17日の終業式、生徒会長が壇上から呼びかけました。みんな、「MIZUEピアノリサイタル」に来てください!...私は、今日が、三国丘高校にとって記念すべき日になると確信しました。
12時30分、食堂は超満員のリサイタル会場になっていました。最前列には、三国丘高校の生徒たちが、これからずっと、MIZUEさんと呼ぶことになる、西岡瑞枝さんと同期の高27回卒業のみなさんが10名近く座ってくれています。

このピアノは、今から60年前にMIZUEさんが弾いていたピアノです。この椅子に座って、まっすぐ前を向いて、ピンと背筋を伸ばして、前後に左右に少し揺れながら弾いている様子が見えます。その性格を映すように生真面目で、優しくて、とても華やかな音色が波のように押し寄せてきます。
MIZUEさんは、三国丘高校を卒業し、京都大学薬学部に進学しました。同級生たちはMIZUEさんのことを「バタエ」というあだ名で呼んだそうです。瑞枝の「瑞」の字が、川端康成の「端」(ばた)の字に似ているところからつけられた愛称だそうです。
MIZUEさんは、高校時代から病気がちだったとききました。体調を崩されることも多かったのではないかと推察します。そんな時も、「バタエ」と元気に話しかける仲間たちの姿が目に浮かびます。みんな、「バタエ」さんのことが大好きだったんだと思います。昔から、苦しい時も辛い時も一緒に乗り越えようとするのが三丘生だったのでしょう...慮って気を遣うのではなく、いつもと同じ冗談で、いつもと同じやんちゃな笑顔で仲間を包み込むのが三丘生の愛情表現だったのではないでしょうか?
MIZUEさんの訃報が聞こえてきたとき、同級生たちは耳を疑ったと言います。ご遺族は、小さい頃からずっとMIZUEさんと一緒だったピアノをどうするのが一番良いかと考えあぐねた末に、高校大学と同じ道を歩んできた吉田さんに貰ってもらうことにしたそうです。
吉田さんは、実家に引き取ったピアノのことが、ずっと気になっていました。大阪以外の場所での仕事が多く、ご実家に立ち寄ることが稀であった吉田さんがご退職され、このピアノをどこに置くのがMIZUEさんの想いに応えることなのかと考えた時、思いついたのが母校である三国丘高校でした。
府教育庁にお勤めの方が仲介してくださり、吉田さんのお気持ちをききました。私は、その瞬間、迷うことなく食堂に置かせてもらうことを決断しました。それが、MIZUEさんに一番喜んでもらえる方法だと思ったからです。
MIZUEピアノをお披露目する会の企画運営は生徒会に一任することにしました。それが、三国丘高校らしいと考えました。こうして実現したのが、冒頭にお話しした「MIZUEピアノリサイタル」です。

生徒たちが素晴らしい演奏を披露してくれました。YouTubeでご覧ください。
https://youtu.be/A72c1STWs94?si=nogUpf141TV2ZbGg
https://youtu.be/QmAcM-uj-BQ?si=lPzBX1SqMvgS3pmp
https://youtu.be/IFEqJiHV49w?si=PAfVQkWid_DzT7NC
https://youtu.be/YcJ5R4plQBM?si=io4JhJwBaHpiCsRP
https://youtu.be/t7cznroy6vc?si=fUsIxE7M83D4PFhi
夢のような時間は、あっという間に過ぎてしまいます。吉田さんと生徒たちの満足そうな笑顔を見てください。

MIZUEピアノは、これからもずっと、三国丘高校の食堂にあって、お昼休みのひとときに、楽しい、美しい...そして、いつまでも忘れない音楽を奏でてくれます。三丘生の柔らかい心を癒すように...。
7月17日は、MIZUEピアノ記念日にします!
