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49 言葉をめぐる不思議なこと ~通じ合うのに大切なもの~

早いもので、新年が明けてからもう一週間以上が経ちました。昨日は朝の豪雨、午後からの強風で驚きました。冬というよりも春先によくある嵐のような感じでした。皆さんは大丈夫だったでしょうか。私は自宅から駅、駅から上高までそこそこの距離を歩きますので、朝は学校に着いた時にはびしょびしょになりました。学校では本日から平日6時間の授業が始まっています。3学期は年度の締めくくりの時ですから、生徒たちにはインフルエンザなどに気をつけて、しっかりと学校生活を送ってほしいと思います。

さて、少しばかり言葉の不思議なことについて書きたいと思います。お互いに違う表現をしていても、どうして言うことが通じるのか、ということです。どこの言葉でも否定の表現というものがあります。英語の「not」、ドイツ語の「nicht」を用いた表現などなど。日本語の文法には「打消し」という概念を使います。自分が古典の授業をした時にもそうしていたのですが、関西弁を例にとって考えてみましょう。

標準語で「誰も来ない」ということを関西出身の皆さんはどう表現しますか。私の場合は「誰もけーへん」です。神戸の友達は「誰もこーへん」と言っていました。「誰もきやへん」という人もいますし、「誰もきーひん」という人もいます。「誰もこやへん」という表現も聞いたような気がします。「行かへん」「笑えへん」などとも言うように、「へん」というのが関西弁でよく使われる打消しの表現ですね。「ひん」という時もありますが、「へん」が変化したものでしょう。

では、どの表現が正しい関西弁でしょうか。ということで、大学時代に友達同士で話をしたことがあります。予想どおり、各自、自分の表現が一番正しいと言って譲りませんでした。しかし、不思議なことにてんでバラバラに違う表現をしているのに、ちゃんと言っていることは理解できているのです。私が「誰もけーへんなあ」というと友人が「ほんまに誰もこーへんね」と答えて、ちゃんと理解しあえていました。真に正しい関西弁があり、その打消し表現があれば、間違っているほうに違和感を覚えるはずです。標準語の文法であれば、接続等を間違えると×になります。テストで「誰もき(来)ない」と書くと×です。「こない」と書かないと○がもらえません。でも、日常会話のレベルでは、互いに少々違った表現をしても理解しあえます。

もし、言葉がコード表のように厳密に1対1の対応しか許さないものであれば、こういうことは無理です。とすれば、その場の状況で判断できる許容範囲であれば、異なる表現をしても、言葉のコミュニケーションは成り立つということになります。なぜでしょうか。実は言葉の理解には、その時その場の状況判断、相手の言うことを理解しようという気持ちとその背後にある信頼関係などが大きな役割を果たしているからでしょう。実際にいくら正しい表現をしていても、聞く気持ちがないと、相手の言うことが自分に届きませんね。

言葉によるコミュニケーションで大切になるのは、正しい表現を心がけることだけではなく、お互いの人間関係のあり方なのです。国語(科)教育の根底にあるのは、この信念だと私は考えています。