などで大活躍をした。私は当時から、真摯な競技姿勢で人一倍練習熱心な彼に期待するところが大きく、いずれはオリンピックのマラソンで日の丸をあげてくれるものと、ずうっと応援してきた。北京五輪の代表になったが、結果は体調不良から最下位に終わった。捲土重来を期した今大会だったが、ロンドン五輪につながる結果が残せ、まずは及第点と言えよう。さらに精進を重ね、「マラソン日本」復活の星となって欲しい。

また一方、男子やり投げ決勝では村上幸史選手が2投目に82メートル97を投げ、銅メダルを獲得した。日本選手のやり投げでの過去最高順位は、22年前のローマ大会での溝口和洋選手の6位で、メダル獲得は初の快挙である。投てき競技でのメダル獲得は、2001年銀、03年銅の男子ハンマー投げの室伏広治選手以来2人目(北京五輪は優勝)である。
  一昔前、投てき競技は体格的に日本人には不向きというのが定説であったが、室伏・村上両選手の活躍は子どもたちに勇気を与えるものだ。大いに賞賛したい。
本校の生徒たちの中にも、これらの選手の活躍に刺激を受けている者少なくないと思われる。「念ずれば花ひらく」を念頭に、何事にも努力を積み重ねて欲しいものだ。

(平成21年8月23日)

 

学校斡旋での就職

9月16日から就職試験が始まる。
本校では、学校斡旋での就職希望者は増える傾向にあり、今年度は60名を超えている。そのような中、不況による影響と思われるが、本校への求人数は昨年の約半数となっており大変厳しい状況である。打開に向けて、教員による事業所訪問の数も120件以上に上った。夏期休業中も進路指導部の教員や学級担任は、当該生徒や保護者との面談を重ねたり、職場見学に引率するなどの取り組みを粘り強くこまめに行っている。
本日、応募先を最終決定するが、何とか少しでも早い段階で内定を貰い、卒業時には進学者も含め全員の進路実現がかなうことを願って止まない。

(平成21年8月21日)

 

乗車に係わってのマナー

通勤その他で毎日のように電車を利用する。マナーを守ってきちんと乗車している人も多い一方、マナーの悪い人と出会い辟易してしまうことも少なくない。

近ごろは、若者が車内で携帯電話を使って大声で話すといった光景は、ほとんど見かけない。鉄道会社の地道な啓発活動の成果だろうか。若い女性の車内での化粧は相変わらずである。満員に近い車内で、大声でくだらない話を延々と続ける人が居る。これもほとんどが若い女性だ。そういった状況に出くわすと、憂鬱な気分が1〜2時間は残ってしまう。当の本人はまったく気付いていないだろう。

  一番苦々しく思うのは、まだ降りている人がいるのに乗ろうとする人だ。男女を問わず40歳以上と思われる人に多い。いい大人が困ったものだ。並んで待っているとき、電車の到着をみて後ろから割り込む人も結構多い。そういった人がまだ降りている人がいるのに乗ろうとするとき、情けない気持ちでいっぱいになるとともに、「恥を知れ」と思わず言いたくなる。

  ふんずりかえり脚を投げ出して座るのは、若者に多い。また、優先座席に平気で座る若者も多い。外見ではわからない病弱者かもしれないが、そういったケースは稀れだろう。例え車内がガラガラでも、病んでない者は70歳を超えるまでは優先座席を利用しないで欲しい。私は、90歳までは利用しないつもりだ。

  マナーの悪さとは関係ないが、サラリーマン風で一応きちっとした服装の男性が、車内で漫画本をニヤニヤしながら読んでいるのにしばしば出くわす。何を読もうが勝手とはいえ、世も末と嘆きたくなる。漫画は、小学校低学年で卒業して欲しい。
駅のホームなどで、スポーツ新聞や週刊誌を求めてゴミ箱を漁っている人が居る。結構、きちんとした服装をした初老の方が多い。奥さんや子どもさんがご覧になったならどう思うだろうと、つい心配してしまう。女性でこういった方を見かけたこと無い。

  本校生も、優先座席にだけは座らないで欲しい。お年寄りなどに座席を積極的に譲って欲しい。もちろん、他のマナーについても守って欲しいが。

(平成21年8月20日)

 

川沿いの通学路

本校の裏側に、大乗川(だいじょうがわ)と称する川幅15m位の小さな川が流れている。卒業生にとっては、「だいじょうがわ」は懐かしい響きがあることだろう。ふだん水量は多くないが鯉などの魚も泳いでおり、それを目がけてかコガモも見かけるしサギなども飛んで来る。どういうわけか、亀が多く生息する。周りには田んぼも広がっているし、田舎の風情を多く残している。先日、ヘリコプターで上空から眺める機会を得たが、その際も本校周辺には緑が多いことを再認識した。

この大乗川沿いの道が生徒・職員の通学路となっており、特に電車で通っている者にとっては一番の近道となる。私もこの道をいつも利用している。昨年から通学路もより美しくと美化清掃に力を注ぐ中、地域の人も驚かれるほどきれいになってきた。犬の散歩で往来する方も、糞の始末をきちんとしていただけるようになった。近くの中学校や羽曳野、懐風館、及び藤井寺工科高校などの生徒諸君も通るが、元気のよい挨拶が飛び交う。相乗効果と言えよう。

創立当時は舗装していない地道であったと聞く。雨が降るとぬかるんだことだろう。現在は川沿いの両側に、かなりの数の住宅も建った。道幅はあまり広くないが、しっかりとした舗装道路である。
近鉄古市駅に向かって大通りに出るためには、30段近くのコンクリートの階段を昇るが、この階段の敷設には当時の会長をはじめ、PTA役員の尽力があったと聞く。先祖伝来の田地田畑等を学校建設のためにと手放された方をはじめ、多くの方のご支援により現在の本校があることをけっして忘れてはならない。

  24日から授業が始まる。少しでも美しい状態で生徒たちを迎えたいと、先ほど川沿いの通学路をゴミバサミとチリトリを持って歩いた。あと1年7ヵ月余りで閉校となることを思うとき寂しさを禁じ得ないが、これまで賜った多くの方のご支援に報いるためにも、望ましい形できちんと閉校できるように微力ながら全力を尽くしたい。

(平成21年8月19日)

 

秋きぬと目には

昨日、「朝晩大分涼しくなった」と書いたが、私の住む奈良・三郷町では、このところの最低気温は、大阪よりも2〜3度は低い22〜23度前後である。日中は残暑厳しいが、朝晩の風の涼しさは、秋の訪れを強く実感する。

秋きぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる
 
私に限らず、誰もがこの時期に浮かぶ藤原敏行の名歌である。
敏行は三十六歌仙の一人で、能書家としても名高い。もしかしたら、紀貫之(きの つらゆき)・紀友則(きの とものり)と藤原敏行が混同している方も多いのではないだろうか。

  「秋が来たと目にははっきりと見えないけれど、風の音にはっと気づいた」という意味で、写生的な要素の全く無い典型的な古今集の作風である。一陣の涼風のようにさわやかな調べは、比類なき秀歌であろう。蛇足だが、「人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香ににほひける」は紀貫之の代表歌。「久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ」は、紀友則の作である。

  古今集には、敏行の詠んだ秋の和歌が八つあるが、「秋きぬ」の他に私は次のものを好む。

白露の色はひとつをいかにして 秋の木の葉をちぢにそむらん

  「白露の色は一色なのに、どうして木の葉を多彩な色に染めるのだろう」という意味であり、ひとつ(一)とちぢ(千)の対比により、紅一色ではない多彩な紅葉の種類を印象付けていると言えよう。なお、百人一首の十八番目の歌「すみの江の岸による浪よるさへや 夢のかよいぢ人めよくらむ」も敏行の作である。百首のうち、「す」で始まる歌はこの歌のみであり、いわゆる「一字ぎまり」の一首である。「一字ぎまり」の歌は七つ『むすめふさほせ』あり、このうち秋を詠んだ歌は三つ。

  村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮      寂蓮法師

  吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ  文屋康秀

  寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ   良暹法師

 
  敏行の「白露の色は」に係わって紅葉についてだが、近畿地方の、平野部での紅葉の見ごろは11月下旬である。温暖化の影響か、12月に入っても見ごろが続くというところも多い。山における紅葉の横綱と誰もが認める北海道・大雪山系旭岳の紅葉の見ごろは、9月中旬だそうだ。だそうだと言うのは、紅葉の時期に登ったことがないので受け売りとなってしまう。退職後になるが、最盛期に必ず訪れたいと思っている。
もう一方の横綱と称される北アルプス穂高・涸沢カールの見ごろは、10月上旬だ。こちらは、見ごろの時期に過去三度訪れている。一度は、そのシーズンの初冠雪と重なり、雪をかぶった穂高を背景にナナカマドの紅やダケカンバの黄葉が素晴らしく錦絵を見るがごときだった。写真や映像などでご覧になった方も多いと思うが、秋の紅葉の涸沢は大自然が造り出す、まさに一級の芸術品である。「この見事な紅葉を拝まずして人生を語ることなかれ」、少し大袈裟かな。

  北穂高岳や奥穂高岳等への登頂は、それなりの体力が必要だが、涸沢カールまでならば、金剛山や葛城山に登れる体力を有する人ならば誰でも余裕で登れるので、ぜひ涸沢の紅葉の実物をご覧になっていただきたいと思う。私の一番のお勧めである。そう申し上げる私も、もう10年近く見ていない。見ごろの時期に、また訪れたいものだ。なお、涸沢カールには、「涸沢ヒュッテ」と「涸沢小屋」という有名な二つの山小屋がある。

(平成21年8月18日)

 

秋の到来を

三、四日前から朝晩、随分と涼しくなってきた。夜、扇風機をつけっ放しで寝ていると、夜半には冷えすぎて切らざるを得ない。日中は依然として33度を上回る最高気温が続いているが、最低気温は25度を下回る日が出てきた。樹木の、病葉などの落下も日増しに多く、少しずつ秋を感じるようになった。法事と同窓会で四国の田舎に帰省していたが、あちらでも同様であった。

田舎では、改めて少子化、高齢化の広がりを痛感した。子どもたちの元気に遊ぶ姿にお目にかかれない。衆議院議員選挙と同時に実施される市長選に係わるポスターが、あちらこちらに貼られているのがやたら目だった他、お盆だというのに賑わいを感じることはなかった。とにかく、通りを往来している人が少ない。アーケードのついた400mを超える立派な商店街があるが、廃業してシャッターを閉じたところが多かった。JR駅前にはおみやげ屋さんが並んでいるが、こちらも昔のような活気がなかった。
盛況なのは、病院だけなのだろうか。病院と言えば、市立病院が高層の立派なものに建て替わっていた。

同窓会の方は、高校を卒業して40年目という節目の同窓会であった。20年目から5年おきに開かれているが、今回は120名が集まった。還暦を間近に控え、それぞれに顔や髪の毛に年輪を感じさせてはいたものの、みなさん元気そうであった。私のように都会に出ている者にとっては、ふだん同級生の方々に会う機会はまずないのでことさら懐かしく感じる。4名の恩師もご出席賜り、40年前にタイムスリップしてワイワイと楽しいひとときを過ごした。
お世話いただいた幹事の方々に感謝、感謝である。

  土・日も含め6日間留守にしたので、校長室の観葉植物たちが弱ったりしないかと心配したが、みな元気であった。対応が適切であったと自画自賛している。

(平成21年8月17日)

 

3年生全員にハガキ

昨日付けで、3年生全員にハガキを送った。
内容は、以下のとおりである。


暑さに負けず元気にやっていることだろう。
君らは全員、必ずよいところを持っている。一人ひとりかけがえのない西浦高校の宝だ。君たちと先生方がひとつになって歩むとき、西浦の評価は必ずや高まる。それらの評価が君らの進学や就職などの進路実現につながれば、この上ない喜びだ。
校長として私は、学校改善に全力を尽くす。君たちも学校での活動に全力で取り組め。困難を乗り越えて進路希望の実現をめざせ、卒業をめざせ。来春には、私の手で全員に卒業証書を渡したい。
暑さは続くが、残りの休みを元気で有意義に過ごそう。二十四日には元気な顔を見せてほしい。私を見かけたとき、「ハガキ読みました。がんばります」と返してくれるならとてもうれしい。
おうちの方にも、よろしく伝えてほしい。

                          

平成21年8月10日          
大阪府立西浦高等学校 校長 谷 口 利 広


(平成21年8月11日)

 

明日から「第61回高校展」

第61回大阪府高等学校美術・工芸展が、明日(8/11)から8/16にかけて天王寺の大阪市立美術館・地下展覧会室で開かれる(後援・大阪府や大阪府教育委員会など)。府下130校の高校生の力作が出品される。
本校の美術部生徒も出品するので、蒸し暑い中ではあるが、ぜひご高覧いただければと思う。なお、9:30から16:30の時間帯である。

(平成21年8月10日)

 

低山での大汗

下界では35度を超えた猛暑の中、金剛・葛城山を縦走してきた。猛烈に汗をかき、前身ボトボトになった。おそらく、5リットル近くの汗をかいただろう。
下山後の麦ジュースの味は格別であった。
この時期、北アルプスなどの3000m峰に登るとひんやりとして快適だが、体の芯底から大汗をかいての気持ちよさは近郊の低山ならではのものだ。お金では買えない贅沢である。
健康に感謝、万物に感謝。

(平成21年8月9日)

 

「夏の甲子園」開幕

本日から第91回の「夏の甲子園」が始まった。地方大会を勝ち抜いた郷土の代表49校が、熱い戦いを繰りひろげる。 滋賀学園(滋賀)など13校が初出場の一方、龍谷大平安(京都)のように30回目の出場という学校もある。また、関西学院(兵庫)は70年ぶりの出場である。今回、大阪の代表はPL学園であり、大型打線を武器に5回目の優勝を狙っている。大いに期待したい。

私の郷土・愛媛からは、西条高校が出場する。西条は、17ぶり5度目の出場で、41回大会(昭和34年)で優勝したことがある。丸善石油松山が、都市対抗野球全国大会でこの前後に優勝したことと併せ、当時小学校3年でソフトボールを習い始め野球に興味を持ち始めた私は、大きな刺激を受けたものだ。ちょうどテレビが普及し始めた50年前のことである。
愛媛県勢は、この他松山商業が4度優勝するなど、これまでに6回優勝旗を持ち帰っている。ちなみに、大阪は10回、愛知・和歌山・広島が7回である。母校・宇和島東は、センバツは優勝経験があるが、「夏の甲子園」では好成績を残せていない。西条は好投手・秋山選手を擁し、優勝候補の一角にあげられている。順調に進めば22日が決勝戦となるが、台風も近づいているというので。

