8月27日2学期始業式あいさつ

平成25年8月27日 高石高校 2学期始業式でのあいさつ

今日から全学年がそろい、2学期が始まります。この夏休み、皆さんの中でネットでのコミュニケーションでトラブルに会った人がいるので、それについて話します。

最近、ラインでの悪口が殺人事件へ発展するという事件が起こりました。殺人に至らなくても、ネットへの書き込みで非常に多くのいじめや人権侵害が起こっています。また、コンビニなどのアルバイトが、食品の上に寝る、冷蔵庫の中に入るなど悪ふざけをした画像をネットにアップし、店が信用を失い謝罪する、場合によっては閉店するという事態が何件も起こっています。被害をこうむった店側がアルバイトに損害賠償を請求する事態にもなっています。

ネットでの悪口は「怒り」から、悪ふざけ画像は「目立ちたい・ウケたい」からと、これらは別の心理から生じたように見えますが、根っこの部分は実は同じです。

「目立ちたい・ウケたい」という「自己顕示欲」は自分の存在をアピールしたいという欲求であり、一方の「怒り」も自分のことをわかってくれない、もっとわかってほしいという期待の裏返しで生じた感情だからです。

もうひとつ、どちらも勘違いを引き起こしています。ネットは世界に開かれたメディアなのに「見るのは友だちだけ」という思い込み、また自分のプロフィールをネット上で公開しても「自分は特定されない」という思い込みです。悪ふざけを公開して個人情報を突き止められストーカー的な被害を受けている人もいます。

実は、ネットがなかった時代にも、悪ふざけで人に迷惑をかけたり、激怒して人にひどい言葉を浴びせて後悔するということはありました。でも、これほどの大きな影響を与えることはありませんでした。これほどすぐに広まるのは、ネットによるコミュニケーションが、直接目の前にいる人に話しかけるのと同じように簡単に、自分の行為や感情を、目の前どころか世界中に発信できるからです。

では、ネットのコミュニケーションで、人に感情をぶつけたり、軽率な行為で迷惑をかけるのを、どうやって避ければいいのでしょうか。

アメリカの女性脳科学者、ジル・ボルト・テイラー博士は「奇跡の脳」という本で「90秒ルール」を紹介しています。それは、感情の波は90秒は続くが、その後は感情をコントロールする選択をできるようになるというものです。怒りの感情や、その裏表にある「目立ちたい・ウケたい」という「自己顕示欲」を、その時すぐに行動に移したり言葉に発したりしない。診療内科医の海原純子さんは、「まず90秒は自分で感情の相手をする」と表現されています。そうして少し冷静に自分が発信しようとしていた画像やメールを見直す。それだけで、「これを発信すればどうなるか」と自分を見つめられるようになる。海原さんは、通信手段が手紙だけの時代は手紙を書いているうちに、携帯電話がないころは公衆電話を探しているうちに90秒が過ぎ、冷静さを取り戻せたと、書かれています。

画像やメールを発信する前に、肩と腕のストレッチを左右20秒ずつやってみてはどうでしょうか。

ところで、すぐ発信してもいいコミュニケーションがあります。それは、目の前にいる人に直接発信する「挨拶」の言葉です。毎朝正門で皆さんに「おはよう」と声をかけていますが、ある時、正門の前を通られた大人の方にも「おはようございます」と声をかけてみました。すると、それまでまったく知り合いでもなかったのに、半分以上の方が「おはようございます」と返してくれました。今では先に挨拶していただく方もいます。今でも名前は知りませんが、毎朝笑顔で挨拶をかわすようになりました。挨拶はこんな風にコミュニケーションをはじめるきっかけになります。

石田衣良という作家に「夜を守る」という小説があります。東京、上野のアメ横で四人の若者が、酔っ払いに息子を殺されたという老人に影響を受けて、街の空気をちょっとでも変えようと、夜にゴミや放置自転車を片付けるというボランティア活動を始め、徐々に街の人たちに認められる中で、自分の生き方を見つけていくという話です。夜の繁華街なので、最初はやくざに絡まれたりもしますが、自分たちから「こんばんは」と声をかけることで、やくざにも「ご苦労さん」と認められるようになります。「夜を守る」の中にこんな文章があります。

『挨拶の力は偉大だと考えるようになっていた。ストリートギャングのような格好をした若い男たちでも、一度挨拶を交わすようになると、数日後には敵意の消えた表情で話しあうことさえ可能になるのだ。その力は、ほんの数人から始まって、人から人へと伝わっていく。』

ネットでの情報発信と目の前にいる人とかわす「挨拶」。今まで皆さんは携帯を使ったコミュニケーションを主に使っていたと思います。でも、これから始まる2学期には、コミュニケーションにかける重みを、今までと少し変えて、昔風にしてみてはどうでしょうか。

今回紹介した、石田衣良の『夜を守る』は、双葉文庫 税別619円です。これで2学期始業式の挨拶を終わります。