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55 新指導要領で育成すべき力をコロナ禍のなかでかえりみて

 文明、文化の歴史をみると、確実に進歩しているのは自然科学分野です。人文分野は進歩というよりも変化というほうがふさわしい感じがします。たとえば、源氏物語に比べて近代に入ってから日本で書かれた小説のほうが優れているか、というとそうではない。現代日本の思想家の著作が道元や荻生徂徠の著作に比べてレベルが高いかというと疑問です。しかし、自然科学と結びついた技術の発達によって、ものを運ぶという目的のためには、現在のほうがはるかに便利なのは確かでしょう。近世以前には何十人という人間が何日間を費やして運んだ資材も、今はトラックで簡単に運ぶことができます。遠隔地への移動も効率という点では現代がはるかにすぐれているのはまちがいありません。

 こういう事情もあって、我々は科学技術に対して万能だというイメージを持っています。それは無限の力能を持っているので、あらゆる課題を解決することができるはずだ、と感じているのではないでしょうか。そういう心理状態のところへ、コロナ感染症の恐怖が降りかかりました。現代の医学などの自然科学のレベルをもってすれば、何とか抑え込めるはずだ。今のこの時代に、死に至るかもしれない病気が簡単に大規模まん延するはずがない。この感染症について報道され始めた当初、そう感じていた人も多いのではないでしょうか。ところが、あれよあれよという間に、世界中を席巻する事態になってしまいました。

 初期のWHOの対応などによって楽観視しているうちに、経済に大きな悪影響を与えるにまで拡がってしまいました。日本でも豪華客船のなかだけの話で終わるはずだ、まさか町中で流行することはないだろう、と高をくくっていた状態から、人の移動を制限しなければならない状態にまで至りました。

 不安や恐怖は犯人探しをはじめる強い動機になるので、案の定、多くの差別や偏見を生んでいます。頼りにしていた医学の進歩がこの病気には太刀打ちできないという印象が不安恐怖を増殖させました。そこに日本独特のけがれの思想が結びついてしまいます。知り合いの話によれば、コロナ感染症罹患者を出してしまったということで、村を出ていかざるをえなくなってしまった人たちも実際にいる、ということです。今は前世の報いなどと考える人はほとんどいないでしょうが、何かいいかげんなことをしていたから罹患したにちがいない、それを暴け、というふうに考える人は多いように思います。

 我々は差別や偏見にとらわれないように自然科学的なものの見方を身につけてきたのではないでしょうか。加えて、人間の尊厳や価値についての感性を養うのは人文分野の教養だと思います。ここでいう教養とは知識だけを指すのではなく、自分の経験をふまえて、学んだ知識を現実に照らし合わせながら、物事を判断する力のことです。新しい指導要領でその育成がうたわれているのもこの意味での力にほかなりません。

 このコロナ禍をめぐっても大人は何もわかっていない、と子どもたちに感じさせていないか。もし、感じさせているとしたら、そういう大人の説く教育の意義を子どもたちが信用するかどうか。変革の波を乗り切ることに懸命になりながらも、教育関係者はそういう視点を失ってはならないと思います。

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