  大阪に出てきて40年となるが、野球に限らずその他のことでも、つい郷土の代表を応援してしまう。これが郷土愛というのかどうかわからないが、死ぬまで引きずる体に染みついたものであろう。

(平成21年8月8日)

 

一休寺の方丈庭園

3日、4日は梅雨明けの盛夏らしいカッと暑い天気だったが、昨日、今日と何となくぐずついたすっきりしない天気に逆戻り。このままいつもの夏らしい天気にはならず、「秋来ぬと目にはさやかに・・・」の季節へと移行するのだろうか。秋の到来を告げるようなトンボもちらちらと見かけるが。

そのような中、夏期特休を利用して京都大原の三千院、寂光寺、東山の清水寺(北法相宗)、及び京田辺市にある一休寺(臨済宗大徳寺派)などを訪ねた。それぞれに趣きがあり至福のときを過ごした。庭いじりが趣味の私には、手入れの行き届いた三千院裏庭の苔庭や20数年ぶりに訪れた一休寺の方丈と方丈庭園に、特に興味を惹かれた。
 
脚を運ばれたことのある方も多いと思うが、「一休寺」は京田辺市薪(JR「京田辺」徒歩15分)にある禅寺だ。一休禅師が京田辺市薪の酬恩庵(しゅうおんあん)に住んだのは、室町時代中ごろの1456年(康正2年)、63才のころと聞く。1481年(文明13年)88才で亡くなるまでの約25年間、晩年の住み寺となった。
方丈とは禅宗寺院における仏事や接客に使う建物である。酬恩庵の方丈は江戸時代1650年(慶安3年)に、加賀藩・三代目藩主、前田利常の寄付によって再建された。同候は「大坂夏の陣」の際、大坂に向かう途中、木津川に陣をとったときに一休寺をお参りした。一休和尚が書き残した数々の書状を見てたいそう感心し、尊敬の念を抱いた。とともに寺が荒れ果ててしまっている事を嘆き再興に乗り出したという。
方丈庭園は江戸初期の作庭で、文人・松花堂昭乗、佐川田喜六、石川丈山の合作と伝えられている。江戸時代初期の代表的な庭として、国の名勝に指定されている。南庭、北庭、東庭の三面からなり、それぞれに違った風情があり、組み合わせの妙を感じさせてくれる。方丈の正面に広がる最も広い南庭は、サツキの刈り込みやサザンカ、ソテツなどが植えられており、刈り込みから軒下までは白砂が敷き詰められている。江戸時代初期の典型的な禅苑庭園である。
東庭は多くの庭石と刈り込みをふんだんに使い、十六羅漢の遊行するさまを表わしている。北庭は、石塔や石灯籠、手水鉢などを配し、石組で枯れ滝を表現した禅院枯山水の蓬莱庭園である。なお、方丈の襖絵は、江戸時代初期の画家、狩野探幽が描いたものであり、今回も鑑賞できた。
一休寺のみならず、どこの庭園も手入れが行き届いていた。維持管理には、大変な手間暇がかかっている。拝観料が高いと訴える方もおられるが、維持管理費用を考えるとやむを得ないだろう。
私の訪れた時間帯には他に拝観客が全く無く、恐悦至極、贅沢な時間を味わった。

(参考・一休寺の公式ホームページ 平成21年8月6日)

 

フジヤマのトビウオ逝く

気象庁は本日、近畿が梅雨明けしたとみられると発表した。昨年よりも22日遅く、平年より15日遅い。昭和26年の観測開始以降、最も遅い梅雨明けとなった。

  フジヤマのトビウオ・古橋広之進氏(80)が2日、「世界水泳」の役員として訪れていたローマで亡くなった。謹んでお悔やみ申し上げる。
古橋氏は、戦後間もない時期、水泳競技自由型で30回以上も世界記録を塗り替えた。その偉大な活躍に対し、世界中から「フジヤマのトビウオ」と称された。運悪く、オリンピックでのメダル獲得はならなかったが、その突出した活躍ぶりは、敗戦で打ちひしがれた当時の日本国民に大きな勇気と希望を与えたと聞く。小学校のときに氏の活躍を伝え聞いた私にとっては、陸上競技長距離の村社講平氏(1905〜1998 ベルリンオリンピック〈1936〉・5千、1万米両種目4位)、山田敬三氏(1927〜 ボストンマラソン〈1953〉優勝)と並んで大きな目標であった。
現役を退いてからも、大学教授の傍ら、日本水連の会長をはじめ、IOC委員、世界水連副会長等を務められ世界のスポーツ界に大きな足跡を残された。昨年、その偉大な功績に対し、スポーツ界では初めて文化勲章が授与された。
後年、私は村社・山田の両先生に直接薫陶を仰ぐ機会を得た。特に村社先生には、私が藤井寺工業高校(現藤井寺工科高校)で教鞭をとっていた際、同校にお招きし全校生徒対象にご講演いただいた。75歳であられたが、矍鑠とした先生のお話に当時の生徒たちは大きな感銘を受けた。そのとき揮毫いただいた「オリンピックの覇者に天才無し」の色紙は、拙宅の玄関に飾ってある。

古橋氏とはそのようなご縁が無く、ご講演等でも接する機会がなかった。今となっては、悔やむことしきりである。逝去に際しての報道による水泳関係者のコメントからも、古橋氏の偉大な功績が偲ばれる。
昨夏、北京オリンピック水泳の表彰式でプレゼンテイターをお務めになられているお姿をテレビで拝見したが、若干お元気がないようにお見受けし心配していた。スポーツ界のご意見番として、少なくともあと10年は長生きしていただきたかったと残念でならない。

(平成21年8月3日)

 

悪童が帰省中

このところ、夜に強い雨が降るというパターンが多い。昨夜は雷を伴った。今朝も降り続いており、近畿では正午ごろにかけて、ところによってはかなりの雨量になるらしい。

小学校・中学校は夏休みに入って、2週間が経過した。近所でもふだんより子どもたちの姿を多く目にし、時折りにぎやかな話し声などを耳にする。とは言うものの、高齢化・少子化の波は周辺でも例外なく押し寄せている。近所では70歳代、80歳代の方が多く、一方、幼児や小学生の数が、とにかく少ない。総選挙の投票日を間近に控え、各政党は子育てへの支援策をマニフェストに盛り込んでいるが、三人、四人の子どもを安心して育てられる世の中になってほしいと願わずにはおれない。

  我が家には、埼玉に住む娘夫婦が子ども3人を連れて帰省中だ。9歳・4歳・2歳の男の子三人、なかなかの賑わいである。というよりも、家の内外はちょっとした戦場といった方が的を射ているかもしれない。比較的静かな住宅地なので、悪童3人の泣いたりわめいたりの五月蠅い声が近所迷惑になっているのではと気を遣ってしまう。

  昨日は三人を連れて、野球観戦に大阪ドームを訪れた。夏休みということで、やはり子ども連れの観客が多かった。うちの悪童たちは所沢に住んでおり、時折り西武球場に連れて行ってもらっている。そういうわけで大のライオンズファン、今売り出し中の中島・中村・片岡・涌井選手などに憧れている。今日はライオンズが前半押され気味で、3人は途中少し元気がなかったが、9回に逆転し勝利した。彼らは大いに溜飲を下げた。西武のメンバーでは、中村選手が32号の2ランホームランを含む4安打5打点の大活躍であった。

(平成21年8月2日)

 

天候不順の影響

今日から8月。7月は雨がよく降り、日照時間が少なかった実感が強い。案の定、昨日の夕刊によれば気温は平年並みだが、日照時間は近畿では58%、日本海側では4割弱という所が多かったらしい。一方、降水量は2倍以上という所がほとんどで、北海道では3倍以上を記録したという。
心配されるのは農作物への影響だが、中国・九州北部豪雨によりすでに稲や大豆などに約4億円の被害が、東北では米作に冷害の予兆がでていると。北海道では、ニンジンやジャガイモに病害が現れていると聞く。8月も天候不順は続くとの予測であり、今後大きな被害になりそうだ。困ったことである。

一方、天候不順はレジャーにも影響を及ぼし、読売新聞夕刊(7/31)によれば、各地の海水浴場では人影がまばらで、海の家などの売り上げは大きく落ち込んでいるという。また、ビアーガーデンの売り上げも、軒並み2〜3割減だと。関係者には頭痛の種である。

私も以前はそうであったが、例年、梅雨明けの7月末からは、北アルプスや南アルプスに登山者がどっと繰り出す。が、今年は天候の悪い日が続いており、なかなか計画が立てにくい状況にあるだろう。実際のところを把握していないが、おそらく二の足を踏んでいる方も多いと推測される。その分、これからの混み具合は例年以上になることが予想される。
どちらにしても、天候不順は我々の生活に大きな悪影響を及ぼす。

(平成21年8月1日)

 

正々堂々とマナーよく

先日の軟式野球府大会の件だが、さらにうれしいニュースが入ってきた。試合終了後、ゲームの終了した両チームが出てグラウンド整備をすることになっている。そのグラウンド整備に関して、本校生はきちんとまじめに一生懸命取り組んだと、大会本部からお褒めの言葉をいただいたというのだ。
手がなくて始めた方式だと思うが、このシステムは大変よいことだと思う。自分たちが使用する(使用した)会場を自分たちで整備することは、当然のことだ。裏方の地味な仕事は誰も好まないが、それをきちんとこなせるということは立派なことだ。大いに胸を張ってほしい。

  「勝ち負けはどうでもよい」などと野暮なことは言うつもりはない。が、勝ち負けよりも大事なのは、正々堂々とマナーよく戦うことである。そういった意味において、今回の本校部員たちの態度は申し分なかったと言えよう。

(平成21年7月31日)

 

プラス30歳で

一昨日、本欄で本校軟式野球部のさわやかな戦いぶりについて触れたが、未だその余韻に浸っている。
老若男女を問わず、一つのことに全身全霊をこめて打ち込む姿は貴い。次代を担う生徒たちが、それぞれの目標に向けて努力していけるように、周りの我々大人が、環境整備に努めなければならないと考える。
その第一が率先垂範ではなかろうか。心したい。

 
7/28の読売新聞・夕刊のコラムに、次のようにあった。
「98歳を超えて現役の医者として活躍されている日野原重明(聖路加国際病院理事長・同名誉院長)氏が著書の中で、『論語では四十にして惑わず、五十にして天命を知るとあるが、最近の平均寿命からすると、プラス30歳で考えるとよい。そして、60歳を第二の人生のスタートとしてきちんと針路を明確にすることが大切』と」。確かにおっしゃるとおりである。
日野原氏については、ご存知の方が多いと思う。「現代を生きる人生の達人」として、日本を代表するお一人であろう。
氏は、あるインタビューで下記のように答えておられる。


〈健康で人生を満喫するためのよい習慣〉

1 愛することを心の習慣にする
2 「よくなろう」という気持ちをもつ
3 新しいことにチャレンジする
4 集中力を鍛える
5 目標となる人に学ぶ
6 人の気持ちを感じる
7 出会いを大切にする
8 腹八分目より少なく食べる
9 食事に神経質になり過ぎない
10 なるべく歩く
11 大勢でスポーツを楽しむ
12 楽しみを見出す
13 ストレスを調節する
14 責任を自分の中に求める
15 やみくもに習慣にとらわれない

何れも、なるほどと頷いてしまう含蓄のあることばかりである。大いに、参考にしたい。

(平成21年7月30日)

 

全国インターハイ

昨日から、全国高等学校総合体育大会(全国インターハイ)が、奈良を中心に近畿二府四県を会場として開かれている。
この大会は、文字どおり各都道府県及び各地区を勝ちあがった全国の高校生の、スポーツの祭典である。競技人口の多い種目はもちろんのこと、どの種目においても全国大会への道は険しく、その陰には汗と涙と、想像を絶する血の滲むような努力があったことと思う。我々の時代から毎年この時期に開かれているが、年中で最も暑さの厳しい時期に若人の祭典が開催されるというのも、何か象徴的である。体調管理に十分留意し、全力を出し切って競技してほしい。健闘を祈る。なお、本大会には、本校教員も役員として協力している。暑い中の激務である。慰労申し上げたい。

(平成21年7月29日)

 

さわやかな戦いぶり

本日(7/28)午後、軟式野球府大会の二回戦が住之江球場で行われ、小雨降る中、本校は大阪高校(私立)と対戦した。
結果だが、残念ながら善戦むなしく敗れた。しかし、その戦いぶりは、あっぱれの一言に尽きる。初回に大量点を奪われたが、くさることなく最後まで懸命に戦い抜いた。随所にファインプレーもあった。服装・所作・態度が、どれもすばらしかった。昨年も応援に駆けつけたが、不十分のところが少なくなかっただけに大きな進歩だと思う。日ごろの指導者のご苦労に感謝すると共に、それに応えた生徒諸君を称えたい。
今年は負けたにも拘わらず、帰る道すがら生徒たちのさわやかなプレーを思い返す中、私の心に清々しい風が吹きぬけた。

(平成21年7月28日)

 

昨日、筆答テスト

昨日、大阪府の教員採用テスト一次の筆答試験が実施された。今年度本校にお勤めの講師の方も、多数受験した。先週、一次の面接が実施された。最近は、筆答テストの問題用紙は持ち帰り可となっているので、自分の出来具合については、きちんと自己点検(採点)できるようになっている。
我々の時代は、生徒増に伴って新設校がどんどんと建設された時代だった。広き門であったと言えよう。ゆえに、あまり苦労して勉強したという記憶はない。団塊の世代の大量退職に伴って以前より採用が増えてきたとはいえ、まだまだ競争率は低いとは言えない。また昭和40年代後半から50年はじめにかけては、処遇の面でも随分と向上した時代であったので、いろいろの面で、我々の世代は幸運であったと言えよう。

何人かの人が受験報告に来てくれたが、前述のとおり、筆答テストについての出来映えは明らかだが、面接に係わって面接官に好印象を与えることができたかどうかについては、なかなか判断しかねるようであった。当然といえば当然だ。ただどの顔にも、一次が終わってやれやれの表情がありありだった。一次の合格発表は8/12だが、敢えて私が言うまでもなく、今日から二次に向けて準備怠り無きようにしていただきたい。
意思あるところに道は開ける。
本校関係者の幸運を祈る。

(平成21年7月27日)

 

軟式野球部等の活躍

昨日から夏期休業に入ったが、軟式野球部が24日に行われた全国高等学校軟式野球選手権大阪府大会一回戦で勝利し二回戦に駒を進めた。演劇部が明後日から合宿練習に入る。また、サッカー部やバスケットボール部等が熱心に練習に取り組むなど、部活動で活躍している生徒も多い。うれしい限りだ。
終業式の講話でも触れたが、元気に有意義に過ごして欲しいものである。

