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渋高卒業生からのメッセージ

大西 洋介
2009年3月卒業 61期生 硬式野球部キャプテン
JR西日本 駅勤務(現在車掌研修中)
今の生活は?
仕事が中心の毎日です。
今がんばっていることは?
仕事です。 駅業務研究発表で本社表彰を受賞(踏み切り遮断管折損に対する対策)しました。今は毎日、車掌の研修をがんばっています。
渋高名物といえば?
中継塔(渋高から更に山の上に向って走るコース)
渋高のいいところといえば?
とにかくおもしろい。ここぞというときの団結力。
進路に悩んでいるときに先生方が親身になってアドバイス・手助け・後押しをしていただいて今の自分があります。
野球をしていて大変だったことは?
1年生のときに同学年が二人でした。(しかし、休みの日には先輩たちも一緒に中学校周りをしてくださり、次の年はたくさんの新入部員を迎えることができました。)
同学年が少ない中でキャプテンとして部員をまとめることが大変でした。1勝するまでに時間がかかったこと。でも初めて1勝したときにはマネージャーまでもが一緒に喜んでくれたことがとてもうれしかったです。
野球をしていて良かったことは?
学校周辺の地域清掃などを通して、奉仕の精神を学びました。いまでもとても役に立っています。キャプテンとしてプレー以外のこともとても多く学ぶことができました。
梶原 健太郎
2009年3月卒業 61期生 硬式野球部副キャプテン
四天王寺大学 3回生
今の生活は?
平日は大学、休日は社会人野球に参加しています。
土日中心で練習をしていて、ポジションはキャッチャーです。
今がんばっていることは?
将来の目標(消防士)のための勉強と社会人野球(関電グループ硬式野球クラブ)。社会人野球では野球だけでなく大学の活動とは違い、年齢層が幅広いので、人付き合いなど学ぶ点が多いです。消防士になる為に丈夫な体である必要があるので、その点においても野球を続けている毎日はとても充実しています。
渋高名物といえば?
「渋高雨」(突然のにわか雨。雨との境目を見ることができる)
渋高のいいところといえば?
行事ごとがすごい。特に体育祭は学年が縦割りのブロックでだんだんと団結力ができ、最後には「ガッ」と1つにまとまるところがすごいです。ここぞというときのパワーはすごいです。文化祭・体育祭など、それぞれが役割をこなしみんなが最高のものにしようと、共通の目標に向かって進む渋高生が大好きです。
野球をしていて大変だったことは?
2人で野球部をつないでいくということのしんどさ。プレーを引っ張っていくということで精神的に鍛えられました。
野球をしていて良かったことは?
3年間続けたことであきらめないでやり続けることの大切さを知ることができた。いまでも社会人野球を続けています。その中で将来への夢も確実なものになり、いまそれに向ってがんばっています。
後輩へのメッセージ

3年間の間に自分のやりたいことを見つけてください。
そのためには、勉強・部活をあきらめずにがんばってやることが大切です。そうすれば、必ず結果がついてくると思うので、がんばってほしいです。そして、自分たちのように渋高を卒業したことに誇りをもてるようになってほしいです。

平岡 あずさ

2007年3月卒業 59期生

聖母被昇天幼稚園で幼稚園教諭として働いています。
幼稚園のときからの夢である「母校の幼稚園で働く」という夢をかなえました。

今の生活は?
仕事中心です。
休みの日でも担当児童のことが気になったりしています。
渋高のいいところといえば?
友情が育つところ。
高校時代の友達はいまでもつながっています。
渋高の思い出は?

文化祭が思い出に残っています。
中庭ステージ(※)で、友人とダンスを踊ったのが印象に残っています。楽しかったです!!(その友人は今はダンスの道に進み、プロとして活動しています。)

クラブは硬式テニス部でした。たいへんでしたが楽しかったです。

家庭科の時間の保育実習で、進路に迷っていたときに「やはり幼児教育の道に進みたい」と再確認できました。これがきっかけでわたぼうし(池田市子育て支援センター)のボランティアにも参加し、よい経験となりました。

※ 中庭ステージ: 中庭にステージをつくり、有志参加でダンスや歌を披露した。現在は中夜祭として引き継がれている)

後輩へのメッセージ

高校時代は一番いろんな友達と出会える時期。遊ぶときは遊び、勉強するときは勉強する。高校生活を十分に楽しんでください。
私は、高校進学のときに私立にするか公立にするか悩みましたが、
将来の選択肢が多いほうがいいと思って公立に進学しました。渋高で、
将来の目標を再確認できたし、たくさんの友達に出会えて本当によかったです。

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