私もひとりの、未熟な親です...(反省)

 今日は、文字ばかりのブログです。しかも、ほぼ、私の反省文です。興味のない人は読まないでください。

 この反省文を読み上げたのは、17日の1学期終業式です。式辞のつもりで、(勿論)生徒に向けて読んだのですが、高校生にはちょっと難しかったかもしれません。解説を加えるつもりで(何とかの上塗りになりそうですが...)書きます。これ以上御託を並べるのはやめておきましょう。まずは、全文です。

 令和8年度1学期終業式 式辞

 高校生っていう時期は、経済的にも心理的にも自立する前の段階なので、立ち位置が難しいよなぁと思うことが、時々あります。

 今日は、私の子どもが高校生のとき、自分が親として何を感じ、どんな行動をとったのか白状したいと思います。ほんとにほんとの話です。

 私には3人の子どもがいます。私は、柔道部の指導がしたいから保健体育科の教員になったような人で、毎日、柔道のことばかり考えていました。なので、子どもにも柔道をしてほしいと願い続けてきました。

 特に、第二子である長男は3歳から一緒に町道場に通い、柔道漬けの毎日を過ごしました。親子であると同時に師弟のような関係になり、小学1年生のときには、大阪府大会で優勝し、勝つ喜びも感じることができました。

 息子もその気になってきたので、柔道の強豪である私立中高一貫校に入学させ、勉強と柔道を両立するように仕向けました。

 高校2年の春、団体戦で勝ち進み、インターハイの切符を掴んだ時、私は、すべてが報われた嬉しさで、涙が止まりませんでした。小さい頃から、「僕の夢はオリンピックで金メダルを獲ること」と言い続けてきた息子の夢が現実に近づくと思いました。

 その晩、テレビを見ていたら、珍しく、息子が私に話しかけました。何かと思って振り向くと、息子はいきなり、「俺、柔道やめるわ」と言いました。1ミリも想像していなかった言葉を投げつけられた私は、返す言葉を見つけられず、感情が消えてなくなったような気分でした。

 やっとの思いで、「なんで?」と訊いたら、「勉強して小児科医になるわ」という返事が返ってきました。そこには、3歳から打ち込んできた柔道をやめることへの感傷は微塵も見えません。その場の会話は、これで終わりです。この時の私には、続く言葉を思い浮かべる余裕などありませんでした。

 親子二人三脚で頑張ってきたと思っていたのは自分だけだったという現実を受け止められず、一睡もできずに朝を迎えました。

 私は、どうにも我慢できず、朝食のテーブルで口を開きました。

 「柔道が嫌いになったんか?」

 すると彼は、こう答えました。

 「こないだ、阿部一二三くんが来てくれて乱取稽古をしたときに思ったんや『この子には一生勝てないって」。

 柔道で一番になれないなら、違う道に進もうと考えいてた時、ホームルームで、小児科医と子どもの心の交流を描いたドキュメントを観せてもらい、小児科医になろうと決めたと話してくれました。

 このとき、親である自分が勝手に、自分の夢を息子に背負わせていたことにやっと気づきました。彼は、その後、一浪を経て医学部に入り、小児科医になりました。

 去年の9月、その息子に子どもができました。3人めの孫です。

 ベビーカーを押しながら歩いている時、私は息子に、何の気なしに訊いてみました。

 「お前の息子は、やっぱり医者にするんか?」

 すると、彼は、こう答えました。

 「息子の人生に口出しをする気はないよ。」

 「けど、柔道だけはさせるつもり。」

 長い時間がかかったけれど、この時やっと、自分が親として子どもと向き合ってきた方法は、間違いばかりではなかったんだと思えました。

 私に限らず、親というものは、自分の人生や、自分が叶えられなかった夢を、子どもの将来に重ねるものです。けれど、みなさんがそんなことに縛られる必要はまったくありません。

 子どもには、自分の人生のプランを自分できめる権利と責任があります。

 高校生と言う時期は、自分の人生のプランを親に示すことができる最初のチャンスかもしれません。 わかってくれていると思いますが、未知の世界に飛び込むことを推奨している訳ではありません。

 家業がある人はそれを継ぐこともプランのひとつです。

 親の仕事に憧れて、同じ道を進むのも良いでしょう。

 大事なのは、どんなプランも自分で決めることです。親のことを心配する必要はありません。

 泣き止まない赤ちゃんをあやしながら、子どもは意のままにならないことを学習済です。あなたが、親の期待とは違う人生のプランを示した時、子どもは子どもの人生を歩むものなんだと学習するだけのことです。

 親も育っています。成長の過程で心に痛みを伴うのは、ごく自然なことです。逆に、子どものプランを受け入れることができない親は、親である資格がないと、私は思います。

 今日は、プライベートなことを話したので、みんなにどう受け止められているのかとても不安です。私の経験から、勝手な意見を述べただけなので、別の意見があって当然です。

ただ、親からのプレッシャーを重いと感じている人の助けになれば嬉しいと思って話しました。

自分らしい人生のプランを立てることができる三丘生が、一人でも増えることを願っています。

 この話には、語っていないエピソードがあります。

 息子は、大学で柔道部に入部し、大会にも出場しました。人に誇れるような戦績はありませんが、柔道をすること自体が楽しかったようです。

 彼が、柔道をやめると言い出すまで、私は、試合で勝つことばかりに気を取られていました。まるで、それが目的であるように思っていました。彼は、今でも時々、大学の柔道部に顔を出し、後輩たちと柔道を楽しんでいるようです。

 

 スポーツでも勉強でも同じことだと思うのですが、自分以外の誰かの評価に頼っているうちはまだまだですね。勝敗とか点数とか偏差値とか...そんなものは全部、自分以外の誰かの評価です。親からの期待も自分以外の他者からの評価であることに違いありません。

 先日お話しを伺った大学教授が仰っていました。「私は、本当に研究が好きで、若い頃は、研究室に寝袋を持ち込んで、昼夜を問わず没頭していました」。あの頃は楽しかったなぁ...と呟く先生の顔を見ながら、少なくともこの時のこの人は、学会の評価等、自分以外の誰かの評価など考えていなかったのだろうと思いました。

 とは言うものの、三丘生や中学生にしてみれば、点数を取らないとなぁ...と溜息が出てきそうになると思います。受験という壁がある限り、そんな時もあります。けれど、頑張る動機は、あくまでも自分のためであってほしいと思うのです。親の期待に応えるためという動機が大きくなりすぎたおかげで良いことが起こったという例を、私は知りません。

 長々と、口幅ったいことを書いてしまいました。怒らないでください。この春、末娘が社会人になりましたが、親としては、まだまだ勉強中です。昨日、電話がかかってきて、こんなことを言っていました。「お父さん、仕事って大変やなぁ...」。私にも、語るべきことが、まだ少しは残っているようです。

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