7/8に受検した職場検診の結果が届いた。
同日の本欄で、パーフェクトの結果を狙っていると書いたが、残念ながらγGTPの値が基準値を2ポイントオーバーしてしまった。基準値自体が今回20ポイントも下がり、抵触してしまった。パーフェクトの結果を狙っていただけに、少しがっかりしている。
γGTPの値は酒量と密接な関係にあると聞く。酒量を自己規制し、現役として最後となる来年の職場検診では、基準内にきっちり押さえたいものだ。

(平成21年7月26日)

 

またもや集中豪雨による被害

梅雨前線が停滞している。
またもや九州や中国地方で集中豪雨による、死者や行方不明者を伴う大きな被害がでた。ゲリラ的豪雨という表現がなされているが、いずれも1時間に100ミリ近い猛烈な雨による浸水や土砂崩れによるものだ。地域によっては、24時間で300ミリを超えている所もある。被害に遭われた関係者のみなさんには、心からお見舞い申し上げたい。
近畿地方でも、この10日間ほど、かなりの雨量となっている。今が盛りのサルスベリの花が、雨を含んで垂れ下がっている光景があちこちで見られる。
カラッとした夏晴れを待ち望む。

  24日(金)寝屋川球場で行われた、全国高等学校軟式野球選手権大阪府大会一回戦で本校は堺市立工堺と対戦し、10-9で勝利した。二回戦は、28日(火)住之江球場で大阪高校と対戦する(12時30分の試合開始)。なお、試合日程は雨天等で延期になる場合もあるので、詳細は大阪高野連軟式部のホームページ等で確認のこと。

(平成21年7月25日)

 

1学期終業式

本日、1学期の終業式を行った。 授業を2時間実施後、大掃除。その後、体育館で終業式を開いた。 以下は、終業式に際し、私が生徒諸君に向けて話した内容である。

生徒諸君、こんにちは。
新型インフルエンザで休校になった関係で、1学期の終業式は今日になったわけだが、この機会に自分自身の1学期はどうであったかを振り返ってほしい。休まず、遅れず学校へ来ることができたか。学校のきまりは守れたか。勉強の方はがんばれたか。友だちと仲良くできたかなど。
がんばれたところ、努力が足りなかったところと、一人ひとりそれぞれに思いがあるはずだ。十分でなかったと思うことは、きちんと反省して2学期は改めるようにしよう。

いよいよ明日から夏休みに入るが、元気で過ごしなさい。休み中も当然だが、社会のルールを、そして学校のきまりを守りなさい。また、サッカー・軟式野球・バレーボール・バスケットボール・バドミントン・吹奏楽・演劇・華道・茶道部などががんばっているが、休み中も活動に精を出してほしい。

残念なことにクラブに入っていない人が多い。今から入って休み中活動しなさいというのは現実的でないので止めておくが、時間を無駄にせず何かそれに変わる有意義なことを、全力を尽くしてやってほしい。何年も先に高校時代を振り返ったとき、思い出に残ることを体験してほしい。
私の高校3年の夏は、2週間くらいかけてヒッチハイク(無銭旅行)で、九州を一人で一周した。41年前のことだが、そのときの風景やその際お世話になった方々が心に残り、折に触れ思い出される。

二学期の授業は8月24日から始まるが、全員元気な顔を見せてほしい。

(平成21年7月24日)

 

不易を次世代に

7/24発行のPTA新聞第88号に掲載の拙文


不易を次世代に

いよいよ夏季休業に入る。生徒諸君には、健康に留意し、有意義な毎日を送って欲しい。
  保護者の皆様には、日ごろは本校の教育活動の推進にご支援・ご協力を賜ると共に、PTA活動にもご協力いただき、心から感謝申し上げたい。私も本校勤務二年目となり、お陰さまで少し余裕らしきものをもって執務できるようになった。

  さて、閉校まで一年八ヶ月。「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」の実現をめざし、より望ましい形で閉校を迎えられるよう教職員一同、微力ではあるが日々全力を尽くしている。職員には、学校生活全般に亘って、やさしさや温かみを基盤に、だめなことはだめと毅然と言い切る妥協しない粘り強い指導をお願いしている。そのような中、昨年度末から学校全体に落ち着いた雰囲気が醸成できて来た。始業式・離任式なども、静寂な雰囲気の下で実施できた。
  今年度は、自己統制力の訓練の場として、月初めに全校集会を開いているが、着実に成果があがっていることを実感する。望ましいサイクルで教育活動が展開でき始めたことを素直に喜びたい。同時に、この流れをさらに確かなものにと、気を引き締めているところだ。

  誰にでも、必ず優れたところがある。それを見逃さず、或いは掘り起こす中で褒め称え励まし、とにかく、やる気を育むことが大事だ。生徒の心に、意欲の明かりを灯すことが求められる。そのために、私たち大人が自らを律し、率先垂範する中で、人としてのあり方、生き方を教え込まなければならない。
例えば、「目上の人を敬う気持ち」などは、先ずは私たちが、自らの親や先祖を敬う気持ちを日常生活の中で示すことにより、子どもたちにも自然と芽生えるのではないだろうか。大人が親や先祖を疎んじていて、子どもたちに、「目上の人を敬う気持ち」が育つはずが無い。疑う余地の無い真理である。
私の家は代々、仏教徒である。私自身は取り立てて信心深くは無いが、仏壇に供花は欠かさず、折にふれ手を合わす。墓は四国なので、帰省したときにしか参ることはできないが、奈良にある妻の実家の墓へは、彼岸や盆、及び元旦など、欠かしたことはない。父母の姿を見て備わった、小さいころからの習性ともいうべきものであろう。私の子どもも自然と身につけた。

  明治の初め、我が国を訪れた外国人が、日本や日本人を評して「日本は治安が殊のほか良く、日本人は親を大切にし、礼儀正しく親切である。質素倹約を旨とし、隣り近所仲がよい。皆が助け合って生活している。類い稀な国である」と、多くの書物に著している。
困ったことだが、戦前のことをすべて否定するような風潮が未だにある。残念でならない。私たちは、不易(どんなに時代が変わろうとも、その本質は変わらないこと)のことを再認識し、次世代に確実に受け継がねばならない。今を生きる私たちに課せられた、大きな義務であると考える。

(平成21年7月23日・PTA新聞第87号 7/24発行)

 

豪雨による土砂災害

7/7付本欄で、「毎年、梅雨明け前には集中豪雨に見舞われることが多く、特に、九州地方などで土砂災害が多く見られる。そういった被害が懸念される箇所にお住まいの方には、十分にご注意願いたい」と書いたが、残念なことに懸念していたことが発生し死者・行方不明者が出た。

  中国地方は21日、活発な梅雨前線の影響で局地的に猛烈な雨に見舞われ、各地で土石流や土砂崩れが発生した。山口県では、防府市の特別養護老人ホームに土砂が流れ込み、入所者3人が死亡、4人が行方不明になるなど、山口、鳥取2県で計6人が亡くなり、11人の行方が分からなくなっている。
下関気象台によると、防府市では21日、午前9時までの1時間に、観測史上最大の70.5ミリの降水量を記録したという。

  災害が起こると真っ先に影響を被るのは、決まってお年寄りである。判断力が衰えるし、何より俊敏な行動がとりにくくなるからだ。十分な備えというのは有り得ないが、高齢者の施設やお年寄りの居る家庭では、一般家庭にもまして、いざという場合に備えなければならないだろう。

今回の場合は、梅雨前線の停滞によるものだが、集中豪雨は梅雨明け後にも起こる。その原因は、夏のよく晴れた蒸し暑い日に発生する積乱雲だそうだ。上空からの冷たい空気と、下からの湿った暖かい空気が急激に混じりあうため発生する雲で、短時間に猛烈な雨を降らせるのが特徴。気象庁によると、集中豪雨は最近増えており、1時間100ミリ以上の豪雨は、1976年からの20年間は年平均2・2回しか記録されていないが、96年からの10年間には年平均4・7回と、倍以上に増えたそうだ。
地球温暖化や、都市部の気温が異常に高くなるヒートアイランドが原因だと指摘する専門家もいる。気温が上がると空気に含まれる水分が多くなり、積乱雲も多く生まれるからだという理由から。気象庁気象研究所では、梅雨の時期に1時間で30ミリ以上の雨が降る確率は、100年後には現在の1・3〜1・7倍になると計算している。(参考・平成20年8月18日付・読売新聞)

こうした豪雨を予測することは出来るかだが、積乱雲が発生する範囲は一般的に狭く、すぐ消えてしまうので予測は難しいと聞く。

天災・人災にかかわらず、学校においても予防に努めると共に、あらゆる事態を想定し、発生した場合にどう動くべきかを常に考えておくことが求められる。

(平成21年7月22日)

 

軟式野球大阪大会

夜中にかなり強く雨が降った。通勤時は止んでいたものの湿度がひじょうに高く、家から最寄り駅まで約2キロを歩くが、背中がべったりとなった。週間天気予報でも、まだしばらくはぐずついた天気が続きそうで、梅雨明けはまだ先になりそうだ。

今、全国各地で高校野球(夏の甲子園)の予選が開かれている。どの学校も卒業生など関係者を含め応援に熱がこもる。が、本校には硬式野球部が無いため、この時期少し寂しい気がする。ただ、軟式野球部があり、本日から始まる予定だった(雨のため、本日の開会式・試合は中止)全国高等学校軟式野球選手権大会大阪大会に出場する。本校は、一回戦寝屋川球場で堺市立工堺高校と対戦する。この日勝利すれば、二回戦は住之江球場で大阪高校と砂川高校の勝者と対戦することになっている。

生徒諸君の健闘を祈る。なお、日程詳細は、雨のため本日予定していた試合が中止となり、まだ定かでない。大阪高等学校野球連盟軟式部のホームページをご覧いただきたい。

(平成21年7月21日)

 

上空からの眺望

先日、府下南部の上空をヘリコプターでフライトする機会があった。当日は梅雨の合間、抜けるような青空が広がり、ふだん味わえぬ眺望に新鮮な感動を覚えた。

上空からは、仁徳・応神天皇陵をはじめ、百舌鳥・古市古墳群と呼ばれる数多くの御陵が点在するのが確認できた。現在、世界遺産への登録申請の運動も展開中と聞くが、なるほど、それほどの価値があるとの意を強くした。また大阪は、東京に比べ緑が少ないらしいが、一見それほど緑も少なくないように見えた。それは、生駒・信貴、二上・金剛・葛城などの山々が近くを囲っているせいもあるだろう。が、実際都心部だけを見比べると、その差は歴然なのだろう。
事前のコース説明では、西浦高校近くを通過するように思われたので期待をもって搭乗した。特徴のある建造物、例えばPLの塔・大阪ドーム・仁徳天皇陵などは一目瞭然だが、そうでない場合は迷ってしまう。が、すぐに本校を確認できた。自校を約600m上空から眺めることができ、不思議な気分に浸った。
旅客機からの眺望は何度も経験しているが、比較的低空ということもあり、また違った趣があった。

(平成21年7月20日)

 

庭石にも命が

早寝早起きが習性で、休みの日も5時半くらいには起きる。
先ずは、外へ出て生垣の下など道路を掃く。次に庭木のちょっとした徒長枝などを切ったり、丈の長い草をとったりする。私は、雑草の類でも大きくならないものは気にしない。ドクダミなども、毛嫌いする人も多いが花もきれいだし、葉っぱもそれなりに楽しんでいる。天気のよいとき、朝から散水することも多い。夕方もそうだが、乾き気味の庭木や庭石に撒き水すると、生気が蘇り「ありがとう」の声が返ってくるようだ。庭いじりを趣味としている人なら分かっていただけるが、石にも命があることをつくづく感じる。
その後、コーヒーを入れて新聞をゆったり読む。季節や天気にもよるが、庭に出てコーヒーということも多い。家の者は夜型人間で朝はゆっくり寝ており、私一人ということがほとんどである。
今朝は、大きくなったハクモクレンとアメリカハナミズキの木に集るセミが、6時半ごろから勢いよく(やかましく)鳴いている。

(平成21年7月19日)

 

名峰・トムラウシ山

41歳の夏、家族で富士山に登頂した。それを契機に山歩きをするようになり、以来多くの山に登ってきた。 山のことが話題になると、「国内のこれまで登った山の中で、最も感動を覚えた(よかったと思う)山は」という話しになる。北アルプス・南アルプスなどの高峰には高峰の、近郊の低山には低山の、それぞれ尽くしがたい魅力があり、なかなか難しい質問だ。そういうわけで「一番よかった山は」と言われても困るが、敢えて答えるならば、私は大雪山系の名峰・トムラウシ山(2141m)をあげてきた。

平成14年の8月、仲間3人とレンタカーを駆って、北海道・大雪山系の山々を巡った。1日目は、旭川経由で富良野などを回って十勝岳山下のペンションに宿泊、翌日、美瑛岳(びえいだけ・2052m)と十勝岳(2077m)に登頂、いったん下って次の日は、旭岳(大雪山系最高峰・2291m)に登った。その日は、層雲峡温泉のホテルに宿泊。翌日、赤岳2078m・黒岳1984・北海岳2149mを縦走し下山した後、車で長時間走りトムラウシ山の登山口にあるトムラウシ温泉の国民宿舎「東大雪荘」に泊まった。無垢の木材をふんだんに使った感じの良い建物であった。

トムラウシとは、アイヌ語で「花の多いところ」「水垢が多いところ」を意味する。北海道中央部、美瑛町と新得町の境にそびえ、大雪山系のピークの一つで「大雪の奥座敷」とも称される。頂上までは長い道のりで長時間を要する。そのため、確か4時半くらいには宿を発ったように記憶する。長い距離の歩きにくいぬかるんだ道を越えなければならず、疲れの蓄積した仲間二人は登頂を断念して引き返した。私ともう一人は約6時間半を要して登頂した。途中ちょっとした岩場や雪渓を越えなければならなかった。またハイマツ地帯もあって変化に富み、加えて、種々の高山植物が咲き誇り目を楽しませてくれた。かなり労して登った頂上からの360度の見晴らしは、好天にも恵まれ言葉には言い尽くせぬものがあった。復路も同じルートをたどり、17時ごろ宿に戻った。

  16日から17日にかけて、このトムラウシ山で大きな登山事故が起きてしまった。ガイド3名が率いる18名のパーティーが遭難し、9名の方が亡くなられたのだ。当日は風速20mを超す強い雨風であったようで、死因は低体温症と凍死と言われている。亡くなられた方の年齢は、59歳から69歳。日程に無理があったのでは、ガイドの判断ミスがあったのではとも言われているが、詳細は今後の調査を待つしかない。

