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47 言葉で気持ちや意思などを伝えることについて考える

 来週の11日から3学期が始まります。修学旅行のことを含めたいろいろな行事のことを考えると、現在の大阪府の状況について本当に心配しています。しかし、状況が日々大きく変化していて、今後の推移の予測もこれまで以上に難しくなっている以上、基本的には現時点で学校として情報を集めるなど、すべきことをして判断していくしかないと考えています。生徒の皆さんには引き続き、感染対策をしっかりと徹底してほしいと思います。

 さて、今回は「言葉によって伝えること」について文学作品をとりあげて書いてみます。普段していることでこれほど大切で、しかし、きちんとその意味を考えられていないこともあまりないでしょう。少し長いですが、西高生のみなさんも考えてみてください。

 言葉では責め(られ)ていないのだけれども、態度と雰囲気で責め(られ)ているという場面を経験した人は多いのではないでしょうか。人が「私が悪いんですから」と言いながら相手を態度で責めている食事の席などはたまらない雰囲気になりますね。言葉で明示しないで、態度で黙示する。そうして、相手がそれを察知して反省や後悔することを期待する。責められているほうは言葉で明示してくれないので、なぜそういう態度でいるのかがわからない。

 言葉で明示していさえすれば、その人間関係はもっとスムースで風通しの良いものになっていたはずなのに、ということがあります。それが取り返しのつかないことに発展していくケースもあります。すべてのことを言葉で明示することは難しいでしょうが、ここぞという時にしっかりと相手に自分の意を伝えて、つまり自己開示して、話し合える力というものもこれからの社会生活ではより必要になってくると思います。

 欧米では言葉で明示してから「話し合い」が始まるという傾向がある、それに対して日本では言葉による明示は「最後通告」になってしまうという傾向があると言われます。言葉によるコミュニケーションは単なる「情報」のやりとりだけではなく、気持ちや意思を反映した「思い」のやりとりがあり、それが日常生活で占める部分はとても大きいですね。私は国語科の文学授業では、そういう部分とそのあり方について深く考えることに焦点を当てた教育を行うべきだと考えています。

 夏目漱石に「彼岸過迄(ひがんすぎまで)」という作品があります。(今手元に本がないので、若い頃に読んだ記憶に基づいて説明します。)主人公は須永という若い男性です。その須永は非常に過敏な人物として描かれています。ストーリーの前半は推理小説めいているのですが、後半に入るとこの須永の内面に焦点が当たってきます。他の人にとってはそれほどでもない出来事がその人には大きな衝撃として感じられてしまう。何かをしようとするとそうなるのですから、須永は不作為(ふさくい=あえて行動しようとしない)状態になりがちです。こういう人が言動の点で黙示的になってしまうのは当然です。

 そこに恋愛問題がからんでくるのですが、好意を持った相手に対してもストレートに向かい合うことはできません。作品の山場の一つは幼馴染の女性から「あなたは私のことが好きでもないのに、なぜやきもちを焼いているのですか、そうして周囲の雰囲気を壊すのですか」という内容の言葉を面と向かって投げつけられるところです。須永は「不作為」の人ですから、いくら好意を持っていても相手にそれを伝えることはしませんし、ましてや他の男性と親しくしていることでの不快感を伝えることもしません。しかし、相手の女性からすると須永のすることは、みんなで一緒に楽しんで遊んでいるのに急に帰ったりするので、わけがわからないことになります。

 漱石の作品のなかでは、男性よりも女性の登場人物のほうに度胸のすわっている例が多いのですが、この場合もそうです。この女性が須永のことを何とも思っていなければ、ただの変わった人で済むのですが、面と向かってこういうことを口にするということから、そうではない、気にしないわけにはいかない存在だということがわかります。「彼岸過迄」を若い頃に読んだ時に、こういう点では大いに考えさせられた覚えがあります。

 我々は何気なく人間つきあいをしていますが、実はそれぞれの内面は単純ではなく複雑なのだということ、そのことを読者に垣間見させて、考えさせるような作品を漱石は多く書いています。いくらスマートに能率的に生きていこうとしても人間同士の付き合いはそうはいかないでしょう。すぐれた文学作品は間接的に人間関係の葛藤(かっとう)を経験させて、そのことについて考えさせてくれます。学校教育で言葉によるコミュニケーション力を育むのであれば、こういう点もおろそかにしてはいけないと思っています。

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