夏休み前の講話

 台風の影響などで、ここしばらく星空を見ることはできませんが、昔、夏の星空はきれいなものでした。君たちは日本の探査衛星が砂を持ち帰った「イトカワ」という星の話をおぼえていますか?「イトカワ」は地球の一部になり損ねた星です。その成分を分析すると、地球ができる以前の様子や、地球の成り立ちがわかるという意味があります。ところでその星の名前の「イトカワ」とは何でしょうか。発見者でしょうか。発見したのはアメリカの機関です。実はこの星の調査を日本が受け持つので、日本のロケット開発の父と言われる糸川博士の名前をつけさせてもらったのです。この糸川氏ですが若いころは戦闘機の設計をしていました。これは陸軍に採用されて「隼」と呼ばれました。「イトカワ」に向かった探査衛星が「ハヤブサ」と名付けられたのはそんな関係があったからです。

ところで、日本の戦闘機で一番有名なのは何でしょう。多くの人は堀越氏が設計したゼロ戦だと言うでしょう。隼と似たような馬力のエンジンを積んでいながら、模擬空戦をするとほぼゼロ戦が勝ったといいます。芸術品のような作りで最高に洗練されていたのですが、これは言い換えると設計に余裕がなかったということにもなります。馬力が出るエンジンが開発されたので積もうとすると、どうしてもエンジンが重くなり重心が前に来てバランスが変わるので、一からの設計し直しにつながります。一方隼の方は比較的簡単に対応できたようです。また、ゼロ戦には燃料タンクの防弾設備やパイロットの後ろの鉄板がなかったのでした。工業製品としてどちらの方が、望ましいのでしょうか。

 

 さて探査衛星の「ハヤブサ」ですが、初めから故障続きで、最後には4つのエンジンが全部故障しました。このままでは地球に帰ってこられなかった訳ですが、故障した場所を調べるとそれぞれが違ったところだということがわかりました。衛星を設計した技術者はこんなこともあるだろう考えてか、使える部分を組み合わせてエンジンを復活させる工夫をあらかじめしていました。

 私も似たような体験をしたことがあります。学生時代に真空管のアンプを作っていた時のことです。最終点検の時にテスターが故障してしまいました。どうしても測っておかなければならない点の電圧が測れなくなってしまったのです。ここさえ設計図通りになっていれば、実際は最大±10%位までは許容範囲ですが、完成です。

 どうしてもすぐに音を聞きたいので、何とかしようとして、テスターの内部を見てみました、いくつかの抵抗とコイルでできています。幸い抵抗を計測する機能は生きていましたので、テスターにテスター自身の内部の抵抗の値を測らせたのです。すると一つの抵抗がダメになっていました。50kΩのものです。計測器だからこんな数値のものを使っているので、一般の部品は47kの上は51kです。誤差を承知で手持の51kΩのものをはんだ付けして、まず直流1.5vの乾電池の電圧を測りました。次に交流100vのコンセント。両方正しい数値を示したので、帰納法的に(応急処置としては)成功したと言えるわけです。すぐに測りたかった部分を測定し、回路図通りの数値が出ていたので完成としました。ただ、特に測定器などでは元あった部品と同じものを使わなければ危険です。

 

 これらは技術の世界だけでなく、我われが生きる上でも、あらかじめトラブルに備えておく用心深さや、万一何かトラブルが起きたとしても、何とか工夫して実害を最小限に留めるようにする知恵といったものは必要だと思います。