冬休み明けの講話

遺伝か環境か

~ 両者を超えるもの ~

 前回、頭の良さについて考えましたが、これはどうやって作られるものなのでしょうか。生まれつきが大切か、生育する環境が大切かということです。

  ここで1枚の写真を見てもらいましょう。仲良く3匹の犬に交じって座っているのはミニブタです。別にそうなろうとして犬の真似をしているのではないですが、どうやら自分は犬だと信じて努力の結果、仲間入りできています。普通ブタは犬のお座りの形をしませんが、ここでは少しぎこちないですが、ちゃんと座っています。顎が上がっているのは遠吠えの練習をしているからのようです。これは犬と一緒に育ったということもありますが、遺伝より環境が勝ったという話になると思います。

  一方人間はどうでしょうか。インドのオオカミに育てられた娘、の話などが昔ありましたが、真偽は解りません。違った環境、家庭に子どもを取り換えて育てるというような実験はできません。してはならないと思いますが、そうなってしまったという事実があるのです。第2次大戦後の第一次ベビーブームの時代、昭和28年3月30日のことでした。この頃の産院は非常に忙しく、新生児の取り違えが起きてしまったのです。DNA鑑定ができない時代です。血液型ではなかなかわかりません。産着で区別していたようですが、産着ごと違う母親のもとに行ってしまったのです。

  一方の家庭は豊かで4人兄弟とも高学歴一家、他方の家庭は平均より貧しめで3人兄弟みな義務教育後就職という家庭でした。しかし高度経済成長期、中学を出て働くのは特別なことではありませんでした。3割位の人がそうしていました。逆に、豊かな方の家庭が、4人兄弟全員私立高校・私立大学と、特別な家庭と言えるでしょう。

  さて、豊かな家庭に取り違えられた子どもは、私立一貫校に通い家庭教師がつきましたが、勉強嫌いで3人いた弟達と様子がちがっていたようです。4人兄弟でただ一人浪人したといいます。また後には、親の遺産を巡って弟達とトラブルになっています。

  一方貧しい家庭に取り違えられた子どもは、兄二人が義務教育終了で就職したのにならい、誰も援助してくれませんので自分も就職しました。ところが、どうしても勉強したいという気持ちが抑えられなくなり、自力で定時制工業高校に入って学びました。さらに現在、血のつながらない兄の介護までしているといいます。この人は、「悔しい思いはあるが、育ててくれた貧しいながらも母は精いっぱいのことをしてくれた。感謝している」と言ったといいます。この言葉に救われる気がします。最終的に産院は謝罪し、3千8百万円支払いました。

  この例では何か、先の犬になろうとしているミニブタのように、置かれた環境だけでは説明できないものが残ります。勉強したい、とか親族にやさしいというような要素は遺伝するのでしょうか。

  人間は、もう何度も言っていますが、自分の意志で自分を変えられます。先の話にあるように、恵まれない環境にありながらも、自分で勉強のチャンスを見つけたりできる訳です。才能の壁を努力で乗り越え、環境を意志の力で変えてゆくということが大切であり、これは可能です。あきらめずにコツコツ努力を続け毎日を過ごせば、今は夢や目標にしか過ぎない「なりたい自分」になってゆくことができるのです。今回私は、遺伝や環境を超えた努力や意志が、人間が生きる上で一番大切だと結論付けたいと思います。頑張って生きて行きましょう。