  トムラウシ山には「心に残る名峰」という思いが強いだけに、今回の事故は余計に残念でならない。中高年の登山熱は止まることを知らないが、とにかく余裕をもった安全登山を心がけたいものである。

(平成21年7月18日)

 

久しぶりの雨

最高気温が33度を超える日が続いているが、久しぶりに雨が降った。まとまった雨ではなかったが、それでも庭木は生気を取り戻す。家の鉢物はクンシラン4鉢他、数少ないが、夏場は基本的に朝晩水をやるので、雨が降ると助かる。時間に追われがちな朝は、特にそう感じる。
予報では、来週も時折り雨が降るとのこと、梅雨明けは遅くなりそうな気配である。

(平成21年7月17日)

 

設定28度

気温が35度を超えたというニュースが、あちらこちらから聞こえてくる。猛暑到来である。 昨日我が家でも、今夏初めてエアコンを作動させた。体調が少し優れなかったことと、月末に孫たちが帰ってくるので、調子をみておきたいという意味合いがあってのことだ。
エアコンの調子は上々であった。国も奨励している28度に設定したが、この28度という設定温度は、なかなかよくできた頃合いの温度だと感心する。確かに、26度あたりに設定すると、その場所に居るときは快適でとても気持ちがよい。が、その部屋を離れて常温の所に行くと、ムーンとして蒸し風呂に感じてしまう。冷えたところを離れたくない気持ちが募り、つい横着をして運動不足になり皮下脂肪や内臓脂肪を蓄えることにもつながる。

  脂肪といえば、多くの方が若いころはやせていたことだろう。私も若いときの写真を持ち出すまでもなく痩せていた。中学校からずっと長距離走を続けていたので、一般的な人よりもさらに皮下脂肪は少なかった。それが年々、徐々に増えてきて、走るトレーニングをやめてから急上昇である。つい先日の職場検診での形態測定では、身長167.5Cm、体重70.5Kg、腹囲85.5Cm。家の体重計で測定した体脂肪率は30%である。
何とか、メタボリックシンドロームの基準値オーバーは免れたが、情けない状態である。特に、体脂肪率30%は恥ずかしい値である。記憶に残る、20歳ころのそれぞれの値は、身長168.5Cm、体重58Kg、腹囲69Cm、へそ横の皮下脂肪厚が6mm(当時は、体脂肪率という概念がなかった)であった。

  20歳前半のプロポーションに戻れるなどとは思わないが、せめて体重66Kg、腹囲79Cm、体脂肪率23%くらいにはと思っているのだが。そのために相当な努力を要することは、わかっている。特に食事の量、そして酒量を。
徐々に減らしていきたい。減らしていく。

(平成21年7月16日)

 

部活動の奨励

昨日も書いたが、今日から短縮授業である。授業終了後、部活動で頑張っている生徒もいないわけではないが、残念ながら本校では少数である。運動部であれ文化系であれ、部活動を通して学ぶものは限りなく大きい。現在のような少子化の時代には、余計に価値あるものになると考える。

中学生のときもそうであったが、私の高校時代は陸上競技部の練習に明け暮れた。3年生を中心にトレーニング計画を立て、それに基づき一生懸命に練習に取り組んだ。夏休みや冬休みには卒業した先輩方が帰って来られ、いろいろとアドバイスをいただいた。先頭に立って一緒に走って貰った先輩も数多い。私も、卒業後はそれを見習った。
高校を卒業して40年になるが、ついこの間のことのように思い出される。盆には帰省する予定だが、切磋琢磨した仲間や指導いただいた先輩方にお会いできるのが楽しみだ。

  本校の生徒諸君もこれからでも遅くないのでぜひ加入して、心身を鍛え技量を磨くと共に思い出づくりをやってほしい。

(平成21年7月15日)

 

期末テスト終了

昨日、今日のセミの鳴き方からすると、梅雨が明けたのではと思ったりする。気象予測では、「近畿地方の梅雨明けは来週早々に」とのことだが、来週になって「近畿地方の梅雨明けは、13日ごろでした」との発表があるのではないかと。

期末テストが終了した。
全力を尽くした人は、心地よい疲れとがんばり抜いた充実感に浸っていることだろう。

明日からは短縮授業である。午後からの時間は思いどおり自由に使えるわけだが、部活動など有意義な活動に割いてほしい。3年生については、自らの進路希望を実現するためのさまざまな取り組みや作業が大詰めに来ている。特に学校斡旋での就職を希望している人については、現在学校に届きつつある求人票の確認が欠かせない重要な作業である。見逃したり、遅れることのないようにすることが求められる。学級担任や進路指導担当の指導を仰ぎながら臨んでほしい。また、それに係わって服装や頭髪などの指導についてもふだん以上に細かく指摘があると思うが、素直な気持ちで受止めることは当然である。

部活動については、熱中症対策として活動中のこまめな水分補給に留意するよう心がけてほしい。

(平成21年7月14日)

 

百日紅

九州南部では梅雨が明けた。午前8時の時点でもう太陽がジリジリと照りつけ、登校する生徒の額には汗がにじんだ。セミの声も一段と大きく響くようになった。来週初めには、近畿でも梅雨が明けそうだ。

アジサイの花が終わりに近づき、今、どちらの庭でもサルスベリの花が咲き始めて来た。約3ヶ月と夏期が長いため、漢字では百日紅と書かれる(ひゃくじっこう≠ニも読む)。幹がつるつるしているので、猿滑り≠ニも。かんかん照りの夏の日に、よく似合う木である。
薄紅や白い花が一般的だが、サルスベリは濃い紅色ほど上等とされる。幹周りの太い濃紅のものには、なかなか出会わないが、真夏の花の少ない時期に、確かに美しさが際立つ。幹は数寄屋造りの床柱などに利用されるが、成長がゆっくりでなかなか大きくならない。奈良の長谷寺には、幹周りのとても大きい見事なサルスベリの木が何本も植えられている。樹齢は、恐らく300年をゆうに超えていることだろう。

散れば咲き 散れば咲きして 百日紅 加賀千代女(かがのちよじょ)

(平成21年7月13日)

 

閉校準備委員会

7/10(金)の夕刻から、「閉校準備委員会」が開かれた。 会議には、同窓会会長・しらとり会会長・PTA会長他役員3名、学校側から私の他2名の計9名が出席した。
柱尾委員長(同窓会会長・2期生)から式典・パーティー・記念誌・記念品・記念モニュメント等についての企画概要が示され、大筋での合意を得た。今後、それぞれについて細部を検討していくことになる。
「閉校準備委員会」も和気藹々の雰囲気があり、とても心地よい。みなさん、大変お忙しい方ばかりなのに、本校のために誠心誠意尽くしていただき、ただただ感謝するばかりである。

昨日昼過ぎ、所用のため学校に向かう途中、JR柏原駅のホームで「校長せんせぇー」と女性の明るい声で呼び止められた。驚いて振り向くと二人の若い娘さん。「どなただったかな」との思いが一瞬めぐったが、片方が本校の制服のスカートだったことで本校生であることがわかった(本当は、瞬時に何年何組の○○さんと浮かぶことが理想だが、できなかった。大いに反省)。
  二人とも3年生で、奈良県内にある短大のオープンキャンパスに参加した帰りとのこと(ということは、王寺駅から同じ電車で)だった。近鉄道明寺線に乗り換えまでの4〜5分間、ホームで立ち話をしたが、二人とも笑顔が素敵でとても素直、敬語できちんとした受け答えもでき、とても好感をもった。進路実現に向け、精一杯がんばるよう激励した。

  私の高校時代を振り返るとき、当時の校長先生と街中でお会いしたとしても、この二人のように気軽に(そのような中にも、敬意を払って)声をかけることはできなかっただろうなと。彼女らのような素直な生徒が本校にも大勢いることを、校長としてもっともっとアピールしなければと、またまた反省である。
ムシムシした天気であったが、気持ちはとても清々しかった。

(平成21年7月12日)

 

チューリップの植え込み

昨日午後、PTA実行委員会が開かれ、秋の社会見学会の件などが熱心に協議された。
それらの中で、前回の実行委で内定していた、緑化イベントの一つとして今秋大量の「チューリップの球根の植え込み」を実施することが正式に決まった。その趣旨は、「生徒数が減り寂しくなっていく中、最終年度のスタートをチューリップの花いっぱいで賑々しく彩ろう。西浦は、最後の最後まで元気にがんばっていることを地域にアピールしよう」ということである。
今秋11月14日の土曜日に、PTA保護者が中心となって生徒有志・同窓会有志・しらとり会(PTA旧役員)有志、及び教職員の協賛を得て、4,500球を校庭に植え込むという計画だ。植える場所等の説明もあったが、今後、細部について煮詰めていくことになる。「来春の開花が今から待ち遠しい」などと、気の早い話も出て会議は大いに盛り上がった。

  昨日は、「閉校準備委員会」も16時半から開かれたが、この席で石山PTA会長から堂上(しらとり会会長)・柱尾(同窓会会長)の両氏に正式に協力要請がなされた。両氏からは、早速に「できるだけの協力をしたい」とのうれしい回答があった。
「よりよき形での閉校」に向けて、在校生・保護者・同窓会・しらとり会(PTA旧役員)、及び教職員等が一致協力して活動できることは、何より喜ばしいことである。

(平成21年7月11日)

 

期末テスト3日目

期末テスト3日目。外は湿度が高く、蒸し暑いが、教室内はエアコンのお陰で快適である。
テストは整然と実施できている。1時限目、開始10分後に巡回したが、遅刻者には出会わなかった。ほとんどの生徒が制服のシャツを着用している。帽子をかぶったままで受験しているような生徒がもしおれば、教室に入って直接指導しようと思ったが、不要であった。きめ細かく指導している職員に感謝したい。
明日、明後日と連休になるが、休みであってもこの両日については、しっかりテスト勉強に励んでほしい。

  昨日午前、府教育センターにおいて、府教委事務局から全府立高校の校長・事務長に対して、6月補正予算に伴う事業説明があった。事務長と二人、わりと早くセンター着いたので着席し、後から到着する他校の校長の姿を何気なく眺めていた。校長については、160名余りのほとんどの方が顔見知り(話をしたことのない人も多いが)であり、中には10年以上も前から存じ上げている方も多い。
観察していて感じたのは、「みなさんお疲れだな」ということだ。私より年上の方もおられるが、その方たちも1歳だけで、人数で言えば32名。100名前後は年下である。みなさん、白髪が目立ち(年歳相応といえば、それまでだが)、とにかく顔色の悪い人が多い。顔につやが無い。管理職の喫煙率が高いと指摘されることも多いが、多少はそういったこともあるのか。とにかく、ご苦労をされているのだろうなと思った。

  私はと言えば、物事を深く考えない(悩まない)生来の「のうてんき」。そのうえに、教頭・事務長をはじめ教職員に恵まれ、加えてPTA役員・同窓会役員・しらとり会(PTA旧役員・旧職員)・学校協議委員に恵まれ、毎日安気に過ごさせていただいている(ひとつ忘れていた。家族にも恵まれ)。
お陰で、7/8付け本欄でも触れたが「二病息災」、今のところ元気に余裕をもって学校経営に臨めている。「よりよい形で閉校へ」と、気迫も漲っている。休日は山歩きや庭いじりに没頭し、いい汗もかけている。そして、退職後の海外登山に夢を馳せる。幸せな毎日である。

(平成21年7月10日)

 

ホームページ

つい最近、インターネットに「日本の学校」というサイトがあることを、おとなりの高校の教頭から教えてもらった。このサイトから、日本全国の保育園から高等学校までの各校・各園のホームページにアクセスできるようになっている。

驚いたのは、このサイトに都道府県別・学校種別「最近7日間のホームページ更新頻度」並びに「最近90日間のホームページ更新頻度」等のランキングが掲載されており、日々更新されていることだ。
ちなみに、西浦高校の順位(7/8・17時現在)だが、「最近7日間のホームページ更新頻度」では全府立高校中第4位、私学や衛星都市立を含めた総合では、第14位(326校中)。「最近90日間のホームページ更新頻度」では、全府立高校中第24位、総合52位である。

  この順位をどのように受け止めるかは、それぞれの考え方によって異なる。更新頻度はけっして競うものではない。だが、情報発信に係る学校の姿勢・意欲の、一つの表れであるということに疑う余地はないだろう。手前味噌になるが、再編統合の対象となり1年9ヶ月足らずで閉校となる学校としては、健闘していると言えるのではないか。
ホームページの運営に、日々尽力している教頭や担当教員に感謝したい。

  今後も、生徒諸君や保護者、及び職員が頑張っている様子を積極的に発信していく。

(平成21年7月9日)

 

職員検診

期末テストが始まった(〜14日)。今日は普段と違って遅刻者が少なかった。それだけ気合いが入っているということだ。もちろん、遅刻は限りなくゼロに近づけてほしいが。答案に真剣に取り組む雰囲気が感じられた。とにかく、しっかりやってほしい。

本日午後、本校職員の検診が校内で実施された。疾病対策の基本が早期発見・早期治療であることは、論を待たない。各種のがんについても、早期に発見でき適切な治療が施されるならば、最近では数十年の延命が可能になってきた。
私はこれまで、人間ドッグなどの受診経験も無く過ごして来た。けっして避けてきたわけではなく、たまたまそういった機会がなかった。言い換えれば、取り立てて気になるところもなかったということになる。もちろん、職場での年1回の検診はきちんと受けてきた。

これまでの受診では、精検を要するようなことはなかった。そのような中、昨年12月、血液中の尿酸値が高いことが分かった。痛風の発作(痛み)が出たのだ。尿道結石も経験しているので、その痛みに比べればましだったとは言え、1週間、通勤用の革靴が履けず辛かった(草履で通勤)。今は尿酸値も下がっている。発作が出た当時は「まさか自分が通風になるとは」という気持ちで、かなり気落ちした。妻曰く、「なるべくしてなった。膝が悪く走らなくなったのに、食べる量を相応に落とさなかった。そのつけである」とバッサリ。返す言葉無し。
とにかく、暴飲暴食のたたりである。特に後者の。以来、「プリン体の多い食品はなるべく少量」を心がけている。アルコールを絶つことはできず、プリン体の多いビールや日本酒を控え、専ら焼酎を飲むようにしている。

タバコは吸わないが、若いころから酒を好み、これまでかなりの量を飲んできた。休肝日は、年に2〜3日といったところだ。トレーニングし運動量が多かった(若かった)ときは問題なかったが、走らなくなって数年経ったころから、血液中のγGTPの値が時折り正常値を少しだけ上回るようになった。酒量とその値が比例することがほとんどだ。年に1回の職員検診でも、4〜5年前から少しだけγGTPの値が正常値を上回った。それまで、検診結果はいつもパーフェクトだったので、わずかの上回りとはいえ気分がよくないことは言うまでもない。
今年4月から、人の勧めで「ウコン」の錠剤を飲むようになった。私の肝臓に合ったのかγGTPの値がすぐに下がり、以来、毎月の血液検査(献血時に実施)の結果でも、良好な値を保っている。大いに気をよくし、欠かさず飲み続けている。

