<3月1日(金)第67回卒業証書授与式>

本日、午前10時より、第67回卒業証書授与式を挙行いたしました。

卒業生の皆さん、保護者の皆さま、ご関係の皆さま、ご卒業おめでとうとうございます。

以下に、卒業式の式辞(概要)をご紹介します。

○三月を迎え、春を感じる暖かな日差しの日も増えてまいりました。

○本日、ここに大阪府立東淀川高等学校第67回卒業証書授与式を挙行いたしましたところ、公私何かとご多用にもかかわりませず、多数のご来賓の皆さま、及び保護者の皆さまにご出席を賜りましたことに厚く御礼を申しあげます。ただ今、本校所定の課程を修了しました221人の生徒の皆さんに卒業証書を授与いたしました。

○保護者の皆さまにおかれましては、人生で最も多感なこの時期に、深い愛情をもってお子さまを育んでこられたことと思います。今日、こうして卒業の日を迎えられ、これまでをふり返りながら、喜びをかみしめておられることと思います。改めて心よりお祝いを申しあげます。誠におめでとうございます。

○卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。今、皆さんはどのような思いでしょうか。三年間をふり返り、何を思い出しますか。学校行事や部活動のことでしょうか。それとも友だちと過ごした放課後の教室での時間でしょうか。皆さんにとり、この三年間は全てが順調だったわけではなく、学習や進路、友だちとの関係などに悩むこともあったと思います。

○皆さんの学年(67期生)は、入学当初から新型コロナウイルス感染症の影響を大きく受けました。

○一年次、6月、体育祭は学年ごとの実施となりました。春に予定していた遠足、9月当初に予定していた文化祭は10月に延期されました。

○二年次、6月、三年ぶりの全校での体育祭で、67期生は他学年と協力して競技や応援団で力を発揮しました。9月、文化祭はようやく一日開催となりました。10月、三泊四日の修学旅行は感染症対策を取りながら、楽しい思い出になりました。

○迎えた三年次の5月、感染症が五類の扱いとなりました。6月、体育祭では67期生が応援団を中心として下級生をまとめるとともに、応援団同士が互いを思いやる行動が印象的でした。9月、文化祭は多くの人にとり進路実現の時期と重なりました。その中で、学校行事と進路実現を両立して頑張っているひとをたくさんみました。

○一年次、二年次をとおして、日々の感染症対策が求められたり、学級閉鎖や部活動の制限・停止がありました。高校生活の大半でさまざまな制限がある中、学習、学校行事、部活動、進路実現に向けて頑張ったことは本当に素晴らしいと思います。

○ただ、こうして卒業の日を迎えたことは、皆さんの努力の成果であるとともに、皆さんを温かく見守り、常に支え続けてこられた、多くの方々の愛情の賜(たまもの)でもあります。今まで支えてくださった保護者の方々をはじめ、多くの方々に感謝し、今日をこれまでをふり返る日としてください。そして、皆さんから、しっかりと感謝の気持ちを伝えてください。

○これから皆さんは、高校生としての生活から、より大きな世界に羽ばたくことになります。皆さんがこれから生きる社会について、三つの側面をご紹介します。

○第一に、AI(人工知能)の進歩です。生成AIによる文章生成が大きな話題になりました。AIの進歩により、知識や情報が共有され、新たな価値を生み出す社会(ソサエティ5.0)がめざすべき社会とされています。

○第二に、新型コロナウイルス感染症について、感染症法上の位置づけがみなおされ、社会は日常生活を取り戻したようにみえます。ただ、感染症が社会やひとびとの生活に与えた影響は、なくなったわけではありません。

○第三に、現代の世界では、さまざまな立場の人が互いに助けあっています。皆さんは今までに「SDGs」について学んだと思います。「SDGs」は国際連合で採択された2030年までの世界全体の目標です。貧困の解決や気候変動に対する取組みなど、持続可能な社会に向けた取組みに、世界中の多くの人々が協力をしています。互いの協力という観点から、今年一月に発生した能登半島地震の被災地には、多くの方がボランティアに行き、復興の支援を行っています。一方、一昨年の二月に始まったウクライナでの戦争だけでなく、昨年の10月に始まったパレスティナ・イスラエルでの戦争は、世界に深刻な影響をもたらしています。

○これからの社会で、皆さんは何をすべきでしょうか。皆さんには、一人一人の幸せの実現とともに、例えばSDGsが掲げる社会や世界全体の目標にも貢献できる人になってほしいと思います。そのためにも、いろいろなことを学び続ける人であってほしいと思います。

