51 3学期始業式 校長講話

昨日、体育館で3学期の始業式を行いました。校歌斉唱の後、私のほうから次のような話をしました。「ちはやぶる」のヒットでカルタへの注目が続いていますが、正月ということで、百人一首の和歌の作者の中の伊勢大輔という女性をとりあげて、エピソードを紹介しました。一つの和歌の背後には懸命に生きた人間のドラマがある、そのドラマは現代を生きる私たちにも共通するものがあって、我々の人生の参考になると私は考えていますので、その一例を生徒に紹介したしだいです。

・【3学期の学校生活への激励】充実した冬休みを送れただろうか。3年生は卒業に向けて気を緩めることなくがんばりなさい。まだ希望進路を実現させようとしている仲間がいる。応援してあげてほしい。2年生は修学旅行を控えている。こういう機会に自分も楽しみながら、集団できちんと行動するにはどうすればよいかをしっかりと考えて、実行してほしい。1年生は勉強、部活への取組内容が深まるようにしなさい。

・【人権を大切にする】ずっと自分と他人の人権を大切にしてほしいと伝えてきた。繰り返して言うが、自分にしても他人にしても体や心が傷つくようなことはしないようにしよう。反省すべき点があれば、しっかりと反省しよう。自分のうっぷんや怒りを弱い立場の人間を攻撃したりすることで発散することは絶対にしてはいけない。いろんな人たちと一緒に生活していくためには、感情的にはすぐに受け入れられないことでも、まず理解しようと努力して認めることが大切である。

・【昔の日本で社会的実力を発揮した人のエピソード~伊勢大輔~】正月に関わって君たちと同じくらいの年齢の女の子のことを話したい。同年齢といっても今から千年ほど前の日本のことである。当時は藤原道長という貴族が力を持っていたころで、宮中には紫式部をはじめとして男女ともに綺羅星のごとく、そうそうたるメンバーがそろっていた。

その宮中に新参者として仕えていたのが伊勢大輔という女性である。経験が浅くて、なれない職場で、他のメンバーができる人ばっかりで。ただでさえ、ものすごく緊張していたと思う。

ある日、奈良から京都の宮廷に見事な八重桜が届けられた。献上された時には、受け取り役がそれに言づけて和歌を詠む習わしがあった。本来、その役を担っていたのは紫式部だった。ところが、あなた、私に代わって受け取って詠んでごらんなさい、と伊勢大輔は紫式部に役を急に譲られる。現代でたとえれば、大口の仕事があって、今日のプレゼン、あなたに任せるわよ、と大先輩から突然に言われた。道長にも即興で歌を詠むように命じられる。新参者の歌の名門の家出身のお手並み拝見というところだろう。

その世界で生きていくには、これが仕事だということで逃げることはできない。逃げれば、この宮中の世界で認められて生きていけない。今でも、たとえば華やかな有名企業に勤めるのはあこがれかもしれないが、そのなかで生きていくためには、度胸と実力が必要である。若い新人の女の子だからと甘やかされることはない。歌の実力という点では、当時の宮中には男女の区別、年齢の区別はなかった。本当の実力を身につけていないとダメだという点では今と同じである。失敗すれば、自分だけではなく家族や先祖の不名誉になる。大変なプレッシャーだったと思う。私はこの歌を読むたびに、その時の伊勢大輔の気持ちを思って泣きそうになる。ピンチに追い込まれて、なんとかしなければならないということでは、昔の人も今の我々も変わらない。一同が見守る中、その時に伊勢大輔が詠んだのが百人一首をした人は知っていると思うが、

 いにしえの奈良の都の八重桜けふ(今日)ここのへ(九重)ににほひぬるかな(奥ゆかしい歴史を持つ昔の奈良の都から美しい八重桜が届けられました。その桜が今日のこの良き日に京の都の宮中で光り輝いているのは本当にすばらしいことですね)

という歌だった。出だしは平凡だと思わせて末広がりの数字と、いにしへとけふの対比による悠久の歴史、奈良と京都のつながり、光り輝く宮廷の繁栄を見事に詠んだ。

新人選手が親が有名な選手だったということで、九回ツーアウト満塁で四番打者の代打に出たようなもの。結果は代打逆転サヨナラ満塁ホームラン。一つの和歌の背後には人間のドラマがある。

伊勢大輔は普段から修練を重ねてきた和歌の実力をプレッシャーのかかる状況で見事に発揮した。この女の子にはこの世界で生きていく実力があると、おそらく、皆に認められることになっただろう。君たちにもたくましく社会的な実力を身につけてほしいということで、今日は千年前の日本の貴族社会で生きたひとりの女性の話をした。

・それでは、3学期も元気に頑張りなさい。