早寝早起きを習慣としているが、いつも熟睡でき、夜、眠れないなどということはまず無い。過酷な山行など、余程激しい運動を行ったときは別だが、通常、朝起きたとき前の日の疲れはすっかりとれ、いつも快調である。
今回の職員検診では、久しぶりにパーフェクトの結果が出るだろうと楽しみにしているのだが、結果は如何に。どちらにしても、石と尿酸とは、気長にお付き合いしていかねばならない。「二病息災」というわけだ。

(平成21年7月8日)

 

明日から期末テスト

沖縄や奄美地方では、すでに梅雨が明けた。今年の梅雨は、私の印象では結構強く降る日も多く、例年以上の降雨量のように思うが実際のところは把握していない。近畿での平年の梅雨明けは7月19日であるが、今年はどういったことになるのか。
毎年、梅雨明け前には集中豪雨に見舞われることが多く、特に、九州地方などで土砂災害が多く見られる。そういった被害が懸念される箇所にお住まいの方には、十分にご注意願いたい。実は、私の田舎の家もそういった状況にあるので、この時期や台風の季節になると心配になる。
一方、梅雨明け後から8月5日くらいまでは「梅雨明け十日」といって天候が安定し、猛暑となることが多い。山歩きなどには最も適し、夏休みに入ることなどと合わせ、北アルプス、南アルプスをはじめ、人気のある山々はどっと繰り出す登山者で大賑わいとなる。

早いもので明日から期末テストが始まるが、生徒諸君には、全力を尽くしてほしい。例年見られることだが、1学期の手抜きがひどく惨憺たる成績をとり、挽回のメドも立たず進級や卒業をあきらめてしまうといった生徒を数多く見てきた。そのような残念なことにならないことを願う。
三年生については、学校斡旋での就職や推薦による大学入試などの内申に、一学期の成績が大きく影響する。悔いの残らぬように全力を出し切ることが求められる。生徒諸君の努力に期待する。

(平成21年7月7日)

 

美化清掃活動協力生徒を表彰

本日、校長室において早朝美化清掃ボランティア活動で功績のあった4名を表彰した。
協力回数50回以上の生徒が1名(3年)、30回以上が3名(3年が2名、2年が1名)であった。あと2回で20回、4回で20回の生徒が一人ずついる。近いうちに表彰ということになる。
まだ少人数で地道な活動ではあるが、しっかりと定着して来た。奉仕している生徒を称えると共に、活動を支えている教頭・事務長、及び職員に対し感謝したい。

(平成21年7月6日)

 

歓送迎会

3日(金)夜、新型インフルエンザの影響で延期になっていた白鳥会(本校教職員の親睦会)の歓送迎会が天王寺で開かれた。
今春の異動では、再編統合に係わり4名の退職者を含め約1/3の方が転出された。ちょうど3ヶ月が経過したわけだが、出席されたみなさんの活き活きとしたスピーチからそれぞれの職場で頑張っておられる様子が窺えた。健康に留意していただき、今後ますますのご活躍をお祈りする。

一方、新しく来られた講師の方は、どなたもすでに本校の大きな戦力となっている。ありがたいことである。戸惑いながら試行錯誤している様子も垣間見えたが、先輩教員のよいところを貪欲に学んで欲しい。
講師の多くの方が、今月下旬の採用テストに挑まれる。全力を尽くしていただきたい。

  本日の研究授業を通して、若かりしころの自身の授業のことが懐かしく思い出された。

(平成21年7月5日)

 

研究授業

3日午前、今年度からスタートした「大阪の教育力」向上プランに基づく事業の一環で、大阪府教育センター「カリキュラムセンター」指導員 泉 冨三男 氏(府立金剛高校前校長)が来校された。泉 氏には、本校若手教員の授業を観察していただきご指導を賜った。
2時間目、2年生の現代文(国語)の授業を観ていただき、その後校長室で反省会をもった。いろいろと細部にわたってご指導を賜り、当該教諭はもちろんのこと、私も教頭も大いに勉強になった。

指導助言の中で特に印象に残ったのは、「もっと表情豊かに授業を展開するように。もっと笑顔で接し、若さを前面に出すよう」と指摘があったことだ。「もっと表情豊かに、笑顔を」は、もちろん、ベテラン教員にも言えることだ。課題が山積する中、気持ちが滅入ることも少なくないが、そのような中でもプロ教師としてある意味「エンターティナー」に徹することが求められる。
私もどちらかというと普段気難しい顔をしている方だ。ただ、保健体育の教員として「保健」や「体育」の授業を担当した当時、やさしさと厳しさを織り交ぜ、言い換えれば「笑顔」と「鬼の形相」をうまく使い分け、生徒の意欲の喚起に努めたものだ。

  本日の研究授業を通して、若かりしころの自身の授業のことが懐かしく思い出された。

(平成21年7月4日)

 

校内研修

昨日、放課後、全教員を対象に校内研修を実施した。
内容だが、禁煙教育・防煙教育に係わって、京都府立医科大学大学院研究科地域保健医療疫学教室講師の繁田正子先生を講師としてお招きし、「これならできる ! 禁煙教育」という演題で、スライド等を使って講義していただいた。繁田先生は禁煙教育・防煙教育の第一人者であり、京都や大阪をはじめ各地の学校や事業所等で、ご講演いただいている。
青少年の喫煙については本校のみならず、全国的な、いや全世界的な課題であると認識している。先生にご講義願った内容は、どれも目から鱗といった内容で、本校の今後の禁煙・防煙教育に大いに参考になる内容であった。
特に私が関心をもったのは、「若年者の特徴を熟知しての禁煙・防煙教育を」ということであった。具体的には、「遠い将来のことは、あえて話さない。今の息切れ、今の肌荒れなどを」「上からものを言わない。未成年だからとか、法律や規則を話題にしない」「暗いまじめな雰囲気をつくらない。元気で明るくが原則」「文字を減らして、イラスト・写真などで勝負」などである。懲戒の申し渡しのときなどにも、参考になる。また、「禁煙・防煙教育のあいうえお」というお話も、興味深くお聞きした。「あ・・・明るく、い・・・一気に、う・・・動いて、え・・・縁を結んで、お・・・起き上がりこぼしのように粘り強く」である。80分の内容であったが、時間があっという間に経過した。それだけ内容が充実し、集中して聞けたということであろう。有意義な研修となった。
繁田先生には、大変お忙しい中を本校のために時間をお割きいただき、そして大変遠い所にお越しいただき深謝申し上げたい。
今後の禁煙・防煙教育に、早速生かしたいものである。

(平成21年7月3日)

 

中学校との連絡協議会

昨日(7/1)放課後、羽曳野市立中学校(6校)進路指導連絡協議会(会長・誉田中学 藤井利育校長)のメンバー7名の方が本校を訪れ、私以下本校教員8名と協議した。
まず、本校側から生徒の最近の状況について、生徒指導部長、進路指導部長、2年学年主任、及び3年学年代表から報告した。その後、相互に質疑応答を行った後、最後に中学校側から在校生に係わって細かい点についての問い合わせがあった。
中学校側からは、進路決定しないで卒業していく生徒が少なくない状況を、当然のことながら心配されておられた。
この連絡協議会は、毎年、実施しているが、今回も進級・卒業に向け有意義で実り多い協議ができたと喜んでいる。

(平成21年7月2日)

 

今日から7月

今日から7月に入った。あと1週間ほどすると期末考査が始まる(7/8〜7/14)。1学期も、最後の仕上げ段階である。
本校生の様子だが、目標は少しでも高くという気持ちが強いので、もう少し成長してくれたらと思うところも少なくないが、随分、落ち着いてきたと思っている。懲戒を受けた生徒数(4月から6月の3ヶ月間)が昨年度比6割減となったことが、そのことを如実に表している。新入生が無かったから当然だという人もいないわけではないが、そんな単純で生易しいものでもない。とにかく、日常の粘り強い取り組みが功を奏してきたと考えられる。今後も、やさしさと温かみを基盤に、あきらめない粘り強い指導を継続する。

本日は、16時から羽曳野市立中学校(6校)の教員が本校を訪れ、本校教員との連絡協議を実施する。進級・卒業に向け、今後の指導に生かすことになる。実り多い会合にしたいものだ。

(平成21年7月1日)

 

秋には朗報を

本校は再編統合のため、あと1年9ヵ月で閉校となる。

今年度は新入生が無かった。3年と2年のみとなり大幅な学級減で、そのため春の異動では多数の教諭が転出した。そのような中、元々期限付講師が少なくなかった上に、休職者が2名、育児休業取得者が1名おり、今年度は期限付講師が10名、非常勤講師が5名となった。
府教育委員会からも、講師の占める割合が高くなることを心配していただいたが、1年や2年の期限で教諭を配置することは、誰の目からも非常に困難であることは明らかであった。
そのような中、本校に勤務の15名は能力が全員高く、かつ生徒理解に熱心に努め、実によくやっている。多様な生徒が学んでおり、困難も少ない状況には無く苦労も絶えないが、本当に有り難いことである。校長として、とても感謝している。

15名のうち10名が、今夏実施される教員採用選考テストを受験する。現在、受験に向けて追い込みにかかっているところだ。秋に朗報が聞けることを切に望む。

(平成21年6月30日)

 

しらとり会総会

26日(金)の夜、しらとり会(PTA旧役員・旧職員)の今年度の総会が開かれた。PTA現会長・副会長、同窓会会長及び本校職員を含め、20数名が出席した。中には、80歳を超える方もおられたが、みなさん矍鑠(かくしゃく)としてお元気そうであった。

決算・予算などが審議された後、今後の会の運営等(閉校後も含め)について協議する中、堂上勝司 現会長が今後も継続して会長を務められることが、満場一致で決まった。
私からは、近況報告をさせていただくと共に、よりよい形での閉校に向けてさらに一層のご支援を賜るようお願い申し上げた。特に、来春、最後の年のスタートを大量のチューリップで飾ろうとPTAを中心に現在計画中だが、「しらとり会」や同窓会にも秋の球根の植え込みにぜひとも協力いただきたい旨、お願いした。
終始とても楽しい雰囲気で、懇親会も長時間となり大いに盛り上がった。

 
開会の挨拶

みなさん、改めましてこんばんは。日ごろは、本校の教育活動の推進にご支援を賜りまして、ありがとうございます。一年ぶりにお目にかかる方もおられますが、みなさんすこぶるお元気のご様子なので大変うれしく思います。私も本校で二年目、少しは余裕らしきものを持って勤めることができるようになりました。
ご存知のとおり今年度は新入生が無く、生徒数も3年生と2年生の二学年318名と少なくなり、少し寂しくなりました。そのような中、生徒は全体として随分と落ち着きが見られるようになりました。ここ何年も定例の全校集会がありませんでしたが、今年度から始業式・終業式のない月に全校集会をもち、集団行動を訓練する場としています。徐々に話を静かに聞く態度も養われてきており、これまでと比較すると数段向上してきたと思っています。実は、昨日、生徒に問題行動があり、ここへ来る前に先ほど5時から停学の申し渡しを行って来ました。これが、およそ2ヶ月ぶりの申し渡しとなりました。2ヶ月も間隔が開くというのは、ここ何年もなかったことと思われます。職員の粘り強いあきらめない指導が功を奏してきたと喜んでいます。
今年度の目標として、懲戒を受ける生徒の数を昨年度比50%減としていますが、家庭や地域との連携を強化する中で、ぜひとも達成したいものです。
また、学校内外の美化清掃に力を注いでいますが、成果が表れてきています。大乗川沿いの通学路も見違えるようにきれいにしました。これまでゴミが散乱していた状況の中、犬の糞がひどかったのですが、ごみがなくなるにつれ、地域の方も糞の始末などきちんとやっていただけるようになりました。これも実はということになりますが、本日午後、教育委員会からの学校視察がありました。その席でも、「美しくなりましたね。見違えるようですね」とお褒めの言葉を頂戴しました。これも、教頭・事務長が率先して美化清掃に力を注いでくれるからに他なりません。
昨年、生徒有志による早朝の美化清掃ボランティア活動をスタートさせましたが、今年度は、月・水・金の週3回活動しています。生徒の中には、通算で協力回数が60回になろうとしている者もいます。この活動にも、生徒と共に教頭・事務長が先頭に立ってくれています。校長・教頭・事務長が揃って生徒と共に早朝から美化清掃活動を実践しているという学校は、手前味噌になりますが全国的にも珍しいのではないでしょうか。今後も継続していきたいと思います。
昨年、9月に学校のホームページを刷新して情報の発信に努めています。見ていただいている方も多いかと思います。「日本の学校」というインターネットのサイトがありまして、更新の頻度などのランキングが出ているのですが、本校は大阪の府立高校の中で10番以内に入っております。まだご覧になっていない方には、ぜひ一度お目通しいただければと思います。
一件、ご報告申し上げます。本校第二代の校長、安井良一先生が過日実施された平成21年度の春の叙勲で、これまでのご功績により瑞 宝 小 綬 章(ずいほうしょうじゅしょう)を受章されました。安井先生には誠におめでとうございます。この吉報に接し、早速ご自宅に学校よりお祝いのお花を届けさせていただきました。ご報告申し上げます。
最後に閉校まであと1年9ヵ月となりましたが、よりよき形で閉校式が迎えられるよう皆様のご支援を仰ぎながら校長として全力を傾注してまいる所存ですので、引き続きのご支援をよろしくお願いいたします。

(平成21年6月29日)

 

懲戒に係わって

生徒諸君には、休まず、遅れず登校し社会のルールに逸脱せず、校則を守り、自己実現に向け全力を尽くして高校生活を送って欲しいと願っている。しかしながら、ときにルール破りや問題行動があり、残念なことだが、懲戒を科さなければならない現状がある。

4月末に、ある生徒に問題行動があり、5月1日に保護者にもご足労願い懲戒の申し渡しを行った。以来、一昨日の6月24日まで問題行動発生から数えると58日にわたって、懲戒に係る事例がなかった。約2ヶ月近くも途絶えたということは、恐らくここ何年もなかったことではないか。何よりうれしい現象であり、職員の粘り強いあきらめない指導が成果を収めつつあると喜んでいる。

今年度の目標として、懲戒を受ける生徒の数を昨年度比50%減にした。家庭や地域との連携を強化しながら、ぜひとも達成したいものだ。

(平成21年6月26日)

 

