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61 本を紹介するということ~小林康夫著「若い人のための10冊の本」に寄せて~

私は専門が国語科ですので、これまで生徒に対してとてもたくさんの本を紹介してきました。小説や物語の授業を行う時に、その作者の他の作品や関連する作品を紹介します。作品を紹介するといっても、作品の内容すべてをその場で伝えることはできません。だから、概要だけを伝えればいいという視点もありえるでしょう。私の場合は、機会があれば生徒にも読んでほしいという視点で伝えることが多かったと思います。では、他の人にも読んでほしいという目的にかなうためには何を伝えればいいでしょうか。

「先生の話を聞いてたら、おもしろそうやから、ちょっと読んでみようかな」という気にさせるためには、どういうふうに紹介すればいいのでしょう。まず、だいたいのあらすじを述べるのは、どのような紹介にも共通すると思います。しかし、おおざっぱなストーリーを聞いただけで、読む気になることはあまりないでしょう(文学史がおもしろくないのは、自分も読んでいない作品のあらすじなどを教師が説明するだけになることが多いからでしょう)。

自分にとって、その作品の何がおもしろかったか。自分の心が揺さぶられたのは、どういう点だったか。それについて、説明する。つまり、自分の感動を言葉に載せて伝える。話も自然と熱を帯びてきます。比喩的に言うと、語っている時に、もう一度その作品世界を生きて、その世界の一端を生徒に体験させるのです。映画の紹介の上手な人がしているのも同じようなことですが、文学の場合は言葉である作品を自分の心身にくぐらせて語りますから、より人物の内面に迫った紹介になります。小説で述べられている人物の心理状態を映画のナレーションですべてカバーしようとしたら、映画自体の流れが悪くなって、おもしろくなくなるでしょう。漫画でもト書きや吹き出しの量には限度があります。

視覚や聴覚情報を伝えるという点では、文学は映像や漫画にはかないませんが、人物の内面の気持ちや考えを伝えるという点では、最大の威力を発揮します。作者が作り出す登場人物の内面の動きについて、読み手である私が感動して、その波動を持った状態で生徒に伝えるのです。(ですから、国語科の教員は主要な作家の代表作の一つ、二つは教養として感動するところまで読みこんでおかねばなりません。)

以上のようなことを、教室で生の言葉で生徒に伝えるのに比べて、それを活字にして行おうとすれば、とても難しくなると思います。昨年の12月にちくまプリマ―新書から出た「若い人のための10冊の本」(小林康夫 著)はその点で、非常にすぐれた紹介の仕方をしていると感じました。

著者である小林さんは自分の体験の質を語ることを通して、その本の良さを伝えている。自分がどういう人間でどういう人生を歩んできた者であるから、ある作品のここに感動するのだ、というかたちで若い読者に語りかけているのです。言わば、自分をさらけ出してでも、これからの時代を生きる若い人々に読書の喜びを伝えたい、という熱意が伝わってきます。若い人向けの「本」の紹介本としては、すぐれて、良い「本」だと私は思います。上高生も機会があれば、一度本屋で手にとってみてください。