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今年度最後の今宮教養講座(第13,14回)が行われました(2/7)

 昨日、午後から今年度最後の「今宮教養講座」が2本立で行われました。「第13回 読書会『私達の文学』を始めます。」と「第14回 いっぱい踊って汗をかこう!応用編ヒップホップ♪」です。

 午後からグラウンドで部活動の様子を覗いていて、うっかり挨拶をしに行くのを失念してしまい、剣道場で行われていた最相先生のダンス教室は諦め、会議室で行われていた「読書会『私達の文学』を始めます。~第3回『私だけの村上春樹を話します!~』」の第2部の初めの挨拶に行きました。 

 失念していたことを反省し、慌てて会議室に行くと、第1部の小山先生スペシャルトークの途中でした。部屋の中に入り辛かったので廊下側のドアのそばで聴いていました。

 今回のテーマは興味津々です。「村上春樹ファン」を自認されている西口先生が参加して、「村上春樹はなぜ嫌われるのか」も観点にのひとつに入れて、「私だけの村上春樹を話します!」トーク&ディスカッション大会が催されました。参加された本校や他校の先生方、卒業生や一般の方が自由に集まって、それぞれの「村上春樹」を語るという素晴らしい企画です。

 稚拙な挨拶の中で、教科書にも掲載されている短編「鏡」のことばが創り出す景色が、幼少の頃に再三不意に襲われた「不思議な気持ち」に支配された自分が見た景色と重なった体験を話しました。

 そんな無駄話をしながら、小山先生の「ことばの定位と挑戦」のことばのとおり、また、昨年度に催された「私達まつり」で最後に仰った「to be continue」のことばのとおり、私はまんまと小山先生の術中に陥っているように思いました。

 ある小説家が綴ることばの世界は、ときに、自分だけの世界--誰にも知られたくなかったり、誰かに知ってほしかったり、あるいは、自分さえも知らない無垢な自分の世界--に遠慮なく覆いかぶさり、ぷつぷつと傲慢な音を立ててくっついてきます。ことばの定位は、読み人によって無限の広がりを持ち得る可能性を持つ、だから、「to be continue」なのだということなのかなぁと朧げに思うところです。

 将棋でいうと、序盤、中盤、終局と進むにつれて、打つ手の通りは狭くなっていくものですが、小説は最後まで読んでもそうはならない。たとえ、それが小説家の術中に陥っているとしても、小説を味わう主体は自分にある、だから今日は「私だけの村上春樹」なのですね(^^)/

 挨拶の機会をいただいたのをいいことに、「私だけの村上春樹」を話してしまいました。そして、話しながら、この読書会は私達まつりの続きであり、「ことばの定位と挑戦」に向かい続ける場に違いないと感じました。

 やはり、小山先生の術中に陥っているのでしょうか。しかし、それはきっと間違いで、きっかけはそうかもしれませんが、ことばのもつチカラと無限の可能性に気づいている人が、新たな「ことばの定位」を求めて集まっているように思いました。

 同じ年度に今宮高校に着任して一緒に総合学科5期生の担任をするなど、とてもお世話になり、また、刺激を受けてきた小山先生への「感謝」のことばになってしまいそうです。僅かな時間でしたが、とても面白い時間でした。

 こんな読書会をしている隣で、ダンス教室で汗を流している人がいる、今宮教養講座っていい催しだなぁと思いました。最相先生、小山先生、西口先生、有難うございました。長々と失礼しました。