(第26話)126年の歴史がおまっせ

「北やん、ちょっと前のことやねんけど、1月5日に大阪市視覚障害者福祉協会で岸先生の講演に行ってきてん。五代五兵衛さんの話やねんけど、五代五兵衛さんって知ってるか?」

「知ってるで。うちの学校を設立した人やろ。校長はんの後ろにある胸像の人やろ」

「そうや。ワテは全盲の実業家ってことしか知らんかったけど、その人となりを知ることができたわ。いろいろと悩むこともあったし、寄宿舎の調理を手伝ったり、子どもたちと一緒に遊んだりとなんか身近に感じたわ」

「でも全盲で、学校を作るなんてすごい人やで」

「せやけど、五代五兵衛さんとは直接関係ないけど、ひとつ気になった話があってん」

「何でんねんそれは?」

「京都府立盲学校ができたんが明治11年(1878年)で、もうじき150周年を迎えまんねん。でもうちは126年、大阪南視覚支援学校も今年112年ですわ。どっちも私立の学校で始まってまんねん。大阪って昔から大都市やのに何で京都から遅れること22年もかかってんやろって、疑問に思っててん」

「せやな、かなり差があるな」

「実は、その翌年の明治12年に大阪府が大阪府立模範盲唖学校を設立する動きがあったらしいわ」

「へぇ~、公立で作る予定でしたんか。何で出来まへんでしたんや」

「まあ、予算がつかんかったってことや。まだ障がい者の人権って軽んじられてたんやろな。知らんけど」

「この明治11、12年はまだ点字ができてない時代やねん。日本で点字が生まれたのが明治23年(1890年)やから、ちょうど京都盲とうちができる間のこっちゃな」

「そんなら、京都盲ができたときはまだ点字はおまへんでしてんな」

「せやねん、そのころはいろいろ工夫してたんやで。ちなみに日本点字を作ったのは石川倉治っていう人で、11月1日が点字に日に制定されてるねん」

「それは昔聞いたことあるわ。それは今も学校で伝えてまんのか」

「伝えてるねんけど、今年度は文化祭やったから伝えてへんな。校長の挨拶で入れ取ったらよかった。しまったなあ」

「まあ、ここで伝えときなはれ」

つづく