45 「おはなし」の大切さを考える

 本校では年内の授業日もあと三日間を残すのみです。昨年度は例の4、5月の長期臨時休業の影響などでアートスタジアムを年末に行い、授業も26日まで行いましたが、今年度は例年通りの予定で年末を迎えることができそうです。

 終業式の日はちょうどクリスマス・イブの24日になります。精神分析学者の河合隼雄氏などによると、人間の内面的成長に「おはなし」はなくてはならないものです。他者の身になって考えるためには知識や情報だけではなく、豊かな想像力が必要です。社会性の獲得にあたって、想像力の育成は大きな意味を持ちます。精神のSDGsを実現するには「おはなし」を欠くことはできない。それなのに、このごろでは「おはなし」や文学は日本文化でますます冷遇されているようです。そこで、サンタクロースが今年も大活躍するでしょうから、この「おはなし」について述べてみます。西高生のみなさんも考えてみてください。

 物語には大きく三つの類型があります。英雄の話、冒険の話、成長の話です。サンタクロースの話はこのうち英雄型になります。サンタさんは戦ったりしませんが、ある意味では子どもたちのヒーローだとは言えるかもしれません。英雄型の主人公は異世界、別世界からこの世界にやってきて、使命を終えると再び違う世界へと帰っていきます。かぐや姫、ウルトラマン、それにドラえもんなどがそうです。サンタさんも異世界から各家庭の子どもたちのところにやってきて、プレゼントを渡すとトナカイの引くソリに乗って帰っていきます。英雄型の主人公は子どもたちの心に感謝や憧れをもたらします。それが心の成長に豊かな実りをもたらすのは言うまでもありません。

 しかし、人間は自己の成長を望む存在です。冒険の話や成長の話は子どもたちに苦難や我慢、戦いの疑似体験をさせることで、心を育もうとします。スタジオジブリの「千と千尋」を思い浮かべてもらえばわかりやすいでしょう。人間は保護者の庇護の元で成長するのですが、より一層の成長のためにはその守りから離れて自分で強さを身につけることが必要な時期を迎えます。家族の絆は強力なので、この離脱をするには大きなエネルギーが要ります。保護者は束縛しているつもりはなく、当たり前のことを注意しているのだけれども、子どもにとっては煩わしい干渉と感じてしまう事例にはことかきません。たとえば、城を出る「白雪姫」の姿はその葛藤を象徴しています。「千と千尋」では魔法の力がふるわれました。でも、冒険に出た子どもは自分だけでは社会的に成長できません。やはり、しつけをしたり、必要な知識や技術を指導してくれる大人が必要です。真の自立のためには保護者への反発だけではだめで、独立のための修業に付き添ってくれる先達(せんだつ)が必要だということです。白雪姫にとっては料理や掃除を教えてくれる「七人の小人」たちがそうです。わがままだった「千尋」もハクや先輩について「油屋」で修業しますね。ここはなぜ近代に入ってから学校教育の制度が確立されて、教師という存在が大きな意味を持つようになるのかについて大きな示唆を与えてくれるところです。

 白雪姫や眠り姫は外部から遮断されて仮死状態のようになりますが、これは思春期の内閉状態の象徴のようです。蝶になる前の「さなぎ」の状態ですね。この時に、外部からヒーロー的な存在がやってきて、閉じ込められていたところを打破するきっかけを与えてくれて、主人公は大人として羽化します。「千と千尋」のカオナシのように、このヒーローは必ずしも格好のいい存在とはかぎりませんが。その点ではサンタクロースも日常に変化を与えてくれる存在です。本当はプレゼントの品物よりもサンタクロースの存在自体がファンタジーを子どもたちの心にもたらすという点では何よりのプレゼントなのではないかと私は思います。子どもたちは感謝や喜びの色に染められた豊かな想像力を受け取ることで、やがてサンタクロース的な存在から卒業して、一歩ずつ大人社会へと進んでいくことなるのです。哲学者の竹田青嗣氏は文学の言葉はなぜか人生の危機を救う力を持っている、と述べていますが、「おはなし」のもつ力はその問いの答えに大きな示唆を与えてくれているのではないでしょうか。

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