68 安倍晴明をとりあげたBSプレミアム番組をみて

 前回の記事のなかで、陰陽師の星よみのことにふれました。たまたま、NHKのBSプレミアムで安倍晴明をとりあげている番組を放送していたので視聴しました。以前に授業の古典常識との関係もあり、いささか興味を持って陰陽道について調べたことがあるので古典と現代のつながり、歴史文化への興味という点で西高生に向けて少し詳しく書いてみます。

 晴明伝説は大阪の南部地域ともゆかりが深く、たとえば彼の母親は信太の森に棲む狐の化身だったという話も伝わっています。また、故人ですが私の民俗学の師匠にあたる方によると、堺地域にも晴明を名乗る者が辻占をしていたと伝わるところ「晴明ヶ辻」がある、と言っておられたのを覚えています。 

 実際に、私がそのつながりを深く感じたのは、京都一条にある有名な晴明神社を訪ねた時です。秀吉が天下人になり、京都に拠点を置いた時に文化人たちも付き従ったのですが、茶人の千利休もそうでした。その時に利休が居住したのが現在の晴明神社の地だったのです。今でも利休が茶の湯を行うために水を汲んだ井戸「晴明井」が神社境内に名水として残っています。晴明と利休は文化の流れのなかでつながっているという思いが強くしました。利休は安倍晴明を慕って己の茶の湯の拠点としたのではないでしょうか。

 さて、番組でもふれられていましたが、当時宮中の「陰陽寮(おんみょうりょう)」に仕えた官人たちは様々な職務に就いており、天体観測などをして時の流れを把握するということも大きな仕事でした。おそらく、晴明クラスの陰陽師になると、見える範囲の星々の位置はほぼすべて覚えていたのではないでしょうか。そうでないと、日々微妙に変わっていく天体全体の変化をつかむことができないからです。望遠鏡などがない時代に肉眼のみをたよりにです。陰陽師というとゴーストバスター的なところに焦点があたりがちですが、当時の科学技術分野の職能を身につけた人たちでもあったようです。晴明もいわば現在の科学技術庁長官的な役割も担ったのでした。

 平安期の陰陽師の大きな家柄と言えば、加茂氏でした。「カモ」という言葉は、神社名になったりしていることからわかるように、宗教にゆかりがあるようです。「方丈記」の作者鴨長明もその一族のひとりです。カモは「鴨」なのですが、興味深いことにその先祖をたどっていくとカラス「烏」なのです。日本の歴史上で有名なカラスといえば、神武天皇を導いたとされる三本足の「八咫烏(やたがらす)」ですが、その八咫烏が鴨氏の祖先です。カラスが同じ鳥類のカモに変わるのですが、若い時にとてもおもしろいなと思った記憶があります。

 天体の異変は治政の異常に結びついた時代ですから、いわば国家の最高機密です。たとえば、強い凶星が出たということを知れば、国家転覆を狙う動きなどが起こりかねません。政権が同じような力を持つとされた仏教僧ではなく、陰陽師を官僚としてそばにおいて頼りにしたのもうなずけます。当時、僧は妻帯しなかったので、機密事項を一子相伝することができませんでした。妻帯可能な陰陽師ならば、機密事項を家の嫡流だけに伝えて保持することが可能です。

 そういう事情にも関わらず、安倍晴明は加茂氏全盛期に陰陽道の頂点に君臨したのですが、その背景には藤原道長とのつながりも大きかったと昨日の番組でも述べられていました。平成の晴明ブームの時に、古典の授業で投げ込み教材として「宇治拾遺」などの説話物語に出てくる晴明の逸話をとりあげたのですが、説話のなかですでに稀代のゴーストバスターとして伝説化されていて、そのなかでも間一髪で道長を助ける話が出てきます。疫病が流行り、天災にも繰り返しみまわれて、人心が大きく動揺すると「治」が危うくなります。「まつりごと」という言葉通り、想定される目に見えない存在をコントロールするパワーが強く求められます。おそらく、晴明は当時の政権中枢からその点で絶大な信任を得ていた人物だったのでしょう。

 けれども、陰陽道のそういう側面は合理的思考からすればナンセンスになります。ですから、為政者のなかでも合理的な割り切りに長けていた秀吉などからは民間陰陽師は弾圧を受けています。また、西洋科学技術文明が急速で流入した明治以降にはすたれていきました。もはや、日本の人々はとらえどころのない不安や恐怖を振り払うのに、陰陽道のようなものに頼らずとも、万能感のある科学技術を手に入れた、ということだったのでしょう。しかし、現在も毎年大きな災害に苦しみ、未知だった感染症におびえる我々のあり方をふりかえると、色々と考えてしまいます。実際に、現代でも我々はいろいろなことを行う時に「日」を選んでいます。科学技術も万能神のように信仰してしまうのは問題だというのは、あの真の合理的思考の持ち主である福沢諭吉が「何ごとも一辺倒はよくない」と言ったとおりなのでしょう。

 今も晴明の陰陽道は「土御門神道」として北陸の地に本拠を構えています。現在の御当主にお目にかかったことがあり、依頼されて全国の神社仏閣の暦を作っているのだが、各神仏によって決まっている正規の祭事日のほうを一般的なその年の祝日休日に合わせて作ってほしいという要請を受けて困ると苦笑いされていたのが印象的です。その裏山にある陰陽道の祭場らしきところにも足を運んだのですが、満点の星空の下での陰陽師たちによる儀式の様子に思いをはせて、大変感慨深いものがありました。

 長くなりました。明日からの定期考査、西高生のみなさん、持てる力を発揮して、がんばってください。

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