職員人権研修によせて
人権問題を考え実践するうえで大切なことは、正しく理解・認識することと、主体的に考え判断することです。大切な視点は、様々な事象や他者に対して「思いを致す」ことだと考えます。
「思いを致す」、この言葉がよく表われているのが、次の歌です。
知らずして われも撃ちしや 春闌(た)くる
バーミヤンの野に み仏在(ま)さず
この歌は、平成13年3月、皇后陛下が詠まれたものです。この御歌を理解するには、少しの予備知識が必要です。
歌に詠まれているバーミヤンとは、アフガニスタンの山岳地帯に位置するバーミヤン渓谷で、この地の岩壁に刻まれた石仏と石窟は、ユネスコの世界遺産に登録された古代仏教遺跡です。特に巨大な二体の大仏(磨崖仏)は、西遊記にもその名が出てくる三蔵法師(玄奘三蔵)がその地を訪れたころ(630年)でも美しく装飾され金色に輝いていたそうです。
その後、異教徒の勢力がこの地にもおよぶと、石仏の顔面が損傷を受けるなどの被害が及びました。そして、平成13年2月、タリバン(パキスタンとアフガニスタンで活動するイスラム主義運動の団体)が、イスラムの偶像崇拝禁止の規定に反しているとしてバーミヤンの大仏を破壊すると宣言し、世界中の批判にも拘らず爆破してしまいました。
その時に詠まれたのが、先の御歌です。
宮内庁はこの御歌について、「春深いバーミアンの野に、今はもう石像のお姿がない。人間の中にひそむ憎しみや不寛容の表れとして仏像が破壊されたとすれば、しらずしらず自分もまた一つの弾を撃っていたのではないだろうか、という悲しみと怖れの気持ちをお詠みになった御歌」と解説しています。
仏像の破壊という光景を世界中の人々がテレビで見て、多くは悲しみや憤り、残念との思いは抱いたでしょう。しかし、誰がいったい「われも撃ちしや」と声をあげたでしょうか。「出来事への世界の無関心が、結局はこの惨状を招いたのではなかろうか、自らもその責任を免れない」との、自らを深く省みて詠まれた御歌です。
現状の様々な事象を、第三者として他者を「思いやる」のではなく、当事者として我身のこととして「思いを致す」。人権問題を考え実践するうえでも、何よりも大切な視点だと考えます。
ちなみに、皇后陛下は昭和46年、アフガニスタン公式訪問の際にバーミヤンを御訪ねになり、次の御歌を詠まれています。
バーミヤンの月 ほのあかく 石仏(せきぶつ)は
御貌(みかほ)削がれて 立ち給ひけり