挨拶ができる

若いときから、「挨拶の飛び交う学校」の実現をめざして来た。生徒にも同僚にも率先して挨拶を投げかけて来た。昨年、本校に赴任したが、引き続きその実践に努めている。本校の教育目標も、ご存知のとおり「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」とした。
時には、自宅から直接、府教委や府教育センターなどに出張ということもあり毎日ではないが、努めて朝の時間帯、通用門に立ち登校して来る生徒たちに挨拶を投げかけている。何につけてもお返しを期待しての行為は純粋でないと言われるが、そのとおりである。ただ凡人の私には、相手が誰であろう、挨拶したときにその人から挨拶を投げ返して貰うことは至上の喜びとなる。みなさんも、同様ではないだろうか。

本校には、私がうっかりしていても大きな声で挨拶をしてくれる生徒も少なからず居る。しかしながら、残念なことだが挨拶しても反応の無い生徒も居る。そのような生徒にも、私はあきらめずに挨拶を投げかける。くり返し、くり返し、粘り強くあきらめることなく投げかけを続ける中で、視線を合わせてくれるようになる。そしてしばらくするうちに、小さくうなづくというか、会釈してくれるようになる。そして数ヶ月後、蚊の鳴くような声だが「おはよ・・・」と。
これまで勤務した学校でも、そういった事例を数限りなく経験して来た。そのようなとき、人間として大きな喜びを感じる。

登下校のとき、出会うご近所の幼児や小学生に挨拶を投げかけるが、大きな声で返してくれる。一般的に中学校、高校と大きくなるにつれ、素直な挨拶ができなくなるのは(きちんとできる生徒も多いのだが)なぜだろうか。やはり、子どもたちを取り巻く我々大人に、そして社会全体に起因すると思うが、深いところは私にはわからない。ただ言えることは、「高校生くらいの年齢になってもきちんと挨拶のできる人は、いくつになってもきちんと挨拶ができる」ことであろう。

(平成21年6月25日)

 

心の和む時間帯

毎朝、自宅からJR大和路線王寺駅までの2キロを20分かけて歩く。帰りは、逆コースを同様に歩く。往路はJR柏原駅で近鉄道明寺線に乗り換えるが、毎朝、松原市内にある府立高校生が6〜7人乗り込んで来る。7時ちょうどの発車なので、高校生としてはかなり早い時間帯である。部活動の朝練習か早朝の補講を受けるためであろう。
これらの生徒について感心するのは、全員の服装がきちんとしていることである。化粧などもしていない。押し並べて、いい表情をしている。服装を整えるなどは当たり前といえば当たり前なのだが、崩れている(崩れかけている)学校が少なくない中、実に目にやさしい光景だ。
加えて、大声で話したりもしない。車内で教科書を開く生徒が多い。そして、特筆すべは携帯電話を全く触らないことだ。席に着くとすぐにケータイを触りだす大人が多い中、手にする生徒が皆無だ。

  たった二駅の短い時間だが、私にとっては心の和む時間帯である。

(平成21年6月24日)

 

奉仕の精神

生徒有志による早朝美化清掃ボランティアは、月・水・金の週3日休みなく続いている。今日は活動の時間帯、あいにくの雨だった。それもかなり強く降っていたのだが、活動した。これらの生徒は、学校のために、他者のために汗がかけることを喜びとしてきたようだ。
残念なことだが今の世の中、自分さえよければ、その場さえ繕えばといった風潮が強い。そのような中、これら生徒の奉仕の精神は貴いことである。

(平成21年6月22日)

 

有り難いことだ

本日15時から定例のPTA役員会が開かれた。
いつも思っていることだが、役員のみなさん、それぞれにお仕事をお持ちになり、お勤めでない方もお家で忙しくされている中、学校のために、PTA活動のために時間を割いていただいている。誠に有り難いことである。深謝申し上げたい。
会長などは、ご自分の勤務がおありの中、一昨日が大阪府全体のPTA協議会の総会(ホテル アウィーナ大阪)、昨日は聖バルナバ病院での「思春期講座」、そして本日の役員会と、3日連続での会合である。本当に頭の下がる思いだ。

PTA役員のOBや旧職員の集まりである「しらとり会」のみなさんも、学校に対してとても協力的である。来週26日には、こちらの総会・懇親会も開かれる。また、1万1千有余名の同窓会も新しくホームページを立ち上げるなど、ますます意気軒昂であり、「谷口、思い切ってやれ」のお声をかけていただいている。これまた、有り難いことである。
閉校まであと1年9ヵ月余りだが、いい形で閉校に向かうようみなさんのご支援を仰ぎながら邁進したい。

(平成21年6月19日)

 

通風を良くして

校長室で執務をしていて、昼前から少し蒸し暑く感じた。羽曳野市内の最高気温は、30.3度(12時ごろ)であったそうだ。湿度も若干高く、16時の時点で60%(校長室の室温・16時で28.2度)だった。
昨夏、校長室のエアコンは、一度も使用することなく過ごした。今年も省エネと地球温暖化防止に少しでも貢献する意味で、できるだけ使用せずに乗り切りたいと思っている。そのようなことから、校長室の廊下側の天窓を午後からすべて開放したが、空気の流れが途端に良くなり、室温が1度くらい下がった。
教室はエアコンを作動させており、快適な状況であった。

(平成21年6月18日)

 

教育実習終了

6/3より教育実習生2名が、近くの大学から来ていた。昨日、2週間の日程を無事終えた。二人とも本校の卒業生であったが、一生懸命スケジュールをこなし成果を収めた。二人の奮闘と努力を称えると共に、指導教官のお二人や周りでサポートいただいたみなさんにはお礼を申し上げたい。

  若さ溢れる実習生二人の姿を目にし、自分自身の教育実習当時を思い出した。私も母校でお世話になったが、同時期に同じ保健体育で4名が実習ということになった。そういうわけで何かにつけ比較され、表には出さなかったものの否が応にもライバル心がメラメラと燃えたものだ。と言ってもみなスポーツマン、助け合うところはきちんと助け合い、協力しながらしっかりとやり遂げた。当時は指導案も用紙に鉄筆で書き、ガリ版刷りだった。書き損じたり、指導教官の添削が入る(一度で合格は、まずなかった)と一からやり直さなければならず大変な労力であった。指導案作成が深夜になって次の日とても眠たかったことが、昨日のことのように思い出される。現在は、パソコンのワープロソフトを使用するお陰で、加筆も削除も簡単にできる。当時とは、隔世の感である。
実習期間のある日、帰りに実習生だけで酒屋に寄りビールを呷った。疲れて渇いた体に滲みわたり思わず飲み過ぎて翌日4人とも二日酔い、大変な目に遭った。さすがに、学校の保健室のお世話にはなれなかったが。時効だからお話しできる37年前の失敗談だ。4人のうち2名が教職に就き、2名は違った人生を歩んでいる。
今回の実習生は、この夏の採用試験は受けないようだが、来年度はぜひチャレンジして欲しい。

(平成21年6月17日)

 

先週末

先週末、河内長野市内にある私立高校の生徒が撲殺され、富田林市内の石川(大和川支流)河畔に遺棄されるという痛ましい事件が発生した。報道によれば、昨日(6/14)、告別式が執り行われたと聞く。ご遺族の皆様には、謹んでお悔やみ申し上げたい。
事件は捜査中でありコメントは差し控えるが、とにかくトラブルの解決策として暴力を行使することは許されないことである。
暴力の否定や命の大切さなどについての教育は、学習以前の課題として学校現場でも力を注がなければならない事がらであり、どの学校でも取り組んでいる。本校でも今回の事件を教訓に、取り組みをさらに深めなければならないと思っている。

(平成21年6月15日)

 

体育大会を開催

新型インフルエンザに係わっての休校と雨天のため二度も延期になった今年度の体育大会が、本日開かれた。今日は梅雨の合間、カラッと晴れ渡った絶好のコンディションとなった。一昨日の雨で運動場の土も適度に湿り気が残り、これ以上は望めないという状態であった。生徒諸君は各種目に元気一杯、一生懸命に取り組んだ。普段の指導の賜物である。いい汗をたくさんかいてくれたことと思う。また、保護者や卒業生の方も大勢応援に来ていただいた。感謝申し上げたい。
午後から日差しも強く、気温も上がったので熱中症の心配もしたが、被害の報告は無い。これも、日ごろから保健主事や養護教諭、及び保健体育科の教員等が啓発に努めている成果だと思う。その他骨折等の大きな怪我も無かった。何よりである。昼休みにはPTAから冷たいスポーツドリンクの提供があり、生徒たちは大喜びであった。
企画運営には、教職員はもちろんのこと、生徒会執行部や体育委員、及び部活動の部員などの大きな尽力があったからに他ならない。協力や支援に対しお礼を言いたい。
二度の延期という滅多に無い事態であったが、成功裏のうちに無事終了できた喜びを全員で分かち合いたい。

(平成21年6月12日)

 

筋肉痛は生きている証拠

インフルエンザ騒動の影響で延期になった体育大会が、本来ならば昨日開かれる予定であったが、あいにくの雨のため12日(金)に再延期になった。二度も延期になるというのは、珍しいケースだ。生徒諸君は、とても残念そうであった。明日はよい天気に恵まれるだろう。若さを前面に、全力で取り組んで欲しい。

6月8日は、本校の創立記念日であった。生徒は休業日だったので、休暇をとってひとり金剛山・葛城山を縦走した。この日は快晴となり、体の芯からたっぷりと汗をかき入梅前の清々しい一日を過ごすことができた。
金剛・葛城への登山道はいくつもあるが、JR和歌山線の「北宇智」駅(五条の一つ手前)からの古道を選んだ。単独で、仲間と、これまで何度も歩いてきた道だ。金剛山頂まで約7.5キロあり、最も長いルートのひとつである。月曜日ということもあり山道に入ってからは金剛山頂付近に至るまで誰にも出会うことなく、休憩をとった山頂近くの園地でも私以外3〜4名しかいなかった。そのような静寂な雰囲気だったので、ウグイスやカッコウなどの鳴き声が心地よく響いた。清々しい風の下、小鳥のさえずりを耳にしながら口にするコンビニで買った安価な弁当が、高級料亭の仕出し弁当にも値した。

  20分ほど休憩した後、水越峠に向け4キロを下った。膝の軟骨が擦り減り無理できないので、下りはどうしても地図どおりのタイムとなってしまう。途中、冷たい湧き水で口をすすぎ、顔を洗ったが、お金では買えない本物の贅沢が堪能できた。

  水越峠から葛城山頂に向けての直登は、実に厳しいルートである。約3キロと距離は短いが、私は国内有数の急坂だと思う。北アルプス表銀座に向けての、中房温泉(標高1455m)から合戦尾根を経て燕山荘(2750m)までの登りを、ガイドブックなどでは日本三大急登のひとつと呼ぶが(私は三度登っている)、距離は別にして水越からの上りの方がずっときつい(実際、急坂なのだが、信じない人が多い)。若いころ、この水越からの直登を30分足らずで駆け登ったが、今回は60分を要した。今は、無理をしても45分は切れないだろう。この急坂は、私の体力のバロメーターとなっている。90歳を超えても登り切りたいものだと思っている。この急坂を未経験のみなさん、チャレンジしてみては。
ひとつ大阪よりの青崩(あおげ)からの登りは、学校関係の耐寒登山などで使うことが多いが、かなり楽なルートだ。

  「一目百万本」と形容される葛城山頂のツツジは有名であり、ご存知の方も多いだろう。例年5月の10日過ぎが見ごろで、何度も満開のときに見ているが、それは見事である。
葛城山頂から御所のロープウェイ駅までゆっくり下り、最後JR御所駅まで歩いた。家から最寄駅の往復も含めて計約24キロを歩いたことになる。結構、ハードな山行だったが、消費カロリーでみると大した運動量ではない。脂肪は溜め込むのは簡単だが、燃焼させるには多大な労力を要する。
先日、9年履いた登山靴の底を張り替えた(3足を山行の難度等に応じて使用)。修理後初めての使用だったが、しっかりと地面をグリップし感触がよかった。一番古い靴は15年以上履いている。年数を重ねるにつれ、段々と愛着が募り愛しくさえ思えてくる。ザックにしても同様だ。汚れやシミの一つひとつに思い出が滲み込んでいる。「大事にしてやらなければ」と改めて思う。

  ハードな山行は疲れが残る。正直言うと、今回の金剛・葛城縦走、三日経った今でも大腿四頭筋などに筋肉痛が残っており、駅での階段の下りがまだ少しつらい。だが、「筋肉痛は生きている証拠」。たまには、ひどい筋肉痛が出るくらいの、疲れが3〜4日残るくらいの運動を行うことが「健康の秘訣」、「若さ維持の秘訣」だと思っている。「日常、軽度の運動を継続し、時折りハードな運動を」が理想だ。

  若いころからいろいろの種目のスポーツに親しんできたが、山歩きは究極のスポーツであり、究極の健康法であるとつくづく思う。遠くの名山や高所登山ばかりが登山ではない。近郊の低山には低山の魅力がある。金剛には金剛の、葛城には葛城のよさがある。山歩きの、そこがまた魅力の一つであろう。そのように思いながらも、ここ数年、山行の回数がめっきり減った。多忙とか時間が無い、或いは膝痛があるなどというのは言い訳に過ぎない。甘えであり、堕落以外の何物でもない。大いに反省している。当然だが、健康であり、体力に自信が無ければ、気迫や意欲は漲ってこない。健康・体力に勝る財産は無い。

  今の世の中、若い人に限らず、しんどいことや困難なことから逃げる、楽なこと安易な方向に流れる傾向が強い。何かにつけ、「楽しくなければ・・・・ではない」というキャッチコピーが風靡する中、他の要因ももちろんあるがしんどいことを避ける風潮が異状に強まった。本校の生徒諸君も楽しいことばかりに目を向けず、ときには困難に果敢に立ち向かう気概をもって欲しい。
私も定年退職後は、健康を維持する中で再び体を鍛え直して、国内はもとより海外の山々に再度チャレンジしたい。そのためにも、このあたりでの一念発起が求められていると思う。

(平成21年6月11日)

 

6月の全校集会

2日の中間考査最終日、テスト終了後全校集会を開いた。
私からの話(内容は下記参照)の後、先日から来て貰っているT-NET(外国人の英語補助教員)の教員と教育相談研修生(大学院生)を私から紹介、続いて、首席から5/3から教育実習を行う二人の卒業生(大学四回生)の紹介を行った。その後、生活指導部長・進路指導部長・保健主事・生徒会執行部などから話があった。

