5 情報を生きた知識として活用するために

 久しぶりに国語科教育について書いてみます。生徒のみなさんも言葉と情報の関係について一緒に考えてみてください。令和4年度から高等学校でも新しい指導要領に基づく教育活動が全面実施になります。国語科は特に大きく変わるので、注意が必要になっています。たとえば、国語の授業でも「情報の扱い方」の指導が必須になることが明記されています。「現代の国語」と「論理国語」の授業では情報同士の関係や情報の整理の仕方について学ぶことになります。社会生活に必要な力を育成するのが今回の改訂の大きな目標です。情報の持つ役割が増す一方の現代日本社会です。国語が扱う「言葉」が「情報」と大きく関わるのは言うまでもありません。

 どのようにして情報を収集し、整理し、他者に伝えるか。それを国語の授業で扱うとはどういうことか。情報科の授業や総合的な探究の時間での扱われ方とどう違うのか。話題になっているように、もし、国語が本当に実用的な言葉の扱い方だけを教える教科になったならば、その部分では情報科の授業の内容と大きく違わないかもしれません。いや、むしろ、同じことを教える必要があるでしょう。国語の先生と情報の先生とで違うことを言えば、生徒がとまどうばかりです。

 大切なのは、教科の本質をつねに忘れずに考えるということでしょう。国語という教科は他者との関わりの中でいかに言葉を扱うかについて学ぶ教科です。その場合に必要なのはしっかりと考える力や豊かにいろいろなことを想像できる力のはずです。見も知らぬ人から駅までの道を尋ねられたら、できるだけわかりやすく正確に教えてあげることを優先すべきです。しかし、自分の親族である5歳の子どもにその子の家族のことを尋ねられた場合には、情報の正確さばかりではなく、シチュエーションやその子ども自身の心情や性格などをふまえて、答えるはずでしょう。社会で生きていくには想像力を働かせて、その時その場での最適解となる情報のあり方を考えだして、やりとりをしていく必要があります。私はその力を養うためには感性を磨き、感情をコントロールし、自分の内面を見つめることをする必要があり、それゆえに国語で良い文学にふれることが大切だと考えています。

 たとえば、万葉集の防人の歌を学び、その時代背景や状況をふまえたうえで、その歌を詠んだ人の痛切な悲哀に思いをはせることができる力は、自分の生活に関わる人間関係の中でのふさわしい情報の伝え方ができる力に結びつくはずです。相手の身になって考え、どういうかたちの言葉にして必要な情報を伝えればよいかを考える力は社会生活でもっとも必要とされる力の一つでしょう。

 コロナ禍のせいで、世の中で飛びかう言葉がますますトゲをおびているように感じています。言いたいことを言って、自分は気がすむかもしれませんが、言われたほうの心の傷はずっと残るかもしれません。言葉が自分のうさ晴らしの道具だけになってしまっては、「他者との関わり」のなかで幸福な社会生活を送ることは難しいでしょう。教科の本質にもとづいた情報についての授業を国語の時間に行うことの必要性はいよいよ高まっていると言えると思います。

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