80年の歩み9:高等女学校の授業、続き

校庭の一隅で(小学校付設時代)
点 茶 の 風 景
当時の図書館での閲覧風景


 「講読」というのは今の現代文の分野、古典の分野を含めた「国語1」にあたるが、これだけの問題で所要時間30分、これに「文法」の問題(残念なことにその記録は発見できなかった)が20分で計50分とのこと。だから現在と比べるとだいぶん違うが、この問題の全容からみると後半はともかくとしても前半は万葉集や古事記の原文らしい。実はこれが2年生の間題であるから、分析力など給合学力は別として、少なくとも教林に用いる古文の程度はかなり今より進んでいたのであろう。

 その他、ウルサイ規則をもう2、3紹介すると「食事の作法のこと。教師の教室に行くまで待ち合わぜ、その着席を待ち挨拶して食せしむ。時間は15分とし鐘の合図により生徒を解散せしむ。監督は男女教員交代とす」

 「抜員室への出入のこと。教員室への出入りせしむることを少なくすべし。今後は組長、副組長(今の学級代議員)のほかはみだりに出入りせしめざること」(大正7年)などなど、当時の礼儀作法に対するしつけの厳しさを伺わせる資料には事欠かない。

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目次

表紙

校歌

河南高校全景

学校方針・校旗・校章

沿革の概要

創立より大正末期まで

前身校の開校式に向けて

前身校開校の頃の学生生活

新校舎への移転

郡立女学校への改組

校名三選の軌跡

河南高校「松原分校」のこと

80年の歩み<昭和初期から現代まで>
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