  集団行動を訓練する一環としての意味合いをもつが、性急に成果を求めず粘り強くやっていきたい。

 
  講話
  生徒諸君、こんにちは。
体育大会は、休校のために10日に延期になってしまったが、みんなで協力してしっかりと準備をして盛り上げて欲しい。

  西浦高校は今年32年目を迎えたわけだが、これまでの卒業生の数は1万1千名を超えている。正確に言うと11,505名だ。これらの卒業生は、今社会のあらゆる分野で活躍しておられる。また、大学などで学んでいる君らの先輩も多い。
この後、紹介があるが、明日から本校で教育実習をされる卒業生が2名いる。お二人は現在、学校の先生をめざして大学で勉強に励んでおられる。教育実習というのは、学校の先生になるための免許状をとるために、自分の母校などで実際に授業などを行うことだ。お二人はしっかりとやり遂げ、将来夢を実現してくれるものと期待している。
また、先日、すぐ近くの中学校の校長先生から次のようなお話を聞いた。その校長先生が若いときに中学校で教えた生徒が西浦高校を卒業し、その後消防署に勤めた。そして現在、大阪府の消防士を訓練する学校で教えているというのだ。きっと勤務の状況が立派であったから、そのような指導する職に就けたのだと思う。
いろいろなところで活躍しておられる立派な卒業生が、大勢いらっしゃる。君らもこのような立派な先輩方を見習って後に続いて欲しい。

  君ら一人ひとりは、必ずよいところをもっている。そのよいところを自分自身で見つけ、確認し、よいところをもっともっと伸ばすよう努力して欲しい。よいところがあっても、あきらめたり努力することを怠ると、そのよいところが伸びない。光らない。
繰り返すが、全員がよいところを必ずもっている。それを自らの努力によってさらに輝かせて欲しい。

(平成21年6月2日)

 

3年保護者対象進路説明会 挨拶

みなさんこんにちは。 今、サツキの花がどこでもきれいですね。アジサイの花も大分色づいて来ました。新緑が目に眩しいというような表現がなされますが、四月の末から今のこの時期まで、風が薫り本当に清々しく感じます。本日は3年生の保護者対象進路説明会を開催しましたところ、お忙しい中ご出席いただきご苦労様です。日ごろは、本校の教育活動の推進にご支援、ご協力を賜りありがとうございます。先日は、新型インフルエンザの感染の広がりに伴って全府立高校が1週間休校となりましたが、お陰様で本校では大きな混乱も無く乗り切ることができました。みなさんのお陰と感謝しています。職員もあらゆる面で迅速に的確に対応し、手前味噌になりますが、西浦高校の底力を感じました。
早いもので月曜から6月に入ります。10日には、延期になりました体育大会も予定されています。盛り上がった行事になることを願っています。みなさんにはご多用とは思いますが、当日はご来校の上、生徒たちの活躍の様子をぜひご覧いただきたいと思います。お願いします。
昨年5月末から始まった有志生徒による早朝の美化清掃ボランティア活動(月・水・金曜の8時10分から25分に実施)もすっかり定着し、通算60回近くになりました。中には協力回数が50回を超えた生徒もいます。このような地道な活動の輪をさらに広げ、学校を活性化していきたいと思います。
さて、3年生にとりましては、自分の進路を方向付ける時期となりました。もうすでに方向が定まっている生徒もいるでしょうが、今いろいろと思いが揺れ動いている生徒も多いかと思います。人生には、学校の卒業・結婚・子どもの誕生など、いくつかの節目がありますが、進路決定はその大きな節目のひとつだと思います。ご家庭でじっくりと話し合っていただき、悔いの残らぬようにして欲しいものです。本日は、この後、進路指導部長や奨学金担当者からの話、そして「大学・短大希望」「専門学校希望」「就職希望」の三つのグループに分かれていただき、それぞれ担当者から詳しい説明があります。不明な点につきましては、この機会にどしどし遠慮なく質問されまして、方向付けの参考にしていただければと思います。
最後に、PTA総会の折にもお話しましたが、今年度の教育目標について触れたいと思います。プリントを用意しました。ご覧ください。「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」の実現を目ざしていますが、今年度の重点教育目標として五つを掲げています。ご家庭におかれましても、保護者の立場でご協力賜りたいと思います。
  それでは、本日の説明会が実り多いものになりますことを祈念し、開会の挨拶とさせていただきます。

(平成21年5月30日)

 

平常どおりの教育活動が再開

新型インフルエンザの感染の広がりに伴い、5/18(月)から5/24(日)まで休校したが、本日から平常どおりの教育活動が再開した。久しぶりに生徒たちの元気な顔を見ることができた。早速、早朝の美化清掃ボランティア活動もあった。
1週間も休校になるというのは、37年の教職生活で初めての経験だ。生徒諸君も、大型連休の終了後、本来の学校生活のペースを取り戻しかかったときだったので、面食らった人も多かったと思う。明後日からは、延期になった中間考査が始まる。生徒諸君には気合いを入れ直して、全力で臨んで欲しい。

  新型インフルエンザについてだが、3名の生徒に風邪の症状が出て発熱相談センターに電話での問い合わせをしたが、何れも問題なかった。本日も、発熱中という連絡が1件あった。保護者付き添いの下、相談センターでの診断を仰いだところ通常の風邪ということで、ひとまず安心した。
全体的には鎮静化に向かいつつあることは間違いないが、まだまだ、楽観できる状況にはない。

  今回の休校に係わって、職員が迅速に的確に対応した。本校職員の底力を強く感じた。深謝したい。

(平成21年5月25日)

 

臨時休校

新型インフルエンザの感染の広がりに伴い、本日から5/24(日)まで臨時休校とした(全府立高校一斉)。 なお、5/18 11時現在、本校生が新型インフルエンザに感染したという報告は無い。
休校期間中、生徒諸君は人ごみへの外出を控え、自宅でテスト勉強や休養に努めて欲しい。
今後の日程変更等については、明日(5/19)の夕刻にはお届けする「お知らせ」をお読みいただきたい。
「臨時休校のお知らせ」 (←クリックするとPDFデータが開きます)

(平成21年5月18日)

 

今年度の「早朝美化清掃ボランティア活動」がスタート

昨年度、5月末から始まった「早朝美化清掃ボランティア活動」は、年度末まで継続できた。33名の生徒が協力し、中にはほぼ皆勤で協力会数が50回近くになった生徒もいた。
本日、平成21年度の活動がスタートした。今日が正式のスタートだったが、男子生徒1名は、4月当初から一人黙々と続けてくれていた。彼の発案で、今年度は毎週月・水・金の3回実施することになった。
この欄で何度か紹介しているが、校庭や敷地周囲が見違えるようにきれいになってきた。通学路になっている大乗川沿いの道路などは、地域の人も驚かれるほど美しくなった。それにつれ、エチケットに反するタバコの吸殻などのポイ捨ても少なくなった。「早朝美化清掃ボランティア活動」が、学校全体の望ましい流れの、核になりつつあることを確信する。善意の輪が、活動の輪が、さらに広がることを願う。

(平成21年5月11日)

 

5月の全校集会

今年度から、始業式や終業式の無い月初めに、全校集会をもつようになった。その経緯については本欄で何度か触れたので省略する。要するに、活性化のための取り組みのひとつである。
今回は、生徒指導部長や保健生徒会部長、及び進路指導部長からの話があった。併せて、昨日選ばれた生徒会新役員の認証式を行った。このようないろいろの取り組みや粘り強い指導を通して、生徒諸君の自尊感情や自己有用感が高まり、結果として自己統制力が養われ「他者の話を静かに聞く態度」などが育まれていくことを望む。
なお、全校集会終了後、各ホームルーム教室に戻り長めの終礼をもち、保健生徒会部が作成した「保健通信」をもとに、学級担任から新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)についての諸注意を行った(内容詳細は、「保護者の皆様へ」に掲載)。新型インフルエンザへの対応については、ご家庭におかれても最新の正しい情報に基づいて冷静かつ的確な行動をとるように努めていただきたい。

以下は、全校集会のときの私の話の内容である。


早いもので今日から5月に入った。このところ、いい天気が続いており、今日は気温もかなり上がっている。木々の緑が目にとてもやさしく、吹く風も清々しい。五月は「風薫る」と形容されるが、本当に気持ちのよい季節である。
今、いろいろの種類のツツジ類やアメリカハナミズキなどが、あちこちで目を楽しませてくれている。つい先日、奈良の長谷寺・室生寺を訪れたがボタンやシャクナゲが満開であった。これからあと10日もするとサツキの花も咲いてくるだろう。その後には、アジサイや花ショウブも控えている。まさに、百花繚乱の春である。君たちも、ぜひそういった花や緑などに目をやる余裕をもって欲しい。言い換えれば、美しいものを見たときに「美しい」と素直に感動して欲しい。感動する心を大事にして欲しい。そのように願っている。
さて、新学年での新学期、3週間余りが経過したが、新しいクラスにも大分馴染んできたことと思う。この頃、私が感心しているのは挨拶ができる人が増えてきたことだ。以前は、朝「おはよう」と投げかけても、反応の無い人が少なからず居たが、今はそういった人は本当に少なくなってきた。「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」の実現が目標だが、西浦高校は一歩一歩前進していることを確信する。
今後も、規則・ルールをしっかり守って、それぞれの目標達成に向けて努力を積み重ねていくことを願っている。
この後、生徒会役員の認証式や先生方からのお話があるので、私からの話はこれくらいにしたい。

(平成21年5月1日)

 

ケヤキの新緑

4月も早や下旬となり、八重桜は一部残っているものの、長く楽しませてくれたソメイヨシノはすっかり葉桜になった。花の軸の落下が盛んで掃き集めるのは大変だが、眺める分には花びらと同様になかなか風情がある。

ツツジ類も彩りを添えてくれているが、今、ひときわ目立つのは、アメリカハナミズキの花だ。アメリカハナミズキは、北米原産の花木である。明治の末期、当時東京市長であった尾崎行雄が米国に桜の苗木を贈ったが、その返礼として東京市に贈られてきたのが日本でのアメリカハナミズキのはじまりだ。日米親善の木として有名になった。このことは、よく知られている。そのときの原木は、今も日比谷公園に残っているそうだ。
現在アメリカハナミズキは、国内で最も人気のある花木の一つとなり、庭木や街路樹として広く植えられている。花だけでなく、秋の紅葉や果実も楽しめる。本校の校庭にも10本以上植えられており、見ごろとなってきた。
一方、日本から贈られたソメイヨシノはワシントンのポトマック河畔に植えられ、現在、世界中で最も美しい桜並木の一つとなっているそうだ。今の時期になると、必ずニュースで紹介される。もっとも、ソメイヨシノの寿命は50〜60年であり、ポトマック河畔の木は2代目である。一度この目で、ポトマック河畔の桜並木を見てみたいものだ。

  赤やピンク、そして白のアメリカハナミズキもきれいだが、今私にとって何よりはケヤキの新緑である。晴れた日、見上げる透き通るような緑には、言葉では言い尽くせぬ魅力を感じる。心が和む。とにかく、葉が固まるまでの今が美しさの絶頂であろう。

  週末24日の金曜日は、校外学習で3年生はユニバーサル・スタジオ・ジャパンへ、2年生は貝塚市の「アスレチックスポーツ」で、フィールドアスレチックや飯盒炊さんを体験する。生徒諸君には、大いに楽しんできて欲しい。当日、天候に恵まれることを祈る。

(平成21年4月20日)

 

青春とは人生の・・・


「青春とは人生の一時期のことではなく・・・・」で始まるサミュエル・ウルマン(1840〜1924・実業家、教育者)の詩「青春」はよく知られている。多くの人が、一度はこの詩と出会ったことがあるだろう。
彼はユダヤ系ドイツ人であったため、迫害を避けアメリカへ渡ったと聞く。 米国アラバマ州バーミングハムに住み、荒物商を営みながら執筆活動を続けた。「青春」は、80歳の記念に自費出版した『80歳の歳月の高見にて』の冒頭に収められている。
この詩は第二次世界大戦後、アメリカの雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」に掲載され、連合国総司令官を務めたダグラス・マッカーサー元帥が座右の銘として執務室に掲げたことから、日本でも知られるようになった。高名な実業家などが感銘を受けたことから、さらに広まった。
私は高校生のときにこの詩に出会った。共感を覚え、歳を重ねても理想を無くしたくないと思ったものだ。私がいつも口にする「飽くこと無く 可能性を求めて」も、特に意識はしなかったが、サミュエル・ウルマンの「青春」に感化されているのだろう。

  この詩に出会っていない本校の生徒もいると思う。何かの機会にぜひ紹介したい。


「青春」(『80歳の歳月の高見にて』から・作 サミュエル・ウルマン)

青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。
若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、
安・易(やすき)に就こうとする自らを戒め、冒険する心を忘れてはならない。
人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。
理想をなくした時老いるのである。
歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。
悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、
雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。
六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、
驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・
何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びと
それに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。
人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。
自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。
希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。
自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、
その人は若いのだ。
感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、
人間は真に老いるのである。
そのような人は神様のあわれみを乞うしかない。

(全文・出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

これまでも、いろいろな場面でこの詩に触れる機会を得てきたが、還暦間近の今読み返すとき、感慨新たなりの感を強くする。
日常の用件に追われ、客観的に自己を見つめることができていないのではなかろうか。知的財産の蓄えはかなわず、体力の衰えは甚だしい。腹回りを中心とした余計な脂肪のみが、意識に逆らって増え続けている。職場での検診が近づくと、何とか今年もクリアーをと無駄な抵抗(三夜漬けの節制)をすることになる。一応、夢や目標は描いてはいるが、それに向けての血の滲むような努力は為されていない。若いころ蓄積した体力も消費尽くし気味で、ほぼ「ただのおじいさん」状態である。

そのような中、私の知り合いで、何人か年齢よりずっと若く見える方がおられる。外見はもちろんのこと、気持ちも驚くほど若い。そういった方々は例外なく、夢や目標をきちんとお持ちになり、その実現に向けてたゆまぬ努力を積み重ねておられる。その方たちにとっては、青春続行中なのである。文字どおり、「青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ」なのである。 人生八十年は当たり前であり、事故災害に出会わぬ限り誰もが百歳まで生きられる時代が訪れようとしている。「何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱く」ようにしたいものである。

原文

Youth

Youth is not a time of life,
it is a state of mind.
It is not a matter of rosy cheeks, red lips and supple knees,
it is a matter of the will, a quality of the imagination, a vigor of the emotions,
it is the freshness of the deep springs of ilfe.
Youth means a temperamental predominance of courage over timidity of the appetite,
for adventure over the love of ease.
This often exists in man of sixty more than a boy of twenty.
Nobody grows old merely by a number of years . We grow old by deserting our ideals.
Years may wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles soul.
Worry, fear, self-distrust bows the heart and turns the spirit back to dust.
Whether sixty or sixteen, there is in every being's heart the lure of wonder, the unfailing child-like appetite of what's next, and the joy of the game of living. In the center of your heart and my heart there is wireless station, so long as it receives message of beauty, courage and power from men and from the Infinite, so long are you young.
When the aerials are down, and your spirit is covered with snows of cynicism and the ice of pessimism, then you are grown old, even at twenty, but as long as your aerials are up, to catch the waves of optimism, there is hope you may die young at eighty.