○皆さんにアメリカのコーネル大学の政治学部教授であったベネディクト・アンダーソンさんをご紹介します。

○経歴 アンダーソンさんは、1936年、イギリス系アイルランド人の父と、イギリス人の母のもと、中国の雲南省で生まれました。1941年、アンダーソンさんの父は家族を連れ、アメリカ経由で故郷のアイルランドに戻ることを決心します。しかし、サンフランシスコ到着した父は、第二次世界大戦の激化をみて故郷に帰ることを断念し、一家はカルフォルニアとコロラドに滞在します。第二世界大戦終結後、一家はアイルランドに戻ります。父が亡くなった後、アンダーソンさんはイングランドの学校で学ぶことになります。1957年、アメリカに住む友人から、コーネル大学での仕事の誘いを受けます。翌年、コーネル大学で職を得て、後に同大学の教授となります。大学では東南アジアの地域研究を専門とし、アジア各地のフィールドワークに取り組みます。さまざまな研究をされ、2015年に逝去されています。

○著書『想像の共同体』 フィールドワークの経験を踏まえて生まれたのが、1983年に出版された著書『想像の共同体』です。アンダーソンさんは、この著書で、「ナショナリズム」(日本語では「国民主義」とも訳されます。民族が集団としての意識を強めて、独立・統一・発展をおし進める思想および運動)が主要な原因となって、過去二世紀にわたり、多数の戦争が生起し、多くの人々が犠牲になったことから、その根源を明らかにしようと考えました。

○『ヤシガラ椀の外へ』 アンダーソンさんの自伝的な著書が『ヤシガラ椀の外へ』です。著書の一部を皆さんにご紹介します。

○私は国際的な比較を大切にするもののみかたを身に付ける環境で大きくなった。思春期の始まり頃までに、中国の雲南、(アメリカの)カリフォルニアとコロラド、アイルランド、イングランドで生活をした経験があった。さらに、周辺(マージナル)に位置しているという、感性を培う経験をすることができた。

○カリフォルニアではイギリス・アクセントを笑われ、アイルランドではアメリカ熟語を、イングランドはアイルランド表現を笑われた。このような経験の積極的な点として、地球の多くの地域を愛情の対象とすることができた。

○インドネシアやタイ(シャム)には「ヤシガラ腕の下のカエル」という諺(ことわざ)がある。これらの国では半分に割ったヤシガラをお椀として使う。この椀には台がなく底は丸いままだ。椀が上向いているときに間違って飛び込み、椀がひっくり返って中に閉じ込められたカエルは、なかなかそこから抜け出すことができない。やがてカエルの世界は、ヤシガラ椀が覆う狭い世界だけになってしまう。

○狭い世界(ヤシガラ椀の中)にいることに気づき、そこから抜け出すこと、そのためには冒険精神が大切だ。インドネシアでは、道で誰かにどこへ行くのかと尋ねられたとき、行き先を教えたくなければ、「風を探しているんだ」と答える。制度に安住してしまうと、風を探そうとしなくなる。風を見つけたら、それを捉えようとする気概が大切なのだ。そのためには、実際に旅をすること、精神面で旅をすることの両方が重要だ。

○改めて、67期生の皆さんには、狭い経験の殻に閉じこもるのではなく(アンダーソンさんがいう「ヤシガラ椀の下のカエル」になるのではなく)、多様なひとびとがいる社会を許容し、そのうえで行動できるひとに、いっそう成長してほしいと思います。

○東淀川高校に在学中、感染症のたいへんな状況を協力して乗り越えてきた皆さん、さまざまな授業で協力して考え、発表する経験をしてきた皆さん、部活動・学校行事等でひととひとがつながる体験をしてきた皆さん、何より特別入試で入学した生徒(くろーばぁ生)と、一般入試で入学した生徒がともに学ぶ経験をしてきた皆さんならば、きっとそれができると信じています。

○卒業後は、これまでつくりあげてきたすてきな学年から、すてきな社会を作り出すひととして過ごしてください。明日からの新たな生活では、「この瞬間のために生まれてきた」と思えるほど嬉しいことにも巡り合うでしょう。間違うこともあるでしょう。また、つらいことが重なり、現実から逃げ出したいと、思うことがあるかもしれません。困ったこと、つらいことがあれば、いつでも東淀川高校を訪問してください。

○終わりに当たり、ご出席いただきました保護者の皆さまに、今まで本校に対して賜りました多くのご協力、ご支援に心より感謝を申しあげます。また、お子さまを通じて生まれました学校との絆を、いつまでもお持ちいただき、なお一層、東淀川高校の発展にお力添えを賜りますよう、お願い申しあげます。

○最後に、卒業する皆さん一人ひとりの前途に、堂々たる未来が開けますように、自分とともに周りのひとをも照らす人生を送ることを、心からお祈り申しあげて、私の式辞といたします。

令和六年三月一日 大阪府立東淀川高等学校長 森瀬 康之