正しいお辞儀

 30才代、勤務していた学校の校長先生の話。その校長先生は毎朝、正門に立ち生徒に「おはよう」と声を掛けていた。在職中、日照りの夏も、吹雪の冬も休むことなく生徒に「おはよう」を言い続けた。ある朝、急ぎの決裁が必要だったので、正門に走り校長先生にお願いしたことがある。そこであることに気がついた。挨拶を交わす生徒の表情が教室のそれとは違うのだ。

(あっ、生徒たちは校長先生に心を許している)直観的にそう感じとった。

 それからは、時折、時間をひねりだし正門に立ち、朝の挨拶をすることにした。あの時の(心地よい空気)がどのように生み出されているのかを確認するために...。

 3ヶ月経過したが、校長先生は一人ひとりに特別な言葉をかけるわけでもない。「おはよう」と言っているだけ。それでも生徒は心を許している。疑問の数だけが増えていった。

 いつまでもわからないので、生徒に聞いてみることにした。すると生徒は一様に「私のために(おはよう)って言ってくれている。」とうれしそうに言うのだ。それを聞いて、何となくわかった。なんとも説明がつきにくい話ではあるが、

校長先生は一人ひとりに挨拶を届けており、それを生徒が受け取っていたということ。

 3月31日、年度の最終日。学校は春休み。夕方まで部活を指導した後、学校に残り仕事をした。ふと気がつけば日付が変わろうとしていた。パソコンを閉じ荷物をまとめ帰ろうと職員玄関に向かった。正門辺りに人影があったので思わず柱の陰に隠れ、そちらを見てみると、校長先生が荷物の入った段ボール箱を脇かかえ、奥様と学校に向かって深々とお辞儀をされていた。ああ、今日は定年退職の日なんだ。そのことに気がつくとともに、正しいお辞儀の仕方について教えていただいた気がした。

 校長 片山 造

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