この詩には下のような口語訳の詩がある。日本語としてはこちらのほうがずっとわかりやすい。

青  春
  Samuel Ulmann  作 ・ 作 山 宗 久 訳 ・ 湯 淺 良之助 改訳

青春とは人生のある期間をいうのではなく、
心の持ち方をいうのだ。
バラ色の頬、紅(くれない)の唇、しなやかな肢体のことではなく、
たくましい意志、豊かな想像力、燃えるような情熱をいう。
青春とは人生の深い泉の清新さをいうのだ。

青春とは怯懦(きょうだ)を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて人は老いる。

歳月は皮膚に皺を増すが、情熱を失えば精神はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は衰え、生気ある精神は、芥(あくた)になる。

六十歳であろうと十六歳であろうと、人の胸には、
  驚異に惹かれる心、子供のようなあくなき探求心、
  人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも、心の中枢には、無線の通信局があるのだ。
人から神から、美・希望・喜悦・勇気・パワーの
霊感を受ける限り君は若い。
アンテナが低く垂れ、精神が皮肉の雪におおわれ、厭世の氷に閉ざされるとき、
二十歳であろうと人は老いる。
アンテナを高く張り、希望の電波をとらえる限り、
人は百歳であろうと、最後まで青春を謳歌して、生を全うすることが出来るのだ。

(平成21年4月15日)

 

本日から平常授業

晴天が続いていたが、今日は久しぶりの雨。 このところ最高気温が20度を超える日が続き、校内でもヒラドツツジが開いてきた。目を凝らすとアジサイにもごく小さな花が見えるようになった。牡丹の開花も間近である。春爛漫の様相を呈してきた。 一昨日の日曜日、我が家の庭も今年一回目の消毒薬の散布を行った。年間、6〜7回は散布する。3月半ばまでに1回目を終えるのがベターだが、散布しようと思った日が風の強い日だったりするとついつい延び延びになってしまう。当たり前だが、消毒作業を好む者はいない。厄介な作業でもある。終了ししばらくしないで済むと思うと、やれやれという感じだ。 30年も前に「農芸・園芸は、病虫害と雑草との闘いの連続である」と学んだが、まさにそのとおりである。手抜きすると、大変な目に遭う。若いころ、盆栽で何度か痛い目に遭ったことがある。植物の世話については、手をかければ成果の表れるのは早い。 子育てや教育では、そうはいかない。一般的に、成果のはっきりするのは何十年先のことである。   昨日は強い日差しの中、防災避難訓練を実施した。生徒の取り組む態度は、比較的よかった。訓練に際しご協力いただいた柏原・羽曳野・藤井寺消防組合本部のみなさんには、感謝申し上げたい。万が一のとき、訓練で学んだことを生かして欲しい。   これで年度初めの一連の行事もひと段落した。 本日から平常授業が始まったが、今年度、年間の重点目標として「授業規律の向上を図る」をあげた。 とにかく、当然のことを当たり前に粛々とやっていくことが求められる。

(平成21年4月14日)

 

離任式

9時15分から離任式を行った。
今回、再編統合に係わる学年減に伴い、大勢の方が転出した。転出されたみなさんには、これまで西浦のために誠心誠意ご尽力いただいた。心から感謝申し上げたい。今後も健康にご留意していただき、新しい学校でもますますご活躍されるよう祈念申し上げる。

  3/13付けの本欄で紹介させていただいたが、昨年度、三学期の終業式では、ごく短時間ではあったが静寂な雰囲気を作ることができた。とてもうれしかった。
昨日の始業式では、シーンと物音一つしないという状況は作れなかったが、これまでのことを知っている人から見ると、これが同じ西浦かと思われるような秩序ある「式」ができた。
そして本日の離任式だが、シーンとした静寂な時間が10分以上続けられた。感動を覚えた。その後も、時折り数名がぼそぼそと私語をしたという程度で、これまでと比較すると「本校生の式に臨む態度」は格段の進歩である。話を静かに聞くという当たり前のことが、当たり前にできてきた。
生徒に対して最後の挨拶をされたみなさんも、静かに聞く生徒を前に感激のご様子であった。昨日も述べたが、この流れを確かなものにしたい。

  昨日午後、懐風館高校の開校式・入学式が挙行された。開校を祝うかのような青空と満開の桜、そして新入生のピカピカの制服がとても印象的であった。来賓として、・大阪府議会議員(羽曳野市選出)・羽曳野市長・羽曳野市議会議長・羽曳野市教育長などが臨席された。私も来賓として、末席に連なった。
式は国歌斉唱で始まり厳粛な雰囲気の中、坦々と進行したが、大阪府教育長の祝辞の中で、「西浦・羽曳野両校の歴史と伝統を継承し・・・」というくだりが印象的であった。両校が発展的に統合され、懐風館高校に繋がったことを決して忘れてはならない。

(平成21年4月9日)

 

1学期始業式 講話

 本日、9時から1学期の始業式を行った。体育館前の満開の桜が、生徒たちを賑々しく迎えた。絶妙のタイミングである。
 私からの話の後、剣道と英語検定に係わって活躍した2名の生徒の伝達表彰を行った。その後、新しく赴任した教職員の着任式を実施した。最後に、教務・生徒指導・進路指導・保健生徒会の各部長、及び生徒会執行部役員から話があった。
式に臨む生徒の態度は、随分と向上した。集合・指揮を担当している教員の地道な努力や、周りの協力体制が整ってきた成果である。3年と2年のみの全校生徒322名と少人数となったが、芽生えつつある10数年なかったと思われるよい雰囲気を強く感じることのできた始業式であった。この流れを大きく確かなものにしたい。 午後は、懐風館高校の開校式・入学式に出席した。

 以下は、私が始業式で話した内容である。


 生徒諸君、おはよう。
いよいよ新しい年度がスタートした。君ら全員と会うのも随分久しぶりの気がするが、それもそのはず、三学期の終業式からでも25日、学年末テストの最終日からだと1ヶ月余りが経過した。今日、元気そうな顔を見ることができ、とてもうれしく思う。

 本来ならば、今日は午後から入学式があるのだが、今年は入学してくる生徒がいない。また、他の学校へ大勢の先生方が転勤された。これらはとても寂しいことだが、これも仕方のないこと。保護者や卒業生のみなさん、及び地域の方々の支援を仰ぎながら、残った君たち生徒322名と先生方とで力を合わせて頑張っていこうではないか。
異動された先生方については、明日離任式を行うので、その際、改めて紹介する。一方、新しい先生方も大勢迎えた。こちらは後ほど着任式という形で紹介する。

 さて、最上級生となった3年生は、夏までに卒業後の進路を大筋決めなければならない。これまでから進路についてはいろいろと学び、そしておうちの方をはじめ周りのみなさんのアドバイスなどをもとに思いをめぐらせて来たと思うが、決定に向け絞り込みが求められる。そのためにも、もっともっと自分を磨いていく必要がある。3年生は最近しっかりしてきたという声を担任の先生などから聞くし、私自身もそのように思っているが、もっと上をめざして欲しい。3年生諸君のさらなる成長に期待する。昨年度は、3年生全員が卒業を果たした。今年もそのようにあって欲しい。

 2年生は高校生活にも慣れ、何でも思う存分やっていると思うが、ここらでしっかりと自分自身を見つめ直し、悔いの残らぬ生活を送っているかどうか点検して欲しい。20年後、30年後、自身の高校生活を振り返ったとき、「もう少し頑張っておけばよかった」と悔やむようでは、情けない。「あの時は、精一杯努力できたな」と思えるようにして欲しい。
 昨年度、何人かの生徒が進級できず進路変更をしたが、その人たちの分まで君らには頑張って欲しい。全員が3年に進級できることを願っている。

休日など、何か参考になればと他の学校のホームページをよく覗く。つい最近、他府県のある高校の「創設の言葉」というものに出会った。その高校ができるときに作られた言葉である。それは「未知の我を求めて」という言葉だ。「未知の我を求めて」、未だ知らないという意味の未知だ。
 私は、この「未知の我を求めて」という言葉にとても感動した。「未知の我を求めて」を説明している文章があるのだが、君たちに紹介したい。わかりやすく言うとつぎのような意味だ。

 「本校に学ぶ者は全力を尽くさなければならない。とにかく、何でも全力でやってみることだ。努力しない者は、素晴らしい可能性を持っている自分に出会えず、それを知らずに人生を終わってしまうことになる。未知の我を求めて全力を尽くそう」
 以上である。もういちど言う。「・・・・・」。原文は、もう少し難しい言葉を使っている。

   少し難しい話しになってしまったかもわからないが、とにかく、3年生も2年生も全員、自分の力を出し切って頑張って欲しいということだ。

最後に、いつも話しているように西浦高校の学校目標は、「挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校」の実現である。誰にでも、元気のよい挨拶を投げかけて欲しい。そして、ルールを守ろう。
お願いと期待をして、平成21年度第1学期始業式での私の話を終わる。

谷口校長

(生徒会執行部役員と一緒に4/7撮影)

(平成21年4月8日)

 

「未知の我を求めて」(宮崎西高等学校・創設の言葉)

校庭の桜が満開となった。開花は早かったが、低温の日が続き今年は例年に無く花期が長い。先の土・日、お花見に行かれた方も多かったことだろう。5日の日曜日に大阪城・西ノ丸公園で花見をしたが、全体では七分咲きで満開に近い木も多かった。前日が雨だったせいもあり、快晴の中、ものすごい人出であった。
今日は21度まで気温が上がった。昨日校長会で出張したホテル アウィーナ大阪(天王寺区)玄関前のヒラドツツジは、もう咲き始めていた。春本番に突入といったところだ。

本校では、今日は午前中、運営委員会・職員会議を開き、午後からは学年会議と続いた。明日からの1学期スタートへの準備も万端である。明日、生徒諸君と会えるのが大いに楽しみだ。

  さて、全国有数の進学校として知られる宮崎県立宮崎西高校は、昭和49年の創設で比較的新しい学校である。平成19年度には、宮崎の県立高校としては初の附属中学校も設置されている。いわゆる、中高一貫校である。
同校のホームページによれば、教育理念は「未知の我を求めて」であり、「創設のことば」には次のようにある。

「本校に学ぶ者はかけがえのない自己を尊重し、自己を伸ばすために全力を傾注しなければならない。まず自分の中にある自分の知らない自己を発見するため、全力でやってみることである。自分を発見するための努力を怠っている者は、未知の我がいかに素晴らしい我であるか知らずに生きることになり残念である。この未知の我を求めて全力を尽くそう」(参考・宮崎県立宮崎西高等学校ホームページ)

この理念や「創設のことば」に大きな感動を覚えた。私が30年も前から提唱してきた「飽くこと無く 可能性を求めて」にも通じるものがある。

同校ホームぺージの校長挨拶には、『この「創設のことば」にあるように、生徒たちは色々なことに挑戦し、現実の課題を知り、それを解決できるような「未知の我」を求めて切磋琢磨しています』と。そのような積み重ねが、300名を超える国公立大学合格者につながっているのだろう(ちなみに、府立随一と言われる北野高校は257名・平成20年度)。学校行事はもちろんのこと、部活動でも大勢が全国大会に出場するなど、非常に盛んなようである。

同校のPTA総会の出席率は、100%であると聞く(総会の欠席保護者対象に再度開き、この分の出席者も含めて)。PTA総会終了後、1ヶ月の間は45×7の短縮授業にして、全員の家庭訪問も実施しているという。「他校とは環境が違う」という一言では語ることのできない、同校の取り組みの強さを感じる。

明日の始業式の講話で、「未知の我を求めて」について触れようと思っている。

(平成21年4月7日)

 

新しい年度のスタート

新しい年度が始まった。
再編整備計画に係る学年減等に伴い10名の教諭が他校へ転出、3名(1名は本校で再任用、2名は他校で再任用)が定年退職した。また、事務長が定年退職、実習助手が定数減で他校へ転出した。勤務年数の長短はあるが、みなさんには本校発展のためにこれまで献身的に尽力していただいた。深く感謝申し上げたい。転出先でのますますのご活躍を祈念する。

転出された方などの後任として、新事務長、2名の再任用教諭、10名の期限付き講師、1名の再任用技能員が着任した。一日も早く本校に慣れていただき、西浦の一員としてご活躍願いたい。

本日の職員会議で、今年度の重点目標を示した。以下のとおりである。また、新しく今年度重点目標に加えた「授業規律の確立」に向け留意事項(生徒指導部・教務部作成)をまとめ、共通理解のもと一致して取り組んでいくことを確認した。



1 めざす学校像

挨拶の飛び交う 秩序ある元気な学校

  友だち同士で、教職員に対しても、地域のみなさんにも、本校を訪れた方にも、誰にでも元気な挨拶を投げかけることが自然にできる。そして、生徒一人ひとりが社会のルール・校則などをきちんと守ってけじめある高校生活を送る中で、飽くことなく可能性を求めて勉強や運動に励み自己実現を図る学校の実現をめざす。

2  本年度の重点教育目標

(1) 休まず、遅れず登校させる。
遅刻・欠席を前年比4割減らす。

(2) 授業規律の向上を図る
共通理解の下、授業規律の徹底を図る。
懲戒を受ける生徒数を半減させる。

(3) わかる喜びや達成感などを味わわせる。
  授業研究をさらに深め、基礎・基本を重視した授業の展開、少人数授業によるきめの細かい指導に努める。

(4) 帰属意識を高め、中途退学者を減らす。
活気に満ちた特別活動の実践やガイダンス機能の充実、及び教育相談機能の充実などを通して、自尊感情を高めると共に他者への思いやりの心を育む中で、学校への帰属意識を高め中途退学者を前年比7割減らす。

(5) 進路決定率100パーセントをめざす。
自己の在り方、生き方を考えさせ、将来への夢を具体的に持たせる指導を徹底し進路決定率100%をめざす中で、卒業時未定者数を前年度比2割減らす。


生徒指導部・教務部がまとめた「授業規律の確立のための留意点」も、何も取り立てて新しい内容などない。要するに、当たり前のことを当たり前のこととして、妥協したり、見てみぬ振りしたりせず、毅然と指導していくということである。
とにかく、各自がプロとしての自覚をもち、それぞれの授業を押さえるべきことを押さえて、責任をもってきちんとやっていくことに尽きる。

谷口校長

(写真両側は、教頭と新事務長)

(平成21年4月1日)