2016年6月23日を覚えておこう。確実に世界史の教科書、政治経済の教科書に記載される日である。イギリスの国民投票の結果、イギリス国民が離脱の選択をした日である。私は、この日は「理性が感情に負けた日」と思う。イギリスがEUを離脱することを世界の誰も望んでいなかった。離脱の結果をうけ、世界中の経済に震撼が走ったことがそのことを示している。日本の新聞も大きく報じ、かつ社説で自らの考えを表明した。読売新聞は、「世界を揺るがす残念な選択だ」と大きな見出しの社説を掲載し、朝日新聞は「内向き志向の連鎖を防げ」、毎日新聞も「混乱と分裂の連鎖を防げ」と警告を発した。誰もが望まない結果をイギリス国民が選択したのである。
私は、この日を「理性が感情に負けた日」と述べた。報道されているのは、離脱派の移民問題に関する感情である。移民により教育が悪化し、社会保障が圧迫されている、それは移動の自由を認めたEUの政策が原因だ、だからイギリスの主権を取り戻そうと離脱派は訴えた。その感情の裏には、「大英帝国」というノスタルジーも垣間見える。本当にすべて移民が問題なのか、すべての問題をこの一つの原因で語ってよいのか、結果が出るまでの報道をみながら、ずっとそのことを考えていた。人間は、自らと違うものに対して警戒心を持つ。それは、生物としての自然な感情に根差したものだ。しかし、人は理性で考えてきた。相手と話をし、理解し、受け入れることができる、共存することができる能力を持っている。だから、人類はここまで発展してきたのである。排除や孤立からは発展は生まれない。
このイギリスの離脱決定をみながら、私は塩野七生さんの「ローマ人の物語」を思い出した。私の愛するシリーズ本の一つである。その中で、カエサルのガリア政策が取り上げられている。ガリアとは、今のフランスである。ローマ帝国がガリアに進出した際のカエサルの政策である。カエサルは、武力で支配した。しかし、その後多くの支配者が行うような自治のはく奪、被支配者の文化の否定、抑圧などを行わなかった。自治権を認め、ガリアの民の神を認めた。そして、多くのガリアの有力者にカエサルの称号を与え、ローマ帝国の市民として栄誉を与えた。塩野さんは、「これこそがローマ帝国発展の真髄、すなわち寛容の心です」と言っておられる。まさしく、その通りだと思う。今、アメリカの大統領選をはじめ、欧州の国々でも移民排除の動きが活発化している。極めて懸念されるべき事態である。排除と孤立から発展は生まれない。互いの不信と憎しみが増し、衰退を招くだけである。
学生のころ、尊敬する哲学者の話を聞いたことがある。もう、その方はすでに亡くなっていたが、直接学んだ方から教授の語録として聞いた。「難しい問題に直面したとき、楽な選択をしてはいけない。しんどい道を選ばなければならない。それが正しい道である。困難であると思われる選択が正しい。分裂は楽である。統一は困難である。しかし、その道こそが正しい。」と。この話は、なにも国と国の話、民族と民族の話だけではない。人と人との付き合いの話である。
布施高校のみなさん、今回のイギリスの離脱選択をきちんと覚えておきましょう。世界史の節目です。そして、理性が感情に負けた結果、今後どのような展開が待っているか見届けましょう。そして、あなたたちに困難な問題が起こったら、理性で考えましょう。感情に流されてはだめです。楽な選択をせず、より困難な道を選択をしましょう。それがいばらの道であっても、その道こそが正しかったと後ろを振り返った時に確信すると思います。
さて、これからEUは混迷を深めるでしょう。その混迷を身近な問題にたとえます。あなたたちが、所属するクラスやクラブです。一人のクラスメイト、部員が自己主張を始めました。その主張は、己の利益を優先するものです。そして、他の人たちにもある程度その主張に納得するところもあります。そして、気持ち的には賛成といってもよいという気分がある。今のEUはこんな状態です。そして、とうとう自己主張した人が、「もう我慢できない!こんなところにはおれない(絶交する)」と決めてしまったのです。それが6月23日の決定です。さて、あなたならどうしますか?「あいつがあんなことを言って抜けるなら、俺もそう思うな。みんなそれぞれでやっていこうや。一緒にやりたい奴らで、やればいい。それでいいんじゃないか」という立場にたつか、「いや、ちょっとまて。あいつが出ていくって言ったこともよく聞いてみよう、俺たちにも考え直すことがあるのじゃないか、一緒に考えよう、そうすることであいつも戻ってくるかもしれない」という立場に立つか、どちらが感情的か、理性的か、わかりますよね。そしてどちらが安易で、どちらか困難か、どちらが衰退し、どちらが発展するか、それもわかりますよね。EUの問題って突き詰めていけば、こんな問題だと思います。みんなでディベートするには、格好の材料です。