26 良い物語を読むとはどういうことか

 この度の大雨等によって、被災された方々にお見舞い申し上げます。停滞する梅雨前線の影響で、ずっと雨天傾向が続いています。昨日の未明などは、府域でも雨風ともに大変強い状態になりました。子どもの頃のイメージでは梅雨はしとしとと降り続くという感じがあるのですが、本当に雨の降り方も以前とは違ったものになってきているということを実感します。しばらくは、雨に対する警戒が必要な状況が続くということです。コロナ関連では東京都の感染者数が220名を超えたという報道がされていて、大変心配しています。

 話題を変えましょう。ブログの18回目では現代において物語を読む意義について書きました。今回は物語が持つ力に焦点をあてて書いてみます。

 我々は現在を生きている自分の意味合いを感じ続けています。人生の歩みの現時点での到達である現在、自分は自分の人生をどう感じ、考えているか。幸せを感じている人は、これまで自分に起こった様々な良い出来事に感謝しているかもしれません。反対に、不遇感を覚えている人は、生まれた時から自分に起きてきた不幸の要因に思いをはせて、あんなことがなければ、と思っているかもしれません。

 以前に、我々は人生を「物語」としてとらえていると述べました。物語世界ではいろいろな出来事が起こります。同じく、我々の人生も次から次へと新しい出来事が起こっていきます。それに対処するためには整理をしていく必要があります。整理するための様式として一定の展開が型として存在する「物語」が使われるわけです。

 わかりやすい物語の型に因果応報があります。Aという現象が起こったのは、Bということがあったからだ。人に悪いことをした者は、様々な罰を受ける。この見方はとても明快でわかりやすいので、自他の人生を解釈するときにも受け入れられやすい。人間は自分のあり方について納得したいと思うので、とても便利な考えだと言えます。ところが、困ったことに、型というのは融通が利かないほどに凝り固まってしまうと、そこから抜け出るのが困難になる。悪い結果が出たので、自分が何か悪いことをしたにちがいない。ある人があんな目にあっているのは、きっと原因になるような悪行をしたからだ。場合よっては、「前世」というものを持ち出して、その因縁が現在にたたっている、というような説明がされます。心理的に弱っている人につけ込む際の道具になったりすることもあり、あまりに単純な強力な物語パターンには注意しなければなりません。

 さて、現在の人生の意味合いが過去を形成する自己の「物語」に大きく左右されるということは、その物語の要素に変化が起きれば、現在の意味にも変化が起きるということになります。物語を構成する要素の意味が変わると物語の解釈が変わるのです。過去の出来事で我々の現在に強い影響を与える要素を「トラウマ」と言います。心的外傷と訳されたりします。トラウマは出来事によって直接形成されるのではなく、その出来事をどう解釈するかによって生み出されます。過去の呪縛は自分によるところも大きいと言えるでしょう。

 物語や小説には、自分の過去世界をたずねるものがあります。主人公は直視するのを避けていた過去から逃げずに直面することで、過去の呪縛から解放される。それは生まれ変わるのに等しい経験と言えるのではないでしょうか。心理的な療法でも実際にそういうことがあると思いますが、我々がすぐれた物語や小説にふれて、感動するのも同じような効果があると私は考えています。

 たとえば、村上春樹の小説は筋書きがけっしてわかりやすいものではありません。むしろ、複雑な要素が絡み合って、因果関係で説明できないことも頻出するし、物事が解決されずじまいということもしょっちゅうです。にもかかわらず、これほど人々に読まれているのはなぜか。その作品が持つ文学的物語の力が強いからだと思います。村上作品を読む前と読んだ後では、少し自分が変わったような気がする、という感想をたくさん見かけます。心理療法を専門とする研究者でもそういう方がいます。

 短期的に見たアウトプットという点では成果は目立たないけれども、人生を長い目で見たアウトカムではどうかという点でしなやかな効果がある。それが物語を持つ文学の力なのです。

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